18 / 65
第一章 新たな活路
015 出発
しおりを挟む
リックに案内され、ルーシャとヒスイが幌馬車に乗り込むと、そこには想像もしなかった空間が広がっていた。
中は外から見た通りに狭いのだが、床には分厚いカーペットが敷かれ、二人掛けのソファーに小さなテーブルまである。
それから、幌の内側には、色々な種類の宝石や鉱石が散りばめられ、中央から垂れたランタンの光に照らされ、夜空の星空のようにキラキラと輝いて見えた。
そして部屋の隅には保存の効く食料やワインボトルが何本も置かれている。全体的に上品な深碧色で調えられ、落ち着いた自分だけの空間といった雰囲気だ。
「素敵。秘密の隠れ家みたいだわ」
「そうですね」
ルーシャは、子供の頃に別荘の近くで作った森の隠れ家を思い出した。家から勝手に持ち出した真っ白なシーツに木の実を縫い付け、枝と枝の間に張って屋根を作った。
それから、河原で拾った綺麗な石で囲いを作って、大きな石をテーブルにして──。
ルーシャはそこで何をしていたのだろう。
事故に遭う前の子供の頃の記憶は、曖昧なものが多かった。
「はいはい。出発するんで、お座り下さいな~」
前方の幌の隙間からリックが顔を覗かせ、二人を急かす。手綱を握り準備万端だ。ルーシャもヒスイと二人でソファーに腰を下ろした。
「リック君。王都へお願いします」
「お任せあれ! せいやっ」
太陽がさんさんと輝く東の空へ向けて、二人を乗せた馬車は出発した。
ルーシャは胸を弾ませていた。自分の知らない未来が、この先に待っているのだと期待が膨らむ。
「ヒスイ。これで未来は変えられたかしら?」
「そうだと良いですね。少なくとも、あの金色のマッシュルームの顔を見なくてよいことだけは、確かですね」
「や、やめて。その呼び方……ふふっ。思い出しちゃうじゃない」
笑い合う声を聞いて、リックは馬に鞭を打ち、勢いをつけた。
「妹君。それがシェリクス公爵領の名産品ですか?」
「え。名産品?」
「だから、その金のマッシュルームのことですよ」
「ええっ!? えっと……」
「そうですよ。シェリクス領にしか生息しない特別不味いキノコの事です」
戸惑うルーシャに変わってヒスイが意気揚々と説明をすると、リックの残念そうな声が前方から返ってきた。
「不味いのかぁ。まぁそれも良し! 今度またこちらに行くことがあったら、教えてくださいね」
「はい。勿論です」
悪びれた様子など微塵もなく、ヒスイは満面の笑みで返答する。
ヒスイはテオドアを名産品と紹介するのだろうか。
そう考えたらまた可笑しくなってきて、ルーシャはお腹を押さえて笑い続けた。こんなに笑ったのが数年振りであることなど、気づきもせずに。
◇◇◇◇
三人を見送ると、レイスは自室へ戻り、ベッドの上で微睡むアリアの額に口づけをした。
「ん……。今日は早起きなのね」
「ああ。おはよう。アリア。待たせて悪かった。明日には王都へ出発できるからな」
「ほ、本当に!? でも……義妹さんはいいの?」
アリアはベッドから飛び起き歓喜した。レイスもそんなアリアが愛おしく、頭を撫でると微笑む。
「ああ。ルーシャも王都へ行くんだ。シェリクス家の婚約者に相応しい女性に成るために、花嫁修行と言ったところだ」
「王都に……?」
「よかったら、アリアにも面倒を見てやって欲しい。君のような素晴らしい女性になれるように見守ってくれたら、私も安心だ」
アリアは内心複雑だった。ルーシャが嫁に行くのは喜ばしいことだが、自分達の住まいの目と鼻の先にルーシャがいるのは気に入らない。でも、レイスの期待には応えたいと思った。
「勿論よ。レイスが職務に専念できるよう、ルーシャさんのことは私に任せて」
「ありがとう。アリア」
「レイス。今日のランチなんだけど……」
「あ、すまない。テオドアに会いに行くから、昼食は向こうで頂いてくる」
「あら。お仕事?」
「いや。ルーシャの事で、あいつに話さなければならないことがあるのだよ」
またルーシャの事だ。
きっとこれは、王都に行っても続くのだろう。
アリアはそう確信した。
「そう。……それは、とても大切なご用事だわ。ねぇ、レイスにとってルーシャさんはどんな存在なの?」
「ルーシャは……翼を怪我した小鳥だな。私は、ルーシャが自分の羽で何処までも飛んでいけることを知っている。だから、また自分で飛び立てるように、癒し守ってやりたい」
「そう……素敵ね。私は、そんなレイスが大好きよ」
アリアはレイスを抱きしめ、耳元でそっと囁いた。
こうするとレイスはいつも恥ずかしがって可愛い。それに、きっと今アリアは素直に笑えていない。だから顔を見られたくなかった。
「あ、アリア」
「ふふふ。また耳まで赤くなってるわ」
「そうやっていつも私で遊ぶのだから……。そうだ。朝食前に父上に話があるんだ。行ってくるよ」
「あら。またルーシャさんの事だったりして?」
「ははは。正解だ。流石アリアだな」
レイスはアリアの頭を優しく撫でると部屋を出ていった。触れられた髪にそっと触れ、アリアは見えないレイスの背中に呟いた。
「優しいレイス。その優しさを、私だけに向けてくれたら良いのに。やっぱり、先生の言うとおりだわ……。飛べない小鳥は一生飛べずに、この世界から消えてしまえば良いのよ」
中は外から見た通りに狭いのだが、床には分厚いカーペットが敷かれ、二人掛けのソファーに小さなテーブルまである。
それから、幌の内側には、色々な種類の宝石や鉱石が散りばめられ、中央から垂れたランタンの光に照らされ、夜空の星空のようにキラキラと輝いて見えた。
そして部屋の隅には保存の効く食料やワインボトルが何本も置かれている。全体的に上品な深碧色で調えられ、落ち着いた自分だけの空間といった雰囲気だ。
「素敵。秘密の隠れ家みたいだわ」
「そうですね」
ルーシャは、子供の頃に別荘の近くで作った森の隠れ家を思い出した。家から勝手に持ち出した真っ白なシーツに木の実を縫い付け、枝と枝の間に張って屋根を作った。
それから、河原で拾った綺麗な石で囲いを作って、大きな石をテーブルにして──。
ルーシャはそこで何をしていたのだろう。
事故に遭う前の子供の頃の記憶は、曖昧なものが多かった。
「はいはい。出発するんで、お座り下さいな~」
前方の幌の隙間からリックが顔を覗かせ、二人を急かす。手綱を握り準備万端だ。ルーシャもヒスイと二人でソファーに腰を下ろした。
「リック君。王都へお願いします」
「お任せあれ! せいやっ」
太陽がさんさんと輝く東の空へ向けて、二人を乗せた馬車は出発した。
ルーシャは胸を弾ませていた。自分の知らない未来が、この先に待っているのだと期待が膨らむ。
「ヒスイ。これで未来は変えられたかしら?」
「そうだと良いですね。少なくとも、あの金色のマッシュルームの顔を見なくてよいことだけは、確かですね」
「や、やめて。その呼び方……ふふっ。思い出しちゃうじゃない」
笑い合う声を聞いて、リックは馬に鞭を打ち、勢いをつけた。
「妹君。それがシェリクス公爵領の名産品ですか?」
「え。名産品?」
「だから、その金のマッシュルームのことですよ」
「ええっ!? えっと……」
「そうですよ。シェリクス領にしか生息しない特別不味いキノコの事です」
戸惑うルーシャに変わってヒスイが意気揚々と説明をすると、リックの残念そうな声が前方から返ってきた。
「不味いのかぁ。まぁそれも良し! 今度またこちらに行くことがあったら、教えてくださいね」
「はい。勿論です」
悪びれた様子など微塵もなく、ヒスイは満面の笑みで返答する。
ヒスイはテオドアを名産品と紹介するのだろうか。
そう考えたらまた可笑しくなってきて、ルーシャはお腹を押さえて笑い続けた。こんなに笑ったのが数年振りであることなど、気づきもせずに。
◇◇◇◇
三人を見送ると、レイスは自室へ戻り、ベッドの上で微睡むアリアの額に口づけをした。
「ん……。今日は早起きなのね」
「ああ。おはよう。アリア。待たせて悪かった。明日には王都へ出発できるからな」
「ほ、本当に!? でも……義妹さんはいいの?」
アリアはベッドから飛び起き歓喜した。レイスもそんなアリアが愛おしく、頭を撫でると微笑む。
「ああ。ルーシャも王都へ行くんだ。シェリクス家の婚約者に相応しい女性に成るために、花嫁修行と言ったところだ」
「王都に……?」
「よかったら、アリアにも面倒を見てやって欲しい。君のような素晴らしい女性になれるように見守ってくれたら、私も安心だ」
アリアは内心複雑だった。ルーシャが嫁に行くのは喜ばしいことだが、自分達の住まいの目と鼻の先にルーシャがいるのは気に入らない。でも、レイスの期待には応えたいと思った。
「勿論よ。レイスが職務に専念できるよう、ルーシャさんのことは私に任せて」
「ありがとう。アリア」
「レイス。今日のランチなんだけど……」
「あ、すまない。テオドアに会いに行くから、昼食は向こうで頂いてくる」
「あら。お仕事?」
「いや。ルーシャの事で、あいつに話さなければならないことがあるのだよ」
またルーシャの事だ。
きっとこれは、王都に行っても続くのだろう。
アリアはそう確信した。
「そう。……それは、とても大切なご用事だわ。ねぇ、レイスにとってルーシャさんはどんな存在なの?」
「ルーシャは……翼を怪我した小鳥だな。私は、ルーシャが自分の羽で何処までも飛んでいけることを知っている。だから、また自分で飛び立てるように、癒し守ってやりたい」
「そう……素敵ね。私は、そんなレイスが大好きよ」
アリアはレイスを抱きしめ、耳元でそっと囁いた。
こうするとレイスはいつも恥ずかしがって可愛い。それに、きっと今アリアは素直に笑えていない。だから顔を見られたくなかった。
「あ、アリア」
「ふふふ。また耳まで赤くなってるわ」
「そうやっていつも私で遊ぶのだから……。そうだ。朝食前に父上に話があるんだ。行ってくるよ」
「あら。またルーシャさんの事だったりして?」
「ははは。正解だ。流石アリアだな」
レイスはアリアの頭を優しく撫でると部屋を出ていった。触れられた髪にそっと触れ、アリアは見えないレイスの背中に呟いた。
「優しいレイス。その優しさを、私だけに向けてくれたら良いのに。やっぱり、先生の言うとおりだわ……。飛べない小鳥は一生飛べずに、この世界から消えてしまえば良いのよ」
0
お気に入りに追加
390
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる