46 / 65
第四章 竜谷の雨
009 別荘
しおりを挟む
別荘は昔と何一つ変わらずに、シェリクス家の屋敷の近くにある丘の上に静かに雨に耐えながら建っていた。
レンガ造りの二階建てで、今はアーネスト伯爵の所有物となっているので、定期的に掃除され、いつでもすぐ使えるようになっている。
この丘を川の方へと下り、川沿いを歩くと竜谷がある山に繋がっていて、その辺りからシェリクス家の敷地内となり、本来は一般の者は立ち入り禁止区域となる。
しかし森の中には塀が無いので、自由に出入りできる。竜谷の崖の上に行きたいのならシェリクス家の屋敷からの方が近いのだが、谷の下、即ち滝壺の方へ向かうならこちらからの方が近い。
しかし地図などは存在しないので、後は鼻の効くシュヴァルツを頼りに進もうと考えていた。
暖炉に灯をともし、濡れたローブを乾かす。
雨は頻りに降り続け、竜谷への道を閉ざそうとしているように感じた。
リックは別荘に着いてしばらく黙り込んでいたが、荷物を整理し終えるとルーシャの前に立ち、意を決した様子で口を開いた。
「ルーシャ。守護竜の花嫁って、結局何なんだ? あの話し方じゃ、まるで竜に捧げる餌みたいに聞こえたんだけど」
「この国の人はみんなそう思っているわ。花嫁は生贄だって。実際はよく分からないけれど」
「……じゃあ。さっきの男は、竜の生贄にするためにルーシャを探そうとしてたのか? んで、逃げないように一緒にいようとしてたのか?」
怒りのままに声を発するリックを宥めるように、ルーシャは落ち着いた声で話す。
「そうだと思うわ。彼は公爵家を継ぐ人間だから、この国の為、守護竜に花嫁を捧げなくちゃいけないの。花嫁を選び、弔うのが彼の役目。仕方ないのよ」
「はぁ!? 仕方ないわけ無いだろ!? 何でそんな普通の顔していられるんだよ。偽りの婚約者? あいつの良いように使われてるだけじゃんか!」
「偽装婚約はお従兄様が考えたの。私が婚約を結ばなければ、逃げられないように幽閉されていたでしょうし。要するに、時間稼ぎなの。生贄を捧げずにすむ方法を探しているの。テオドア様だって、他の方法がないか調べてくれていたみたいだし、今はそれより──」
言いかけた時、リックに肩を強く掴まれ、涙を溜め込んだ瞳にルーシャの視線は奪われた。
「それより何だよっ。なぁ、ルーシャは何の為に竜谷へ行くんだよ。まさか、ヒスイを自由にする代わりに自分が犠牲になるとかじゃないよな!?」
「違うわ。私はヒスイを迎えに行きたいだけ。ヒスイに会いたいだけよ。隣にいないと不安なの。もう二度と会えなくなる気がして怖いの!」
「何すかそれ。生贄にされるかもとか、そういうことは考えないのかよ」
「そんなことまで考えてる余裕なかったのよ。それに、まだ半年も先の予定だし。ヒスイを迎えに来たドラゴンは、私に関わるなって言っていたわ。だから、花嫁を誘い出すためとか、そういうことでは無いと思うの。でも……前はこんな悪天候になることは無かったし、何が起きているのかしら?」
リックに言われて初めて気づいたが、これは守護竜の花嫁の儀式に関連するものなのだろうか。
「んなこと知るかよっ!? っていうか、前はってどういう意味だよ。千年に一度の儀式なんだろ?」
「そうなんだけど……。リックには話しても良いわよね」
ここまで真剣に考えてくれて、全力で自分の気持ちをぶつけるリックに、隠し事は良くない。きっとリックなら信じて受け止めてくれる。
「な、何をだよ。これ以上、問題増やす様なことばっか言い始められたら。オレ、頭の中爆発しそうなんだけど」
「うーん。多分爆発するわね。覚悟して聞いて。これはドラゴンの話でもあるんだから」
◇◇◇◇
「守護竜ってすげぇ~」
リックはソファーにもたれ掛かり、天井に向かって気の抜けた声をあげた。リックの頭の中では同時多発的に爆発事故が起こり、もう考えることを放棄していた。
「巻き込んでしまってごめんなさい。この国の人でもないのに」
「この国の人には言えないだろ。自分の生活と一人の人間を天秤にかけたら、みんな自分を選ぶ」
「そうね」
「でもさ。それなら、ルーシャに呪術をかけた奴もハッキリさせといた方がいいだろうな。この国の魔法って、オレの国とは仕組みが違うっぽいんだけど、確か呪術は動物の骨とか死骸を使ってやるタイプだよな?」
「あんまり私も詳しくないのだけれど……」
「人に死を与えるほど強い呪いは無いけど、身体を衰弱させたり、自由を奪ったりするんだよ。多分、これが役に立つと思うから、肌身離さず着けておいて」
リックは自分の首からネックレスを外し、ルーシャの首にかけた。透明の液体が入った小瓶付きのネックレスだ。
「これは何かしら? 凄く高価なものに見えるのだけど」
「光の巫女の涙。オレの国の聖女様みたいな人のヤツ。大抵の呪いはこれでイチコロだ」
「ふーん。やっぱりリックの国には便利なものがたくさんあるのね」
「そうかな? でも、これがあれば呪われることはないし、呪術は弾いてくれると思う。でも、薬草の毒とかには効かないと思うから、拾い食いはするなよ」
「しないわ。リック、ありがとう。リックは無くても平気なの?」
「まだあるから大丈夫」
リックは鞄から新しいネックレスを取り出し首にかけ、大きく深呼吸した。
「明日はついに、喋るドラゴンとご対面かぁ。さっきは怒ってごめん。明日はヒスイ殿を探しだそう。ヒスイ殿は絶対にルーシャの味方だと思うから」
「うん。明日はヒスイと一緒に、晴れた空を見上げられたらいいな」
レンガ造りの二階建てで、今はアーネスト伯爵の所有物となっているので、定期的に掃除され、いつでもすぐ使えるようになっている。
この丘を川の方へと下り、川沿いを歩くと竜谷がある山に繋がっていて、その辺りからシェリクス家の敷地内となり、本来は一般の者は立ち入り禁止区域となる。
しかし森の中には塀が無いので、自由に出入りできる。竜谷の崖の上に行きたいのならシェリクス家の屋敷からの方が近いのだが、谷の下、即ち滝壺の方へ向かうならこちらからの方が近い。
しかし地図などは存在しないので、後は鼻の効くシュヴァルツを頼りに進もうと考えていた。
暖炉に灯をともし、濡れたローブを乾かす。
雨は頻りに降り続け、竜谷への道を閉ざそうとしているように感じた。
リックは別荘に着いてしばらく黙り込んでいたが、荷物を整理し終えるとルーシャの前に立ち、意を決した様子で口を開いた。
「ルーシャ。守護竜の花嫁って、結局何なんだ? あの話し方じゃ、まるで竜に捧げる餌みたいに聞こえたんだけど」
「この国の人はみんなそう思っているわ。花嫁は生贄だって。実際はよく分からないけれど」
「……じゃあ。さっきの男は、竜の生贄にするためにルーシャを探そうとしてたのか? んで、逃げないように一緒にいようとしてたのか?」
怒りのままに声を発するリックを宥めるように、ルーシャは落ち着いた声で話す。
「そうだと思うわ。彼は公爵家を継ぐ人間だから、この国の為、守護竜に花嫁を捧げなくちゃいけないの。花嫁を選び、弔うのが彼の役目。仕方ないのよ」
「はぁ!? 仕方ないわけ無いだろ!? 何でそんな普通の顔していられるんだよ。偽りの婚約者? あいつの良いように使われてるだけじゃんか!」
「偽装婚約はお従兄様が考えたの。私が婚約を結ばなければ、逃げられないように幽閉されていたでしょうし。要するに、時間稼ぎなの。生贄を捧げずにすむ方法を探しているの。テオドア様だって、他の方法がないか調べてくれていたみたいだし、今はそれより──」
言いかけた時、リックに肩を強く掴まれ、涙を溜め込んだ瞳にルーシャの視線は奪われた。
「それより何だよっ。なぁ、ルーシャは何の為に竜谷へ行くんだよ。まさか、ヒスイを自由にする代わりに自分が犠牲になるとかじゃないよな!?」
「違うわ。私はヒスイを迎えに行きたいだけ。ヒスイに会いたいだけよ。隣にいないと不安なの。もう二度と会えなくなる気がして怖いの!」
「何すかそれ。生贄にされるかもとか、そういうことは考えないのかよ」
「そんなことまで考えてる余裕なかったのよ。それに、まだ半年も先の予定だし。ヒスイを迎えに来たドラゴンは、私に関わるなって言っていたわ。だから、花嫁を誘い出すためとか、そういうことでは無いと思うの。でも……前はこんな悪天候になることは無かったし、何が起きているのかしら?」
リックに言われて初めて気づいたが、これは守護竜の花嫁の儀式に関連するものなのだろうか。
「んなこと知るかよっ!? っていうか、前はってどういう意味だよ。千年に一度の儀式なんだろ?」
「そうなんだけど……。リックには話しても良いわよね」
ここまで真剣に考えてくれて、全力で自分の気持ちをぶつけるリックに、隠し事は良くない。きっとリックなら信じて受け止めてくれる。
「な、何をだよ。これ以上、問題増やす様なことばっか言い始められたら。オレ、頭の中爆発しそうなんだけど」
「うーん。多分爆発するわね。覚悟して聞いて。これはドラゴンの話でもあるんだから」
◇◇◇◇
「守護竜ってすげぇ~」
リックはソファーにもたれ掛かり、天井に向かって気の抜けた声をあげた。リックの頭の中では同時多発的に爆発事故が起こり、もう考えることを放棄していた。
「巻き込んでしまってごめんなさい。この国の人でもないのに」
「この国の人には言えないだろ。自分の生活と一人の人間を天秤にかけたら、みんな自分を選ぶ」
「そうね」
「でもさ。それなら、ルーシャに呪術をかけた奴もハッキリさせといた方がいいだろうな。この国の魔法って、オレの国とは仕組みが違うっぽいんだけど、確か呪術は動物の骨とか死骸を使ってやるタイプだよな?」
「あんまり私も詳しくないのだけれど……」
「人に死を与えるほど強い呪いは無いけど、身体を衰弱させたり、自由を奪ったりするんだよ。多分、これが役に立つと思うから、肌身離さず着けておいて」
リックは自分の首からネックレスを外し、ルーシャの首にかけた。透明の液体が入った小瓶付きのネックレスだ。
「これは何かしら? 凄く高価なものに見えるのだけど」
「光の巫女の涙。オレの国の聖女様みたいな人のヤツ。大抵の呪いはこれでイチコロだ」
「ふーん。やっぱりリックの国には便利なものがたくさんあるのね」
「そうかな? でも、これがあれば呪われることはないし、呪術は弾いてくれると思う。でも、薬草の毒とかには効かないと思うから、拾い食いはするなよ」
「しないわ。リック、ありがとう。リックは無くても平気なの?」
「まだあるから大丈夫」
リックは鞄から新しいネックレスを取り出し首にかけ、大きく深呼吸した。
「明日はついに、喋るドラゴンとご対面かぁ。さっきは怒ってごめん。明日はヒスイ殿を探しだそう。ヒスイ殿は絶対にルーシャの味方だと思うから」
「うん。明日はヒスイと一緒に、晴れた空を見上げられたらいいな」
0
お気に入りに追加
390
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる