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第五章 守護竜の花嫁
005 婚約破棄
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「リック、どうしたの……。あっ、テオドア様。もしかしたらドラゴンに拐われた人の捜索に来てくださったのかもしれないわ。テオドア様~」
ドラゴンの出現に剣を構えていた騎士たちは、ルーシャの声に辺りを見回した。
テオドアはルーシャがドラゴンの背に乗っていることに気がつくと血相を変え、騎士達に弓を構えるように指示を出し、自身は呪文を唱え始めた。
「おいおい。あれ絶対に攻撃呪文だぞ! ヒスイ殿、逃げるぞっ。シュヴァルツ!」
「そんなっ」
ヒスイが旋回した瞬間、炎を帯びた弓がこちらに放たれた。それを全てシュヴァルツが薙ぎ払い、その隙にルーシャ達はテオドアから逃れることに成功した。
ルーシャ達は幌馬車がある別荘に逃げ戻った。ヒスイが人型に戻ると、リックは真っ先に頭を下げた。
「ヒスイ殿、怪我はないですか!? すみません。オレが背中に乗りたいなんて言ったからっ」
「気にしないでください。おそらくルーシャが拐われたと思って攻撃してきたのでしょう」
「どうしよう。私が声なんてかけなかければ……。ヒスイ。どこかに隠れていて。私が一人で行って話をつけて……」
こちらの方へ飛んで逃げたのはきっとバレている。
ドラゴンを探して滝壺へ行くにしても、この辺りを通るだろう。焦るルーシャに相反して、ヒスイは涼しい顔で笑っていた。
「ルーシャ。何故僕が隠れなくてはならないんですか? これはある意味チャンスかもしれません」
「チャンス?」
「ヒスイ殿! 奴らもう来てますよ~。どっかに隠れないとっ」
「隠れる必要なんてありません。ルーシャ、耳を貸してください」
◇◇◇◇
ルーシャは別荘のベンチに腰掛け、テオドアを待ち構えた。隣の幌馬車の御者台にはリックとヒスイが待機している。
すぐ近くの森からテオドア達がルーシャを捜索する声が聞こえて来た。そろそろいいだろうと、ルーシャは立ち上がり、テオドアの名を呼んだ。
「テオドア様~」
「ルーシャ。ルーシャなのか!? ど、ドラゴンは何処へ行ったのだ? 怪我はないか?」
「はい。怪我などしておりません。先程のドラゴンが、私と私に力を貸してくれたリックを、ここまで送り届けてくださったのです。友人も無事でした」
ルーシャに紹介されると、リックとヒスイはテオドアに笑顔でお辞儀した。テオドアは、まだ近くに人拐いドラゴンがいるのではないかと、警戒している。
「ドラゴンが?」
「はい。守護竜様は泣いていらっしゃいました。寂しくて寂しくて、一人で逝くのがお辛かったのだそうです」
「いく。とは……?」
「守護竜の花嫁とは、次なる守護竜を選ぶための儀式だったのです。先代を弔うのが花嫁の仕事だったのです」
「だった。とは、まさかルーシャが」
「はい。私がその務めを果たして参りました。ご覧下さい。この晴れ渡った空を。もう。ご心配なさらないでください」
ルーシャの清みきった笑顔を見て、テオドアの瞳から不安の色が消え去り、代わりに雲ひとつない青空を映し出した。
「そうか。ルーシャ。よくぞ一人で耐え抜いた」
「きゃっ。テオドア……様。離してください」
テオドアは喜び勇んでルーシャを強く抱き締めた。
ルーシャが拒んでも力を緩める気配すらない。
「嫌だ。君が無事でいてくれて嬉しいんだ。クラウディアもこれで……もう何も心配しなくてよいのだな」
「その。クラウディア様に何かあったのですか?」
「レイスから聞いていないのか? 守護竜の花嫁には、二人の候補者がいたのだ。君と、クラウディアだ」
テオドアは泣いていた。きっと、クラウディアを守るためにルーシャを守護竜の花嫁に捧げようとしていたのかもしれない。
「ルーシャ。それなら改めて──」
「はい。偽装婚約を破棄しましょう!」
「な、何故だ?」
「何故って。私とテオドア様は、守護竜の花嫁の問題を解決するための時間稼ぎとして偽装婚約を結びましたでしょう。これでもう、私達を繋ぐものは必要ありません。シェリクス公爵様がお選びになった、テオドア様にピッタリの方と、お幸せになってくださいね」
目を丸くして驚くテオドアに、ルーシャは当たり前のことを当たり前に伝えたのだが、テオドアは何度も瞬きしながら俯き口ごもった。
「ル、ルーシャ。私は……」
「テオドア様。私は王都へ戻ります。何日も暇をもらってしまいましたので。失礼します」
「ま、待ってくれ。その……クラウディアが! クラウディアがルーシャのことを心配しているのだ。今日、騎士を連れて谷へ行ったのも、クラウディアに懇願されていったのだ。ルーシャを救って欲しいと……」
「クラウディア様はお優しいですね。お礼を伝えておいていただけますか」
「ああ。……いや。昼食でも一緒にどうだろうか。クラウディアと一緒に。約束したのだ、ルーシャを連れ帰ると、クラウディアに……」
テオドアはどうしても、ルーシャをまだ帰したくないようだ。テオドアは兎も角、クラウディアの好意を無下にすることは出来なかった。
ドラゴンの出現に剣を構えていた騎士たちは、ルーシャの声に辺りを見回した。
テオドアはルーシャがドラゴンの背に乗っていることに気がつくと血相を変え、騎士達に弓を構えるように指示を出し、自身は呪文を唱え始めた。
「おいおい。あれ絶対に攻撃呪文だぞ! ヒスイ殿、逃げるぞっ。シュヴァルツ!」
「そんなっ」
ヒスイが旋回した瞬間、炎を帯びた弓がこちらに放たれた。それを全てシュヴァルツが薙ぎ払い、その隙にルーシャ達はテオドアから逃れることに成功した。
ルーシャ達は幌馬車がある別荘に逃げ戻った。ヒスイが人型に戻ると、リックは真っ先に頭を下げた。
「ヒスイ殿、怪我はないですか!? すみません。オレが背中に乗りたいなんて言ったからっ」
「気にしないでください。おそらくルーシャが拐われたと思って攻撃してきたのでしょう」
「どうしよう。私が声なんてかけなかければ……。ヒスイ。どこかに隠れていて。私が一人で行って話をつけて……」
こちらの方へ飛んで逃げたのはきっとバレている。
ドラゴンを探して滝壺へ行くにしても、この辺りを通るだろう。焦るルーシャに相反して、ヒスイは涼しい顔で笑っていた。
「ルーシャ。何故僕が隠れなくてはならないんですか? これはある意味チャンスかもしれません」
「チャンス?」
「ヒスイ殿! 奴らもう来てますよ~。どっかに隠れないとっ」
「隠れる必要なんてありません。ルーシャ、耳を貸してください」
◇◇◇◇
ルーシャは別荘のベンチに腰掛け、テオドアを待ち構えた。隣の幌馬車の御者台にはリックとヒスイが待機している。
すぐ近くの森からテオドア達がルーシャを捜索する声が聞こえて来た。そろそろいいだろうと、ルーシャは立ち上がり、テオドアの名を呼んだ。
「テオドア様~」
「ルーシャ。ルーシャなのか!? ど、ドラゴンは何処へ行ったのだ? 怪我はないか?」
「はい。怪我などしておりません。先程のドラゴンが、私と私に力を貸してくれたリックを、ここまで送り届けてくださったのです。友人も無事でした」
ルーシャに紹介されると、リックとヒスイはテオドアに笑顔でお辞儀した。テオドアは、まだ近くに人拐いドラゴンがいるのではないかと、警戒している。
「ドラゴンが?」
「はい。守護竜様は泣いていらっしゃいました。寂しくて寂しくて、一人で逝くのがお辛かったのだそうです」
「いく。とは……?」
「守護竜の花嫁とは、次なる守護竜を選ぶための儀式だったのです。先代を弔うのが花嫁の仕事だったのです」
「だった。とは、まさかルーシャが」
「はい。私がその務めを果たして参りました。ご覧下さい。この晴れ渡った空を。もう。ご心配なさらないでください」
ルーシャの清みきった笑顔を見て、テオドアの瞳から不安の色が消え去り、代わりに雲ひとつない青空を映し出した。
「そうか。ルーシャ。よくぞ一人で耐え抜いた」
「きゃっ。テオドア……様。離してください」
テオドアは喜び勇んでルーシャを強く抱き締めた。
ルーシャが拒んでも力を緩める気配すらない。
「嫌だ。君が無事でいてくれて嬉しいんだ。クラウディアもこれで……もう何も心配しなくてよいのだな」
「その。クラウディア様に何かあったのですか?」
「レイスから聞いていないのか? 守護竜の花嫁には、二人の候補者がいたのだ。君と、クラウディアだ」
テオドアは泣いていた。きっと、クラウディアを守るためにルーシャを守護竜の花嫁に捧げようとしていたのかもしれない。
「ルーシャ。それなら改めて──」
「はい。偽装婚約を破棄しましょう!」
「な、何故だ?」
「何故って。私とテオドア様は、守護竜の花嫁の問題を解決するための時間稼ぎとして偽装婚約を結びましたでしょう。これでもう、私達を繋ぐものは必要ありません。シェリクス公爵様がお選びになった、テオドア様にピッタリの方と、お幸せになってくださいね」
目を丸くして驚くテオドアに、ルーシャは当たり前のことを当たり前に伝えたのだが、テオドアは何度も瞬きしながら俯き口ごもった。
「ル、ルーシャ。私は……」
「テオドア様。私は王都へ戻ります。何日も暇をもらってしまいましたので。失礼します」
「ま、待ってくれ。その……クラウディアが! クラウディアがルーシャのことを心配しているのだ。今日、騎士を連れて谷へ行ったのも、クラウディアに懇願されていったのだ。ルーシャを救って欲しいと……」
「クラウディア様はお優しいですね。お礼を伝えておいていただけますか」
「ああ。……いや。昼食でも一緒にどうだろうか。クラウディアと一緒に。約束したのだ、ルーシャを連れ帰ると、クラウディアに……」
テオドアはどうしても、ルーシャをまだ帰したくないようだ。テオドアは兎も角、クラウディアの好意を無下にすることは出来なかった。
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