76 / 102
第七章 争乱と奇跡の力
007 一段落
しおりを挟む
それからアルベリクとオリヴィアとハロルドは、当主エドワールに争乱が収束したことを報告へいった。ディルクは大怪我の状態である設定なので、西館で待機している。
エドワールに進言し、ファビウス領の方が物資が安定していることを理由に、大怪我を負ったディルクの療養を西館ですることへの許可を得た。
もちろんセシルの力の事は、オリヴィア達は内緒にしておくと約束してくれた。因みに、オリヴィアは明日ハロルドとシュナイト領へ帰還するとの事だ。
オリヴィアは、ディルクの怪我に動転し、周りの意見を無視して無理やり付いてきてしまったらしい。セシルの知らないところで、オリヴィアとディルクは中々良い関係を築いていたようだ。
そして夜、ディルクにハーブティーを持っていくと、オリヴィアがディルクの部屋にいた。お互い二人掛けソファーの端っこに座っているので邪魔をしてしまったかもしれない。
「お体の具合はいかがですか?」
「もう大丈夫だ。ただ、しばらくはお世話になるから、よろしくな」
「はい。何でも言ってくださいね」
「セシル。私は明日、帰るのだけれど……ディルクをよろしくね」
「はい。オリヴィア様」
オリヴィアはソファーから立ち上がると、セシルをギュッと抱きしめて耳元で囁いた。
「ディルクは私の……その、大切な人だから。えっと……」
いつも歯に衣着せぬ物言いのオリヴィアとは思えぬほど覚束無い言葉に、セシルはクスッと笑みを漏らした。
「ふふっ。ディルク様は前々からオリヴィア様、一筋だったんですよ」
「そ、それ、本当に?」
「はい。お二人が仲良くされて、私も嬉しいです。私はお邪魔なので失礼しますね」
セシルはお茶を入れ、そそくさと部屋を後にした。
セシルが部屋を出ると、オリヴィアはディルクの隣に腰を下ろした。
「ディルク。貴方、私の事が好きですの?」
「えっ! 何でその事……」
「私、ディルクが大怪我して気づいたの。誰よりも貴方を失いたくないって。争いが始まって、私は何も出来なかった。でも、貴方は……すごく素敵だったわ」
「オリヴィア……様?」
「オリヴィアでいいわ。ディルク」
オリヴィアがディルクに顔を近付ける。
ゆっくりと、でも確実に迫るその愛らしい瞳に、ディルクは緊張して体が動かなかった。
しかし、そんな二人に水を差す様に、部屋の隅で小さな咳払いが聞こえた。
オリヴィアが驚き振り向くと、そこにはハロルドが仏頂面で突っ立っていた。
「きゃぁぁぁぁぁ!? 何でいるのよ。いつからいるのよ!」
「ずぅーーっといますよ。オリヴィア様の執事なので」
「……もう。最悪」
オリヴィアはソファーから立ち上がりディルクに向き直ると、ハロルドから見えないように、そっとディルクの額にキスをした。そして、真っ赤な顔で硬直するディルクに微笑んで言う。
「シュナイト領で待っていますから。早く戻ってきてくださいね」
「お、おう」
◇◇
セシルは書斎の前で深呼吸をした。アルベリクが帰ってきてからバタバタしていて、まだアルベリクと落ち着いて話せていない。二人きりになるのは一ヶ月ぶりで、少し緊張していた。
セシルは扉をノックしようと心に決めたとき、書斎の扉が勝手に開いた。アルベリクがひょっこりと顔を覗かせる。
「ひゃぁぁぁ!?」
「遅い。早く入れ……」
どうやら待ちくたびれて出てきたようだ。
お茶を入れて二人でソファーに腰掛けた。
なんだかいつもよりアルベリクとの距離が近い気がして益々緊張する。しばらく会っていなかったので距離感が分からなくなっていた。
「セシル、ディルクの件。力を使わせてすまなかった。でも、ディルクなら信頼できるから……」
「私もディルク様が無事で良かったです。オリヴィア様も喜んでいましたし」
「そうか。……ディルクが北へ戻る時、一人では心配だから送って行くつもりだ。セシルも一緒に行こう。その後は、もう屋敷に戻るつもりはない。それで……いいか?」
「へっ? は、はい」
本当にこの時が来たんだ。
アルベリクと一緒に、違う国へ行けるんだ。
ここじゃない。クリスもいない国に。
「北で他国の争乱を鎮圧するときに、協力的な国があったのだが、その国へまず行ってみようと思う。小国ではあるが、緑が豊かで……って聞いてるのか?」
「はい。色々考えてくれてて、嬉しいです。私一人だったら、すぐに道端で倒れちゃいそうです」
「そうだな。俺がいないと……だろ」
「……はい。あ、私、アルベリク様から借りた本を読んで、魔法を試してみたんです」
「は?」
アルベリクはポカンと口を開けて固まった。
「大丈夫ですよ。何も出来なかったので。それで、多分、私の魔法は時間に関係したものなんだと思います。病気は治せないのです」
「病気?」
「あ、たとえば、疫病にかかった植物は治せないんです。症状を抑えることは出来るんですけど、治すには薬を処方してから魔法を使わないと出来ないんです」
「なるほど」
「奇跡の力……なんて言われましたけど、そんなに万能なものではないみたいですね」
「そんな事ない。……セシルには色々な力があるぞ」
アルベリクはセシルを抱きしめた。
「お前がいると、心が安らぐ。魔法なんかあってもなくても関係ない。これからはずっと一緒だ」
「はい。ずっと……一緒です」
セシルは瞳を閉じ、アルベリクの温もりに身を委ねる。
今まで生きてきた中で、一番幸せだと感じた。
エドワールに進言し、ファビウス領の方が物資が安定していることを理由に、大怪我を負ったディルクの療養を西館ですることへの許可を得た。
もちろんセシルの力の事は、オリヴィア達は内緒にしておくと約束してくれた。因みに、オリヴィアは明日ハロルドとシュナイト領へ帰還するとの事だ。
オリヴィアは、ディルクの怪我に動転し、周りの意見を無視して無理やり付いてきてしまったらしい。セシルの知らないところで、オリヴィアとディルクは中々良い関係を築いていたようだ。
そして夜、ディルクにハーブティーを持っていくと、オリヴィアがディルクの部屋にいた。お互い二人掛けソファーの端っこに座っているので邪魔をしてしまったかもしれない。
「お体の具合はいかがですか?」
「もう大丈夫だ。ただ、しばらくはお世話になるから、よろしくな」
「はい。何でも言ってくださいね」
「セシル。私は明日、帰るのだけれど……ディルクをよろしくね」
「はい。オリヴィア様」
オリヴィアはソファーから立ち上がると、セシルをギュッと抱きしめて耳元で囁いた。
「ディルクは私の……その、大切な人だから。えっと……」
いつも歯に衣着せぬ物言いのオリヴィアとは思えぬほど覚束無い言葉に、セシルはクスッと笑みを漏らした。
「ふふっ。ディルク様は前々からオリヴィア様、一筋だったんですよ」
「そ、それ、本当に?」
「はい。お二人が仲良くされて、私も嬉しいです。私はお邪魔なので失礼しますね」
セシルはお茶を入れ、そそくさと部屋を後にした。
セシルが部屋を出ると、オリヴィアはディルクの隣に腰を下ろした。
「ディルク。貴方、私の事が好きですの?」
「えっ! 何でその事……」
「私、ディルクが大怪我して気づいたの。誰よりも貴方を失いたくないって。争いが始まって、私は何も出来なかった。でも、貴方は……すごく素敵だったわ」
「オリヴィア……様?」
「オリヴィアでいいわ。ディルク」
オリヴィアがディルクに顔を近付ける。
ゆっくりと、でも確実に迫るその愛らしい瞳に、ディルクは緊張して体が動かなかった。
しかし、そんな二人に水を差す様に、部屋の隅で小さな咳払いが聞こえた。
オリヴィアが驚き振り向くと、そこにはハロルドが仏頂面で突っ立っていた。
「きゃぁぁぁぁぁ!? 何でいるのよ。いつからいるのよ!」
「ずぅーーっといますよ。オリヴィア様の執事なので」
「……もう。最悪」
オリヴィアはソファーから立ち上がりディルクに向き直ると、ハロルドから見えないように、そっとディルクの額にキスをした。そして、真っ赤な顔で硬直するディルクに微笑んで言う。
「シュナイト領で待っていますから。早く戻ってきてくださいね」
「お、おう」
◇◇
セシルは書斎の前で深呼吸をした。アルベリクが帰ってきてからバタバタしていて、まだアルベリクと落ち着いて話せていない。二人きりになるのは一ヶ月ぶりで、少し緊張していた。
セシルは扉をノックしようと心に決めたとき、書斎の扉が勝手に開いた。アルベリクがひょっこりと顔を覗かせる。
「ひゃぁぁぁ!?」
「遅い。早く入れ……」
どうやら待ちくたびれて出てきたようだ。
お茶を入れて二人でソファーに腰掛けた。
なんだかいつもよりアルベリクとの距離が近い気がして益々緊張する。しばらく会っていなかったので距離感が分からなくなっていた。
「セシル、ディルクの件。力を使わせてすまなかった。でも、ディルクなら信頼できるから……」
「私もディルク様が無事で良かったです。オリヴィア様も喜んでいましたし」
「そうか。……ディルクが北へ戻る時、一人では心配だから送って行くつもりだ。セシルも一緒に行こう。その後は、もう屋敷に戻るつもりはない。それで……いいか?」
「へっ? は、はい」
本当にこの時が来たんだ。
アルベリクと一緒に、違う国へ行けるんだ。
ここじゃない。クリスもいない国に。
「北で他国の争乱を鎮圧するときに、協力的な国があったのだが、その国へまず行ってみようと思う。小国ではあるが、緑が豊かで……って聞いてるのか?」
「はい。色々考えてくれてて、嬉しいです。私一人だったら、すぐに道端で倒れちゃいそうです」
「そうだな。俺がいないと……だろ」
「……はい。あ、私、アルベリク様から借りた本を読んで、魔法を試してみたんです」
「は?」
アルベリクはポカンと口を開けて固まった。
「大丈夫ですよ。何も出来なかったので。それで、多分、私の魔法は時間に関係したものなんだと思います。病気は治せないのです」
「病気?」
「あ、たとえば、疫病にかかった植物は治せないんです。症状を抑えることは出来るんですけど、治すには薬を処方してから魔法を使わないと出来ないんです」
「なるほど」
「奇跡の力……なんて言われましたけど、そんなに万能なものではないみたいですね」
「そんな事ない。……セシルには色々な力があるぞ」
アルベリクはセシルを抱きしめた。
「お前がいると、心が安らぐ。魔法なんかあってもなくても関係ない。これからはずっと一緒だ」
「はい。ずっと……一緒です」
セシルは瞳を閉じ、アルベリクの温もりに身を委ねる。
今まで生きてきた中で、一番幸せだと感じた。
0
お気に入りに追加
397
あなたにおすすめの小説
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
結界魔法しか使えない役立たずの聖女と言うなら国を見捨てることにします
黒木 楓
恋愛
伯爵令嬢の私ミーシアは、妹のミリザに従う日々を送っていた。
家族はミリザを溺愛しているから、私を助ける人はいない。
それでも16歳になって聖女と判明したことで、私はラザン王子と婚約が決まり家族から離れることができた。
婚約してから2年が経ち、ミリザが16歳となって聖女と判明する。
結界魔法しか使えなかった私と違い、ミリザは様々な魔法が使えた。
「結界魔法しか使えない聖女は役立たずだ。俺はミリザを王妃にする」
婚約者を変えたいラザン王子の宣言と人々の賛同する声を聞き、全てが嫌になった私は国を見捨てることを決意する。
今まで国が繁栄していたのは私の結界があったからなのに、国の人達はミリザの力と思い込んでいた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる