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第一章 新たな活路
010 レイスの歓迎
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ルーシャとヒスイがアーネストの屋敷に戻ると、玄関ホールでレイスが待ち構えていた。
「ルーシャ。身体は問題なかったか?」
「はい。お従兄様」
「何だか晴れやかな顔をしているな。良いことでもあったのか?」
「ええ。まぁ……」
レイスは笑顔のままずっとルーシャを見つめている。まるで主人の命令を待つ、番犬のように。
「あの。何か……?」
「何かって……報告することはないのか? テオドアとのことで」
「えっ?」
ルーシャはふと、テオドアと婚約した日を思い出した。
あの日、屋敷に戻ると、レイスが玄関ホールで祝福してくれたことを。
あの時は何も思わなかったが、レイスはもしかすると、テオドアが婚約を申し込むことを知っていたのかもしれない。
「だから……その。隠すことでもないだろう?」
「あっ。その……」
レイスはルーシャの困った顔を見ると、ハッとして目を開いた。
「まさか。あいつ……言えなかったのか? 普段は何でも出来る奴だけれど、ルーシャの事となると目も当てられない程、残念な男になるからな」
「それは……」
「しまった。今のは聞かなかったことにしてくれ。そうだ。明日、テオドアと一緒に昼食でもどうだ?」
レイスは恐らく、テオドアが告白できなかったと思い、二人の仲を取り持とうとしているのだろう。
しかし、きっとレイスが想い描くような婚約の形にはならない。ルーシャは知っていた。
「あの。お従兄様。今日は色々ありまして……聞いていただけますか?」
「ああ。話しておくれ」
ルーシャが夜会での出来事を話すと、レイスは声を上げて笑い始めた。
「はははっ。何が運命だ。そんなものに頼ろうとするから上手くいかないのだ。しかし、クラウディア嬢に免じて、そのまま指輪を受け取ろうとは思わなかったのか? 多少無理があろうとも、テオドアの言葉を無下にする者はいないだろう」
「多少どころの無理ではありません。指輪を受け取っていたら、あの場にいた全てのご令嬢方の恨みを受けることになったでしょう。それに……私はテオドア様の婚約者になりたくなかったのです」
「……そうなのか? そうか……テオドアが相手ならば、安心してルーシャを任せられたのだが。──それならば、他にいい相手を探さなくてはならないな!」
「えぇっ!?」
レイスは残念そうな顔をしたかと思うと、直ぐに笑顔をルーシャに向けた。
「何か希望はあるか? 年齢性格職業。それから……何でもいいぞ!」
「いえ。特には……」
突然の提案に戸惑ったが、レイスの笑顔を見てルーシャは安心した。テオドアの申し出を断ったと思われ、失望されるかもしれないと思っていたからだ。
ヒスイもレイスの後ろで、目を丸くして固まっていた。
「この屋敷に父と二人でいるのは辛いだろう? ルーシャの婚約が決まらないと、気が気ではないのだよ。何か思い付いたら、直ぐに教えてくれ」
「はい」
ルーシャの返事を聞くと、レイスはソファーから立ち上がり、ドアの前に立つ人物に気がつくと、眉をひそめた。
「ち、父上。いつから居らしたのですか?」
「ルーシャ。書斎に来なさい」
「は、はい!」
アーネスト伯爵はレイスを見もせず、ルーシャにだけ、その冷たい視線を向けた。威圧的な態度はいつものことだが、レイスを無視することは珍しかった。
それほど、頭に血が上った状態なのだろうとレイスは察し、ルーシャの前に庇うように立った。
「父上。私も一緒に──」
「ルーシャだけでよい」
レイスの言葉を遮り、アーネスト伯爵は短く言葉を発した。その声には苛立ちが窺える。
「あの。お言葉ですが、ルーシャはシェリクス家との婚約を断ったのではありません。全てテオドアの不手際で──」
「お前の話しなど聞いておらん。いいから来い!」
アーネスト伯爵の怒号がホールに響き、ルーシャは震え上がりながらレイスに頭を下げ、伯爵の後に続き書斎へと向かった。
部屋に残されたレイスとヒスイは、二人で顔を見合わせる。
「レイス様。ルーシャ様をお一人で行かせてよろしかったのですか?」
「大丈夫だ。言いたいことを言わせておけば、すぐに解放される。これだから、ルーシャをここに置いておきたくないのだよ。……しばし待とう」
「はい。あ、馬車に手荷物を置いてきてしまったので失礼します」
「ああ」
レイスが深くソファーに腰を下ろすのを見届けて、ヒスイは屋敷を出て裏手へと回った。
そこからなら、一階にある書斎が見えるからだ。
ヒスイは空を見上げ聞き耳を立てて待った。
先程まで見えていた月はぶ厚い雲に覆われて、光は失われていた。
「雲行きが……悪いな」
◇◇◇◇
「シェリクス公爵家との婚約は、無事に結べたのか?」
書斎の椅子に腰かけ、アーネスト伯爵は鋭い目付きでルーシャ見据え、問う。
ルーシャは机の前に立ち、震える手を握り絞めて答えた。
「伯爵様。今夜は誰も婚約者に選ばれませんでした」
「何故だ? 先程、話が聞こえてきた。お前はテオドアからの指輪を受け取らなかったと。そして、シェリクス家に嫁に行くのは嫌だと。そう聞こえた」
「そ、それは……」
口ごもるルーシャを見ると、伯爵は気だるそうに行きを吐き捨てた。
「はっ。お前の考えなど、どうでもよい。明日、レイスと共にシェリクス家へ赴き非礼を詫びてこい。そして、テオドアとの婚約を結んでくるのだ」
シェリクス公爵家と婚姻が結べるなど、この機会を逃す手はない。伯爵はそう考えているのだろう。
しかし、今日の出来事を伯爵は知らない。
ルーシャがそうなることはもうないのだ。
「ですが。それはまた後日、テオドア様がお決めになるとお伺いしました。それに私は今日──」
「黙れ。その必要はない。お前とテオドアの婚約は、シェリクス公爵と私の間で既に決定されたことだ」
伯爵は断言し、口元に不気味な笑みを浮かべた。
「ルーシャ。身体は問題なかったか?」
「はい。お従兄様」
「何だか晴れやかな顔をしているな。良いことでもあったのか?」
「ええ。まぁ……」
レイスは笑顔のままずっとルーシャを見つめている。まるで主人の命令を待つ、番犬のように。
「あの。何か……?」
「何かって……報告することはないのか? テオドアとのことで」
「えっ?」
ルーシャはふと、テオドアと婚約した日を思い出した。
あの日、屋敷に戻ると、レイスが玄関ホールで祝福してくれたことを。
あの時は何も思わなかったが、レイスはもしかすると、テオドアが婚約を申し込むことを知っていたのかもしれない。
「だから……その。隠すことでもないだろう?」
「あっ。その……」
レイスはルーシャの困った顔を見ると、ハッとして目を開いた。
「まさか。あいつ……言えなかったのか? 普段は何でも出来る奴だけれど、ルーシャの事となると目も当てられない程、残念な男になるからな」
「それは……」
「しまった。今のは聞かなかったことにしてくれ。そうだ。明日、テオドアと一緒に昼食でもどうだ?」
レイスは恐らく、テオドアが告白できなかったと思い、二人の仲を取り持とうとしているのだろう。
しかし、きっとレイスが想い描くような婚約の形にはならない。ルーシャは知っていた。
「あの。お従兄様。今日は色々ありまして……聞いていただけますか?」
「ああ。話しておくれ」
ルーシャが夜会での出来事を話すと、レイスは声を上げて笑い始めた。
「はははっ。何が運命だ。そんなものに頼ろうとするから上手くいかないのだ。しかし、クラウディア嬢に免じて、そのまま指輪を受け取ろうとは思わなかったのか? 多少無理があろうとも、テオドアの言葉を無下にする者はいないだろう」
「多少どころの無理ではありません。指輪を受け取っていたら、あの場にいた全てのご令嬢方の恨みを受けることになったでしょう。それに……私はテオドア様の婚約者になりたくなかったのです」
「……そうなのか? そうか……テオドアが相手ならば、安心してルーシャを任せられたのだが。──それならば、他にいい相手を探さなくてはならないな!」
「えぇっ!?」
レイスは残念そうな顔をしたかと思うと、直ぐに笑顔をルーシャに向けた。
「何か希望はあるか? 年齢性格職業。それから……何でもいいぞ!」
「いえ。特には……」
突然の提案に戸惑ったが、レイスの笑顔を見てルーシャは安心した。テオドアの申し出を断ったと思われ、失望されるかもしれないと思っていたからだ。
ヒスイもレイスの後ろで、目を丸くして固まっていた。
「この屋敷に父と二人でいるのは辛いだろう? ルーシャの婚約が決まらないと、気が気ではないのだよ。何か思い付いたら、直ぐに教えてくれ」
「はい」
ルーシャの返事を聞くと、レイスはソファーから立ち上がり、ドアの前に立つ人物に気がつくと、眉をひそめた。
「ち、父上。いつから居らしたのですか?」
「ルーシャ。書斎に来なさい」
「は、はい!」
アーネスト伯爵はレイスを見もせず、ルーシャにだけ、その冷たい視線を向けた。威圧的な態度はいつものことだが、レイスを無視することは珍しかった。
それほど、頭に血が上った状態なのだろうとレイスは察し、ルーシャの前に庇うように立った。
「父上。私も一緒に──」
「ルーシャだけでよい」
レイスの言葉を遮り、アーネスト伯爵は短く言葉を発した。その声には苛立ちが窺える。
「あの。お言葉ですが、ルーシャはシェリクス家との婚約を断ったのではありません。全てテオドアの不手際で──」
「お前の話しなど聞いておらん。いいから来い!」
アーネスト伯爵の怒号がホールに響き、ルーシャは震え上がりながらレイスに頭を下げ、伯爵の後に続き書斎へと向かった。
部屋に残されたレイスとヒスイは、二人で顔を見合わせる。
「レイス様。ルーシャ様をお一人で行かせてよろしかったのですか?」
「大丈夫だ。言いたいことを言わせておけば、すぐに解放される。これだから、ルーシャをここに置いておきたくないのだよ。……しばし待とう」
「はい。あ、馬車に手荷物を置いてきてしまったので失礼します」
「ああ」
レイスが深くソファーに腰を下ろすのを見届けて、ヒスイは屋敷を出て裏手へと回った。
そこからなら、一階にある書斎が見えるからだ。
ヒスイは空を見上げ聞き耳を立てて待った。
先程まで見えていた月はぶ厚い雲に覆われて、光は失われていた。
「雲行きが……悪いな」
◇◇◇◇
「シェリクス公爵家との婚約は、無事に結べたのか?」
書斎の椅子に腰かけ、アーネスト伯爵は鋭い目付きでルーシャ見据え、問う。
ルーシャは机の前に立ち、震える手を握り絞めて答えた。
「伯爵様。今夜は誰も婚約者に選ばれませんでした」
「何故だ? 先程、話が聞こえてきた。お前はテオドアからの指輪を受け取らなかったと。そして、シェリクス家に嫁に行くのは嫌だと。そう聞こえた」
「そ、それは……」
口ごもるルーシャを見ると、伯爵は気だるそうに行きを吐き捨てた。
「はっ。お前の考えなど、どうでもよい。明日、レイスと共にシェリクス家へ赴き非礼を詫びてこい。そして、テオドアとの婚約を結んでくるのだ」
シェリクス公爵家と婚姻が結べるなど、この機会を逃す手はない。伯爵はそう考えているのだろう。
しかし、今日の出来事を伯爵は知らない。
ルーシャがそうなることはもうないのだ。
「ですが。それはまた後日、テオドア様がお決めになるとお伺いしました。それに私は今日──」
「黙れ。その必要はない。お前とテオドアの婚約は、シェリクス公爵と私の間で既に決定されたことだ」
伯爵は断言し、口元に不気味な笑みを浮かべた。
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