聖女は死に戻り、約束の彼に愛される

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第七章 争乱と奇跡の力

001 招かれた先

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 翌朝、アルベリクとレクトは朝早くから訓練に出ていった。
 王子の指輪の件は帰ってきてから話すそうだ。

 エドワールがそれを聞いてどんな判断を下すのか。
 少し不安ではあるが、アルベリクを信じようと思う。

 セシルは、胸のロザリオと、アルベリクからもらった指輪に、服の上からそっと手を置いた。何だか胸がほっこりする。

「セシル?」
「はい!」

 急に名前を呼ばれ、振り返るとそこにはミリアの姿があった。西館に一人で来るとは珍しい。

「昨日は誕生日だったと聞いたのだけれど?」
「そうですけど……」
「レオン様とクロエ様が、セシルの誕生日をお祝いしたいと言っているの。でも、アルベリク様に西館の出入りを禁止されているから、セシルを連れてきて欲しいって頼まれたのよ」

 ミリアは少し困ったようにそう言った。
 双子に迫られたのかもしれない。

「え。嬉しいですけど、仕事もあるので……」
「そうよね。でも、お二人に何て言ったらいいかしら。困ったわ」

 ミリアは残念そうに肩を落とし、困り果てている。
 二人にも会いたいし、セシルにも迷いが生まれた。

「メアリさんに断ってからなら……」
「そうね。そうしましょう」

 セシルはミリアと二人でメアリに双子の所へ行きたい旨を伝えた。

 メアリは付いていくと言ったのだが、西館を空にすることは出来ないので残ることになった。その代わり、昼までには必ず戻ってくることを約束をした。

「婆様。セシルにも優しいのね。でも、お昼までなんて、すぐじゃない」
「メアリさん一人では、お仕事も大変ですし」
「そうね」

 ミリアと会話しながら、本館の広い玄関ホールを通り過ぎ、渡り廊下を抜けると東館に着いた。

 初めて来たが、西館と造りが似ている。
 しかし、ミリアがいないと迷子になりそうだ。

「ここよ」

 二階に上がってすぐの大きな扉の前でミリアは立ち止まった。ミリアは丁寧にノックし、返事を待たずに扉を開けて中へ入る。セシルもミリアの後に続いて入室した。

 広い部屋の奥から、若い女性と中年男性の声がする。

「おお。こちらもお似合いですぞ」
「そう? 他にも見せて?」

 ミリアに手を引かれ、セシルは部屋の奥へと進んだ。
 テーブルの上には大きな宝石の付いたネックレスや指輪が幾つも並んでいる。

 その横に、椅子に腰かけて装飾品を吟味するリリアーヌと、宝石商と思われるおじさんがいた。

 部屋の中を見渡しても双子の姿はない。ミリアに視線を向けるも、セシルと目を合わせてくれなかった。

 どうやらミリアに、そして恐らくリリアーヌに、謀られたようだ。

「これはいかがですか? お嬢様の大きなエメラルドの瞳にピッタリです」
「そうね。――貴女はどう思う?」

 突如、セシルはリリアーヌの氷のように鋭い視線に晒された。

 アルベリクと同じ色の瞳。
 でも、その印象はだいぶ違う。

 怒った時のアルベリクから感じるのは怒りと焦燥感。
 リリアーヌから感じるのは嫌忌と殺気だ。

 セシルの全身からは嫌な汗が流れ出し、呼吸すら忘れてしまうほどに頭の中が真っ白になった。

「聞こえないのかしら? そういえば、初めて会ったときも、私のことを無視したわよね?」
「い、いえ。滅相もございません。り、リリアーヌ様にお似合いだと思いますっ」
「……そう? ねぇ。このメイドに似合う装飾品はあるかしら?」
「め、メイドにですか? お嬢様、申し訳ございません。私は王室御用達の由緒正しい宝石商でございます。そちらのお嬢さんには……」

 宝石商のおじさんはセシルを見て言葉を濁した。

 セシルはアルベリクからもらった指輪の事を思い浮かべた。
 遠回しに、お前にふさわしくないと言われているみたいで、心が傷んだ。

「ふふふっ。そうよね。そうなのよ。貴女に似合う装飾品なんて、存在しないのよ!」

 リリアーヌはそう言い放つとセシルに向かって真っ直ぐに歩み寄った。後ずさりするが直ぐ後ろは壁だった。

 怖い。隣のミリアは何も言わずにリリアーヌを見ていた。

 リリアーヌはセシルの肩を掴むと壁にドンっと押し付けた。
 セシルはその衝撃と恐怖で瞳をギュッと閉じる。

 リリアーヌの冷たい言葉が、セシルのすぐ近くで放たれた。

「指に嵌めないの? もらった指輪?」
「……っ」
「何とかいいなさいよ!!」

 耳元で怒鳴られ、セシルはうつ向き震えながら体を縮めた。
 リリアーヌの爪が肩に食い込む。

 宝石商はそれをみると慌てふためいた。

「お、お嬢様!?」
「もう帰っていい。また必要な時に呼ぶわ」
「は、はいぃぃっ」
 
 宝石商は装飾品を急いで鞄に詰め、ミリアに案内されて部屋を出ていった。

 残ったのはリリアーヌとセシル。
 そしてミリアである。

「ねぇ。さっき、私は何を選んでいたか分かる?」

 セシルは首を横に何度も振った。

「クリス様に言われたの。私に、婚約指輪を贈りたいって。だからどんな指輪がいいか決めておいて欲しい……って。それで選んでいたのよ。でもね」

 リリアーヌの手に力がこもる。
 痛みよりも恐怖で体の感覚が分からなくなっていた。

「あの、アクアマリンの指輪は、違う女に渡したのよ。誰に渡したか、知ってる?」

 金縛りにあったかのように体が動かなかった。
 リリアーヌは知っている。
 セシルがクリスから指輪をもらったことを。

 リリアーヌの言葉はまだ続いた。

「しかも、その女にキスをして、指輪を嵌めてあげていたの。泣いて喜ぶ女の顔は、目に焼き付いて離れないわ。誰の事か……分かるでしょ!?」

 リリアーヌの怒鳴り声と共に視界が揺らめいた。
 セシルは肩を強く押されて床に叩きつけられていた。

 リリアーヌはセシルを見下ろし微笑むと、ドレスのスカートを掴み、右足を振り上げた。


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