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第一章 新たな活路
003 水竜
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ヒスイは千年前に生まれた水竜だそうだ。
守護竜の暴走しかけた力を使って時を戻し、人間の姿に変身してルーシャの前に現れ、この国の滅び行く未来を食い止めようとしているのだという。
守護竜も国を滅ぼすのは気が引けたそうで、ヒスイの願いを聞き入れ協力してくれたそうだ。
守護竜の花嫁の言い伝えは、おとぎ話のようにしか考えていなかったが、国を守るために本当に必要なのだとルーシャは理解した。
「ところで。どうしてルーシャは呪われていたのですか? 人間の使う魔法はよく分からないのですが」
呪いという言葉を聞くと、全身が強ばる。
体を動かせないあの感覚。
思い出すだけで胸が苦しくなり、ルーシャは胸に手を当てた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。……あの日、私はあの場所で初めて守護竜の花嫁になることを知らされました。本当はシェリクス公爵家に嫁ぐ予定でしたが。呪術で縛られていたのは……恐らく、私が花嫁になることを抵抗できないようにする為だと思います」
「それは酷い。シェリクス公爵家か……。確か、代々守護竜の花嫁を捧げてきた家系なのに。本人に伝えもせずに無理矢理だなんて、言語道断です」
ルーシャの言葉を受け、ヒスイは怒りを顕に首を横に振る。自分の代わりに怒るヒスイを見ると、ルーシャは心が少し軽くなるのを感じた。しかし、ヒスイの力になりたいと思うも、ちっぽけな自分に何が出来るのかと不安になる。
「私は何の取り柄もない人間だから、適役だったのでしょうね。でも、守護竜様を怒らせてしまったということは、私はやっぱり役立たずなのかしら?」
「そんなことはありません。ルーシャに呪いをかけた奴が悪いのです」
「では、呪術を解くことができれば、私は国を救う守護竜の花嫁として、死ぬことができるのかしら?」
「死ぬ?──ルーシャ。僕は、君を死なせたくありません。こんな所からさっさと出ていきましょう」
瞳を曇らせ、ヒスイは怪訝そうにルーシャを見つめた。ルーシャだって、あんな風に死ぬのは嫌だ。しかし、守護竜の花嫁が居なければ、その怒りに触れ、この国は滅ぼされてしまう。
守護竜の花嫁など御免だが、代わりに誰かを差し出すことを選ぶことも、ルーシャには出来なかった。
「水竜さん。ありがとう。でも、もしも私が守護竜の花嫁として死ぬことから逃げてしまったら、私の代わりに、他の誰かが命を落としてしまうのではないの?」
「命を落とす必要はありません。実際には儀式を見たことはないので、説明は難しいのですが……」
「だったらやっぱり、あの呪いさえ解ければ──」
「ルーシャ。まずは己の身を案じてください。僕に呪いを解くことは出来ませんし、シェリクス家と縁談を結んではなりけません。ルーシャを失った後、彼らがどう行動するかは分かりませんが、婚約など結んでしまえば、同じ事を繰り返すに違いありません。大丈夫です。僕が一緒にいます。二人で、この国の未来を変えましょう!? 協力していただけませんか?」
力強いヒスイの言葉と眼差しに、ルーシャは覚悟を決めた。彼と一緒なら何とかなる気がしてきた。
このままテオドアの婚約者になれば、守護竜の怒りをかってしまう。まずはそれを避けるべく行動しなければならないのだ。
「水竜さん。私も力になりたいわ。でも……実はね。今日がその婚約を結んだ日なの」
「今日ですか!?」
ヒスイは驚きと共に勢い良くソファーから立ち、ルーシャの手を引くと、そのまま抱き上げ窓辺へと歩きだす。そして、このまま窓から飛び出してしまいそうな勢いで窓枠に足をかけた。
「ちょ、ちょっと、待って。水竜さん!?」
「ルーシャ? あ、僕のことはヒスイでいいですよ?」
「ひ、ヒスイ。待って。ここ、二階よ?」
窓の下には、綺麗に整えられた庭園が広がっている。ルーシャを抱えたまま飛び降りるつもりなのか、それとも竜だから飛べるのか?
呆然とルーシャの顔を見つめるヒスイの考えは全く読めなかった。
「大丈夫ですよ。見た目は人間ですけれど、それほど脆い体じゃないですから」
「そ、そうじゃなくて。どこへ行くつもりなのかしら?」
「ここじゃない……どこがいいでしょうか? 婚約なんてなりません。シェリクス家と関わるのは危険です。こんな屋敷、さっさと出て行きましょう」
屋敷を出る。そんなこと、考えたこともなかった。ルーシャはアーネスト家の人々の顔を思い浮かべた。従兄のレイス、そしてその父であるアーネスト伯爵の顔が浮かぶ。
「私、アーネスト伯爵家の方々にはお世話になっているの。だから……。ご迷惑をかけないように、婚約者に選ばれないようしてみせるわ」
「選ばれないように?」
「ええ。今日のパーティーで、あるゲームが行われたの。私はそれで、運良く……。いいえ。運のないことに、テオドア様の婚約者に選ばれてしまったの」
「ゲーム……ですか? 詳しく教えていただけますか?」
「はい」
ルーシャは記憶を辿り一年前に経験したパーティーの出来事を語り始めた。
守護竜の暴走しかけた力を使って時を戻し、人間の姿に変身してルーシャの前に現れ、この国の滅び行く未来を食い止めようとしているのだという。
守護竜も国を滅ぼすのは気が引けたそうで、ヒスイの願いを聞き入れ協力してくれたそうだ。
守護竜の花嫁の言い伝えは、おとぎ話のようにしか考えていなかったが、国を守るために本当に必要なのだとルーシャは理解した。
「ところで。どうしてルーシャは呪われていたのですか? 人間の使う魔法はよく分からないのですが」
呪いという言葉を聞くと、全身が強ばる。
体を動かせないあの感覚。
思い出すだけで胸が苦しくなり、ルーシャは胸に手を当てた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。……あの日、私はあの場所で初めて守護竜の花嫁になることを知らされました。本当はシェリクス公爵家に嫁ぐ予定でしたが。呪術で縛られていたのは……恐らく、私が花嫁になることを抵抗できないようにする為だと思います」
「それは酷い。シェリクス公爵家か……。確か、代々守護竜の花嫁を捧げてきた家系なのに。本人に伝えもせずに無理矢理だなんて、言語道断です」
ルーシャの言葉を受け、ヒスイは怒りを顕に首を横に振る。自分の代わりに怒るヒスイを見ると、ルーシャは心が少し軽くなるのを感じた。しかし、ヒスイの力になりたいと思うも、ちっぽけな自分に何が出来るのかと不安になる。
「私は何の取り柄もない人間だから、適役だったのでしょうね。でも、守護竜様を怒らせてしまったということは、私はやっぱり役立たずなのかしら?」
「そんなことはありません。ルーシャに呪いをかけた奴が悪いのです」
「では、呪術を解くことができれば、私は国を救う守護竜の花嫁として、死ぬことができるのかしら?」
「死ぬ?──ルーシャ。僕は、君を死なせたくありません。こんな所からさっさと出ていきましょう」
瞳を曇らせ、ヒスイは怪訝そうにルーシャを見つめた。ルーシャだって、あんな風に死ぬのは嫌だ。しかし、守護竜の花嫁が居なければ、その怒りに触れ、この国は滅ぼされてしまう。
守護竜の花嫁など御免だが、代わりに誰かを差し出すことを選ぶことも、ルーシャには出来なかった。
「水竜さん。ありがとう。でも、もしも私が守護竜の花嫁として死ぬことから逃げてしまったら、私の代わりに、他の誰かが命を落としてしまうのではないの?」
「命を落とす必要はありません。実際には儀式を見たことはないので、説明は難しいのですが……」
「だったらやっぱり、あの呪いさえ解ければ──」
「ルーシャ。まずは己の身を案じてください。僕に呪いを解くことは出来ませんし、シェリクス家と縁談を結んではなりけません。ルーシャを失った後、彼らがどう行動するかは分かりませんが、婚約など結んでしまえば、同じ事を繰り返すに違いありません。大丈夫です。僕が一緒にいます。二人で、この国の未来を変えましょう!? 協力していただけませんか?」
力強いヒスイの言葉と眼差しに、ルーシャは覚悟を決めた。彼と一緒なら何とかなる気がしてきた。
このままテオドアの婚約者になれば、守護竜の怒りをかってしまう。まずはそれを避けるべく行動しなければならないのだ。
「水竜さん。私も力になりたいわ。でも……実はね。今日がその婚約を結んだ日なの」
「今日ですか!?」
ヒスイは驚きと共に勢い良くソファーから立ち、ルーシャの手を引くと、そのまま抱き上げ窓辺へと歩きだす。そして、このまま窓から飛び出してしまいそうな勢いで窓枠に足をかけた。
「ちょ、ちょっと、待って。水竜さん!?」
「ルーシャ? あ、僕のことはヒスイでいいですよ?」
「ひ、ヒスイ。待って。ここ、二階よ?」
窓の下には、綺麗に整えられた庭園が広がっている。ルーシャを抱えたまま飛び降りるつもりなのか、それとも竜だから飛べるのか?
呆然とルーシャの顔を見つめるヒスイの考えは全く読めなかった。
「大丈夫ですよ。見た目は人間ですけれど、それほど脆い体じゃないですから」
「そ、そうじゃなくて。どこへ行くつもりなのかしら?」
「ここじゃない……どこがいいでしょうか? 婚約なんてなりません。シェリクス家と関わるのは危険です。こんな屋敷、さっさと出て行きましょう」
屋敷を出る。そんなこと、考えたこともなかった。ルーシャはアーネスト家の人々の顔を思い浮かべた。従兄のレイス、そしてその父であるアーネスト伯爵の顔が浮かぶ。
「私、アーネスト伯爵家の方々にはお世話になっているの。だから……。ご迷惑をかけないように、婚約者に選ばれないようしてみせるわ」
「選ばれないように?」
「ええ。今日のパーティーで、あるゲームが行われたの。私はそれで、運良く……。いいえ。運のないことに、テオドア様の婚約者に選ばれてしまったの」
「ゲーム……ですか? 詳しく教えていただけますか?」
「はい」
ルーシャは記憶を辿り一年前に経験したパーティーの出来事を語り始めた。
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