上 下
13 / 65
第一章 新たな活路

010 レイスの歓迎

しおりを挟む
 ルーシャとヒスイがアーネストの屋敷に戻ると、玄関ホールでレイスが待ち構えていた。

「ルーシャ。身体は問題なかったか?」
「はい。お従兄様」
「何だか晴れやかな顔をしているな。良いことでもあったのか?」
「ええ。まぁ……」

 レイスは笑顔のままずっとルーシャを見つめている。まるで主人の命令を待つ、番犬のように。

「あの。何か……?」
「何かって……報告することはないのか? テオドアとのことで」
「えっ?」

 ルーシャはふと、テオドアと婚約した日を思い出した。
 あの日、屋敷に戻ると、レイスが玄関ホールで祝福してくれたことを。

 あの時は何も思わなかったが、レイスはもしかすると、テオドアが婚約を申し込むことを知っていたのかもしれない。

「だから……その。隠すことでもないだろう?」
「あっ。その……」

 レイスはルーシャの困った顔を見ると、ハッとして目を開いた。

「まさか。あいつ……言えなかったのか? 普段は何でも出来る奴だけれど、ルーシャの事となると目も当てられない程、残念な男になるからな」
「それは……」 
「しまった。今のは聞かなかったことにしてくれ。そうだ。明日、テオドアと一緒に昼食でもどうだ?」

 レイスは恐らく、テオドアが告白できなかったと思い、二人の仲を取り持とうとしているのだろう。
 しかし、きっとレイスが想い描くような婚約の形にはならない。ルーシャは知っていた。
 
「あの。お従兄様。今日は色々ありまして……聞いていただけますか?」
「ああ。話しておくれ」

 ルーシャが夜会での出来事を話すと、レイスは声を上げて笑い始めた。

「はははっ。何が運命だ。そんなものに頼ろうとするから上手くいかないのだ。しかし、クラウディア嬢に免じて、そのまま指輪を受け取ろうとは思わなかったのか? 多少無理があろうとも、テオドアの言葉を無下にする者はいないだろう」
「多少どころの無理ではありません。指輪を受け取っていたら、あの場にいた全てのご令嬢方の恨みを受けることになったでしょう。それに……私はテオドア様の婚約者になりたくなかったのです」
「……そうなのか? そうか……テオドアが相手ならば、安心してルーシャを任せられたのだが。──それならば、他にいい相手を探さなくてはならないな!」
「えぇっ!?」

 レイスは残念そうな顔をしたかと思うと、直ぐに笑顔をルーシャに向けた。

「何か希望はあるか? 年齢性格職業。それから……何でもいいぞ!」
「いえ。特には……」

 突然の提案に戸惑ったが、レイスの笑顔を見てルーシャは安心した。テオドアの申し出を断ったと思われ、失望されるかもしれないと思っていたからだ。
 ヒスイもレイスの後ろで、目を丸くして固まっていた。

「この屋敷に父と二人でいるのは辛いだろう? ルーシャの婚約が決まらないと、気が気ではないのだよ。何か思い付いたら、直ぐに教えてくれ」
「はい」

 ルーシャの返事を聞くと、レイスはソファーから立ち上がり、ドアの前に立つ人物に気がつくと、眉をひそめた。

「ち、父上。いつから居らしたのですか?」
「ルーシャ。書斎に来なさい」
「は、はい!」

 アーネスト伯爵はレイスを見もせず、ルーシャにだけ、その冷たい視線を向けた。威圧的な態度はいつものことだが、レイスを無視することは珍しかった。
 それほど、頭に血が上った状態なのだろうとレイスは察し、ルーシャの前に庇うように立った。

「父上。私も一緒に──」
「ルーシャだけでよい」
 
 レイスの言葉を遮り、アーネスト伯爵は短く言葉を発した。その声には苛立ちが窺える。

「あの。お言葉ですが、ルーシャはシェリクス家との婚約を断ったのではありません。全てテオドアの不手際で──」
「お前の話しなど聞いておらん。いいから来い!」

 アーネスト伯爵の怒号がホールに響き、ルーシャは震え上がりながらレイスに頭を下げ、伯爵の後に続き書斎へと向かった。
 部屋に残されたレイスとヒスイは、二人で顔を見合わせる。

「レイス様。ルーシャ様をお一人で行かせてよろしかったのですか?」
「大丈夫だ。言いたいことを言わせておけば、すぐに解放される。これだから、ルーシャをここに置いておきたくないのだよ。……しばし待とう」
「はい。あ、馬車に手荷物を置いてきてしまったので失礼します」
「ああ」

 レイスが深くソファーに腰を下ろすのを見届けて、ヒスイは屋敷を出て裏手へと回った。
 そこからなら、一階にある書斎が見えるからだ。

 ヒスイは空を見上げ聞き耳を立てて待った。
 先程まで見えていた月はぶ厚い雲に覆われて、光は失われていた。

「雲行きが……悪いな」

 ◇◇◇◇

「シェリクス公爵家との婚約は、無事に結べたのか?」

 書斎の椅子に腰かけ、アーネスト伯爵は鋭い目付きでルーシャ見据え、問う。
 ルーシャは机の前に立ち、震える手を握り絞めて答えた。

「伯爵様。今夜は誰も婚約者に選ばれませんでした」
「何故だ? 先程、話が聞こえてきた。お前はテオドアからの指輪を受け取らなかったと。そして、シェリクス家に嫁に行くのは嫌だと。そう聞こえた」
「そ、それは……」
 
 口ごもるルーシャを見ると、伯爵は気だるそうに行きを吐き捨てた。

「はっ。お前の考えなど、どうでもよい。明日、レイスと共にシェリクス家へ赴き非礼を詫びてこい。そして、テオドアとの婚約を結んでくるのだ」
 
 シェリクス公爵家と婚姻が結べるなど、この機会を逃す手はない。伯爵はそう考えているのだろう。
 しかし、今日の出来事を伯爵は知らない。
 ルーシャがそうなることはもうないのだ。

「ですが。それはまた後日、テオドア様がお決めになるとお伺いしました。それに私は今日──」
「黙れ。その必要はない。お前とテオドアの婚約は、シェリクス公爵と私の間で既に決定されたことだ」

 伯爵は断言し、口元に不気味な笑みを浮かべた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...