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第一章 新たな活路
004 ヒスイの趣味
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日が沈み始めた頃、ルーシャは馬車に乗り、シェリクス家へ出発した。向かいの席にはヒスイが座っている。どうしても付いて行くとヒスイが言うので、付き人として同行することになったのだ。
沈む夕陽をボーッと見つめるルーシャに、ヒスイは小さくため息をついた後、早口で言った。
「もし上手くいかなかった場合は、さっさとこの街から出ていきますからね」
「ええ。そうならないことを祈るわ」
パーティーでの出来事を話してから、ヒスイはずっと不機嫌だった。その上、婚約後のテオドアの浮気を知ると、彼を最低の奴だと罵り、そんなパーティーなど行かなくていいとまで言ってくれたのだが、そうはいかない。
公爵家から招待されたパーティーを断るなどすれば、アーネスト伯爵家に迷惑をかけてしまう。恩を仇で返すようなことは、絶対にしたくなかった。
ルーシャは十年前からアーネスト伯爵家で暮らしている。事故で両親を亡くしたルーシャは、母方の父である、アーネスト前伯爵に引き取られ、育ててもらった。
アーネスト前伯爵は、孫のルーシャを可愛がり、従兄のクレイスと共に大切に育ててくれたのだ。
「ルーシャ。あのお屋敷ですか?」
左手に大きな屋敷が見えてきた。街の少し外れの高台にある、シェリクス公爵家の本邸だ。街を見下ろすように聳え、この屋敷の裏側には守護竜がすまうとされる竜谷が広がっている。
「ええ。そうですわ」
「お顔の色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ヒスイ。そろそろ着くわね」
次第に屋敷が近づいてくる。向こうもルーシャの馬車に気づいた様子で、大きな門がゆっくりと開かれ、門の向こうには一人の男性が佇んでいた。
そういえば、パーティーの日、テオドアはああして門の前で待っていて、ルーシャを暖かく迎え入れてくれた。
あの時は嬉しかったけれど……。今はそんな気持ちにはなれなかった。
「テオドア様だわ」
「あれが……。遠くから見ると、キノコみたいですね」
「え?」
「例えるなら……金色のマッシュルーム」
「金色のマッシュルーム!?」
ヒスイは真面目な顔でテオドアをそう命名した。艶のよい丸みを帯びた金髪はマッシュルームと言われたら、そう見えなくもない。むしろそれにしか見えなくなってきた。驚くルーシャに、ヒスイは柔和な笑みを向けて言葉を続ける。
「見えますよね? 僕、人を物に例えるのが趣味なんですよ。因みに、ルーシャのお従兄さんだったら、焼き過ぎたステーキです」
「焼き過ぎたって、どうして?」
「焼き過ぎた肉は硬くて焦げてますよね。お従兄さんの髪は暗めの色ですし、性格は真面目で堅そうな方とお見受けいたしましたので」
何となくしっくりきた。従兄は身内のルーシャから見ても完璧な男性だ。優しいし、魔法も剣も得意で、城で要職に就いている。まさにステーキ。しかしルーシャのこととなると、頑固で融通の利かない面を見せるのだ。
「面白い趣味ね。でも、テオドア様は……。ふふっ。どうして?」
「あ、彼のことはよく知らないので、第一印象です」
門の奥で待つテオドアが、もうマッシュルームにしか見えない。彼のことをこんな気持ちで眺める日がくるなんて思いもよらなかった。
どうしても顔から笑みが溢れてしまう。ヒスイはいつもこんな楽しいことをしているのだろうか。
「ねぇ。それなら私は?」
「る、ルーシャは…………蜜です」
「えっ。何て言ったの?」
「ひ、秘密です!」
「あら。教えてくれてもいいじゃない!」
頬を膨らますルーシャを笑顔で流し、ヒスイは外を見るようにと目で合図すると同時に、馬車が足を止めた。
ヒスイとの会話を楽しんでいる間に、もう着いてしまったのだ。ルーシャが落胆していると、弾んだ男性の声が耳に響いた。
「ルーシャ! 待ちくたびれたぞ」
沈む夕陽をボーッと見つめるルーシャに、ヒスイは小さくため息をついた後、早口で言った。
「もし上手くいかなかった場合は、さっさとこの街から出ていきますからね」
「ええ。そうならないことを祈るわ」
パーティーでの出来事を話してから、ヒスイはずっと不機嫌だった。その上、婚約後のテオドアの浮気を知ると、彼を最低の奴だと罵り、そんなパーティーなど行かなくていいとまで言ってくれたのだが、そうはいかない。
公爵家から招待されたパーティーを断るなどすれば、アーネスト伯爵家に迷惑をかけてしまう。恩を仇で返すようなことは、絶対にしたくなかった。
ルーシャは十年前からアーネスト伯爵家で暮らしている。事故で両親を亡くしたルーシャは、母方の父である、アーネスト前伯爵に引き取られ、育ててもらった。
アーネスト前伯爵は、孫のルーシャを可愛がり、従兄のクレイスと共に大切に育ててくれたのだ。
「ルーシャ。あのお屋敷ですか?」
左手に大きな屋敷が見えてきた。街の少し外れの高台にある、シェリクス公爵家の本邸だ。街を見下ろすように聳え、この屋敷の裏側には守護竜がすまうとされる竜谷が広がっている。
「ええ。そうですわ」
「お顔の色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ヒスイ。そろそろ着くわね」
次第に屋敷が近づいてくる。向こうもルーシャの馬車に気づいた様子で、大きな門がゆっくりと開かれ、門の向こうには一人の男性が佇んでいた。
そういえば、パーティーの日、テオドアはああして門の前で待っていて、ルーシャを暖かく迎え入れてくれた。
あの時は嬉しかったけれど……。今はそんな気持ちにはなれなかった。
「テオドア様だわ」
「あれが……。遠くから見ると、キノコみたいですね」
「え?」
「例えるなら……金色のマッシュルーム」
「金色のマッシュルーム!?」
ヒスイは真面目な顔でテオドアをそう命名した。艶のよい丸みを帯びた金髪はマッシュルームと言われたら、そう見えなくもない。むしろそれにしか見えなくなってきた。驚くルーシャに、ヒスイは柔和な笑みを向けて言葉を続ける。
「見えますよね? 僕、人を物に例えるのが趣味なんですよ。因みに、ルーシャのお従兄さんだったら、焼き過ぎたステーキです」
「焼き過ぎたって、どうして?」
「焼き過ぎた肉は硬くて焦げてますよね。お従兄さんの髪は暗めの色ですし、性格は真面目で堅そうな方とお見受けいたしましたので」
何となくしっくりきた。従兄は身内のルーシャから見ても完璧な男性だ。優しいし、魔法も剣も得意で、城で要職に就いている。まさにステーキ。しかしルーシャのこととなると、頑固で融通の利かない面を見せるのだ。
「面白い趣味ね。でも、テオドア様は……。ふふっ。どうして?」
「あ、彼のことはよく知らないので、第一印象です」
門の奥で待つテオドアが、もうマッシュルームにしか見えない。彼のことをこんな気持ちで眺める日がくるなんて思いもよらなかった。
どうしても顔から笑みが溢れてしまう。ヒスイはいつもこんな楽しいことをしているのだろうか。
「ねぇ。それなら私は?」
「る、ルーシャは…………蜜です」
「えっ。何て言ったの?」
「ひ、秘密です!」
「あら。教えてくれてもいいじゃない!」
頬を膨らますルーシャを笑顔で流し、ヒスイは外を見るようにと目で合図すると同時に、馬車が足を止めた。
ヒスイとの会話を楽しんでいる間に、もう着いてしまったのだ。ルーシャが落胆していると、弾んだ男性の声が耳に響いた。
「ルーシャ! 待ちくたびれたぞ」
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