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第五章 男ばかりの訓練所
006 お茶の支度
しおりを挟む メアリは楽しそうに遊ぶ双子とセシルの様子を庭の隅で見守っていた。
双子が木に登り始めた時は少々心配したが、どうやらセシルは二人の悪戯を乗り越えたようで、ホッと一安心していた。
「いやぁ~。見込みのある若くて可愛いメイドちゃんが入ったんだね~」
そう声をあげたのは、赤みがかった茶色い髪の中年執事である。メアリのクッキーを幸せそうに口に運び、遠目で双子の様子を見守っている。
「クロード。セシルはアルベリク様のメイドですからね?」
「はいはい。分かってますよ、母さん」
ヘラヘラと返事をしたクロードは双子の執事で、メアリの息子だ。
クロードが産まれた家系は、代々ファビウス家に仕えるローエン家。クロードの父は現当主エドワールの執事をしているし、娘はファビウス家の長女のメイドをしている。そして息子レクトはアルベリクの執事だ。
クロードはもう一度メアリのクッキーを頬張った。
「母さん。明日もクッキー焼いてね?」
「勿論よ。でも、セシルに任せっきりじゃなくて、貴方も執事としてちゃんとお二人のお世話をするんですよ?」
「ははは。分かってるよ」
クロードは遠くで遊ぶ双子とセシルへ目を向け小さく呟いた。
「セシルちゃんか……。いいねぇ……」
◇◇
セシルと双子は小さな温室へ足を踏み入れた。
枯れ草と雑草だらけの温室に、クロエは入ってすぐに不満を口にする。
「なんか……汚いわ」
「ご、ごめんなさい。まだ片付けが終わっていなくて……でも、ここなら芋虫さんの成長を見られると思って」
「いいな。それ。逃げないように温室の奥に放そうよ!」
乗り気なレオンにクロエは頬を膨らませつつ、雑草をかき分け温室の奥へと足を進めた。
温室の奥へいくと、小さな白い鉢が置かれていた。枯れた草が生えただけの物寂しい鉢を見て、クロエは瞳を曇らせた。
「クロエ様。どうかしましたか?」
「……この温室でね。お母様が薔薇を栽培していたんですって。いつか青い薔薇を咲かせたいって……」
「青い薔薇……?」
セシルは青い薔薇を知っていた。
一度目の記憶の時、セシルは庭作りに精を出していた。教会の裏庭で小さな畑や花壇を作り、少しでも生活の足しに出来たらと思っていたのだ。その時の記憶と経験から、聖女として教会で過ごしていた時も、庭作りに勤しんでいた。
その頃である。青い薔薇の種をアルベリクから貰ったのは……。
クロエは母を思い出したのか、そっと鉢植えの枯れ草に触れる。
「でも、青い薔薇は完成しなかったんだって……」
「えっ?」
セシルはクロエの言葉と自分の記憶が合わないことに疑問を抱いた。
聖女の時、セシルはアルベリクの指示で癒しの力を使って青い薔薇をたくさん咲かせていた。
アルベリクは、ファビウス領を青い薔薇の名所にして人々を誘致しようとしていたから。要するに金儲けのために。
しかしあの時、種は存在したのだから、もしかしたら青い薔薇は完成していて、今もアルベリクが持っているかもしれない。
セシルがボーっと考え事をしていると、スカートをギュッとレオンが引っ張ってきた。
「ねぇ。早く芋虫を温室に放してやろうよ」
「そ、そうね。少し邪魔な草を抜いて、それからにしましょうか」
「うん。僕もやる。クロエは芋虫、持っててよ」
「うん。いいよ。レオンが言うなら……」
クロエはレオンから芋虫を受け取ると、両手で大事そうに包み込んだ。やはり、クロエも芋虫は大丈夫なようだ。
「よぉし。セシル、早く早く!」
「はい。レオン様」
クロエが見守る中、セシルはレオンと一緒に温室の片付けを始めようとした時、入り口から男性の声が響いた。
「おいおい。うちのレオン様に、なぁ~にやらせようとしているのかな?」
「えっ? レクト!? ……あれ。何か老けた?」
セシルが執事の登場に驚くと、隣でレオンが大笑いした。
「あはは。クロードは僕の執事だよ。いつも庭の隅っこにいたんだよ?」
「いましたっけ?」
「ずっといましたよ。クッキー食べたかったんで、気配消してましたけど。因みに俺は、レクトのお父さんね」
「なんだ。似てると思ったらお父さんなのね……えっ。お父さん!?」
再び驚きの声をあげたセシルに、レオンはまたキャッキャと笑い、クロードも調子に乗り胸を張って言い返す。
「そう。俺はレクトのお父さんだ! ついでに言っちゃうと~、メアリは俺の母さんだ!」
「ええっ!!?」
そう言えば、レクトはメアリの事を婆様と読んでいたが、本当に血縁関係があるとは驚いた。隣にいたレオンは、笑いのツボにハマったらしく、お腹を抱えて笑い転げていた。
◇◇
クロードが温室の片付けを手伝ってくれたことにより、想定以上に片付けは速く済んだ。第一印象はふざけた感じの人だと思ったが、その仕事ぶりは紳士的でスピーディーだった。
一ヶ所だけ残しておいた雑草の近くに芋虫を乗せ、今日の作業は終了である。満足気なレオンとは裏腹に、クロエは顔には出さないようにしているが不満の色が伺えた。
セシルはそんなクロエにこっそりと耳打ちする。
「クロエ様。温室も綺麗になりましたし、一緒に薔薇を育てませんか? 私、アルベリク様からお庭を任されているんですよ」
「えっ。そうなの……?」
クロエはうつむき少し考えた後、唇を尖らせてもう一度口を開く。
「薔薇、育てたい。明日も……来てもいい?」
「はい。お待ちおります」
セシルがにっこり笑顔を返すと、クロエは微かに口角を上げ前を歩くレオンの元へと走っていった。
このまま双子と仲良くなって、クロードと立場を入れ変えて双子の専属メイドになったり……なんてことは出来ないのだろうか。
愛らしい双子を前に、セシルはそんな事を妄想していた。
双子が木に登り始めた時は少々心配したが、どうやらセシルは二人の悪戯を乗り越えたようで、ホッと一安心していた。
「いやぁ~。見込みのある若くて可愛いメイドちゃんが入ったんだね~」
そう声をあげたのは、赤みがかった茶色い髪の中年執事である。メアリのクッキーを幸せそうに口に運び、遠目で双子の様子を見守っている。
「クロード。セシルはアルベリク様のメイドですからね?」
「はいはい。分かってますよ、母さん」
ヘラヘラと返事をしたクロードは双子の執事で、メアリの息子だ。
クロードが産まれた家系は、代々ファビウス家に仕えるローエン家。クロードの父は現当主エドワールの執事をしているし、娘はファビウス家の長女のメイドをしている。そして息子レクトはアルベリクの執事だ。
クロードはもう一度メアリのクッキーを頬張った。
「母さん。明日もクッキー焼いてね?」
「勿論よ。でも、セシルに任せっきりじゃなくて、貴方も執事としてちゃんとお二人のお世話をするんですよ?」
「ははは。分かってるよ」
クロードは遠くで遊ぶ双子とセシルへ目を向け小さく呟いた。
「セシルちゃんか……。いいねぇ……」
◇◇
セシルと双子は小さな温室へ足を踏み入れた。
枯れ草と雑草だらけの温室に、クロエは入ってすぐに不満を口にする。
「なんか……汚いわ」
「ご、ごめんなさい。まだ片付けが終わっていなくて……でも、ここなら芋虫さんの成長を見られると思って」
「いいな。それ。逃げないように温室の奥に放そうよ!」
乗り気なレオンにクロエは頬を膨らませつつ、雑草をかき分け温室の奥へと足を進めた。
温室の奥へいくと、小さな白い鉢が置かれていた。枯れた草が生えただけの物寂しい鉢を見て、クロエは瞳を曇らせた。
「クロエ様。どうかしましたか?」
「……この温室でね。お母様が薔薇を栽培していたんですって。いつか青い薔薇を咲かせたいって……」
「青い薔薇……?」
セシルは青い薔薇を知っていた。
一度目の記憶の時、セシルは庭作りに精を出していた。教会の裏庭で小さな畑や花壇を作り、少しでも生活の足しに出来たらと思っていたのだ。その時の記憶と経験から、聖女として教会で過ごしていた時も、庭作りに勤しんでいた。
その頃である。青い薔薇の種をアルベリクから貰ったのは……。
クロエは母を思い出したのか、そっと鉢植えの枯れ草に触れる。
「でも、青い薔薇は完成しなかったんだって……」
「えっ?」
セシルはクロエの言葉と自分の記憶が合わないことに疑問を抱いた。
聖女の時、セシルはアルベリクの指示で癒しの力を使って青い薔薇をたくさん咲かせていた。
アルベリクは、ファビウス領を青い薔薇の名所にして人々を誘致しようとしていたから。要するに金儲けのために。
しかしあの時、種は存在したのだから、もしかしたら青い薔薇は完成していて、今もアルベリクが持っているかもしれない。
セシルがボーっと考え事をしていると、スカートをギュッとレオンが引っ張ってきた。
「ねぇ。早く芋虫を温室に放してやろうよ」
「そ、そうね。少し邪魔な草を抜いて、それからにしましょうか」
「うん。僕もやる。クロエは芋虫、持っててよ」
「うん。いいよ。レオンが言うなら……」
クロエはレオンから芋虫を受け取ると、両手で大事そうに包み込んだ。やはり、クロエも芋虫は大丈夫なようだ。
「よぉし。セシル、早く早く!」
「はい。レオン様」
クロエが見守る中、セシルはレオンと一緒に温室の片付けを始めようとした時、入り口から男性の声が響いた。
「おいおい。うちのレオン様に、なぁ~にやらせようとしているのかな?」
「えっ? レクト!? ……あれ。何か老けた?」
セシルが執事の登場に驚くと、隣でレオンが大笑いした。
「あはは。クロードは僕の執事だよ。いつも庭の隅っこにいたんだよ?」
「いましたっけ?」
「ずっといましたよ。クッキー食べたかったんで、気配消してましたけど。因みに俺は、レクトのお父さんね」
「なんだ。似てると思ったらお父さんなのね……えっ。お父さん!?」
再び驚きの声をあげたセシルに、レオンはまたキャッキャと笑い、クロードも調子に乗り胸を張って言い返す。
「そう。俺はレクトのお父さんだ! ついでに言っちゃうと~、メアリは俺の母さんだ!」
「ええっ!!?」
そう言えば、レクトはメアリの事を婆様と読んでいたが、本当に血縁関係があるとは驚いた。隣にいたレオンは、笑いのツボにハマったらしく、お腹を抱えて笑い転げていた。
◇◇
クロードが温室の片付けを手伝ってくれたことにより、想定以上に片付けは速く済んだ。第一印象はふざけた感じの人だと思ったが、その仕事ぶりは紳士的でスピーディーだった。
一ヶ所だけ残しておいた雑草の近くに芋虫を乗せ、今日の作業は終了である。満足気なレオンとは裏腹に、クロエは顔には出さないようにしているが不満の色が伺えた。
セシルはそんなクロエにこっそりと耳打ちする。
「クロエ様。温室も綺麗になりましたし、一緒に薔薇を育てませんか? 私、アルベリク様からお庭を任されているんですよ」
「えっ。そうなの……?」
クロエはうつむき少し考えた後、唇を尖らせてもう一度口を開く。
「薔薇、育てたい。明日も……来てもいい?」
「はい。お待ちおります」
セシルがにっこり笑顔を返すと、クロエは微かに口角を上げ前を歩くレオンの元へと走っていった。
このまま双子と仲良くなって、クロードと立場を入れ変えて双子の専属メイドになったり……なんてことは出来ないのだろうか。
愛らしい双子を前に、セシルはそんな事を妄想していた。
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