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第八章 終焉と死に戻りの秘密
最終話
しおりを挟む ――それから三ヶ月後。
セシルは今日も庭の手入れをしている。その隣には一緒に雑草を刈るアルベリクの姿がある。
「セシル。そろそろお茶の時間だ」
「はい。アルベリク様」
セシルが返事をして立ち上がると、アルベリクの不満そうな視線を感じた。
しまった。また言ってしまった。
「あ、アルベリク?」
「そうだ。もう様なんか付けるなと何度言ったら――」
「アル様~。お茶が入りました~」
お屋敷の方からレクトの声がする。
こちらに向かって大きく手を降っている。
「だって、レクトがいつもアル様、アル様言うんですよ。私がアルベリク……って呼ぶと睨むし……」
「そんなこと気にするな。ここではもう俺は貴族でも何でもないのだから」
ここは、シュナイト領から三日ほど北上した先にある共和国。その国の片隅にある庭付きのお屋敷でセシル達は生活している。
この国はまだ出来てまだ歴史が浅く、移民も多く受け入れている。
アルベリクは現在の元首と敵対する一派を一掃して内乱を収め、その功績が認められて、この屋敷を賜ったのだ。そして、この国の自警団の監督を任されているそうだ。
ここでセシルは庭でハーブや花や薬草を育て、薬を作ったり花を売ったりして生計を立てている。それから、怪我人の手当てなども行っていた。
この国には魔法が存在する。セシルと同じ魔法を使う人には会ったことはないが、ここならセシルは異端者ではないのだ。
やっと自由でいられる場所に巡り会えた。
「クッキーも焼けましたよ~」
メアリが焼きたてのクッキーを手に庭に現れた。
「わぁ~い。メアリさんのクッキーだぁ」
実は、エドワールの命で、メアリとレクトも一緒に国を出たのだ。
月に一度はエドワールと手紙をやり取りしていて、国内の様子、主に第二王子の動向なども知らせてくれている。
アルベリクはクリスの名を読み上げる度に、次に会った時に殺す、と呟いている。
「毎日メアリさんのクッキーがいただけるなんて、幸せです」
「あらあら。私も可愛い孫が増えて幸せだわ」
「そんなこと言って……婆様は爺様に会いたいのではないのですか?」
「そうねぇ~。でも、またいつか会えるでしょうから」
メアリは夫のことを思い浮かべ、クスリと微笑んだ。
アルベリクもメアリのことを気にかけていた。
「そうだな。婆やは一年後にはレクトと国に帰るといい。俺も、ここへはそう長くいるつもりはない」
「そ、そうなんですか!?」
驚くセシルを流し見て、アルベリクは話を続ける。
「北の争乱が落ち着いたら、ここを拠点に色々と旅をしようと思う。そしたらいずれ、セシルと同じ魔法を使う人間にも会えるかもしれないな」
「へぇ~。セシルのルーツ探しですね。俺も付いていきます! ……ってアル様。なんで嫌そうな顔するんですか!?」
「あらあら。アル様はセシルと二人きりがいいのですって」
「そんなぁ! セシルばっかり贔屓してて酷いですよ。俺の方が付き合い長いのに!」
「いや、そんなことはない。セシルと出会ったのが六年前。三回やり直して、それが合わせて約五年半……。レクトは十一歳になったばかりだからな、セシルとの付き合いの方が長い」
「そ、そんな……」
テーブルに突っ伏し失念するレクトにアルベリクは笑みをこぼした。最近よく笑うようになった気がする。
「セシル。明日は結婚式だろう。準備はいいのか?」
「ああっ。そうでした!」
セシルは慌てて庭の花壇へ向かう。
花のアーチの先には、薔薇やガーベラ、マーガレットなど様々な花が咲き乱れていた。半分くらいズルをして咲かせたけれど、この国ではそれがズルじゃないのだ。アルベリクだってもう怒らない。
「結婚式なら、薔薇と……痛っ」
「セシル。慌てると怪我をするぞ」
セシルが指を咥えていると、後ろからアルベリクの声がした。
「えへへ。怪我ぐらい、すぐ治せますから」
「そういう問題じゃないだろ。……お前の軽率さで、これが何度目のやり直しだと思っているのだ?」
「もう絶対に失敗しません! 私がもし命を落としたら、アルベリクまで死んでしまうのでしょう? そんなこと絶対にさせませんから!」
自信満々にそう宣言するセシルに、アルベリクは小さく息を漏らした。
「三度目は幸運が訪れる。そんな言葉があったな」
「三度目……ですか? これで四度目の十三歳ですよ?」
「俺が術を使ったのは三度目だ。だから今回が三度目のやり直しだ」
「そっか……」
指折り数を数えだしたセシルに、アルベリクは持っていた薔薇を取り上げて尋ねた。
「花は選んだのか?」
「はい。新婦さんはお若くて可愛らしい方だったので、ピンクの薔薇を……」
「セシルだったら、どんなブーケがいいんだ? どんなところで式を挙げたい? どんなドレスが着たい?」
「そ、そんな一度にたくさん聞かれても困ります。まずは、明日の結婚式のブーケを作らないと。明日の朝にはお客様が取りにいらっしゃいますから」
結婚式のブーケの依頼はこれが初めてだった。
幸せそうな新郎新婦さんに依頼されて、私もいつか……なんて考えたりもしたけれど、アルベリクもそうだったのだろうか。
アルベリクはセシルの返答に不満げに口を尖らせていた。
「アルベリクさ……。アルベリク?」
「なんだ? セシル」
「私は、教会で式を挙げたいです。アルベリクの好きな青い薔薇のブーケを持って。でも、みんなに祝福されたい、なんて我が儘はいいません。アルベリクが隣にいてくれたら。……それだけで幸せです」
「ズルいな……」
「えっ? いいじゃないですか? ここなら魔法を使っても――っ」
アルベリクの両手がセシルの頬を包み込む。
「初めて会った時も、アーチの中だったな、。今みたいに二人きりで」
「そう……でしたね」
「セシルに会えてよかった」
「えへへ。私もです」
アルベリクがセシルに口づけをした。
嬉しくて幸せで、無意識の内に周囲の蕾がセシルの魔法で花を咲かせた。
二人がそれに気づいたのは――もう少しあとの話……。
※本編の後、後日談あり。
セシルは今日も庭の手入れをしている。その隣には一緒に雑草を刈るアルベリクの姿がある。
「セシル。そろそろお茶の時間だ」
「はい。アルベリク様」
セシルが返事をして立ち上がると、アルベリクの不満そうな視線を感じた。
しまった。また言ってしまった。
「あ、アルベリク?」
「そうだ。もう様なんか付けるなと何度言ったら――」
「アル様~。お茶が入りました~」
お屋敷の方からレクトの声がする。
こちらに向かって大きく手を降っている。
「だって、レクトがいつもアル様、アル様言うんですよ。私がアルベリク……って呼ぶと睨むし……」
「そんなこと気にするな。ここではもう俺は貴族でも何でもないのだから」
ここは、シュナイト領から三日ほど北上した先にある共和国。その国の片隅にある庭付きのお屋敷でセシル達は生活している。
この国はまだ出来てまだ歴史が浅く、移民も多く受け入れている。
アルベリクは現在の元首と敵対する一派を一掃して内乱を収め、その功績が認められて、この屋敷を賜ったのだ。そして、この国の自警団の監督を任されているそうだ。
ここでセシルは庭でハーブや花や薬草を育て、薬を作ったり花を売ったりして生計を立てている。それから、怪我人の手当てなども行っていた。
この国には魔法が存在する。セシルと同じ魔法を使う人には会ったことはないが、ここならセシルは異端者ではないのだ。
やっと自由でいられる場所に巡り会えた。
「クッキーも焼けましたよ~」
メアリが焼きたてのクッキーを手に庭に現れた。
「わぁ~い。メアリさんのクッキーだぁ」
実は、エドワールの命で、メアリとレクトも一緒に国を出たのだ。
月に一度はエドワールと手紙をやり取りしていて、国内の様子、主に第二王子の動向なども知らせてくれている。
アルベリクはクリスの名を読み上げる度に、次に会った時に殺す、と呟いている。
「毎日メアリさんのクッキーがいただけるなんて、幸せです」
「あらあら。私も可愛い孫が増えて幸せだわ」
「そんなこと言って……婆様は爺様に会いたいのではないのですか?」
「そうねぇ~。でも、またいつか会えるでしょうから」
メアリは夫のことを思い浮かべ、クスリと微笑んだ。
アルベリクもメアリのことを気にかけていた。
「そうだな。婆やは一年後にはレクトと国に帰るといい。俺も、ここへはそう長くいるつもりはない」
「そ、そうなんですか!?」
驚くセシルを流し見て、アルベリクは話を続ける。
「北の争乱が落ち着いたら、ここを拠点に色々と旅をしようと思う。そしたらいずれ、セシルと同じ魔法を使う人間にも会えるかもしれないな」
「へぇ~。セシルのルーツ探しですね。俺も付いていきます! ……ってアル様。なんで嫌そうな顔するんですか!?」
「あらあら。アル様はセシルと二人きりがいいのですって」
「そんなぁ! セシルばっかり贔屓してて酷いですよ。俺の方が付き合い長いのに!」
「いや、そんなことはない。セシルと出会ったのが六年前。三回やり直して、それが合わせて約五年半……。レクトは十一歳になったばかりだからな、セシルとの付き合いの方が長い」
「そ、そんな……」
テーブルに突っ伏し失念するレクトにアルベリクは笑みをこぼした。最近よく笑うようになった気がする。
「セシル。明日は結婚式だろう。準備はいいのか?」
「ああっ。そうでした!」
セシルは慌てて庭の花壇へ向かう。
花のアーチの先には、薔薇やガーベラ、マーガレットなど様々な花が咲き乱れていた。半分くらいズルをして咲かせたけれど、この国ではそれがズルじゃないのだ。アルベリクだってもう怒らない。
「結婚式なら、薔薇と……痛っ」
「セシル。慌てると怪我をするぞ」
セシルが指を咥えていると、後ろからアルベリクの声がした。
「えへへ。怪我ぐらい、すぐ治せますから」
「そういう問題じゃないだろ。……お前の軽率さで、これが何度目のやり直しだと思っているのだ?」
「もう絶対に失敗しません! 私がもし命を落としたら、アルベリクまで死んでしまうのでしょう? そんなこと絶対にさせませんから!」
自信満々にそう宣言するセシルに、アルベリクは小さく息を漏らした。
「三度目は幸運が訪れる。そんな言葉があったな」
「三度目……ですか? これで四度目の十三歳ですよ?」
「俺が術を使ったのは三度目だ。だから今回が三度目のやり直しだ」
「そっか……」
指折り数を数えだしたセシルに、アルベリクは持っていた薔薇を取り上げて尋ねた。
「花は選んだのか?」
「はい。新婦さんはお若くて可愛らしい方だったので、ピンクの薔薇を……」
「セシルだったら、どんなブーケがいいんだ? どんなところで式を挙げたい? どんなドレスが着たい?」
「そ、そんな一度にたくさん聞かれても困ります。まずは、明日の結婚式のブーケを作らないと。明日の朝にはお客様が取りにいらっしゃいますから」
結婚式のブーケの依頼はこれが初めてだった。
幸せそうな新郎新婦さんに依頼されて、私もいつか……なんて考えたりもしたけれど、アルベリクもそうだったのだろうか。
アルベリクはセシルの返答に不満げに口を尖らせていた。
「アルベリクさ……。アルベリク?」
「なんだ? セシル」
「私は、教会で式を挙げたいです。アルベリクの好きな青い薔薇のブーケを持って。でも、みんなに祝福されたい、なんて我が儘はいいません。アルベリクが隣にいてくれたら。……それだけで幸せです」
「ズルいな……」
「えっ? いいじゃないですか? ここなら魔法を使っても――っ」
アルベリクの両手がセシルの頬を包み込む。
「初めて会った時も、アーチの中だったな、。今みたいに二人きりで」
「そう……でしたね」
「セシルに会えてよかった」
「えへへ。私もです」
アルベリクがセシルに口づけをした。
嬉しくて幸せで、無意識の内に周囲の蕾がセシルの魔法で花を咲かせた。
二人がそれに気づいたのは――もう少しあとの話……。
※本編の後、後日談あり。
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