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◇ ◇ ◇
「今日はお邪魔しました! お料理教えてもらえて助かっちゃった」
「ううん。こちらこそ。色々月浦さんに教えてもらえて、秋乃も嬉しかったと思うし」
「じゃあまたね」
小さく手を振りながら、まど子は玄関から出ていった。
そんなまど子の姿を、夏弥も同じく手を振って見送る。
美咲はキッチンで洗い物をしていて、玄関にはいなかった。
201号室のクッキング☆タイムは、時刻にして午後四時ごろ終焉を迎えた。
それはまど子の「ちょっと私、夕方から予定があって――」と切り出されたことがきっかけに他ならない。
気が付けば夕方。太陽は西の空だ。
夢中になっていたせいで、夏弥も美咲も体感時間がおかしかった。
太陽がズルをして軌道をちょろまかしたんじゃないかとすら二人には思えていた。
まど子が帰ったことで緊張が一気に抜けたのか、洗い物を終えた美咲はリビングのソファにダイブしていた。
「はぁ~……」
そこそこ大きなため息をついて寝ころぶ。
お行儀の悪いことにその姿勢のまま、三つ編みのウィッグやかけていたメガネを外しにかかる。
あっという間に普段通りの、すっきりとしたショートボブヘアの美咲に戻ったのだった。
そのままだらだら、ぐだぐだしている。
いつもなら部屋にこもるか、戸島芽衣あたりと外出でもしそうなものだけれど、どうやら今日はリビングに居たいらしい。
そんな美咲に、まど子を見送ったあとの夏弥がそっと声をかける。
「俺、コーヒー飲むけど。美咲もいる?」
「ううん。別にいい」
「そう」
夏弥は今日三人で作った料理のことを思い出しながら、キッチンでカップに粉末タイプのインスタントコーヒーを入れた。
オムレツとロールキャベツ。
オムレツのほうはお昼に食べてしまったけれど、ロールキャベツは夏弥と美咲の夕食用という事で片手鍋に入っている。
こちらもオムレツに負けず劣らずの出来映えで、この一品でいくらでも白米が進みそうなクオリティだった。
コーヒーを用意した夏弥は、そのカップを片手にリビングへと向かう。
湯気の立つそのマグカップをローテーブルに置いて、ベッドに寝そべることにした。
「なぁ、そういえばさー」
「……なに?」
夏弥と美咲は、それぞれベッドとソファでぐうたら寝そべった状態のまま会話を始めた。怠惰オブ怠惰だった。
「俺、小森と連絡つくようになったんだよね」
「え? ……マジ?」
「うん、マジ。それで夏休み中に直接会える日がないかって訊いてたんだ。そしたらついさっき、それに対する返信が送られてきて」
そう。夏弥が貞丸に送ったライン『夏休みだけど、直接会って話せる日ない?』の返信である。
「え、待って。直接会うって……それ大丈夫?」
「大丈夫って、なにが?」
「ストーカーの理由、ラインで訊けばいいじゃん。会う必要あるの?」
「まぁラインで訊ければよかったんだけど、なんか切り出し方が難しくてなー。あれやこれや考慮した結果、直に訊くほうがいいような気がしてきて」
「そう……。あ、じゃあそれ、あたしも行っていい?」
「ええ⁉」
夏弥はベッドで寝ていた体勢から、驚きのあまりがばっとその身体を起こした。
さらにセリフを重ねる。
「いやいや。それこそ美咲が会う必要ある?」
「え、なんか誤解してない? あたしは別に会うつもりないよ。少し離れたところから観察しててもいい? って意味で訊いてるんだけど」
「ああ。なるほどね。それならまぁ……」
(単純に小森の話が気になるんだろうな。それと、俺がどう説得するのかも監視しておきたいと……)
「で、なんて返ってきたの?」
「……ああ。『直接話すんなら今日の夜九時すぎ、三條第一公園に来れる?』って送られてきて」
「今日? 閉店間際にやってくる迷惑な客みたいな人だね。てか第一公園……って、どこだっけ?」
「ほら、この前ミスド寄ろうとした時の帰り道で通っただろ? 線路沿いの」
「へぇ~、そんな公園あったんだ。知らなっ」
「ぷっ。いや、俺も知らんかったけど。……ググったら出てきた。そんなに広くない公園らしい」
夏弥はそう言って腕を伸ばし、美咲に自分のスマホの画面を見せる。
そこにはすべり台とブランコくらいしかない、本当に質素で小規模な公園が映し出されていた。
「なるほどね。そこで決闘してくれるんだ」
「ああ、決闘だ。……え、ケットウ?」
夏弥は一瞬、聞き間違えかと思った。しかし聞き間違えじゃなかった。
「命をかけた男のバトルが始まるんじゃないの?」
「え、それなら絶対行きたくないんですけど。俺、まだ命惜しいし」
「フッ。なつ兄って、頼れるのか頼れないのかわかんないよね」
「何を言ってるんだ。命は誰だって――――ん? ていうかもう月浦さん居ないんだし、無理して俺のこと、「なつ兄」なんて呼ばなくていいよ」
「……っ!」
夏弥の言葉に、一瞬美咲は口ごもる。
まど子が帰ったことで、気が楽になっていたこと。
さらには、まど子が居た時の名残で美咲にそのまま「なつ兄」呼びが定着しつつあったこと。
こうした理由から、思わず美咲はその呼び方を口走ってしまったのだった。
「――――そう? それなら、うん。「夏弥さん」って呼んだほうがいい……んだよね」
「いいっていうか、そっちの方が美咲にとっては自然なんじゃないのか?」
「……」
夏弥に問い掛けられたその時。美咲のなかで一体何度「素直になる」という言葉が駆け巡ったかわからない。
今日まど子から、的確なそのアドバイスを聞いたばっかりだ。
それなのに。それなのに美咲はグっと込み上げてくる恥ずかしさに耐えられず、
「夏弥さんのほうが、自然かも……ね」
「うん。むしろ俺も、最近じゃ聞き慣れてるのはそっちかもしれない。ずっとその呼び方をするなんて、嫌だったよな。……なんか悪かったなぁ」
夏弥はそう言ってから、ローテーブルに乗せていたコーヒーを飲むことにした。
ちょうど飲みやすい温度になった頃合いだ。
ベッドに腰かけたまま、テーブルの上のカップに手をのばした、その時。
「……別に…………嫌じゃなかったけど」
美咲のその声を耳にして、ぴたっと夏弥の手が止まる。
「え……?」
「あ、違う。違うからね⁉ 嫌じゃなかったというか、あたしはこのくらいのこと全然平気っていう意味だから」
「そういうカンジか。まぁ、そうだよな。……一瞬アレかと思ったよ」
「アレって?」
「……」
夏弥は無言でマグカップを手に持ち、コーヒーに口をつけた。
というより、コーヒーに逃げた。そう表現した方が正しいかもしれない。
「ていうか夜九時に会うんだね。危なくない? そんな時間に出歩くとか、フツーに襲われそうで怖いんだけど。それに、夏だし虫とかたくさん飛んでるでしょ?」
「確かにな。それならやっぱり今日行くのは俺だけで――」
「行くけどね」
夏弥は手にしていたコーヒーをこぼしそうになった。
助手席に乗っていて急にハンドルを切られたような気分だった。
「行きたくない理由並べといてお前……」
◇
さて、夏の太陽が地平線に沈みきってからがっつり数時間。
時計が午後八時半を示す頃、夕食を済ませた夏弥と美咲は外に出掛けた。
美咲はTシャツに短パンという組み合わせだった。ただこの短パン、まあ短い。
短いことが短パンのアイデンティティであったとしても短い。
太もものあたりまで肌が露出しちゃっているので、思春期の男の子にとっては非常に目に毒だった。
外は夜でもむあむあとしていて暑苦しい。
だから夏弥も、美咲の格好は十分理解できるのだけれど。
「なぁ、美咲……その格好、露出度高くない? さっき自分で「夜の外出は危ないじゃん」とか言ってたよな?」
「それはそうだけど、暑いんだから仕方ないじゃん。てか部屋にいた時からこの格好だったんですけど」
「部屋にいる時は別にいいんだよ。人目もないし。けど外は違うだろ? せめてTシャツの上に何か羽織りなさいよ」
「ふっ。夏弥さんて、やっぱりたまにお母さんみたいだよね。ウケる」
「はしたないわよ美咲っ! 夜になんて格好して出歩いてるの! むふんっ!」
「は?」
夏弥は、鈴川家のキレイなお母さんを思い出しつつ演じてみた。が、全然似ていないらしく、美咲は遠慮なく引いていた。
もちろん引くだろう。なぜなら夏弥は、キレイなお母さんをなんとか再現しようとしてクネクネしていたからである。
似ていないにもほどがあった。
「今日はお邪魔しました! お料理教えてもらえて助かっちゃった」
「ううん。こちらこそ。色々月浦さんに教えてもらえて、秋乃も嬉しかったと思うし」
「じゃあまたね」
小さく手を振りながら、まど子は玄関から出ていった。
そんなまど子の姿を、夏弥も同じく手を振って見送る。
美咲はキッチンで洗い物をしていて、玄関にはいなかった。
201号室のクッキング☆タイムは、時刻にして午後四時ごろ終焉を迎えた。
それはまど子の「ちょっと私、夕方から予定があって――」と切り出されたことがきっかけに他ならない。
気が付けば夕方。太陽は西の空だ。
夢中になっていたせいで、夏弥も美咲も体感時間がおかしかった。
太陽がズルをして軌道をちょろまかしたんじゃないかとすら二人には思えていた。
まど子が帰ったことで緊張が一気に抜けたのか、洗い物を終えた美咲はリビングのソファにダイブしていた。
「はぁ~……」
そこそこ大きなため息をついて寝ころぶ。
お行儀の悪いことにその姿勢のまま、三つ編みのウィッグやかけていたメガネを外しにかかる。
あっという間に普段通りの、すっきりとしたショートボブヘアの美咲に戻ったのだった。
そのままだらだら、ぐだぐだしている。
いつもなら部屋にこもるか、戸島芽衣あたりと外出でもしそうなものだけれど、どうやら今日はリビングに居たいらしい。
そんな美咲に、まど子を見送ったあとの夏弥がそっと声をかける。
「俺、コーヒー飲むけど。美咲もいる?」
「ううん。別にいい」
「そう」
夏弥は今日三人で作った料理のことを思い出しながら、キッチンでカップに粉末タイプのインスタントコーヒーを入れた。
オムレツとロールキャベツ。
オムレツのほうはお昼に食べてしまったけれど、ロールキャベツは夏弥と美咲の夕食用という事で片手鍋に入っている。
こちらもオムレツに負けず劣らずの出来映えで、この一品でいくらでも白米が進みそうなクオリティだった。
コーヒーを用意した夏弥は、そのカップを片手にリビングへと向かう。
湯気の立つそのマグカップをローテーブルに置いて、ベッドに寝そべることにした。
「なぁ、そういえばさー」
「……なに?」
夏弥と美咲は、それぞれベッドとソファでぐうたら寝そべった状態のまま会話を始めた。怠惰オブ怠惰だった。
「俺、小森と連絡つくようになったんだよね」
「え? ……マジ?」
「うん、マジ。それで夏休み中に直接会える日がないかって訊いてたんだ。そしたらついさっき、それに対する返信が送られてきて」
そう。夏弥が貞丸に送ったライン『夏休みだけど、直接会って話せる日ない?』の返信である。
「え、待って。直接会うって……それ大丈夫?」
「大丈夫って、なにが?」
「ストーカーの理由、ラインで訊けばいいじゃん。会う必要あるの?」
「まぁラインで訊ければよかったんだけど、なんか切り出し方が難しくてなー。あれやこれや考慮した結果、直に訊くほうがいいような気がしてきて」
「そう……。あ、じゃあそれ、あたしも行っていい?」
「ええ⁉」
夏弥はベッドで寝ていた体勢から、驚きのあまりがばっとその身体を起こした。
さらにセリフを重ねる。
「いやいや。それこそ美咲が会う必要ある?」
「え、なんか誤解してない? あたしは別に会うつもりないよ。少し離れたところから観察しててもいい? って意味で訊いてるんだけど」
「ああ。なるほどね。それならまぁ……」
(単純に小森の話が気になるんだろうな。それと、俺がどう説得するのかも監視しておきたいと……)
「で、なんて返ってきたの?」
「……ああ。『直接話すんなら今日の夜九時すぎ、三條第一公園に来れる?』って送られてきて」
「今日? 閉店間際にやってくる迷惑な客みたいな人だね。てか第一公園……って、どこだっけ?」
「ほら、この前ミスド寄ろうとした時の帰り道で通っただろ? 線路沿いの」
「へぇ~、そんな公園あったんだ。知らなっ」
「ぷっ。いや、俺も知らんかったけど。……ググったら出てきた。そんなに広くない公園らしい」
夏弥はそう言って腕を伸ばし、美咲に自分のスマホの画面を見せる。
そこにはすべり台とブランコくらいしかない、本当に質素で小規模な公園が映し出されていた。
「なるほどね。そこで決闘してくれるんだ」
「ああ、決闘だ。……え、ケットウ?」
夏弥は一瞬、聞き間違えかと思った。しかし聞き間違えじゃなかった。
「命をかけた男のバトルが始まるんじゃないの?」
「え、それなら絶対行きたくないんですけど。俺、まだ命惜しいし」
「フッ。なつ兄って、頼れるのか頼れないのかわかんないよね」
「何を言ってるんだ。命は誰だって――――ん? ていうかもう月浦さん居ないんだし、無理して俺のこと、「なつ兄」なんて呼ばなくていいよ」
「……っ!」
夏弥の言葉に、一瞬美咲は口ごもる。
まど子が帰ったことで、気が楽になっていたこと。
さらには、まど子が居た時の名残で美咲にそのまま「なつ兄」呼びが定着しつつあったこと。
こうした理由から、思わず美咲はその呼び方を口走ってしまったのだった。
「――――そう? それなら、うん。「夏弥さん」って呼んだほうがいい……んだよね」
「いいっていうか、そっちの方が美咲にとっては自然なんじゃないのか?」
「……」
夏弥に問い掛けられたその時。美咲のなかで一体何度「素直になる」という言葉が駆け巡ったかわからない。
今日まど子から、的確なそのアドバイスを聞いたばっかりだ。
それなのに。それなのに美咲はグっと込み上げてくる恥ずかしさに耐えられず、
「夏弥さんのほうが、自然かも……ね」
「うん。むしろ俺も、最近じゃ聞き慣れてるのはそっちかもしれない。ずっとその呼び方をするなんて、嫌だったよな。……なんか悪かったなぁ」
夏弥はそう言ってから、ローテーブルに乗せていたコーヒーを飲むことにした。
ちょうど飲みやすい温度になった頃合いだ。
ベッドに腰かけたまま、テーブルの上のカップに手をのばした、その時。
「……別に…………嫌じゃなかったけど」
美咲のその声を耳にして、ぴたっと夏弥の手が止まる。
「え……?」
「あ、違う。違うからね⁉ 嫌じゃなかったというか、あたしはこのくらいのこと全然平気っていう意味だから」
「そういうカンジか。まぁ、そうだよな。……一瞬アレかと思ったよ」
「アレって?」
「……」
夏弥は無言でマグカップを手に持ち、コーヒーに口をつけた。
というより、コーヒーに逃げた。そう表現した方が正しいかもしれない。
「ていうか夜九時に会うんだね。危なくない? そんな時間に出歩くとか、フツーに襲われそうで怖いんだけど。それに、夏だし虫とかたくさん飛んでるでしょ?」
「確かにな。それならやっぱり今日行くのは俺だけで――」
「行くけどね」
夏弥は手にしていたコーヒーをこぼしそうになった。
助手席に乗っていて急にハンドルを切られたような気分だった。
「行きたくない理由並べといてお前……」
◇
さて、夏の太陽が地平線に沈みきってからがっつり数時間。
時計が午後八時半を示す頃、夕食を済ませた夏弥と美咲は外に出掛けた。
美咲はTシャツに短パンという組み合わせだった。ただこの短パン、まあ短い。
短いことが短パンのアイデンティティであったとしても短い。
太もものあたりまで肌が露出しちゃっているので、思春期の男の子にとっては非常に目に毒だった。
外は夜でもむあむあとしていて暑苦しい。
だから夏弥も、美咲の格好は十分理解できるのだけれど。
「なぁ、美咲……その格好、露出度高くない? さっき自分で「夜の外出は危ないじゃん」とか言ってたよな?」
「それはそうだけど、暑いんだから仕方ないじゃん。てか部屋にいた時からこの格好だったんですけど」
「部屋にいる時は別にいいんだよ。人目もないし。けど外は違うだろ? せめてTシャツの上に何か羽織りなさいよ」
「ふっ。夏弥さんて、やっぱりたまにお母さんみたいだよね。ウケる」
「はしたないわよ美咲っ! 夜になんて格好して出歩いてるの! むふんっ!」
「は?」
夏弥は、鈴川家のキレイなお母さんを思い出しつつ演じてみた。が、全然似ていないらしく、美咲は遠慮なく引いていた。
もちろん引くだろう。なぜなら夏弥は、キレイなお母さんをなんとか再現しようとしてクネクネしていたからである。
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