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第四章 竜谷の雨
009 別荘
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別荘は昔と何一つ変わらずに、シェリクス家の屋敷の近くにある丘の上に静かに雨に耐えながら建っていた。
レンガ造りの二階建てで、今はアーネスト伯爵の所有物となっているので、定期的に掃除され、いつでもすぐ使えるようになっている。
この丘を川の方へと下り、川沿いを歩くと竜谷がある山に繋がっていて、その辺りからシェリクス家の敷地内となり、本来は一般の者は立ち入り禁止区域となる。
しかし森の中には塀が無いので、自由に出入りできる。竜谷の崖の上に行きたいのならシェリクス家の屋敷からの方が近いのだが、谷の下、即ち滝壺の方へ向かうならこちらからの方が近い。
しかし地図などは存在しないので、後は鼻の効くシュヴァルツを頼りに進もうと考えていた。
暖炉に灯をともし、濡れたローブを乾かす。
雨は頻りに降り続け、竜谷への道を閉ざそうとしているように感じた。
リックは別荘に着いてしばらく黙り込んでいたが、荷物を整理し終えるとルーシャの前に立ち、意を決した様子で口を開いた。
「ルーシャ。守護竜の花嫁って、結局何なんだ? あの話し方じゃ、まるで竜に捧げる餌みたいに聞こえたんだけど」
「この国の人はみんなそう思っているわ。花嫁は生贄だって。実際はよく分からないけれど」
「……じゃあ。さっきの男は、竜の生贄にするためにルーシャを探そうとしてたのか? んで、逃げないように一緒にいようとしてたのか?」
怒りのままに声を発するリックを宥めるように、ルーシャは落ち着いた声で話す。
「そうだと思うわ。彼は公爵家を継ぐ人間だから、この国の為、守護竜に花嫁を捧げなくちゃいけないの。花嫁を選び、弔うのが彼の役目。仕方ないのよ」
「はぁ!? 仕方ないわけ無いだろ!? 何でそんな普通の顔していられるんだよ。偽りの婚約者? あいつの良いように使われてるだけじゃんか!」
「偽装婚約はお従兄様が考えたの。私が婚約を結ばなければ、逃げられないように幽閉されていたでしょうし。要するに、時間稼ぎなの。生贄を捧げずにすむ方法を探しているの。テオドア様だって、他の方法がないか調べてくれていたみたいだし、今はそれより──」
言いかけた時、リックに肩を強く掴まれ、涙を溜め込んだ瞳にルーシャの視線は奪われた。
「それより何だよっ。なぁ、ルーシャは何の為に竜谷へ行くんだよ。まさか、ヒスイを自由にする代わりに自分が犠牲になるとかじゃないよな!?」
「違うわ。私はヒスイを迎えに行きたいだけ。ヒスイに会いたいだけよ。隣にいないと不安なの。もう二度と会えなくなる気がして怖いの!」
「何すかそれ。生贄にされるかもとか、そういうことは考えないのかよ」
「そんなことまで考えてる余裕なかったのよ。それに、まだ半年も先の予定だし。ヒスイを迎えに来たドラゴンは、私に関わるなって言っていたわ。だから、花嫁を誘い出すためとか、そういうことでは無いと思うの。でも……前はこんな悪天候になることは無かったし、何が起きているのかしら?」
リックに言われて初めて気づいたが、これは守護竜の花嫁の儀式に関連するものなのだろうか。
「んなこと知るかよっ!? っていうか、前はってどういう意味だよ。千年に一度の儀式なんだろ?」
「そうなんだけど……。リックには話しても良いわよね」
ここまで真剣に考えてくれて、全力で自分の気持ちをぶつけるリックに、隠し事は良くない。きっとリックなら信じて受け止めてくれる。
「な、何をだよ。これ以上、問題増やす様なことばっか言い始められたら。オレ、頭の中爆発しそうなんだけど」
「うーん。多分爆発するわね。覚悟して聞いて。これはドラゴンの話でもあるんだから」
◇◇◇◇
「守護竜ってすげぇ~」
リックはソファーにもたれ掛かり、天井に向かって気の抜けた声をあげた。リックの頭の中では同時多発的に爆発事故が起こり、もう考えることを放棄していた。
「巻き込んでしまってごめんなさい。この国の人でもないのに」
「この国の人には言えないだろ。自分の生活と一人の人間を天秤にかけたら、みんな自分を選ぶ」
「そうね」
「でもさ。それなら、ルーシャに呪術をかけた奴もハッキリさせといた方がいいだろうな。この国の魔法って、オレの国とは仕組みが違うっぽいんだけど、確か呪術は動物の骨とか死骸を使ってやるタイプだよな?」
「あんまり私も詳しくないのだけれど……」
「人に死を与えるほど強い呪いは無いけど、身体を衰弱させたり、自由を奪ったりするんだよ。多分、これが役に立つと思うから、肌身離さず着けておいて」
リックは自分の首からネックレスを外し、ルーシャの首にかけた。透明の液体が入った小瓶付きのネックレスだ。
「これは何かしら? 凄く高価なものに見えるのだけど」
「光の巫女の涙。オレの国の聖女様みたいな人のヤツ。大抵の呪いはこれでイチコロだ」
「ふーん。やっぱりリックの国には便利なものがたくさんあるのね」
「そうかな? でも、これがあれば呪われることはないし、呪術は弾いてくれると思う。でも、薬草の毒とかには効かないと思うから、拾い食いはするなよ」
「しないわ。リック、ありがとう。リックは無くても平気なの?」
「まだあるから大丈夫」
リックは鞄から新しいネックレスを取り出し首にかけ、大きく深呼吸した。
「明日はついに、喋るドラゴンとご対面かぁ。さっきは怒ってごめん。明日はヒスイ殿を探しだそう。ヒスイ殿は絶対にルーシャの味方だと思うから」
「うん。明日はヒスイと一緒に、晴れた空を見上げられたらいいな」
レンガ造りの二階建てで、今はアーネスト伯爵の所有物となっているので、定期的に掃除され、いつでもすぐ使えるようになっている。
この丘を川の方へと下り、川沿いを歩くと竜谷がある山に繋がっていて、その辺りからシェリクス家の敷地内となり、本来は一般の者は立ち入り禁止区域となる。
しかし森の中には塀が無いので、自由に出入りできる。竜谷の崖の上に行きたいのならシェリクス家の屋敷からの方が近いのだが、谷の下、即ち滝壺の方へ向かうならこちらからの方が近い。
しかし地図などは存在しないので、後は鼻の効くシュヴァルツを頼りに進もうと考えていた。
暖炉に灯をともし、濡れたローブを乾かす。
雨は頻りに降り続け、竜谷への道を閉ざそうとしているように感じた。
リックは別荘に着いてしばらく黙り込んでいたが、荷物を整理し終えるとルーシャの前に立ち、意を決した様子で口を開いた。
「ルーシャ。守護竜の花嫁って、結局何なんだ? あの話し方じゃ、まるで竜に捧げる餌みたいに聞こえたんだけど」
「この国の人はみんなそう思っているわ。花嫁は生贄だって。実際はよく分からないけれど」
「……じゃあ。さっきの男は、竜の生贄にするためにルーシャを探そうとしてたのか? んで、逃げないように一緒にいようとしてたのか?」
怒りのままに声を発するリックを宥めるように、ルーシャは落ち着いた声で話す。
「そうだと思うわ。彼は公爵家を継ぐ人間だから、この国の為、守護竜に花嫁を捧げなくちゃいけないの。花嫁を選び、弔うのが彼の役目。仕方ないのよ」
「はぁ!? 仕方ないわけ無いだろ!? 何でそんな普通の顔していられるんだよ。偽りの婚約者? あいつの良いように使われてるだけじゃんか!」
「偽装婚約はお従兄様が考えたの。私が婚約を結ばなければ、逃げられないように幽閉されていたでしょうし。要するに、時間稼ぎなの。生贄を捧げずにすむ方法を探しているの。テオドア様だって、他の方法がないか調べてくれていたみたいだし、今はそれより──」
言いかけた時、リックに肩を強く掴まれ、涙を溜め込んだ瞳にルーシャの視線は奪われた。
「それより何だよっ。なぁ、ルーシャは何の為に竜谷へ行くんだよ。まさか、ヒスイを自由にする代わりに自分が犠牲になるとかじゃないよな!?」
「違うわ。私はヒスイを迎えに行きたいだけ。ヒスイに会いたいだけよ。隣にいないと不安なの。もう二度と会えなくなる気がして怖いの!」
「何すかそれ。生贄にされるかもとか、そういうことは考えないのかよ」
「そんなことまで考えてる余裕なかったのよ。それに、まだ半年も先の予定だし。ヒスイを迎えに来たドラゴンは、私に関わるなって言っていたわ。だから、花嫁を誘い出すためとか、そういうことでは無いと思うの。でも……前はこんな悪天候になることは無かったし、何が起きているのかしら?」
リックに言われて初めて気づいたが、これは守護竜の花嫁の儀式に関連するものなのだろうか。
「んなこと知るかよっ!? っていうか、前はってどういう意味だよ。千年に一度の儀式なんだろ?」
「そうなんだけど……。リックには話しても良いわよね」
ここまで真剣に考えてくれて、全力で自分の気持ちをぶつけるリックに、隠し事は良くない。きっとリックなら信じて受け止めてくれる。
「な、何をだよ。これ以上、問題増やす様なことばっか言い始められたら。オレ、頭の中爆発しそうなんだけど」
「うーん。多分爆発するわね。覚悟して聞いて。これはドラゴンの話でもあるんだから」
◇◇◇◇
「守護竜ってすげぇ~」
リックはソファーにもたれ掛かり、天井に向かって気の抜けた声をあげた。リックの頭の中では同時多発的に爆発事故が起こり、もう考えることを放棄していた。
「巻き込んでしまってごめんなさい。この国の人でもないのに」
「この国の人には言えないだろ。自分の生活と一人の人間を天秤にかけたら、みんな自分を選ぶ」
「そうね」
「でもさ。それなら、ルーシャに呪術をかけた奴もハッキリさせといた方がいいだろうな。この国の魔法って、オレの国とは仕組みが違うっぽいんだけど、確か呪術は動物の骨とか死骸を使ってやるタイプだよな?」
「あんまり私も詳しくないのだけれど……」
「人に死を与えるほど強い呪いは無いけど、身体を衰弱させたり、自由を奪ったりするんだよ。多分、これが役に立つと思うから、肌身離さず着けておいて」
リックは自分の首からネックレスを外し、ルーシャの首にかけた。透明の液体が入った小瓶付きのネックレスだ。
「これは何かしら? 凄く高価なものに見えるのだけど」
「光の巫女の涙。オレの国の聖女様みたいな人のヤツ。大抵の呪いはこれでイチコロだ」
「ふーん。やっぱりリックの国には便利なものがたくさんあるのね」
「そうかな? でも、これがあれば呪われることはないし、呪術は弾いてくれると思う。でも、薬草の毒とかには効かないと思うから、拾い食いはするなよ」
「しないわ。リック、ありがとう。リックは無くても平気なの?」
「まだあるから大丈夫」
リックは鞄から新しいネックレスを取り出し首にかけ、大きく深呼吸した。
「明日はついに、喋るドラゴンとご対面かぁ。さっきは怒ってごめん。明日はヒスイ殿を探しだそう。ヒスイ殿は絶対にルーシャの味方だと思うから」
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