黒いカマキリ

抹茶ラテ

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安全なところから叫んでも届かない

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私は、決して恵まれた環境ではありませんでした。父が帰ってくる前に、お風呂、食事、宿題も全てを終わらせるのです。父が帰ってきたら、アイスもまともに食べられません。あいつは私と5つ離れた兄に暴言を吐き続けるのです。9時から遅くて12時頃は毎日地獄でした。
眠りに着きたくても、涙しか出てこないのです。父の暴言と母の止める甲高い声、そして兄に振りかざされたのであろう鈍い音が鳴り響く毎日でした。私と2つ離れた姉は私を布団に包め、さらに耳を押さえました。私の耳を押さえる姉の手は小刻みに震えていました。なのに、姉は「大丈夫」とばかり言うのです。
まるで、自分に言い聞かせているようでした。私は、守られたいんじゃない。一緒に戦いたかったのです。何度も何度も戦おうと思いました。実際、私が行動に移したのは1度だけでした。それも、あいつに媚びを売ることしか出来なかったのです。あいつは、私と2つ離れた姉には暴力どころか暴言さえも言わないのです。私は、それを利用してやろうと思いました。でも、私は怖くて無言であいつの肩をトントンとすることしかできなかったのです。5つ離れた兄に暴言を言うあいつは私の知る父ではありませんでした。あいつは、私に父の顔で接するのです。しかし、兄の方を見るとあいつに戻るのです。いっその事、あいつの顔で私にも接してくれればいいのに。父は私に「今はこいつと話してるから」と言うのです。私には、「これ以上、邪魔をするのならなにをするか分からないぞ」と言われている気分でした。
あいつはまるで「カマキリ」のようです。カマキリは交尾をする時、相手を噛み殺すこともあるそうなんです。その理由として上げられるのは、「空腹」「苛立ち」などです。人間も同じだと思いました。ですが夫婦は、喧嘩を乗り越え愛を育むものだと思っています。愛し合っていたはずなのに、子供や妻に手をあげるあいつ。
緑にとけ込み狩りや、交尾をするのがカマキリならあいつは、「黒いカマキリ」だと私は思います。
黒く暗いところでしか、あいつは生きていけないからです。
私は、母が1度でも愛した父を愛すことも好きでいる事も出来ません。
母は私を大事に抱え別の部屋に連れていき、2つ離れた姉に私を任せるのです。母は、また戦場に行くのです。その背中は悲しさも、辛さも、苦しみも、私たちに対する謝罪も抱えているように見えました。
私は、母が大好きですがその背中だけは大嫌いでした。助けるつもりが家族の邪魔ばかりしていたのです。頑張っても頑張ってもそれは、迷惑に変わるのです。それでも、頑張らなければ行けないと本能で思いました。
翌朝、5つ離れた兄は私に感謝の言葉を涙を拭いながら言うのです。私は、助けれていない。なのに、兄は「それでも嬉しかった」と私に言い残し学校へ向かいました。その日の夜はよく覚えています。
その夜、あいつは12時頃に帰ってきましたがその代わり酔って帰ってきたのです。帰ってくるなり、家がいつもより汚いだとか邪魔だとか理不尽な理由をつけ5つ離れた兄に暴力を振るうのです。いつもより遥かに勢いよく殴りました。1発、顔面に当たり兄の鼻から血が流れ出ていました。
その瞬間、泣きながらそれでも、嬉しそうにお礼を言う兄の顔や母の全てを背負う背中、2つ離れた姉の震えた手が頭を過ぎるのです。
それでも私は、震えて立ち上がることも出来ませんでした。呼吸と鼓動が段々、乱れていくのが分かりました。助けると誓ったのに。私は、5つ離れた兄を見捨てました。
今でも、思い出しただけで過呼吸になるほど怖くて背筋が震えます。あの日は、あの日だけは、忘れようにも忘れられません。
あいつが、「忘れるな」と今も恐怖の檻で閉じ込めているようです。それから、すぐに母はあいつと離婚届けを出しに向かいました。離婚までにそれ程時間はかかりませんでした。

これはもう、数年も前のお話です。でも、あの日の夜だけは鮮明に覚えています。5つ離れた兄は、「新たに知る」ことの楽しさを知り大学ではのびのびと笑顔で過ごし、2つ離れた姉も友達と楽しい日々を過ごしています。母は、兄や姉に負けないほどの笑顔で私達をも巻き込んでは、我が家を明るくしています。私も、母の力により笑顔で充実した毎日を過ごしています。ですが、あの恐怖の毎日が消えた訳ではありません。他人の父を見ると羨ましく感じたり、男子同級生が私よりも背が高くなると怖くて近寄れません。また、男性が手を大きく振りかざした動作にも恐怖を感じます。まるで、私だけがあの日に取り残されているようです。これはあの時、兄をちゃんを助けられなかった私に下された運命なのでしょうか。
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