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第四章 二人きりでの馬車の旅
013 イヤリングとメイド服
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しかし、セシルの部屋へ入るなりアルベリクは頭を抱えた。
開けっぱなしの鞄。ベッドの上の脱ぎ捨てた服。
テーブルの上のお菓子の山と薔薇のイヤリング。
「レオンの部屋みたいだな」
「す、すみません。急いでいたので。今片付けます」
セシルは急いで片付けに取りかかる。
これだから来て欲しくなかったのだ。
アルベリクの小言はまだ続く。
「湯が冷めてるな……」
「新しくもらって来ます」
「いい。俺が行く……」
アルベリクはセシルのメイド服を一瞥すると、ポットを手に部屋を出ていった。
◇◇
セシルは今がチャンスと急いで片付けたのだが、レープクーヘンを並べ直した時にあることに気付いた。
アルベリクからもらった薔薇のイヤリングが無い。
鞄の中を確認しても、レクトとメアリへのお土産しか入っていなかった。
これは不味い。非常に不味い。
絶対不可避でアルベリクに怒られる。
急いで片付けたから衣類に混ざってしまったのかもしれない。
もしも聞かれたらどうしよう。
セシルが途方に暮れている時、アルベリクが戻ってきた。
「おおおお帰りなさいませ。御主人様」
「……なんの真似だ。ふざけてないで早く茶を入れろ」
「はい……」
セシルは一度ゆっくりと深呼吸した。
こんな時こそ平常心だ。
アールグレイの紅茶に、レープクーヘン。
甘い香りに癒される。イヤリングの事がなければ、もっと美味しくいただけただろうに。
アルベリクは一口食べると眉を潜めた。
「甘いな……。うん。甘すぎる」
「それなら、残りは私が食べますよ」
「いや。他の味は甘すぎないかもしれない」
「……全部甘いですよ」
甘いレープクーヘンを渋い顔で食べ進めるアルベリクを横に、セシルは三枚目のレープクーヘンを口に入れ、至福の笑みを溢した。美味しい。
次の一枚を食べる前に、紅茶を飲む。
そうするとまた、一口目を食べたような幸せと感動が戻ってくるのだ。
セシルがカップを口に運ぶと、アルベリクはタイミングを見計らったように尋ねた。
「イヤリングはしないのか?」
「ぶほっ。けほっ……な、ななななんで急に!?」
「ほぅ。怪しい反応だな。イヤリングは……まさか、もう無くしたのか?」
アルベリクは、セシルを試すように微笑みかけた。
勿論、優しく笑いかけるような顔ではない。
意地悪な笑顔だ。
「……えっと」
「セシル。お前にはお仕置きが必要だな……目を瞑れ」
セシルの目の前に出されたアルベリクの指の形。
あの形は、多分、デコピンをするつもりだ。
「部屋を片付けないお前が悪いんだからな」
セシルは観念してギュッと瞳を瞑った。
しかし、おでこに意識を集中させていたのに、アルベリクの手はセシルの頬に触れた。それから耳に……。
「ひゃっ」
「……もう、開けていいぞ」
セシルは違和感の残る耳に手を触れた。
そこには硬いイヤリングの感触がある。
「あ、あれ?」
いつの間にかアルベリクがイヤリングを持っていたのだ。
なんか騙されたような。
「無くすなよ。無くしたらデコピンだからな」
「はい」
「朝食の時と夜のハーブティーの時は付けるんだぞ。それ以外は無くすだろうから付けるな」
「はい」
それって二人の時に付けて欲しいってことかな。
アルベリクは無表情を装っているが、レープクーヘンを食べるスピードがさっきより早い。きっと今アルベリクにギュッとされて心臓の鼓動を聞いたら、普段より早いんだろうな、とセシルは思った。
そして、アルベリクに抱きしめられることを妄想している自分に気付き、それを打ち消すようにセシルは頭を横に振った。
「どうかしたか?」
「い、いえ。あの、ありがとうございます。大切にしますね」
「……あ、ああ。──やっぱり甘いな。甘すぎる」
アルベリクの照れ隠しだろうか。
レープクーヘンに対してずっと文句を言い続けていた。
◇◇
そして翌朝。
アルベリクは宿屋のおじさんにこんなことを言われた。
「いいよね、メイド服。憧れるよね、メイド服。分かるよ兄ちゃん。二人とも仲良くな!」
それから馬車の中は険悪な雰囲気である。
アルベリクは「この宿屋は二度と使わん」と呟いてからなにも話さないし、セシルと目も合わせもしない。
しかし、セシルはどうしても聞いておきたいことがあった。
本当ならレクトに聞けばいいと思っていたのだが、いないのだからアルベリクに聞くしかない。
「あの、アルベリク様。訓練所に着いたら、私は何をしたらよいのでしょうか?」
「……誰とも喋らず俺の隣にいればいい」
アルベリク低い声で吐き捨てるように言った。
それは可能なのだろうか。
「分かりました。アルベリク様の隣にいますね」
アルベリクはセシルを不審げに見つめ、立ち上がるとセシルの隣に腰を下ろした。
そして、またセシルの肩に頭を預ける。
「出先に、二度とメイド服は持ってくるなよ」
「はい……」
開けっぱなしの鞄。ベッドの上の脱ぎ捨てた服。
テーブルの上のお菓子の山と薔薇のイヤリング。
「レオンの部屋みたいだな」
「す、すみません。急いでいたので。今片付けます」
セシルは急いで片付けに取りかかる。
これだから来て欲しくなかったのだ。
アルベリクの小言はまだ続く。
「湯が冷めてるな……」
「新しくもらって来ます」
「いい。俺が行く……」
アルベリクはセシルのメイド服を一瞥すると、ポットを手に部屋を出ていった。
◇◇
セシルは今がチャンスと急いで片付けたのだが、レープクーヘンを並べ直した時にあることに気付いた。
アルベリクからもらった薔薇のイヤリングが無い。
鞄の中を確認しても、レクトとメアリへのお土産しか入っていなかった。
これは不味い。非常に不味い。
絶対不可避でアルベリクに怒られる。
急いで片付けたから衣類に混ざってしまったのかもしれない。
もしも聞かれたらどうしよう。
セシルが途方に暮れている時、アルベリクが戻ってきた。
「おおおお帰りなさいませ。御主人様」
「……なんの真似だ。ふざけてないで早く茶を入れろ」
「はい……」
セシルは一度ゆっくりと深呼吸した。
こんな時こそ平常心だ。
アールグレイの紅茶に、レープクーヘン。
甘い香りに癒される。イヤリングの事がなければ、もっと美味しくいただけただろうに。
アルベリクは一口食べると眉を潜めた。
「甘いな……。うん。甘すぎる」
「それなら、残りは私が食べますよ」
「いや。他の味は甘すぎないかもしれない」
「……全部甘いですよ」
甘いレープクーヘンを渋い顔で食べ進めるアルベリクを横に、セシルは三枚目のレープクーヘンを口に入れ、至福の笑みを溢した。美味しい。
次の一枚を食べる前に、紅茶を飲む。
そうするとまた、一口目を食べたような幸せと感動が戻ってくるのだ。
セシルがカップを口に運ぶと、アルベリクはタイミングを見計らったように尋ねた。
「イヤリングはしないのか?」
「ぶほっ。けほっ……な、ななななんで急に!?」
「ほぅ。怪しい反応だな。イヤリングは……まさか、もう無くしたのか?」
アルベリクは、セシルを試すように微笑みかけた。
勿論、優しく笑いかけるような顔ではない。
意地悪な笑顔だ。
「……えっと」
「セシル。お前にはお仕置きが必要だな……目を瞑れ」
セシルの目の前に出されたアルベリクの指の形。
あの形は、多分、デコピンをするつもりだ。
「部屋を片付けないお前が悪いんだからな」
セシルは観念してギュッと瞳を瞑った。
しかし、おでこに意識を集中させていたのに、アルベリクの手はセシルの頬に触れた。それから耳に……。
「ひゃっ」
「……もう、開けていいぞ」
セシルは違和感の残る耳に手を触れた。
そこには硬いイヤリングの感触がある。
「あ、あれ?」
いつの間にかアルベリクがイヤリングを持っていたのだ。
なんか騙されたような。
「無くすなよ。無くしたらデコピンだからな」
「はい」
「朝食の時と夜のハーブティーの時は付けるんだぞ。それ以外は無くすだろうから付けるな」
「はい」
それって二人の時に付けて欲しいってことかな。
アルベリクは無表情を装っているが、レープクーヘンを食べるスピードがさっきより早い。きっと今アルベリクにギュッとされて心臓の鼓動を聞いたら、普段より早いんだろうな、とセシルは思った。
そして、アルベリクに抱きしめられることを妄想している自分に気付き、それを打ち消すようにセシルは頭を横に振った。
「どうかしたか?」
「い、いえ。あの、ありがとうございます。大切にしますね」
「……あ、ああ。──やっぱり甘いな。甘すぎる」
アルベリクの照れ隠しだろうか。
レープクーヘンに対してずっと文句を言い続けていた。
◇◇
そして翌朝。
アルベリクは宿屋のおじさんにこんなことを言われた。
「いいよね、メイド服。憧れるよね、メイド服。分かるよ兄ちゃん。二人とも仲良くな!」
それから馬車の中は険悪な雰囲気である。
アルベリクは「この宿屋は二度と使わん」と呟いてからなにも話さないし、セシルと目も合わせもしない。
しかし、セシルはどうしても聞いておきたいことがあった。
本当ならレクトに聞けばいいと思っていたのだが、いないのだからアルベリクに聞くしかない。
「あの、アルベリク様。訓練所に着いたら、私は何をしたらよいのでしょうか?」
「……誰とも喋らず俺の隣にいればいい」
アルベリク低い声で吐き捨てるように言った。
それは可能なのだろうか。
「分かりました。アルベリク様の隣にいますね」
アルベリクはセシルを不審げに見つめ、立ち上がるとセシルの隣に腰を下ろした。
そして、またセシルの肩に頭を預ける。
「出先に、二度とメイド服は持ってくるなよ」
「はい……」
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