聖女は死に戻り、約束の彼に愛される

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第五章 男ばかりの訓練所

009 起きない時は

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 アルベリクは自室に戻りセシルをベッドに寝かせた。

「アルベリク様がいい」「アルベリク様になら」

 と言い残して続きは部屋でと言ったものの、部屋に戻る途中でセシルは爆睡していた。アルコールの香りがするから飲まされたのだろう。

 泣いた跡が顔に残っている。でもなぜか幸せそうに笑って寝ているのが理解しがたい。

「セシル。俺がいいって、俺になにして欲しいんだ?」
「セシル。夜のお茶がまだだぞ?」
「セシル。狭いから俺のベッドで寝るな」

 何を言っても言葉は帰ってこない。
 規則正しい寝息が微かに聞こえるだけ。

 セシルを探している時は、勝手に出歩いて、と叱る気満々だった。でも、見つけた時は怒りでおかしくなりそうだった。なのに、セシルを抱きしめた時は、怒りよりも何よりも、ただ安心してしまった。

 セシルが涙を流しながらも笑っていたから。
 でもそれじゃ駄目だと思って、糞どもの話を聞いて怒りを取り戻そうとしたのだが。

「俺がいいって……なんなんだよ」

 アルベリクはセシルの隣に横になった。

 隣のセシルの部屋に寝かせてもいいのだが、鍵をもらっていないから閉めることはできないし、そんなところに寝かせておくのもどうも不安だ。

 しかし、このままベッドを占領されるのも困る。

 アルベリクはセシルの鼻を摘まんだ。レクトがアルベリクを起こす時、いつもこうやって起こすのだ。

 セシルが苦しそうに顔をモゾモゾ動かしている。
 この顔を見るのは二度目だ。

「んんっ……」
「苦しいなら口で息を吸え……」
「ぷはぁ……鼻が……痛いれす」

 セシルは声を発したが、瞳は閉じたままだ。
 まだ夢の中といった様子だ。

「おい。お前の部屋は隣だ。ベッドまで運んでやるから、鍵は自分でかけろよ」
「はい……お茶の準備れすね」

 セシルはむくりと体を起こした。

 うっすらと目を開け、ベッドの上を手探りで移動しようとしている。こんな状態でお茶など入れられる筈がない。

「……おい。お茶はもういいぞ。危ないから……」
「きゃっ……」

 言ったそばから枕に突っかかって顔面から埋まっている。

「大丈夫か?」

 セシルはうつ伏せのまま枕を抱きしめ、体をゆっくりと伸ばした。

「はぁ……気持ちいい~…………すぅ」
「おい。寝るな」
「…………」

 セシルはまたすやすやと眠り始めた。

 アルベリクは大きくため息を付くと、セシルに背を向けてベッドに横になった。

 何だかもう疲れた。泣いていたかと思えばもうマイペースに人のベッドで勝手に寝る。

「んんー」

 セシルが小さくうなり声を上げている。今度はなにかと思えば、どうやら寒いようだ。枕を抱きしめ丸くなっている。

 アルベリクは薄い掛け布団をセシルにかけ、自分も一緒にくるまった。

「手のかかる女だな……」

 セシルの顔がアルベリクのすぐ目の前にあった。
 顔に流れた水色の髪をそっとすくい上げた。

 無防備なセシルの姿に不安が込み上げてくる。
 聖女の時はもっと大人に見えていたのに。頭の中にまで花を咲かせたような奴だとは思っていなかった。
 しかし、セシルは十三歳。まだまだ子どもの年齢か。少しはまともになってきたかと思っていたが、まだまだ目が離せない。

 少なくともあと一年ほど、アルベリクは屋敷から出られない。どうしてもやり遂げなくてはいけないことがある。

「ディルクを死なせる訳にはいかないからな……」

 アルベリクが部屋の明かりを消すと、窓から差し込む月明かりだけが部屋を照らしていた。

 ◇◇

 セシルは部屋に差し込んできた朝陽で目を覚ました。ふかふかの枕から頭を起こし、眠い目を擦る。

 ここはどこだろう。見慣れない窓に大きなベッド。 
 そのベッドには……アルベリクが寝ていた。

「えぇぇっ!?」

 セシルは驚いてベッドから後退り、そのまま床へと落っこちてしまった。

「い、痛い……」

 でも、目は覚めた。

 服装は昨日お風呂から出た時のまま。
 髪はぐしゃぐしゃだ。
 昨日の夜の事がどうも思い出せない。
 なぜアルベリクのベッドで寝ていたのだろう。

 セシルはそーっとベッドの上を覗き込んだ。

 やっぱりアルベリクが寝ている。
 口は少しだけ開いていて、ぐっすりと眠るアルベリクからは、普段の邪悪さが全く感じられなかった。

「寝てると可愛い……。あ! 起こすのが私のお仕事だった」

 セシルはベッドの上に正座して、アルベリクの体を揺すってみた。

「アルベリク様。朝ですよ~」
「ん……」

 反応が薄い。次の作戦だ。レクト直伝──。

「てぃっ」

 セシルはアルベリクの鼻を摘まんだ。 

 これでアルベリクは起きるそうだ。しかし、アルベリクは眉間にシワを寄せると、セシルの腕を掴みポイっと投げ捨てた。

「えっ……。レクトの嘘つき。起きないじゃない」

 しかしもう一度試すことにした。セシルがレクトから頼まれたのはアルベリクを起こすことだけなのだから。

「よぉしっ」

 今度は両手で。しかしまた腕を掴まれ払われる。
 今度は両手だったのでセシルはバランスを崩してアルベリクの上に倒れ込むと、そのままガバッと抱きしめられてしまった。

「ひゃぁぁっ」
「んっ……レクト、うるさい……」

 どうやらレクトと勘違いされているようだ。
 レクトも毎朝こんなことをされているのだろうか。
 朝から心臓に悪い。

「アルベリク様。レクトじゃないですよ。起きてください!」
「ん。……寝る」
「ええ~」

 手も動かせないし、なす術がない。
 アルベリクはどうしたら起きのか。

 その時バタバタと廊下を走る足音が聞こえ、部屋の前で止まったかと思うと、扉が勢い良く開いた。

 部屋に飛び込んできたのはディルクだった。

「アルベリクっ。部屋にセシルちゃんが……あらららら?」
「んっ? セシル!?」

 アルベリクがディルクの声で目を覚ますと、目の前のセシルと目が合った。

「お、お前……」
「離してください~!」

 セシルはポイっとベッドの上で解放された。
 ディルクがニヤニヤしている。

「お取り込み中のところ申し訳ないが、そろそろ訓練始まるぞ~」
「何っ!? セシル。起こすのが遅い!」
「私は起こそうとしました!」

 慌てて着替えようとするアルベリクから顔を背け、セシルはベッドから降りディルクがいる扉へ急ぐ。

「あ。セシルちゃんの部屋は隣だよ」
「ありがとうございます。失礼します」

 全く。アルベリクのせいでディルクにまで笑われてしまった。

 しかし、何と寝起きの悪い御主人様なのだろう。
 さてさて、明日からはどうやって起こそうか。






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