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第三章 ブランジェさん家

004 二段ベッドの上と下

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 ヒスイは二段ベッドの下で寝ている。それはさっきと変わらないのだが、今は上のベッドにルーシャがいた。

「ヒスイ。こっちの部屋には、いないわよね。いないわよね!?」
「はい。今はいませんよ」
「今は、って何よ!? 火狼の時みたいに、お話しして追い払うことはできないの?」
「さぁ。会話したことはないので」
「そ、そうよね。アレと仲良く会話するヒスイを見たら、……ヒスイのこと、嫌いになっちゃうかも」
「えっ……」
「おやすみなさい。ああ、やっぱり眠れない」
「ルーシャ。壁や窓の隙間に魔法をかけました。奴等が通る道はありません。安心して眠ってください」
「本当に!? ありがとう。ヒスイ。おやすみなさい」
「おやすみなさい」

 言葉を返すと、すぐに上の段から寝息が聞こえた。
 ルーシャは寝つきが良い。さっきまで黒い小さな虫一匹で騒いでいたとは思えないほどに静かになった。

 ルーシャの悲鳴が聞こえて部屋に駆けつけると、窓枠の隙間へ消え行く昆虫が見えた。ルーシャはというと、ベッドの上で縮こまり半泣き状態だった。

 ルーシャはその虫が大の苦手だそうだ。昔は平気で虫を捕まえていたような気がしたが、室内に出るアレだけはどうしても無理だと言う。

 また出るかもしれないと怯えたルーシャは、この部屋では眠れないと言い、ベッドが二つあるヒスイの部屋で寝ることになったのだ。
 今まで一人で過ごすことが多かったヒスイだが、当分ゆっくり一人の時間など来なさそうだ。

「こうしてずっと、そばで見守っていれば良かった……」

 そうしていたら、ルーシャの色々な表情を間近で見てこれたのに。

 でも、そうしなかったのは自分で、あの時あいつを疑ってしまった自分が全ていけなかったのだ。

 ヒスイは重い頭を手で覆い、深く息を吐いた。

 さっき魔法を使っただけで、疲労感が酷い。
 守護竜の暴走を止めた反動で、ヒスイの身体は酷く衰弱していた。
 しばらく大人しくしておけば回復するだろうが、本調子を取り戻すには数ヵ月かかるだろう。

 本来ならそんな時間、ボーっとしていればすぐ過ぎてしまうのに、ルーシャと過ごすと一日が充実していて長く、そして短くも感じる。

 一年など、きっとあっという間に過ぎてしまうだろう。

 一年後には──。

「ルーシャは、守護竜の花嫁になるんだ。それまで僕が、守らないと……」

 ◇◇◇◇

 ルーシャはパンの香ばしい薫りに誘われて目を覚ました。
 まだ外は暗い。こんな朝早くから、ロイはパンを焼いているのだ。

 ベッドから身を乗りだし、下段を覗き込むと、ヒスイがぐっすりと眠っていた。枕を抱きしめ気持ち良さそうだ。

「あらあら。ヒスイはやっぱりお寝坊さんなのね。私は着替えてロイさんのお手伝いをしましょう」

 ルーシャはベッドから降り廊下へ出ると、部屋の前に折り畳まれた真新しい服が置かれていた。

「あら。これは……制服だわ! あ、私の分もある」

 ルーシャの部屋の前にも制服が置かれていた。
 白いブラウスに、茶色いチェックのフレアスカートだ。それに、えんじ色のエプロンもある。
 ヒスイの制服も同じ色合いだ。

「可愛い。さっそく着替えて──」

 ルーシャはドアノブを握ると、急に昨夜の事を思い出した。  
 アレは夜行性だと聞いたことがある。
 今は早朝だが、外はまだ暗い。
 アレの活動時間無いかもしれない。

「ここは危険だわ」

 ルーシャは踵を返し、隣の部屋へと足を進めた。

 ◇◇◇◇

 女の子の歌が聞こえる。多分ルーシャだ。
 まだ部屋は薄暗いのに、歌声が響く度に目の前の世界が明るく彩られていくようだ。

 こういう目覚めも良いものだと思いながら、ヒスイは体を起こそうとした。

「ルーシャ……」
「きゃっ。ちょっと待って。そのまま動かないでね」

 ルーシャの悲鳴が聞こえると同時に、視界が白い布で覆われた。ヒスイは言われた通りそのまま待つことにした。

「ヒスイ。もういいわよ」

 ルーシャの了承を得て布を下ろすと、すぐ目の前にルーシャの顔があった。朝からご機嫌なルーシャは、くるりと一回りしてスカートの裾をつまみ、ヒスイに笑顔を向ける。

「見てみて。部屋の前に制服が置いてあったの。ヒスイの分もあるのよ」
「似合ってますよ。もしかして、ここで着替えてましたか?」
「へっ!? えっと……。まだ暗いから、アレが部屋にいるかもしれないでしょ。隣の部屋には戻れなくて……」
「成る程。でも、僕が寝てるからって、ここで着替えは止めてください。僕だって一応、男なんですから……。って何見てるんですか?」

 ルーシャは目を細めてヒスイをじっと疑り深く見つめている。しかし、何に疑問を抱いているのかヒスイには検討も付かなかった。

「ねえ。ヒスイって本当に男の子なの? ヒスイと一緒にいると安心するの。警戒しなくていいっていうか……。あ、水竜から人に変身しているのでしょう? 女の子になれたりしないの?」
「そ、そんなの無理に決まってるでしょう!?」
「そうなのかぁ。残念。ヒスイが女の子だったら、二人でこのお部屋で寝泊まりして、お揃いの制服を着てロイさん達のお手伝いが出来るのになぁ」

 男物の制服を広げて、ルーシャは残念そうに自分の制服と見比べている。

「今から急に僕が女性になったら、ロイさん達だって驚きますよ。それに、そんなこと出来ませんから、夢みたいなこと言ってないで部屋から出ていってください。僕も着替えますから」
「そうね……」

 頷いたものの動こうとしにいルーシャ。
 外はもうすぐ太陽が顔を出しそうだが、アレは普通に昼間だって活動するはずだ。ルーシャは勘違いしていそうなので、絶対に言わないけれど。

「ルーシャの部屋にも、アレが出入りできそうな隙間を埋める魔法をかけますから。さっさと戻ってください」
「本当に!? ヒスイありがとう。着替えたら声をかけてね。一緒にお店に行きましょう」
「はい」

 ルーシャは笑顔を振りまき部屋を飛び出していった。




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