婚約者に騙されて守護竜の花嫁(生贄)にされたので、嫌なことは嫌と言うことにしました

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第一章 新たな活路

015 出発

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    リックに案内され、ルーシャとヒスイが幌馬車に乗り込むと、そこには想像もしなかった空間が広がっていた。

 中は外から見た通りに狭いのだが、床には分厚いカーペットが敷かれ、二人掛けのソファーに小さなテーブルまである。

 それから、幌の内側には、色々な種類の宝石や鉱石が散りばめられ、中央から垂れたランタンの光に照らされ、夜空の星空のようにキラキラと輝いて見えた。

 そして部屋の隅には保存の効く食料やワインボトルが何本も置かれている。全体的に上品な深碧色で調えられ、落ち着いた自分だけの空間といった雰囲気だ。

「素敵。秘密の隠れ家みたいだわ」
「そうですね」

 ルーシャは、子供の頃に別荘の近くで作った森の隠れ家を思い出した。家から勝手に持ち出した真っ白なシーツに木の実を縫い付け、枝と枝の間に張って屋根を作った。
 それから、河原で拾った綺麗な石で囲いを作って、大きな石をテーブルにして──。

 ルーシャはそこで何をしていたのだろう。
 事故に遭う前の子供の頃の記憶は、曖昧なものが多かった。

「はいはい。出発するんで、お座り下さいな~」

 前方の幌の隙間からリックが顔を覗かせ、二人を急かす。手綱を握り準備万端だ。ルーシャもヒスイと二人でソファーに腰を下ろした。

「リック君。王都へお願いします」
「お任せあれ! せいやっ」

 太陽がさんさんと輝く東の空へ向けて、二人を乗せた馬車は出発した。
 ルーシャは胸を弾ませていた。自分の知らない未来が、この先に待っているのだと期待が膨らむ。

「ヒスイ。これで未来は変えられたかしら?」
「そうだと良いですね。少なくとも、あの金色のマッシュルームの顔を見なくてよいことだけは、確かですね」
「や、やめて。その呼び方……ふふっ。思い出しちゃうじゃない」

 笑い合う声を聞いて、リックは馬に鞭を打ち、勢いをつけた。

妹君いもうとぎみ。それがシェリクス公爵領の名産品ですか?」
「え。名産品?」
「だから、その金のマッシュルームのことですよ」
「ええっ!? えっと……」
「そうですよ。シェリクス領にしか生息しない特別不味いキノコの事です」

 戸惑うルーシャに変わってヒスイが意気揚々と説明をすると、リックの残念そうな声が前方から返ってきた。

「不味いのかぁ。まぁそれも良し! 今度またこちらに行くことがあったら、教えてくださいね」
「はい。勿論です」

 悪びれた様子など微塵もなく、ヒスイは満面の笑みで返答する。

 ヒスイはテオドアを名産品と紹介するのだろうか。
 そう考えたらまた可笑しくなってきて、ルーシャはお腹を押さえて笑い続けた。こんなに笑ったのが数年振りであることなど、気づきもせずに。

 ◇◇◇◇

 三人を見送ると、レイスは自室へ戻り、ベッドの上で微睡むアリアの額に口づけをした。

「ん……。今日は早起きなのね」
「ああ。おはよう。アリア。待たせて悪かった。明日には王都へ出発できるからな」
「ほ、本当に!? でも……義妹さんはいいの?」

 アリアはベッドから飛び起き歓喜した。レイスもそんなアリアが愛おしく、頭を撫でると微笑む。

「ああ。ルーシャも王都へ行くんだ。シェリクス家の婚約者に相応しい女性に成るために、花嫁修行と言ったところだ」
「王都に……?」
「よかったら、アリアにも面倒を見てやって欲しい。君のような素晴らしい女性になれるように見守ってくれたら、私も安心だ」

 アリアは内心複雑だった。ルーシャが嫁に行くのは喜ばしいことだが、自分達の住まいの目と鼻の先にルーシャがいるのは気に入らない。でも、レイスの期待には応えたいと思った。

「勿論よ。レイスが職務に専念できるよう、ルーシャさんのことは私に任せて」
「ありがとう。アリア」
「レイス。今日のランチなんだけど……」
「あ、すまない。テオドアに会いに行くから、昼食は向こうで頂いてくる」
「あら。お仕事?」
「いや。ルーシャの事で、あいつに話さなければならないことがあるのだよ」

 またルーシャの事だ。
 きっとこれは、王都に行っても続くのだろう。
 アリアはそう確信した。

「そう。……それは、とても大切なご用事だわ。ねぇ、レイスにとってルーシャさんはどんな存在なの?」
「ルーシャは……翼を怪我した小鳥だな。私は、ルーシャが自分の羽で何処までも飛んでいけることを知っている。だから、また自分で飛び立てるように、癒し守ってやりたい」
「そう……素敵ね。私は、そんなレイスが大好きよ」

 アリアはレイスを抱きしめ、耳元でそっと囁いた。
 こうするとレイスはいつも恥ずかしがって可愛い。それに、きっと今アリアは素直に笑えていない。だから顔を見られたくなかった。

「あ、アリア」
「ふふふ。また耳まで赤くなってるわ」
「そうやっていつも私で遊ぶのだから……。そうだ。朝食前に父上に話があるんだ。行ってくるよ」
「あら。またルーシャさんの事だったりして?」
「ははは。正解だ。流石アリアだな」

 レイスはアリアの頭を優しく撫でると部屋を出ていった。触れられた髪にそっと触れ、アリアは見えないレイスの背中に呟いた。

「優しいレイス。その優しさを、私だけに向けてくれたら良いのに。やっぱり、先生の言うとおりだわ……。飛べない小鳥は一生飛べずに、この世界から消えてしまえば良いのよ」
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