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第八章 終焉と死に戻りの秘密
010 あの井戸で
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瞳を開けると、井戸の底だった。
また戻ってきた。
記憶が曖昧だけれど、私はきっとクリスに……。
でも、またやり直せる。
――またアルベリクに会える。
そう思ったら、涙がボロボロと溢れ出した。
セシルは胸のロザリオを握りしめた。
そこには、指輪がついていた。花びらの様な台座の真ん中に、アクアマリンの宝石が輝く、アルベリクからプレゼントされた指輪だ。
「あ……。どうして指輪が……?」
セシルはネックレスから指輪を外して指に嵌めた。
アルベリクの顔が思い浮かぶ。
井戸から出て初めて会うのは、いつもアルベリクだ。
アルベリクに会ったらなんて言おうか。
いっそのこと全て話してしまえば、アルベリクは信じてくれるのではないだろうか。そうしたら、セシルの運命は今度こそ変えられるのではないだろうか。
「話そう。きっと信じてくれる。アルベリク様なら……だって、私とアルベリク様はもう出会っているのだから。きっと、私を迎えに来てくれるのだから……」
その時、井戸の上からセシルの名を呼ぶ声が響いた。
◇◇◇◇
目を開けたら、いつもの庭だった。
目の前には入れたての紅茶。婆やの匂いがした。
「あらあら。アル様?――何だか、大人になられましたか?」
いつもと同じ婆やの声。隣に立つレクトは少し幼い。
また、戻れたんだ。ホッとしたら涙が溢れた。
安堵と悔しさと悲しみと喜び。
複雑に絡み合った感情が、涙と共に流れていく。
「あああアル様!? どどどどうしましたか!?」
レクトが慌ててハンカチを差し出す。
俺はそれを受けとると、溢れた涙を拭った。
「レクト、風呂の用意をしておいてくれ」
「は、はい。かしこまりました」
早くセシルを迎えに行かなくては。
でも、なんて言えばいい?
セシルは昔の俺を女の子だと勘違いしていた。
あの時の約束を――セシルを迎えに来たんだと言えば、喜んでくれるだろうか。
俺が立ち上がると、婆やが尋ねた。
「どちらへ行かれるのですか?」
「婆や。昔、ある少女と約束したんだ。いつか迎えに行くって。でも、お、俺の事を女だと思っていたみたいで……男の俺が行って、喜んでもらえるだろうか」
「はい。きっとお喜びになるのではないでしょうか。アル様が素直に、その方と向き合うことが出来れば」
「そうだな。行ってくる」
アルベリクは町へ向かって駆けて行った。
その後ろ姿を、レクトは不思議そうに眺めていた。
「アル様、どうしたのですかね?」
「さぁ? でもきっと、何か特別な事が、アル様の中で起きたのだと思うわ」
「ふーん。さて、風呂の支度でもしますか」
「あ、レクト。お湯に薔薇の花びらなんて浮かべたらどうかしら?」
「薔薇ですか? たまには、良いですね。やっておきます」
「ええ。お願いね。どうしてかしら。何だかワクワクするわ。何か良いことが起こりそう」
メアリは鼻歌混じりに厨房へと歩いていった。
◇◇◇◇
「セシルっ!?」
「は、はい!」
井戸の上から声がした。アルベリクの声だ。
少し声が高い気がする。でも、絶対にアルベリクだ。
「ロープを掴め。引き上げるぞ」
「はい。ありがとうございます」
セシルはロープに掴まりアルベリクに引き上げられた。
大きな手が差し伸べられて、セシルはそれを握り返した。
力強く引き上げられると、優しい薔薇の香りがした。
やっぱり、アルベリクだ。
「大丈夫か?」
「は、はい。あの、その……」
アルベリクに抱きしめられ、セシルもつい腕を背中に回して抱きついていた。
アルベリクの心臓の音がする。ドキドキと早いその鼓動に、セシルも同調して呼吸も早くなっていく。
あんなに見たかったアルベリクの顔なのに、緊張して顔をあげることが出来なかった。
何から言おう。なんて話そう。
でも、アルベリクはセシルをボロ雑巾の様に思っている筈だ。
先ずは、この状況を謝罪すべきかもしれない。
ずぶ濡れの身体で抱きつくなんて、最低だ。
「し、失礼しましたっ」
手を離してアルベリクから身体を離そうとしたけれど、セシルの身体はがっしりとアルベリクに抱きしめられたままだった。頭の上から熱い吐息が漏れていて、アルベリクは小さく震えていた。
「な、泣いているのですか?」
「…………セシル」
あれ?
そう言えば……どうして名前を聞かないのだろう。
いつもなら、お前の名は? って聞いてくるのに。
これは──!?
早速、今までの全ての記憶と違う展開だ。
なぜやり直しの人生は、前の記憶と同じように進まないのだろうか。理解不能だった。
でも、不思議なことだけれど……アルベリクが、いつもセシルを違う道へと導いていく様に感じた。
「アルベリク様? 私の膝で泣きたくなったのですか? こんなずぶ濡れのボロ雑巾みたいな私で良ければ、どうぞ。好きなだけ泣いてください」
「泣きたくて来たんじゃない」
「えっ?」
「お前を迎えに来たんだ。セシル」
アルベリクはセシルから身体を離し、涙を流したままセシルの瞳を見つめ返した。
また戻ってきた。
記憶が曖昧だけれど、私はきっとクリスに……。
でも、またやり直せる。
――またアルベリクに会える。
そう思ったら、涙がボロボロと溢れ出した。
セシルは胸のロザリオを握りしめた。
そこには、指輪がついていた。花びらの様な台座の真ん中に、アクアマリンの宝石が輝く、アルベリクからプレゼントされた指輪だ。
「あ……。どうして指輪が……?」
セシルはネックレスから指輪を外して指に嵌めた。
アルベリクの顔が思い浮かぶ。
井戸から出て初めて会うのは、いつもアルベリクだ。
アルベリクに会ったらなんて言おうか。
いっそのこと全て話してしまえば、アルベリクは信じてくれるのではないだろうか。そうしたら、セシルの運命は今度こそ変えられるのではないだろうか。
「話そう。きっと信じてくれる。アルベリク様なら……だって、私とアルベリク様はもう出会っているのだから。きっと、私を迎えに来てくれるのだから……」
その時、井戸の上からセシルの名を呼ぶ声が響いた。
◇◇◇◇
目を開けたら、いつもの庭だった。
目の前には入れたての紅茶。婆やの匂いがした。
「あらあら。アル様?――何だか、大人になられましたか?」
いつもと同じ婆やの声。隣に立つレクトは少し幼い。
また、戻れたんだ。ホッとしたら涙が溢れた。
安堵と悔しさと悲しみと喜び。
複雑に絡み合った感情が、涙と共に流れていく。
「あああアル様!? どどどどうしましたか!?」
レクトが慌ててハンカチを差し出す。
俺はそれを受けとると、溢れた涙を拭った。
「レクト、風呂の用意をしておいてくれ」
「は、はい。かしこまりました」
早くセシルを迎えに行かなくては。
でも、なんて言えばいい?
セシルは昔の俺を女の子だと勘違いしていた。
あの時の約束を――セシルを迎えに来たんだと言えば、喜んでくれるだろうか。
俺が立ち上がると、婆やが尋ねた。
「どちらへ行かれるのですか?」
「婆や。昔、ある少女と約束したんだ。いつか迎えに行くって。でも、お、俺の事を女だと思っていたみたいで……男の俺が行って、喜んでもらえるだろうか」
「はい。きっとお喜びになるのではないでしょうか。アル様が素直に、その方と向き合うことが出来れば」
「そうだな。行ってくる」
アルベリクは町へ向かって駆けて行った。
その後ろ姿を、レクトは不思議そうに眺めていた。
「アル様、どうしたのですかね?」
「さぁ? でもきっと、何か特別な事が、アル様の中で起きたのだと思うわ」
「ふーん。さて、風呂の支度でもしますか」
「あ、レクト。お湯に薔薇の花びらなんて浮かべたらどうかしら?」
「薔薇ですか? たまには、良いですね。やっておきます」
「ええ。お願いね。どうしてかしら。何だかワクワクするわ。何か良いことが起こりそう」
メアリは鼻歌混じりに厨房へと歩いていった。
◇◇◇◇
「セシルっ!?」
「は、はい!」
井戸の上から声がした。アルベリクの声だ。
少し声が高い気がする。でも、絶対にアルベリクだ。
「ロープを掴め。引き上げるぞ」
「はい。ありがとうございます」
セシルはロープに掴まりアルベリクに引き上げられた。
大きな手が差し伸べられて、セシルはそれを握り返した。
力強く引き上げられると、優しい薔薇の香りがした。
やっぱり、アルベリクだ。
「大丈夫か?」
「は、はい。あの、その……」
アルベリクに抱きしめられ、セシルもつい腕を背中に回して抱きついていた。
アルベリクの心臓の音がする。ドキドキと早いその鼓動に、セシルも同調して呼吸も早くなっていく。
あんなに見たかったアルベリクの顔なのに、緊張して顔をあげることが出来なかった。
何から言おう。なんて話そう。
でも、アルベリクはセシルをボロ雑巾の様に思っている筈だ。
先ずは、この状況を謝罪すべきかもしれない。
ずぶ濡れの身体で抱きつくなんて、最低だ。
「し、失礼しましたっ」
手を離してアルベリクから身体を離そうとしたけれど、セシルの身体はがっしりとアルベリクに抱きしめられたままだった。頭の上から熱い吐息が漏れていて、アルベリクは小さく震えていた。
「な、泣いているのですか?」
「…………セシル」
あれ?
そう言えば……どうして名前を聞かないのだろう。
いつもなら、お前の名は? って聞いてくるのに。
これは──!?
早速、今までの全ての記憶と違う展開だ。
なぜやり直しの人生は、前の記憶と同じように進まないのだろうか。理解不能だった。
でも、不思議なことだけれど……アルベリクが、いつもセシルを違う道へと導いていく様に感じた。
「アルベリク様? 私の膝で泣きたくなったのですか? こんなずぶ濡れのボロ雑巾みたいな私で良ければ、どうぞ。好きなだけ泣いてください」
「泣きたくて来たんじゃない」
「えっ?」
「お前を迎えに来たんだ。セシル」
アルベリクはセシルから身体を離し、涙を流したままセシルの瞳を見つめ返した。
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