上 下
58 / 65
最終章 それぞれの道

005 先生

しおりを挟む
 アリアは心からルーシャに謝罪した。
 レイスの近くにいることが気に入らず、身体を壊させてシェリクス領へ送り返したかったのだと告白し何度も頭を下げた。

 アリアの想いはヒスイやリックにも伝わった。
 しかし、はいそうですかで終われる話ではない。
 アリアに聞きたい話があるのだ。

「ところで、先ほど先生と言っていましたが、それは誰のことですか?」
「皆から先生と呼ばれていて、名前は知りません。先生の講座は紹介制で、私も知り合いから誘われました。先生は薬草やハーブに詳しい方で、私や他の婦人達の悩み事も聞いてくださって、心に寄り添って処方をしてくださるんです」
「アリア様にはどんな処方を?」
「私は……主人の義妹の存在に悩んでいることを話しました。先生は義妹は主人に頼りすぎだって慰めてくださいました。それから、特別講座に招待してくださって、このアロマをくださったのです」
「これで、どうなる手はずだったんですか?」

 アリアはテーブルの上の白い粒に視線を落とし、怖くなってレイスの手をギュッと握り返した。

「アリア。君はその先生に唆されていたのかもしれない。大丈夫だから、話してごらん」
「は、はい。……これをひと月も使えば、身体を弱らせることができると。それで、弱らせた相手に呪術を使えば、普段の何倍も効くって……自分の思い通りに、相手の生死をコントロール出来るだろうって」

 ヒスイとリックはお互い顔を見合わせ頷き合った。
 レイスは目を見開きアリアに詰め寄る。

「アリア。それはまさか、王都で起きていた病は──」
「わ、私はそんなことしてないわよ。実は、最近分かったの。王都で流行っていた病は、これが原因なのではないかって。お亡くなりになった方のご家族が、あの講座に参加されていたと聞いて……」

 ヒスイは動揺するアリアに率直に質問した。

「その先生とはどんな方ですか?」
「とても美しい金色の髪の女性です。仮面を付けているので顔はわかりません。いつもお付きの騎士の方がいらっしゃって、その人はクレスと呼ばれていたと思います」
「クレスってことは……」

 リックの頬に笑みが浮かぶ。
 嘘泣きも芝居ももうすっかり忘れていた。

「アリスさんですね。──レイス様。その女性に心当たりがあります。王都に住んでいるのですが、教会で週に一度講義をしている女性です。探しだして捕まえてください」
「分かった。すぐに手配しよう」

 レイスが立ち上がると、アリアは袖を掴み引き止めた。

「待って。先生はもう王都にいらっしゃらないと思います。先日お会いした時におっしゃっていました。この国で新しい力が芽生えると。その力を借りれば更に強力な力で私たちを導くことが出来るのだと。しばらくここを留守にするけれど、信じて待っていて欲しいと、おっしゃっていました」
「新しい力とは何のことだろうか。陛下に国内全域を捜索するように進言してこよう」

 ヒスイの瞳に鋭い光が宿り、リックに緊張が走った。レイスは眉間にシワを寄せるも見当がつかず、行動へ移すことを選んだ。



 ◇◇◇◇

 レイスの屋敷を出た後、三人は今後の事について話し合った。ルーシャが見守る中、ヒスイとリックはどんどん話を進めていく。

「前回ルーシャに呪いをかけたのはアリア様が最有力候補でした。ですが、全て明るみになり謝罪してくださったので、彼女はもう何もしないでしょう。もし他の線があったとしても、リック君がくれたネックレスがあるので、その辺は大丈夫でしょう」
「ですね。ただアリア様の話からヤバいことが分かりました。アリス=オースルンドが誓約を破る方法を見つけ、それがもうすぐ成就しそうだってことです。多分ですけど、守護竜の力を借りようとしているんだと思います。衰退している今代の守護竜ではなく、次の代の守護竜の力を」
「アリスが捕まればいいのですが」
「レイス様なら陛下の力を借りられるだろうし、時間の問題じゃないか?」
「でも、そんなに簡単に陛下の力なんて借りられるのかしら。王様ってこの国で一番偉い方でしょう?」

 やっと話に入れたと思ったルーシャだが、二人から微妙な視線を向けられた。言っては不味いことだったのだろうか。

「ルーシャも会ったことあるだろ。陛下に」
「えっ? お城へは転移陣で行ったことがあるけれど、陛下になんてお会いしたことがないわ」
「あ。知らないのか。さっきもいただろ。店の前に。食パン一杯買い込んでた黒いローブの怪しいおっさん」
「それってヘイゼルさん?」

 そこまで言っても首をかしげるルーシャに、リックは呆れつつも教えて上げた。

「それ偽名。ルーシャ、鈍いな」
「偽名? ぇ、ええっ!? ヒスイも知らなかったわよね?」
「知ってましたよ。今この国を誰が治めているかぐらい一般常識ですから」

 涼しい顔でそう告げるヒスイにルーシャは言葉を失った。確か、初めてヘイゼルと出会った時、ヒスイはヘイゼルを猫みたいに捕まえていた。

 その後も何度も何度も。
 不敬罪で捕まったりしないだろうか。

「ルーシャ。取り敢えず帰りますよ。カルロさんも待たせてますから」
「そ、そうね。分かったわ」

 それから、リックとブランジェさん家に戻り、レイスの知らせを待つことにした。
 ルーシャ達を送ると、リックは一度実家に帰ると言って王都に引き返していった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

処理中です...