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第一章 新たな活路
006 夜を舞う蛾
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「夜を舞う穢らわしい蛾のような人達ですね。本当に目障りです」
ルーシャの隣に立つヒスイは清々しい笑顔でそう呟いた。広間にいる色とりどりのドレスに身を包んだ大勢の女性を冷めた瞳で見据えながら。
今夜は立食パーティーだ。女性達はそれぞれ談笑しながら好きな相手と食事を楽しみ、こちらを見ているものなど誰一人いない。
ルーシャは辺りを見回し、誰にも聞かれていないことを確認すると、ホッと息を吐いた。
「ヒスイ。いくら趣味だといっても、そういうことは声に出して言ってはいけません」
「えっ。声に出てましたか? それは失礼しました。あまりにも汚いものを見てしまい、心の中だけでは気持ちを処理しきれませんでした」
「聞き流せばいいのよ。本当のことですし、私はもう慣れました」
ルーシャはヒスイが蛾と称した女性達へと目を向けた。彼女達は歳も近く、昔は仲が良かった。皆それなりの名家の生まれで、従兄のレイスを伴侶にと狙っていた女性達だ。
レイスが結婚するまではルーシャに優しくしてくれていたが、王都で侯爵家の女性と婚約を結んだことが知れると、彼女達は急に手の平を返した。ルーシャが将来の妹かもしれないという存在から、婚約者を取り合うライバルに変わったからだ。
会場に現れてすぐ、ルーシャはいつも通り彼女達の挨拶を受けた。
「レイス様はお元気ですか? テオドア様も、貴女ではなくて、レイス様とお会いしたかったでしょうね」
「女性として欠陥だらけの癖に、よく顔を出せましたわね」
「もっと背中を出したドレスの方が一目を引くわよ」
等々。しかし、今のルーシャはそんな口撃で落ち込んだりはしない。
もう耳にタコができるぐらい聞いてきた言葉だから。
顔色一つ変えないルーシャに、彼女達も面食らった様子で、しばらくするとその場から離れていった。
「あんな敵意に慣れてしまうとは。何だか悲しいものですね」
「そうね。あ、そろそろだわ」
「おお。アレですか?」
奥の扉から数十人分の大きなケーキが運ばれてきた。周囲からは歓声が広がり、数名のシェフ達がケーキの横に並ぶ。あのケーキを使って、これから婚約者を決めるゲームが始まるのだ。
テオドアが広間の中央に立つと、ゲームの説明を始めた。
「皆様。これから一つ、私が考えたゲームに参加していただきたい。白いテーブルに並べられたケーキは、私の婚約者候補である白い招待状をもった女性のみ手にすることができます。そしてこのケーキの一つには、私が用意した指輪が入っております。その指輪を手にした女性が、私の婚約者となるのです」
会場はざわめき、女性陣が慌てて招待状を探し始めた。
「ケーキは大体人数分あります。招待状をお持ちになって、お早めにお引き換え下さい。運命の女性がどなたに決まるのか。家柄も器量も学園の成績も、何も関係ありません。奮ってご参加ください」
テオドアが手で合図すると、会場の女性陣が我先にと動き出した。
ルーシャはどのケーキに指輪が入っているのか知っていた。一年前、不幸にもそのケーキを手にしていたから。
あの日、周囲の気迫に圧倒されたルーシャは、ケーキ選びに参加できなかった。あたふたしている間にケーキはなくなり、最後に残った苺の載っていない不格好なケーキを手に取り、指輪を得たのだ。
今回は早く選んで苺の載ったケーキを手に入れなければならない。
様子見で動こうとしない女性も何人かいるし、これなら大丈夫だ。
ルーシャは遅れを取らないように移動し始めるが、そんなルーシャの前に一人の少女が立ちはだかった。
「ルーシャ様!」
「クラウディア様?」
ルーシャの隣に立つヒスイは清々しい笑顔でそう呟いた。広間にいる色とりどりのドレスに身を包んだ大勢の女性を冷めた瞳で見据えながら。
今夜は立食パーティーだ。女性達はそれぞれ談笑しながら好きな相手と食事を楽しみ、こちらを見ているものなど誰一人いない。
ルーシャは辺りを見回し、誰にも聞かれていないことを確認すると、ホッと息を吐いた。
「ヒスイ。いくら趣味だといっても、そういうことは声に出して言ってはいけません」
「えっ。声に出てましたか? それは失礼しました。あまりにも汚いものを見てしまい、心の中だけでは気持ちを処理しきれませんでした」
「聞き流せばいいのよ。本当のことですし、私はもう慣れました」
ルーシャはヒスイが蛾と称した女性達へと目を向けた。彼女達は歳も近く、昔は仲が良かった。皆それなりの名家の生まれで、従兄のレイスを伴侶にと狙っていた女性達だ。
レイスが結婚するまではルーシャに優しくしてくれていたが、王都で侯爵家の女性と婚約を結んだことが知れると、彼女達は急に手の平を返した。ルーシャが将来の妹かもしれないという存在から、婚約者を取り合うライバルに変わったからだ。
会場に現れてすぐ、ルーシャはいつも通り彼女達の挨拶を受けた。
「レイス様はお元気ですか? テオドア様も、貴女ではなくて、レイス様とお会いしたかったでしょうね」
「女性として欠陥だらけの癖に、よく顔を出せましたわね」
「もっと背中を出したドレスの方が一目を引くわよ」
等々。しかし、今のルーシャはそんな口撃で落ち込んだりはしない。
もう耳にタコができるぐらい聞いてきた言葉だから。
顔色一つ変えないルーシャに、彼女達も面食らった様子で、しばらくするとその場から離れていった。
「あんな敵意に慣れてしまうとは。何だか悲しいものですね」
「そうね。あ、そろそろだわ」
「おお。アレですか?」
奥の扉から数十人分の大きなケーキが運ばれてきた。周囲からは歓声が広がり、数名のシェフ達がケーキの横に並ぶ。あのケーキを使って、これから婚約者を決めるゲームが始まるのだ。
テオドアが広間の中央に立つと、ゲームの説明を始めた。
「皆様。これから一つ、私が考えたゲームに参加していただきたい。白いテーブルに並べられたケーキは、私の婚約者候補である白い招待状をもった女性のみ手にすることができます。そしてこのケーキの一つには、私が用意した指輪が入っております。その指輪を手にした女性が、私の婚約者となるのです」
会場はざわめき、女性陣が慌てて招待状を探し始めた。
「ケーキは大体人数分あります。招待状をお持ちになって、お早めにお引き換え下さい。運命の女性がどなたに決まるのか。家柄も器量も学園の成績も、何も関係ありません。奮ってご参加ください」
テオドアが手で合図すると、会場の女性陣が我先にと動き出した。
ルーシャはどのケーキに指輪が入っているのか知っていた。一年前、不幸にもそのケーキを手にしていたから。
あの日、周囲の気迫に圧倒されたルーシャは、ケーキ選びに参加できなかった。あたふたしている間にケーキはなくなり、最後に残った苺の載っていない不格好なケーキを手に取り、指輪を得たのだ。
今回は早く選んで苺の載ったケーキを手に入れなければならない。
様子見で動こうとしない女性も何人かいるし、これなら大丈夫だ。
ルーシャは遅れを取らないように移動し始めるが、そんなルーシャの前に一人の少女が立ちはだかった。
「ルーシャ様!」
「クラウディア様?」
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