婚約者に騙されて守護竜の花嫁(生贄)にされたので、嫌なことは嫌と言うことにしました

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第一章 新たな活路

001 一年前のあの日

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『……シャ!? ルーシャっ!』

 大好きな従兄あにレイスの声がする。
 焦り、余裕のないその声が、ルーシャの意識を暗闇から呼び起こした。

「お従兄にい……様?」
「ルーシャ!?」

 目を開けたその瞬間、目映い太陽の光と、レイスの悲しげな顔が視界を覆う。レイスの清んだ青い瞳からは涙が零れ、芝生の上で横たわっていたルーシャを優しく抱き起こした。

「ルーシャ、心配したぞ。木から落ちて、そのまま気を失っていたのだ」
「木から……?」

 見上げれば赤い林檎の実。ルーシャは過去に一度だけ、林檎の木から落ちた事がある。

 それは一年前、テオドア=シェリクスの十八歳の誕生日。
 彼が好きなアップルパイを作る為に林檎を取ろうとして木から落ちた記憶が、今の状況と重なって見える。

 そしてテオドアの顔を思い出すと、ルーシャは竜谷での記憶が蘇った。あの時感じた死への恐怖が甦り、全身から血の気が引き、指が震える。

 青ざめるルーシャの顔を心配そうに覗き込み、レイスはその白い頬にそっと手を添えた。

「どうした? 顔色が悪いぞ。回復魔法をかけようか?」
「大丈夫ですわ。お従兄様。あの、今日は……」
「いくら楽しみにしていたとはいえ、張り切りすぎだぞ。テオドアの誕生日に、アップルパイを作ろうとしていたのだろう?」
「ええ。そうですわ」

 やはり、一年前に戻っている。
 それはレイスの装いからも判断できた。
 レイスは王国騎士団の藍色の制服を着ている。ダーグブロンドの短い髪も、騎士団に入団してからの装いなので、一年半ほど前からだ。
 今、ルーシャが存在する今日という日は、テオドアの婚約者に選ばれた、忌まわしきあの日なのだ。

 しかし、何故一年前に自分がいるのか、理解不能だった。

「ルーシャ、アップルパイはどうする? テオドアは、ルーシャの手料理が大好きだからな。しかし、無理はするなよ」
「はい……」

 あの頃のルーシャは、テオドアに憧れていた。
 テオドアは、従兄のレイスの親友であり、もう一人の兄のような存在であった。

 しかしそれは、婚約者に選ばれる前までの話。

 浮かない顔のルーシャに、レイスは地面に転がっていた林檎を一つ手渡すと、ルーシャのローズブロンドの髪を励ますように撫でた。

「ほら、ルーシャが採った林檎だよ。また林檎が必要な時は、私か執事に頼むのだよ」
「執事……ですか?」

 執事といえば、レイスの父、現在のアーネスト伯爵付きの老執事しかいない。
 レイスは一体誰をさしていったのか。レイスの言葉に首をかしげていると、背後から優しい青年の声がした。

「レイス様。ルーシャ様をお守りできず、申し訳ありませんでした」

 声のした先に目を向けると、背の高い藍色の髪の青年が立っていた。初めて見る青年だ。
 翡翠色の瞳は優しく穏やかで、ルーシャは何処か懐かしいその瞳に魅せられ目を奪われた。

 絵に描いたような美青年。一度見たら忘れる筈もないその容姿だが、ルーシャの記憶をいくら辿ろうとも、彼は存在しなかった。

 一年前に戻ったのかと思ったけれど、違うのかもしれない。
 彼は一体、何者なのか、検討もつかなかった。

 レイスはその執事と面識がある様子で、ルーシャは二人の会話を窺いつつ、状況を整理しようと必死に頭の中で思案を巡らせた。

「気にするな。お前が木から落ちたルーシャを受け止めていなければ、大怪我をしていたかもしれない。それに、普段大人しいルーシャが木に登るなど、想像もできなかっただろう」
「ありがたきお言葉に感謝いたします。レイス様。ルーシャ様は私が部屋にお連れしましょう」
「いや。私が──」

 レイスがそう言いかけた時、ルーシャは窓辺に佇む女性と目が合った。
 レイスの妻アリアだ。
 彼女の嫉妬と嫌悪に満ちた視線に、ルーシャは息を飲み、レイスの袖を引き首を横に振った。

「お、お従兄様。私は大丈夫ですわ。彼と部屋へ戻りますわ」

 ルーシャが執事へ目を向けると、彼は穏やかに微笑み、ルーシャへ手を差し伸べた。

「ルーシャ様。私はヒスイと申します。貴女を守る。その為だけに、執事となりました」 

 ルーシャの前にひざまずき、上目遣いで見つめる大人っぽい切れ長な瞳は、竜谷で見た滝壺の様に吸い込まれてしまいそうな翡翠色をしている。

 ですが、この方は……どなたでしょうか?




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