聖女は死に戻り、約束の彼に愛される

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第七章 争乱と奇跡の力

004 屋敷内の秩序

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 アルベリクは、東館を出て本館への渡り廊下をセシルを抱き上げたまま足早に進んだ。

 今は昼頃。
 本来ならアルベリクはまだ屋敷に帰ってくる時間ではない。

 しかし、レクトが休憩の時に、アルベリクにこう言ったのだ。「昨日、クリストファ王子様を馬車へ送る時、怖い顔をしたリリアーヌ様が西館の渡り廊下を歩いている姿を見た」と。

 それで急いで戻ってきた所で、怯えた宝石商とすれ違い、リリアーヌの部屋に直行したのだが、遅かった。

 剣も持たずに飛び出して来てよかったと思った。
 セシルに鞭を構えるリリアーヌは悪魔のようにしか見えなかったのだから。腰に剣があったら抜いていただろう。

「怖い思いをさせて申し訳なかった。屋敷を空ける前に、指輪の事を兄上達に伝えておくべきだった……」

 セシルは小さく首を横に振っている。
 体はまだ震えたままなのに。

 リリアーヌの心に狂気が潜んでいることは、前のやり直しの時に分かっていたのに。止められなかった自分が情けなくて仕方なかった。

 セシルはただの使用人で、クリスの婚約者にはなれない。
 だから、リリアーヌもそんなセシルに手を出すことはないと思っていた。
 しかし違った。自分が甘すぎたのだ。

「すまない。俺がセシルを屋敷に連れてきたから、姉上の近くに置いてしまったから……」

 セシルはまた小さく首を横に振る。怯えきったその様子に、アルベリクはやりきれない思いで一杯だった。

 セシルの部屋に入り、ベッドの上にセシルを下ろそうとしたが、セシルはアルベリクの服を離そうとしなかった。

「セシル?」
「来週……いなくなってしまうの?」
「ああ。そうだ」
「やだ。置いていかないで。一人にしないで。一緒にいて欲しいの。私も連れてって」

 泣いて怯えながら訴えるセシルに胸が締め付けられる。

 でも、向こうには連れていけない。危険すぎる。

「駄目……なんだ。北は危険だ。仲間の命すら守りきれる自信がない。そんなところにセシルを連れていけない」

 セシルはアルベリクの服を離し、ベッドの上に力なく座り込んだ。マントが肩から滑り落ち、白い背中が露になる。

「あ……昨日、レクトからもらったばかりなのに……破れちゃった。エプロンは無事だ……あはは」
「無理して笑うな……服を着替えろ。レクトに直してもらう。婆やを呼ぶから、部屋で待っていろ」
「どこか行っちゃうの?」

 寂しげにアルベリクを見上げるセシルに、マントをかけ直した。

「兄上に会いに行ってくる。そんな眼で見られたら……何でもない。すぐだから、婆やと待ってるんだぞ」
「はい……」

 アルベリクが部屋を出るとメアリが扉の前で待っていた。

「申し訳ございません。私が付いていれば……」
「いい。着替えを手伝ってやってくれ、それから、俺が戻るまで側にいてやってくれ」
「はい」

 メアリは深々と頭を下げ部屋へと入っていった。

 ◇◇

 リリアーヌはエドワールに呼び出されて本館の書斎へ通された。部屋にはエドワールとアルベリクがソファーに座っていた。

「リリア。アルから話は聞いた。そこに掛けなさい」
「はい。お兄様」

 声で分かる。エドワールが苛立っていることが。

「リリア。ファビウス家の人間として、恥ずかしい真似はしないでおくれ。アルの使用人には今後一切関わらないこと。アルが戻ってくるまで、東館から一歩も出ないこと。分かったか?」
「はい……お兄様」

 リリアーヌは笑顔を無理やり作って返事をした。

「アル。北での働き、期待している。屋敷内のことは何も心配せず、ファビウス家の名を広めておいで」
「はい。兄上」
「アルはもう下がっていい。少し、リリアに話があるから」
「では、兄上、姉上。失礼します」

 アルベリクは一度もリリアーヌに目を向けず部屋を後にした。

「リリア。反論はあるか?」
「……いえ。何もありません」

 エドワールに反論するほどリリアーヌは馬鹿ではない。
 エドワールは自分の意見を曲げない。
 他人の意見を受け付けない訳ではないが、反論という言葉を選んで使っている時点で、リリアーヌの考えがエドワールの意に沿わないことを物語っている。

「うん。いい子だ。私はアルには父のようになって欲しくない。色恋沙汰で屋敷内の秩序を荒らすのは無しだ」
「はい」
「それに、リリアにとっても、あの子を邪険に扱うことは良くないことだと思うぞ」
「それはどういった意味ですの?」
「クリス王子はリリアに言ったのだろう? アルベリクのメイドを一人付けるなら、リリアを婚約者に選ぶ。と」

 アクアマリンの指輪をクリスに渡した時、リリアーヌはそう言われたのだ。
 婚約者に選ばれたも同然と思い、舞い上がっていた。
 クリスがセシルに指輪を渡すところを目撃するまでは。

「はい。クリス様は婆やのクッキーがお好きで――もしかして……」
「そう。それ、婆やじゃなくて、セシルを指して言った言葉なんじゃないか?」

 リリアーヌは胸の底から怒りが溢れてくるのを感じた。

「……嫌です。あんな子をクリス様の側に置くなんて……絶対に嫌です。お兄様、あんな子追い出してくださいっ」

「リリア。色恋沙汰で屋敷内を……」
「し、失言でした」
「分かればいい。もし、婚約をクリス王子と結ぶことになった時、彼は何を要求するか……。アルはあの子をクリス王子に渡したくはないだろうし。リリアもあの子をクリス王子の側に置きたくない。――少し様子を見てから、ファビウス家にとって一番有益な道を探す。だから、余計なことだけはするなよ?」

 エドワールは笑顔でそうリリアーヌに言った。
 有無を言わさぬ威圧的な笑顔で。

「はい。お兄様」

 


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