上 下
35 / 65
第三章 ブランジェさん家

012 失礼な男性

しおりを挟む
 帰りも定期便に乗せてもらい、ルーシャとヒスイは夕暮れ時にブランジェさん家まで帰って来た。
 あの失礼な常連客はもう店に着いているようだ。
 見知らぬ馬が一頭、店の横に繋がれている。

「あの人。ロイさんやミールさんに失礼なことを言っていないといいのだけれど」
「多分、言ってますよ。もう聞こえてきてます」
「ええっ。大変だわっ」

 店に近づくと確かに怒鳴り声が聞こえてきた。
 しかしルーシャが店に入ろうとすると、ヒスイはルーシャの腕を掴み足止めをした。

「どうして止めるの!?」
「ルーシャ。会話を聞いてみてください」
「会話を?」

 ルーシャは窓から店内を覗き聞き耳を立てると、ロイの怒鳴り声が聞こえた。

「お前は何も分かっていない。そんなことを言うなら二度と店に顔を出すな! 帰れ!」
「あなた。それは言い過ぎよ」
「ミールは黙っていろ!」

 初めて聞くロイの怒声に、ルーシャは萎縮した。
 お客さん相手にここまで怒るとは、あの男性はどれだけ酷いことを言ったのかと勘繰ってしまう。
 そして今度は、あの男性の声が聞こえてきた。

「ミル婆もミル婆だ。あんなガキどもにパンを売らせやがって。いつからウチのパンを味じゃなくて顔で売るようになったんだよ!」
「ルーシャさんとヒスイ君に何てことを言うんだ。あの子達は毎日汗水流して良いものを作ってくれているんだ。それに、ルーシャさんはここにお前とお見合いする為に来てくれたんだぞ!」

 ウチのパン? お見合い?
 店内に行き交う言葉の数々から、ルーシャは気付く。あの男性が誰なのか。
 隣のヒスイに目を向けると、彼はとっくに分かっていたという顔をしていた。

「はぁ? あんな年の離れたクソガキとお見合いとか馬鹿じゃねぇの。見た目だけで中身の無いもんばっか売ってると、この店は潰れちまうよ。まぁ、その方が俺も好きな場所で生きていけるから、それもいいかもな!」
「カルロっ! お前はやっぱり店を潰す気だったんだなっ」
「不味いアップルパイなんか売ってる店。潰れちま──」

 パンっという音が店内に響いた。ミールがカルロの頬を叩いたのだ。

「ロイのアップルパイは確かに不味いわ。しかも、ロイ自身はそれに気付いてなかったけれど。ルーシャさんのアップルパイは美味しいのよ。ちゃんと食べてからいいなさい!」
「はっ。どうせジジババの舌が認めた物なんか……」

 その時ルーシャは我慢できずに店内に飛び込んだ。 
 そしてアップルパイを指差し声を張った。

「文句ばっかり言ってないで食べてください。荷物を見ていてくれたお礼です。約束しましたよね」
「ちっ……」


 店の喫茶スペースで、カルロはルーシャのアップルパイを食べることになった。

 見た目は合格。香りも良さそう。
 
 辛辣な四人の視線を浴びながら、カルロはひと口、アップルパイを口に入れた。

「不味……くはない。普通だ」
「普通って……」
「金を払うほどの価値は感じない。普通だ」

 そういうとカルロは立ち上がり、店の食パンを千切って口に放り込んだ。これもいつも通りウマイ。

「お前、俺と見合いする為に来たんだってな」
「ええ。そうよ」
「俺はお前みたいなガキはタイプじゃない」
「なんですって!?」

 お見合いは成立しなくて良い。
 ルーシャからしたら、断られるのは万々歳だ。
 しかし、こんな言われようには腹が立った。

「だが、お前の作った物は悪くない。普通に食べられる。多分、毎日でも食える。だから、嫁にもらってやってもいいぞ」
「えぇっ!? わ、私は嫌です。貴方みたいに失礼極まりない人、初めてです」
「おお。いいじゃんか。俺みたいな奴が初めてなら、これから新しい発見がたくさんあって毎日楽しいぞ」
「た、楽しくなんか……」
「因みに、お前いつくだ?」
「十五ですけど」
「マジでガキかよ。でも、それならこれから成長が見込めるって事だよな」

 ルーシャの平らな胸を眺め、カルロは鼻で笑う。
 こんな屈辱初めてだ。
 ルーシャは咄嗟にヒスイの後ろに隠れた。

 しかしルーシャはヒスイの背中に触れ、気が付いた。
 ヒスイが怒っている。
 多分、今まで無いぐらい、怒っている。

 ヒスイが拳を握りしめ、切れる寸前、別の人物の怒号が響いた。

「カルロ! ルーシャさんをそんな目で見るな! お前なんかにルーシャさんはもったいない。店から出ていけ!」
「はぁ? 俺がどんな思いで今日まで過ごしてきたか……」
「どうせ女の尻でも追っかけておったんだろ」
「んな訳あるか! 俺は俺で店を盛り立てようと思って食材探してたんだよ!」
「カルロ、そうだったの?」
「ああ。店が流行って金回りが良くなれば嫁だって来んだろ!」

 結局嫁かよ。と内心ルーシャは思ったが、カルロは店を潰そうとは思っていないし、パン職人として味にこだわりを持っている人なのかもしれないとも感じた。
 カルロのパンを食べたこともないのに、否定してしまったら、彼と同じになってしまう。それは嫌だ。

「私、カルロさんの作ったパン、食べてみたいです」
「おい。……食ったら惚れるぞ?」

 まさかの返しにルーシャは言葉を失った。
 カルロはレイスの言った言った通り、女好きなパン職人なのだと確信した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

ヤンデレ系暗黒乙女ゲームのヒロインは今日も攻略なんかしない!

As-me.com
恋愛
孤児だった私が、ある日突然侯爵令嬢に?!これはまさかの逆転シンデレラストーリーかと思いきや……。 冷酷暗黒長男に、ドSな変態次男。さらには危ないヤンデレ三男の血の繋がらないイケメン3人と一緒に暮らすことに!そして、優しい執事にも秘密があって……。 えーっ?!しかもここって、乙女ゲームの世界じゃないか! 私は誰を攻略しても不幸になる暗黒ゲームのヒロインに転生してしまったのだ……! だから、この世界で生き延びる為にも絶対に誰も攻略しません! ※過激な表現がある時がありますので、苦手な方は御注意してください。

勘違いストーカー野郎のせいで人生めちゃくちゃにされたけれど、おかげで玉の輿にのれました!

麻宮デコ@ざまぁSS短編
恋愛
子爵令嬢のタニアには仲のいい幼馴染のルーシュがいた。 このままなら二人は婚約でもするだろうと思われた矢先、ルーシュは何も言わずに姿を消した。 その後、タニアは他の男性と婚約して幸せに暮らしていたが、戻ってきたルーシュはタニアの婚約を知り怒り狂った。 「なぜ俺以外の男と婚約しているんだ!」 え、元々、貴方と私は恋人ではなかったですよね? 困惑するタニアにルーシュは彼女を取り返そうとストーカーのように執着していく。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

処理中です...