聖女は死に戻り、約束の彼に愛される

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第七章 争乱と奇跡の力

006 奇跡の力

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 翌朝早く、アルベリクとレクトは北へと出発した。

 クリスも北に兵を連れて出立したらしい。だからきっと、アルベリクが言ったように安心して待っていられる。

 セシルに出来ることは、無事にみんなが帰ってくることを祈るだけだ。

 聖女がいないこの国で、英雄が死なないことを祈るだけ。
 セシルにはそれだけしか出来ないのだから。

 ◇◇◇◇

 平穏な日々とはあっという間に過ぎていった。

 温室の薔薇も咲き乱れ、アルベリクから借りた本も全て読み終えた頃、北の争乱が収束したとの知らせが届いた。

 メアリは鼻歌混じりに夕食の支度を始めた。

「セシル。早馬の知らせでね。アル様は夕暮れ前には着くみたいなの。ディルク様が一緒だそうよ」
「え……。怪我したんですか?」
「怪我? 誰が……かしら? 詳しいことは分からないわ」
「そうですか……」

 ディルクが一緒。
 ということはディルクは無事なのだと思う。

 でも、一緒に来る理由が分からない。

 聖女の時に癒したディルクの怪我なら、セシルの傷薬で完治してもいい筈なのに。セシルは不安に思いながらメアリの手伝いをし、アルベリクの帰りを待った。

 ◇◇

 そろそろ夕刻という頃、庭の方が騒がしくなった。

「セシルっ。セシルはいるか!?」

 それはアルベリクの声だった。余裕のないその怒声に、セシルはメアリと一緒に庭へ急いだ。

 庭にはオリヴィアの馬車が止まっていた。

 アルベリクの手には血がたくさん付いているが、自分の血ではない。セシルにはそれが、ディルクの血だとすぐに理解した。

「セシル。馬車に来てくれ」
「はい」

 馬車の前にはハロルドが立っていた。
 いつもの笑顔がなく、表情が暗い。
 ハロルドが馬車の扉を開けると、オリヴィアの声がした。

「ディルクっ。ディルク。もう着いたわよ」

 オリヴィアの手は真っ赤な血で染まっていて、その隣には腹部が血だらけのディルクの姿があった。

 悲惨な状況を前に立ち尽くすセシルに、アルベリクが状況を説明する。

「腹部に矢が刺さったんだ。矢尻が体内に残っている」
「セシル。セシルなら治せるの? お願い、ディルクを助けてっ」

 オリヴィアがセシルに向かって涙ながらに訴えた。
 セシルは何とか笑顔を作り、オリヴィアに応えた。

「大丈夫ですよ。でも、ここは狭いので、外で待っていてもらえますか」
「嫌よ。離れたくないの……」
「オリヴィア様。邪魔ですから。ほら」

 オリヴィアは泣きながらハロルドに馬車の外へ引きずり出されていった。外から心配そうに中の様子を伺っている。

 ディルクはセシルを見ると苦痛で歪んだ顔に笑みを浮かべた。

「ごめんな。最後の最後に油断したっ」

 笑って言ったディルクの顔は青白く、怪我の具合が良くないことを示していた。セシルの傷薬で止血は出来ているようだが、服に付いた血の跡から大量に出血したことが伺えた。

「セシル。俺がディルクの腹を裂いて矢尻を取り除く。だから……」
「はい。今日はズルしていいってことですね。任せてください」
「ズルって……お二人さん。何する気だよ?」

 アルベリクは短剣を抜き、座席にディルクを横たわらせると胸を手で抑えた。

「腹を切るから痛いと思うが……耐えろ」
「うわー。それは死ぬだろ……でも、アルベリクに任せる」
「ディルクさん。矢尻が取れたらすぐに治療しますので……。が、頑張って下さい」

 セシルは震える手でディルクの手を握った。

 ディルクはアルベリクを信じているからか、その大きな手は震えることもなく、ただ温かかった。

「セシル。取れたら合図するから、見ない方がいい」

 セシルが震えていることに、アルベリクも気づいていた。

 セシルは聖女の時にたくさんの怪我を治してきたが、人が斬られるところなど見たことがない。想像しただけでも震えが止まらなかった。

「はい。……いつでも大丈夫です」

 セシルはディルクの手を握り瞳を閉じた。

「俺もいいぜ。オリヴィア様が泣いてんの見たら、やっぱ死にたくない」
「ああ。死なせない。──行くぞっ」

 肉を裂く音と同時にディルクの嗚咽とオリヴィアの悲鳴が聞こえた。

「ぐはっっ……」「いやぁぁっ」

 一呼吸おいて、アルベリクの声がした。

「セシル。取れたぞ」

「はい。──聖女セシルの名において、傷を癒したまえ」

 セシルは無意識の内にそう唱え、祈りを捧げた。

 握っていたディルクの手から力が抜けていく。
 きっともう苦しくないんだ。

 セシルはそっと瞳を開けた。すると、体を起こして驚愕の表情で固まるディルクと目があった。

「あ……だ、大丈夫ですか? 痛いところはないですか?」
「え……ああ。今のは……?」

 ディルクは傷が消えた腹部に視線を落とすと、理解が追い付かず目が泳いでいた。

「今のは……なんですの?」

 馬車の外からオリヴィアの戸惑いの声が飛んできた。
 ハロルドの制止を振り切り馬車に飛び込むと、ディルクの体にあちこち触れ、無事を確認する。

「け、怪我がありませんわ。セシル、貴女……魔女だったの!?」

 セシルはその言葉にビクッと体を震わせた。

 魔女。異端者。処刑。

 そんな言葉が頭の中を埋め尽くしていく。

「ま、待てよ。オリヴィア様。セシルちゃんを、そんな物騒な名前で呼ぶなよ。この国に魔女はいない。これはきっと……奇跡の力だ。セシルちゃんは聖女様なんだよ!」
「奇跡の力……。そうね。セシルにピッタリだわ。ごめんなさい。私ったら、ディルクの命の恩人に失礼なことを言ってしまったわ」

 オリヴィアはセシルの手を握り涙を流した。

「ありがとう。セシル。貴女がいて本当に良かったわ」

 オリヴィアの瞳はセシルを慈しむように見つめている。
 セシルもホッと安心し、オリヴィアの手を握り返した。

「お役に立てて光栄です。オリヴィア様」


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