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第三章 ブランジェさん家

011 一枚の絵

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 ルーシャとヒスイは公園の原っぱに寝転び木漏れ日を堪能していた。

 キャラメル味のバームクーヘンとナッツ入りのバームクーヘンを半分ずつ食べて、お腹は満たされ、このままお昼寝したいくらいだ。

「素敵な絵でしたね」
「うん。ヒスイにも見てもらえて良かったわ」

 ここへ来る途中、二人は画廊を訪ねていた。

 ルーシャが昔住んでいた近くにある画廊には、ルーシャの家族の絵が飾られている。まだまだ売れない画家だった青年は、公園で遊ぶ家族を捕まえては練習がてら絵を描いていたのだ。
 今ではその画家は貴族の肖像画描いて生計を立てていて、昔描いた家族の絵は小さな画廊に飾り誰でも観ることが出来る。

「あの絵、ルーシャだったら持ち帰ることも出来るんですよね。いいんですか?」

 絵のモデルになった家族ならその絵を持ち帰ることも出来るそうで、何度か話をいただいたのだがルーシャはいつも断っていた。

「いいのよ。あの絵はあそこに飾ってある方が幸せなの。私が独り占めするんじゃなくて、色んな人の目に触れて欲しいの。それでね、私の知らない誰かの記憶の中に、お父様とお母様の笑顔が残ってくれたら嬉しいなって」
「……それはとても、幸せなことですね」
「ええ。──そうだ。ヒスイの絵も残しましょうよ。私が描いてあげるわ」
「ルーシャは絵心がないので遠慮しておきます」
「な、何で知ってるの!? で、でも、ある意味歴史に残るようなスッゴい絵になるかもしれないわよ」

 ルーシャは落ちていた木の枝を拾い、茶色い土に絵を描き始めた。

「僕の顎も首も、そんなに長くないですよ」
「そう? 難しいわね。うーん。こんな感じかしら」
「珍獣ヒスイの爆誕ですね」
「そ、そんなこと無いわ。これはボツね。紙に描いたらもっと上手く描けるんだから」

 ルーシャは珍獣ヒスイを木の枝でかき消した。紙に描けば、それはそれで凄い物が誕生しそうだが、ヒスイにはそんな物は必要ない。

「今ので十分ですよ。土に描いた絵は簡単に消えてしまうかも知れませんが、僕の記憶の中では、さっきの家族の絵と同じように、額に入れた一枚の絵になって、一生残ります。たとえルーシャが忘れてしまったとしても」
「ヒスイ……」
「それほど、インパクトの強い絵でした」
「それ、馬鹿にしてるでしょ」

 やけに真剣な顔で言葉を返すヒスイに騙されるところだったけれど、どうやらルーシャで遊んでいるだけのようだ。

「してません。感謝しているだけですよ。──そろそろ戻りましょうか」
「そうね。戻りましょう」

 ◇◇◇◇

 ブランジェさん家のスペースの前には一人の男性が立っていた。誰かを待っている様子で、人混みの中をボーッと眺めている。
 ブランジェさん家の常連客か、それとも偶然店の前で待ち合わせなのか。どちらかは分からないが、ルーシャは、あることに気がついた。

「あら? 隣のおじさんいなくなってるわ」

 ルーシャがそう言うと、店の前にいた男性が一歩前へ出てルーシャに詰め寄った。

「お。やっぱお前らが新入りか?」

 男性は三十手前ぐらいで、身なりはそれなりに整っているが、目付きが悪く、ルーシャを睨み付けて喧嘩腰で話しかけてきた。
 ヒスイは要注意人物と判断し、ルーシャと男性の間に入り笑顔で言葉を返した。

「ブランジェさん家の常連さんですか?」
「ああ。今日はもうパンはないのか? いつもならまだあんのに」
「すみません。また来週お店を出しますので」
「はぁ? 隣の店の奴が急用で帰るっつーから店の荷物見ててやったのに。礼もなしに来週買いにこいって言うのか? 接客がなってねぇな」

 言いがかりもいいところである。
 あまりに不躾な物言いに、ルーシャは怒って言い返しそうになるが、ヒスイは冷静だった。

「それはありがとうございました。ですが、お売りできるパンがもうないのです」
「パンがないことは見れば分かる。誠意を見せろっつってんだよ。それから、今日はアップルパイを売ってたそうだな。あんなクソ不味いもん売ってんじゃねぇよ。店を潰す気か?」
「な、何ですって!? 黙って聞いていれば失礼にもほどがあるわ。食べたこともないのに、そんな事言うなんて」
「食ったことあるから言ってんだろ! あのクソじじいの作ったアップルパイは死ぬほど不味い!」

 男性と口論を始めたルーシャに、ヒスイは落ち着くようにと怒りで小さく震える肩を手で支えた。

「あの。今日お売りしたアップルパイを作ったのは彼女です。ロイさんの作ったものではありません」
「はあ? このガキが?」
「がっ、ガキですって!?」
「どうみてもガキだろ。おい。俺にそのアップルパイを食わせろ。店にならまだあんだろ? 付いてってやるから荷物見てた礼にタダで寄越しやがれ。そうだな……旨かったら金払ってやるよ。──俺は馬があるから。先行ってるぜ~」

 男はヒラヒラと手を振り人混みへと消えていった。

「何あの人!? 絶対に美味しいって言わせてやるんだから」
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