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第五章 守護竜の花嫁

004 花嫁の役目

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 守護竜の花嫁は清き乙女を。選び弔うが定め。
 選び弔う定めを担うのは花嫁であり、シェリクス家ではない。新しい守護竜を選び、そして先代となる守護竜を弔うのがら花嫁の役目だと、守護竜は言った。 

「わ、私が守護竜を選ぶ? どうやって?」
『適当でいいのじゃ。ワシが候補をしっかり揃えておるし、ビビッと来たヤツを選べば良い。大変なのはそこではない。花嫁は死する守護竜の魂を受け止め、その身に宿る竜玉を具現化し、次の守護竜へ引き継ぐのが役目なのじゃ』
「引き継ぐのが役目なの?」
『簡単なことではない。竜玉は初代守護竜の魂そのもの。かつて愛した女性の為に、永遠にこの地を守ると誓ったドラゴンの成れの果て。今はワシの中に収まっておるが、ワシが朽ちた時それは解き放たれる。これを受け止められるのは清き乙女のみ。この国とドラゴンを慈しみ、心通わすことが出来る人間にしか出来ぬのじゃ』
「……あの。守護竜の花嫁は、守護竜に捧げる生贄だと云われているのですが、どうしてでしょう?」
『おそらく、この儀式の後、国へ帰らなかった者がおるからじゃろう。竜玉の力は強い。命と引き換えに役目を果たした者もおるのじゃ』
「命と引き換えですか?」

 ヒスイも真剣な眼差しを守護竜に向け、握る手に力がこもる。

『それは稀なことじゃ。健康な人間ならきっと大丈夫じゃ。他にも、本当にお嫁に来てしまう者のおったそうじゃ。ヒスイ達を見れば分かるかもしれんが……。初代守護竜は人間と結ばれたから、ワシらにも僅かに人間の血が交じっておるのじゃ』
「人とドラゴンが?」

 ルーシャはヒスイを横目でみた。人とドラゴンにも前例があるらしい。それなら、気づいたばかりの自分の気持ちを、ヒスイに言ってもいいのだろうか。
 ヒスイは緊張した顔つきで目を泳がせていた。

『ひと月後に、また来てくれるかのぅ。ヒスイと一緒に』
「え? ヒスイを連れていってもいいんですか?」
『良い。ワシも昔の記憶を思い出してのぅ。あの頃の想い出に浸りたくなったのじゃ。何だか晴れやかな気分じゃのぅ。久々じゃ』

 そう言うと守護竜はのっそりと立ち上がり、洞窟の真ん中で丸くなり大きく欠伸をした。
 守護竜の尾から解放されたコハクは、そっぽを向いて頬を膨らませていた。

「コハク。ごめん。時を戻すとき、守護竜の力に触れて、あの時のこと全部見た。お前が馬車を助けようとしてたこと……。お前の話も聞かないで、決めつけてごめん。酷いことたくさん言った。全部僕が悪かった。それから……ありがとう」

「んっ!?……んな、昔のこと全部忘れた。さっさとどっか行っちまえよ」
「コハクさん。ごめんなさい。ヒスイのこと奪うようなことになってしまって。でも、今からでも私達、友達になれるんじゃないかしら。どうかしら?」
「はぁっ!? おおお俺は友達とかいらねぇし。人間とかうぜぇし」
「でも、さっき守護竜様が、コハクさんも遊びたかったって」
「あんなのでっちあげだっ! 目障りだ消えろ!」

 真っ赤な顔でしどろもどろしながらコハクは怒っている。ヒスイはそんなコハクを見ると、お腹を抱えて大笑いして、それをみてコハクはもっと怒って、最終的に守護竜がキレてみんな洞窟から追い出されてしまった。


 滝の裏側に飛ばされたルーシャ達は、外の様子に瞳を輝かせた。

「ヒスイ。見て! 虹だわ」
「綺麗ですね」
「あー。やっとウザイ雨がやんだな」
「そっか。守護竜様が泣き止んだから、空が晴れたのね」
「本当に迷惑な方です。ですが今回は僕が一番迷惑をかけてしまいましたね。早くルーシャに相談して、守護竜の元へ行けば良かったのに。もしも戻れなかったら、もしもその間にルーシャに何か起きたら。そう思ったら、何も行動に移せなくて。すみませんでした」
「ううん。色々なことが分かって良かった。私、守護竜の花嫁になるわ。守護竜様の最期を見届けたい。それに、ヒスイとのこと、それから両親のこと、全部思い出したい」

 そしたら、ヒスイに気持ちを伝えよう。
 自分の役目を全うできたら、きっと自分に自身が持てる。両親や叔母さんに誇れる自分になれたら、言おう。ルーシャは虹を臨むヒスイの横顔に誓った。

「ですがルーシャ。命の危険があるかもしれないんですよ。分かってますか?」
「大丈夫よ。私の命は、お母様とお父様、それから叔母様が繋いでくれたものだから。誰よりも頑丈なんだから!」
「それは、頼もしいです」

 ヒスイはルーシャの前向きな姿にホッと笑みを溢し、コハクはその憎らしいほど愛らしい笑顔に目を細めた。
 
「じゃ、俺は帰るわ。またひと月後な。イチャイチャしてて忘れんなよ」
「コハクさんも、よかったらパン屋さんのお手伝いをしない? きっとお友達だってたくさん──」
「する訳ねぇだろっ。じゃあなっ」

 ルーシャの誘いに顔を真っ赤にさせると、コハクはそのまま滝壺に飛び込んで見えなくなってしまった。

「怒らせちゃったかしら」
「シャイなので放って置きましょう。さてさて戻りましょうか。リック君は僕が」

 ヒスイがリックを背負おうと、リックは眉間にシワを寄せ唸り声をあげると、急に覚醒した。

「ん~。んっ!? ヒスイ殿!? ぅぉおおおお。ヒスイ殿の背中だぁ!」
「あの。背中に頬を擦り付けるの止めてくれませんか。摩擦熱で火が着きそうです」
「だって、オレの夢がぁ。もう離さないからな。絶対に離さないからな!」
「リック。ちょっと落ち着いて。ヒスイが困ってるじゃない」

 ルーシャがリックのフードを引っ張ると、リックは顔を上げヒスイの顔色を窺った。

「ヒスイ殿。困ってますか? オレがルーシャをここまで安全に届けたんですよ。ヒスイ殿だって会いたかったですよね。嬉しいですよね!」
「それは……勿論、感謝してますよ。リック君」 
「ですよね~? だったら……」

 リックは幸せそうな笑顔で交渉を始めた。

 ◇◇◇◇

「ひゃっほぉぉぉぉい!?」

 リックは水竜の背中で雄叫びをあげた。
 ドラゴンに姿を変えたヒスイは、滝壺から一気に上昇した。落ち行く滝を足でなぞり、水飛沫を撒き散らせながらヒスイは飛翔する。あまりの風圧に、ルーシャはリックにしがみつくだけで精一杯で、声すら出せなかった。

『そろそろ滝の上ですよ』

 ヒスイの声と共に視界が開ける。竜谷の崖より更に空へ舞い上がり、ヒスイは風に乗って山頂を旋回していた。
 シェリクス領の全てが見渡せ、遠くにアーネストの屋敷も見えた。

「いぇ~い。最高の眺め……げっ。あいつっ!?」

 リックは下を見下ろし驚いて固まった。

 崖の上には人がいた。昨日見たテオドアと、数十名の騎士が待ち構えていた。





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