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第二章 王都への道
005 目的地は……
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ルクレスト城を目の前にルーシャは考えた。
確かレイスは城の要職に就いていると言っていた。
もしかして、馴染みの店とは城のことなのだろうか、と。
「リック君。ここが従兄の言っていた場所なの?」
「いえいえ。ご案内する場所はお城じゃないですよ。もう少し移動しますよ」
リックは近くの衛兵に笑顔で挨拶し、馬車を進めた。馬車は城壁を目指し、城門を守る兵士にも、リックは軽く挨拶しただけで門をくぐらせてもらっている。
「お城ってこんなに簡単に出入りできてしまうの?」
「そんな訳ないですよ~。ちゃんと許可証を持ってますから」
「でも、積み荷の検査とか……」
「ははは。転移陣は、危険物運搬不可なので、転移陣経由で来た際の検査は無いんですよ」
「へぇ。凄いのね」
王都まで三日はかかる道のりを、転移陣を経由すれば、ものの数秒で移動できる。それに危険物に関しての制約までついているとは驚きだ。
「凄いでしょう? 転移陣はオレの叔父さんが作った物で、母国では色んな場所に簡単に移動できるんですよ! この国にはお試しで設置してあるだけで、まだ一つしかないんですけどね」
「異国の魔法なのね。凄いわ」
「へへへっ。凄いんですよ~。──あっ余所見してると事故りそうなので、運転に集中しますね」
リックは前を向き背筋を正した。城を出ると、人通りの多い噴水広場へと進む。お喋りなどしていたら通行人や他の馬車とぶつかってしまいそうだ。
王都の街並みを馬車はゆっくりと進んだ。
ルーシャはこの街並みを覚えていた。
中央街を抜け、貴族街を通り、中流階級が多く住む市街地を通ると、記憶はより鮮明に思い出された。
「懐かしいわ」
「ルーシャ。覚えているのですか?」
「子供の頃に住んでいたの。何となくだけれど、覚えているわ。この空気も匂いも、とても懐かしい」
ルーシャは胸一杯に空気を吸い込んだ。時刻は昼過ぎ。あちこちからパンやベーコンの香りがする。
「あぁ。お腹が空いてきたわ」
「護衛さん。到着はいつ頃になりそうですか?」
「到着までもう少々かかりますので、その辺のお店で昼食でも買いましょうか?」
「ええ。そうしましょう!」
ルーシャはリックの提案に力強く同意した。
◇◇◇◇
王都名物といえばバウムクーヘン。
ルーシャとリックの意見が一致し、三人の昼食はそれに決まった。
太い棒に巻かれたパン生地にはナッツが練り込まれ、それは炭火の上でクルクル回しながらゆっくり焼かれていく。中はふっくらしていて外はカリカリに仕上がるのだ。
「これこれ。昔からこれが大好きなの」
「オレもこの国に来て初めてこれを食べた時は、自分の店で売ろうかと思っちゃいましたよ」
「無理よ。焼きたてが一番なのだから」
「ですね。オレもそう思って諦めました」
リックは悔しそうにバームクーヘンにかぶりつき至福の笑みを浮かべた。
「ふーん。ルーシャなら作れそうですね。お料理、得意ですよね?」
「そうね。でも、道具も特殊だし、職人技って感じがするから、難しいと思うわ」
「へぇ~。妹君は料理が得意なのですか。それなら、レイス様の紹介先はアタリかもしれませんね」
「アタリ? 何処へ行くのか知りたいのだけれど、いつになったら着くのかしら?」
「王都の端っこなんですよ。ここ王都かよっ!? ってツッコミたくなるくらい。王都っぽくないところなんです」
王都にそんなところがあっただろうか。ルーシャは考えてもそれが何処か少しも浮かんでこなかった。
◇◇◇◇
馬車はしばらく進み市街地を抜け、田園地帯にさしかかった。このまま街道を進み、川を越えた先には森が広がっている。
そして、その向こうには王都を囲う大きな白い塀が見えてきた。小さな建物はほとんど無く、街道の右には若い騎士達の訓練所、左には大きな教会があるだけだ。
どちらも王都にある施設だが、市街地からは遠く隔離された場所にあると聞いていたが、本当に噂通りの辺鄙なところである。
あの訓練所は、ルーシャの父も従兄のレイスも入所していた。近くの森で訓練したり、畑で作物を育てることも訓練の一つだったと言っていた。
訓練が厳しく、逃げ出す者も多いらしいが、逃げ場がないとも言っていた。
しかし、こんな場所まで来てどうするのだろう。
ルーシャが行く末を案じていると、馬車はガタゴトと音を立てて橋を越え、森の入り口で停車した。
「はい。到着しました! 荷物を持って降りてください」
「ここで?」
周りからは小鳥のさえずりが聞こえるだけ。
そんな何もない場所で、ルーシャは恐る恐る馬車を降りた。
幌をめくり、降り立った先には煙突のある小さな一軒家が建っていた。
その家は、巨木の陰になっていて橋を越えるまで確認できなかったが、それは確かに存在した。
一見古びたボロい家だと感じたが、良く見ると窓は綺麗に磨かれ、家の周りも葉っぱ一つすら落ちておらず、整然としている。
ルーシャは、扉かけられた小さな札に気がついた。
「えっと……『準備中』って書かれているわ」
確かレイスは城の要職に就いていると言っていた。
もしかして、馴染みの店とは城のことなのだろうか、と。
「リック君。ここが従兄の言っていた場所なの?」
「いえいえ。ご案内する場所はお城じゃないですよ。もう少し移動しますよ」
リックは近くの衛兵に笑顔で挨拶し、馬車を進めた。馬車は城壁を目指し、城門を守る兵士にも、リックは軽く挨拶しただけで門をくぐらせてもらっている。
「お城ってこんなに簡単に出入りできてしまうの?」
「そんな訳ないですよ~。ちゃんと許可証を持ってますから」
「でも、積み荷の検査とか……」
「ははは。転移陣は、危険物運搬不可なので、転移陣経由で来た際の検査は無いんですよ」
「へぇ。凄いのね」
王都まで三日はかかる道のりを、転移陣を経由すれば、ものの数秒で移動できる。それに危険物に関しての制約までついているとは驚きだ。
「凄いでしょう? 転移陣はオレの叔父さんが作った物で、母国では色んな場所に簡単に移動できるんですよ! この国にはお試しで設置してあるだけで、まだ一つしかないんですけどね」
「異国の魔法なのね。凄いわ」
「へへへっ。凄いんですよ~。──あっ余所見してると事故りそうなので、運転に集中しますね」
リックは前を向き背筋を正した。城を出ると、人通りの多い噴水広場へと進む。お喋りなどしていたら通行人や他の馬車とぶつかってしまいそうだ。
王都の街並みを馬車はゆっくりと進んだ。
ルーシャはこの街並みを覚えていた。
中央街を抜け、貴族街を通り、中流階級が多く住む市街地を通ると、記憶はより鮮明に思い出された。
「懐かしいわ」
「ルーシャ。覚えているのですか?」
「子供の頃に住んでいたの。何となくだけれど、覚えているわ。この空気も匂いも、とても懐かしい」
ルーシャは胸一杯に空気を吸い込んだ。時刻は昼過ぎ。あちこちからパンやベーコンの香りがする。
「あぁ。お腹が空いてきたわ」
「護衛さん。到着はいつ頃になりそうですか?」
「到着までもう少々かかりますので、その辺のお店で昼食でも買いましょうか?」
「ええ。そうしましょう!」
ルーシャはリックの提案に力強く同意した。
◇◇◇◇
王都名物といえばバウムクーヘン。
ルーシャとリックの意見が一致し、三人の昼食はそれに決まった。
太い棒に巻かれたパン生地にはナッツが練り込まれ、それは炭火の上でクルクル回しながらゆっくり焼かれていく。中はふっくらしていて外はカリカリに仕上がるのだ。
「これこれ。昔からこれが大好きなの」
「オレもこの国に来て初めてこれを食べた時は、自分の店で売ろうかと思っちゃいましたよ」
「無理よ。焼きたてが一番なのだから」
「ですね。オレもそう思って諦めました」
リックは悔しそうにバームクーヘンにかぶりつき至福の笑みを浮かべた。
「ふーん。ルーシャなら作れそうですね。お料理、得意ですよね?」
「そうね。でも、道具も特殊だし、職人技って感じがするから、難しいと思うわ」
「へぇ~。妹君は料理が得意なのですか。それなら、レイス様の紹介先はアタリかもしれませんね」
「アタリ? 何処へ行くのか知りたいのだけれど、いつになったら着くのかしら?」
「王都の端っこなんですよ。ここ王都かよっ!? ってツッコミたくなるくらい。王都っぽくないところなんです」
王都にそんなところがあっただろうか。ルーシャは考えてもそれが何処か少しも浮かんでこなかった。
◇◇◇◇
馬車はしばらく進み市街地を抜け、田園地帯にさしかかった。このまま街道を進み、川を越えた先には森が広がっている。
そして、その向こうには王都を囲う大きな白い塀が見えてきた。小さな建物はほとんど無く、街道の右には若い騎士達の訓練所、左には大きな教会があるだけだ。
どちらも王都にある施設だが、市街地からは遠く隔離された場所にあると聞いていたが、本当に噂通りの辺鄙なところである。
あの訓練所は、ルーシャの父も従兄のレイスも入所していた。近くの森で訓練したり、畑で作物を育てることも訓練の一つだったと言っていた。
訓練が厳しく、逃げ出す者も多いらしいが、逃げ場がないとも言っていた。
しかし、こんな場所まで来てどうするのだろう。
ルーシャが行く末を案じていると、馬車はガタゴトと音を立てて橋を越え、森の入り口で停車した。
「はい。到着しました! 荷物を持って降りてください」
「ここで?」
周りからは小鳥のさえずりが聞こえるだけ。
そんな何もない場所で、ルーシャは恐る恐る馬車を降りた。
幌をめくり、降り立った先には煙突のある小さな一軒家が建っていた。
その家は、巨木の陰になっていて橋を越えるまで確認できなかったが、それは確かに存在した。
一見古びたボロい家だと感じたが、良く見ると窓は綺麗に磨かれ、家の周りも葉っぱ一つすら落ちておらず、整然としている。
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