上 下
23 / 65
第二章 王都への道

005 目的地は……

しおりを挟む
 ルクレスト城を目の前にルーシャは考えた。

 確かレイスは城の要職に就いていると言っていた。
 もしかして、馴染みの店とは城のことなのだろうか、と。

「リック君。ここが従兄の言っていた場所なの?」
「いえいえ。ご案内する場所はお城じゃないですよ。もう少し移動しますよ」

 リックは近くの衛兵に笑顔で挨拶し、馬車を進めた。馬車は城壁を目指し、城門を守る兵士にも、リックは軽く挨拶しただけで門をくぐらせてもらっている。

「お城ってこんなに簡単に出入りできてしまうの?」
「そんな訳ないですよ~。ちゃんと許可証を持ってますから」
「でも、積み荷の検査とか……」
「ははは。転移陣は、危険物運搬不可なので、転移陣経由で来た際の検査は無いんですよ」
「へぇ。凄いのね」

 王都まで三日はかかる道のりを、転移陣を経由すれば、ものの数秒で移動できる。それに危険物に関しての制約までついているとは驚きだ。
 
「凄いでしょう? 転移陣はオレの叔父さんが作った物で、母国では色んな場所に簡単に移動できるんですよ! この国にはお試しで設置してあるだけで、まだ一つしかないんですけどね」
「異国の魔法なのね。凄いわ」
「へへへっ。凄いんですよ~。──あっ余所見してると事故りそうなので、運転に集中しますね」

 リックは前を向き背筋を正した。城を出ると、人通りの多い噴水広場へと進む。お喋りなどしていたら通行人や他の馬車とぶつかってしまいそうだ。

 王都の街並みを馬車はゆっくりと進んだ。
 ルーシャはこの街並みを覚えていた。
 中央街を抜け、貴族街を通り、中流階級が多く住む市街地を通ると、記憶はより鮮明に思い出された。

「懐かしいわ」
「ルーシャ。覚えているのですか?」
「子供の頃に住んでいたの。何となくだけれど、覚えているわ。この空気も匂いも、とても懐かしい」

 ルーシャは胸一杯に空気を吸い込んだ。時刻は昼過ぎ。あちこちからパンやベーコンの香りがする。

「あぁ。お腹が空いてきたわ」
「護衛さん。到着はいつ頃になりそうですか?」
「到着までもう少々かかりますので、その辺のお店で昼食でも買いましょうか?」
「ええ。そうしましょう!」

 ルーシャはリックの提案に力強く同意した。

 ◇◇◇◇

 王都名物といえばバウムクーヘン。
 ルーシャとリックの意見が一致し、三人の昼食はそれに決まった。

 太い棒に巻かれたパン生地にはナッツが練り込まれ、それは炭火の上でクルクル回しながらゆっくり焼かれていく。中はふっくらしていて外はカリカリに仕上がるのだ。

「これこれ。昔からこれが大好きなの」
「オレもこの国に来て初めてこれを食べた時は、自分の店で売ろうかと思っちゃいましたよ」
「無理よ。焼きたてが一番なのだから」
「ですね。オレもそう思って諦めました」

 リックは悔しそうにバームクーヘンにかぶりつき至福の笑みを浮かべた。

「ふーん。ルーシャなら作れそうですね。お料理、得意ですよね?」
「そうね。でも、道具も特殊だし、職人技って感じがするから、難しいと思うわ」
「へぇ~。妹君は料理が得意なのですか。それなら、レイス様の紹介先はアタリかもしれませんね」
「アタリ? 何処へ行くのか知りたいのだけれど、いつになったら着くのかしら?」
「王都の端っこなんですよ。ここ王都かよっ!? ってツッコミたくなるくらい。王都っぽくないところなんです」

 王都にそんなところがあっただろうか。ルーシャは考えてもそれが何処か少しも浮かんでこなかった。

 ◇◇◇◇

 馬車はしばらく進み市街地を抜け、田園地帯にさしかかった。このまま街道を進み、川を越えた先には森が広がっている。

 そして、その向こうには王都を囲う大きな白い塀が見えてきた。小さな建物はほとんど無く、街道の右には若い騎士達の訓練所、左には大きな教会があるだけだ。
 どちらも王都にある施設だが、市街地からは遠く隔離された場所にあると聞いていたが、本当に噂通りの辺鄙なところである。

 あの訓練所は、ルーシャの父も従兄のレイスも入所していた。近くの森で訓練したり、畑で作物を育てることも訓練の一つだったと言っていた。 
 訓練が厳しく、逃げ出す者も多いらしいが、逃げ場がないとも言っていた。

 しかし、こんな場所まで来てどうするのだろう。

 ルーシャが行く末を案じていると、馬車はガタゴトと音を立てて橋を越え、森の入り口で停車した。

「はい。到着しました! 荷物を持って降りてください」
「ここで?」

 周りからは小鳥のさえずりが聞こえるだけ。
 そんな何もない場所で、ルーシャは恐る恐る馬車を降りた。

 幌をめくり、降り立った先には煙突のある小さな一軒家が建っていた。
 その家は、巨木の陰になっていて橋を越えるまで確認できなかったが、それは確かに存在した。

 一見古びたボロい家だと感じたが、良く見ると窓は綺麗に磨かれ、家の周りも葉っぱ一つすら落ちておらず、整然としている。
 ルーシャは、扉かけられた小さな札に気がついた。

「えっと……『準備中』って書かれているわ」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

転生ヒロインは悪役令嬢(♂)を攻略したい!!

弥生 真由
恋愛
 何事にも全力投球!猪突猛進であだ名は“うり坊”の女子高生、交通事故で死んだと思ったら、ドはまりしていた乙女ゲームのヒロインになっちゃった! せっかく購入から二日で全クリしちゃうくらい大好きな乙女ゲームの世界に来たんだから、ゲーム内で唯一攻略出来なかった悪役令嬢の親友を目指します!!  ……しかしなんと言うことでしょう、彼女が攻略したがっている悪役令嬢は本当は男だったのです! ※と、言うわけで百合じゃなくNLの完全コメディです!ご容赦ください^^;

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

ヤンデレ系暗黒乙女ゲームのヒロインは今日も攻略なんかしない!

As-me.com
恋愛
孤児だった私が、ある日突然侯爵令嬢に?!これはまさかの逆転シンデレラストーリーかと思いきや……。 冷酷暗黒長男に、ドSな変態次男。さらには危ないヤンデレ三男の血の繋がらないイケメン3人と一緒に暮らすことに!そして、優しい執事にも秘密があって……。 えーっ?!しかもここって、乙女ゲームの世界じゃないか! 私は誰を攻略しても不幸になる暗黒ゲームのヒロインに転生してしまったのだ……! だから、この世界で生き延びる為にも絶対に誰も攻略しません! ※過激な表現がある時がありますので、苦手な方は御注意してください。

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

【完結】〜転生令嬢 2 〜 転生令嬢は宰相になってハッピーエンドを目指します!

かまり
恋愛
前作の別ストーリー 「転生令嬢はハッピーエンドを目指します!」を読んでいた28歳OLが、 事故でその物語と同じ精霊界へいざなわれ、 その登場人物の中で最推しだった 大好きなクロード王子のそばへ転生して、 一緒に国の立て直しを助けながら、愛を育む物語。 前作で唯一あまりハッピーになれなかった王子を 絶対にハッピーにしたいと願う 推し活女子の闘いが、今、始まる!

勘違いストーカー野郎のせいで人生めちゃくちゃにされたけれど、おかげで玉の輿にのれました!

麻宮デコ@ざまぁSS短編
恋愛
子爵令嬢のタニアには仲のいい幼馴染のルーシュがいた。 このままなら二人は婚約でもするだろうと思われた矢先、ルーシュは何も言わずに姿を消した。 その後、タニアは他の男性と婚約して幸せに暮らしていたが、戻ってきたルーシュはタニアの婚約を知り怒り狂った。 「なぜ俺以外の男と婚約しているんだ!」 え、元々、貴方と私は恋人ではなかったですよね? 困惑するタニアにルーシュは彼女を取り返そうとストーカーのように執着していく。

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

処理中です...