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第三章 ブランジェさん家
003 借り部屋
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それからルーシャとヒスイは店の裏にある一軒家に案内された。ルーシャはお孫さんが昔使っていた子供部屋を、ヒスイは従業員用の部屋を借りることになった。
「ルーシャ。ここに置いておきますよ」
「ありがとう。ヒスイ、パン作り楽しかったわね」
「ええ。ですがいいんですか? お見合いだなんて」
「お孫さんが帰ってきたら、合わなかったってことにして断りましょうって、ミールさんともお話ししたでしょ。ロイさんにはこのまま笑顔でいて欲しいもの。それに……」
「それに?」
「私、こんなお店で働いてみたかったの。さすがお従兄様。私のこと、良く分かってるわ」
「ルーシャ。楽しそうですね」
「もちろんよ。一緒にパンをこねただけで、ロイさんはあんなに嬉しそうな顔をしてくれる。それに、理由はどうあれミールさんだって私を必要としてくれてる。こんなこと……初めてなんだから」
ルーシャはアーネスト家で過ごした日々を思い返した。
祖父はとても良くしてくれた。でも、母の墓前で見せる祖父の瞳は、いつも哀しみと寂しさに満ちていた。なにを頑張っても、その寂しさをルーシャが埋めることは決して出来なかった。
そしてレイスの父は、分かりやすくルーシャを嫌った。それは辛いことだったけれど、祖父の悲しい顔を見る方が、ルーシャはとても苦しかった。
「ここなら、ルーシャの笑顔をたくさん見ることが出来そうですね。安心しました」
「ふふっ。そうね。……あっ。守護竜についても教えてね。どうすればこの国を守れるのか見つけたいの」
「ルーシャが笑顔でいてくれたら大丈夫ですよ。じゃ、おやすみなさい」
「あ、また適当にはぐらかすんだからっ」
「そんなつもりでは……。僕だって、儀式を目にしたことはないって言ったじゃないですか」
「そうだけど、私だけ助かるとか……そういうのが一番嫌なのよ」
さっきまで笑っていたルーシャの表情が暗くなると、ヒスイも真剣な面持ちで言葉を返した。
「その心配はいりません。守護竜の花嫁の儀式が失敗すれば、この国は失くなるんですから。この国の大地も空も、全て守護竜と繋がっているんです。力が暴走すれば、みんな仲良く、さようならです」
「ヒスイ、そんな言い方しなくても良いじゃない」
「それは失礼しました。ルーシャはここでの生活を楽しんでください。守護竜の話になると、ルーシャはいつも暗い顔になります。僕はルーシャの笑顔を守りたいんです。だから、ここにいる間は、守護竜のことを忘れてみるのも良いのではないですか?」
「忘れる……か。そうね。もし、ロイさんのお孫さんがすっごく素敵な人で、会った瞬間に恋に落ちてしまうことだってありるかもしれないものね」
今までとは違う人生を歩むことができるなら、やっぱり恋をしてみたい。そう思って口にしてみたら、ヒスイは何故か眉を潜めてしまった。
「それはそれで気に入りません」
「どうして? 新しい恋でもしたら、きっと毎日毎日飽きること無くニヤニヤできちゃうのよ」
「……そうですか。そうなるといいですね」
無表情で抑揚のない言葉を返すヒスイに、ルーシャはつい向きになって言い返した。
「何その冷たい反応!? 全然そうなって欲しいなんて思ってないじゃない」
「ははは。そんなことないですよ。ただ、身内から根はいい子だ。って言われる人間にロクな奴はいないと思いますけどね。お孫さんが帰ってきた時がとても楽しみです。では、今度こそおやすみなさい。ルーシャ」
「ちょっと、ヒスイったら!?……でも確かにヒスイの言う通りかもしれないわ。お孫さんのことは期待しないで待ちましょう」
ルーシャはベッドに横になり、体を伸ばした。
見慣れない天井に、知らない家の香り。
嫌いじゃないけど、落ち着かない。
しばらくベッドでゴロゴロしてみるが、寝心地のよい体勢が定まらなかった。そして、取り敢えず明かりを消そうと身体を起こした時、ルーシャはある物体を発見してしまった。
◇◇◇◇
ヒスイは着替えをすましてベッドに横になった。こちらの部屋は従業員用だからか、二段ベッドが置かれている。
ヒスイは何となく下のベッドで眠ることにした。きっとルーシャだったら、上を選ぶだろう。今のルーシャからは連想できないが、意外とお転婆な子だと、ヒスイは知っていた。
「さっきはつい言い過ぎてしまいました。まぁ、ルーシャらしい顔がみれて良かった……かな」
音の無い部屋に、自分の声だけが響く。
久しぶりに一人になった。ずっとルーシャの側にいたからか、目の前にいないと、色んな表情のルーシャを思い浮かべてしまう。
笑った顔が一番好きだけれど、怒った顔も嫌いじゃない。泣いている顔以外なら、何でもいい。
「いや。そんなこともないか。笑っていても嫌なときもあるな」
ルーシャがもしロイの孫と恋に落ちたら……などと考えると無性にイライラした。しかも、自分が隣にいるのに、そんな事を考えると言うことは……。
「いくら人の姿になっても、ドラゴンは恋愛対象外……ですかね。はぁ」
ヒスイが深いため息をついた時、隣から物音が聞こえた。そしてそのすぐ後に、耳をつんざく叫び声が続いた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ルーシャ。ここに置いておきますよ」
「ありがとう。ヒスイ、パン作り楽しかったわね」
「ええ。ですがいいんですか? お見合いだなんて」
「お孫さんが帰ってきたら、合わなかったってことにして断りましょうって、ミールさんともお話ししたでしょ。ロイさんにはこのまま笑顔でいて欲しいもの。それに……」
「それに?」
「私、こんなお店で働いてみたかったの。さすがお従兄様。私のこと、良く分かってるわ」
「ルーシャ。楽しそうですね」
「もちろんよ。一緒にパンをこねただけで、ロイさんはあんなに嬉しそうな顔をしてくれる。それに、理由はどうあれミールさんだって私を必要としてくれてる。こんなこと……初めてなんだから」
ルーシャはアーネスト家で過ごした日々を思い返した。
祖父はとても良くしてくれた。でも、母の墓前で見せる祖父の瞳は、いつも哀しみと寂しさに満ちていた。なにを頑張っても、その寂しさをルーシャが埋めることは決して出来なかった。
そしてレイスの父は、分かりやすくルーシャを嫌った。それは辛いことだったけれど、祖父の悲しい顔を見る方が、ルーシャはとても苦しかった。
「ここなら、ルーシャの笑顔をたくさん見ることが出来そうですね。安心しました」
「ふふっ。そうね。……あっ。守護竜についても教えてね。どうすればこの国を守れるのか見つけたいの」
「ルーシャが笑顔でいてくれたら大丈夫ですよ。じゃ、おやすみなさい」
「あ、また適当にはぐらかすんだからっ」
「そんなつもりでは……。僕だって、儀式を目にしたことはないって言ったじゃないですか」
「そうだけど、私だけ助かるとか……そういうのが一番嫌なのよ」
さっきまで笑っていたルーシャの表情が暗くなると、ヒスイも真剣な面持ちで言葉を返した。
「その心配はいりません。守護竜の花嫁の儀式が失敗すれば、この国は失くなるんですから。この国の大地も空も、全て守護竜と繋がっているんです。力が暴走すれば、みんな仲良く、さようならです」
「ヒスイ、そんな言い方しなくても良いじゃない」
「それは失礼しました。ルーシャはここでの生活を楽しんでください。守護竜の話になると、ルーシャはいつも暗い顔になります。僕はルーシャの笑顔を守りたいんです。だから、ここにいる間は、守護竜のことを忘れてみるのも良いのではないですか?」
「忘れる……か。そうね。もし、ロイさんのお孫さんがすっごく素敵な人で、会った瞬間に恋に落ちてしまうことだってありるかもしれないものね」
今までとは違う人生を歩むことができるなら、やっぱり恋をしてみたい。そう思って口にしてみたら、ヒスイは何故か眉を潜めてしまった。
「それはそれで気に入りません」
「どうして? 新しい恋でもしたら、きっと毎日毎日飽きること無くニヤニヤできちゃうのよ」
「……そうですか。そうなるといいですね」
無表情で抑揚のない言葉を返すヒスイに、ルーシャはつい向きになって言い返した。
「何その冷たい反応!? 全然そうなって欲しいなんて思ってないじゃない」
「ははは。そんなことないですよ。ただ、身内から根はいい子だ。って言われる人間にロクな奴はいないと思いますけどね。お孫さんが帰ってきた時がとても楽しみです。では、今度こそおやすみなさい。ルーシャ」
「ちょっと、ヒスイったら!?……でも確かにヒスイの言う通りかもしれないわ。お孫さんのことは期待しないで待ちましょう」
ルーシャはベッドに横になり、体を伸ばした。
見慣れない天井に、知らない家の香り。
嫌いじゃないけど、落ち着かない。
しばらくベッドでゴロゴロしてみるが、寝心地のよい体勢が定まらなかった。そして、取り敢えず明かりを消そうと身体を起こした時、ルーシャはある物体を発見してしまった。
◇◇◇◇
ヒスイは着替えをすましてベッドに横になった。こちらの部屋は従業員用だからか、二段ベッドが置かれている。
ヒスイは何となく下のベッドで眠ることにした。きっとルーシャだったら、上を選ぶだろう。今のルーシャからは連想できないが、意外とお転婆な子だと、ヒスイは知っていた。
「さっきはつい言い過ぎてしまいました。まぁ、ルーシャらしい顔がみれて良かった……かな」
音の無い部屋に、自分の声だけが響く。
久しぶりに一人になった。ずっとルーシャの側にいたからか、目の前にいないと、色んな表情のルーシャを思い浮かべてしまう。
笑った顔が一番好きだけれど、怒った顔も嫌いじゃない。泣いている顔以外なら、何でもいい。
「いや。そんなこともないか。笑っていても嫌なときもあるな」
ルーシャがもしロイの孫と恋に落ちたら……などと考えると無性にイライラした。しかも、自分が隣にいるのに、そんな事を考えると言うことは……。
「いくら人の姿になっても、ドラゴンは恋愛対象外……ですかね。はぁ」
ヒスイが深いため息をついた時、隣から物音が聞こえた。そしてそのすぐ後に、耳をつんざく叫び声が続いた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
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