聖女は死に戻り、約束の彼に愛される

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第四章 二人きりでの馬車の旅

006 追いはぎの追いはぎ

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 セシルは箱馬車に揺られて北のシュナイト領を目指していた。

 いつもは馬で行くのだが、セシルもいるので馬車が手配されていた。今夜はシュナイト領の町で一泊し、明日の昼頃には訓練所に到着予定だ。

 馬車の小窓から見えるのは、だだっ広い草原。
 遠くに山羊や牛といった家畜の姿が見え、のどかな田舎の風景なのだが……。

 馬車の中はセシルとアルベリクが向かい合って座り、沈黙が続いていた。

 セシルの向かいに座るアルベリクが、怒っている……というより、メアリ用語でいうと、拗ねているからなのだ。



 実は、昨日メアリがぎっくり腰になったと言うことで、爺様からレクトへメアリのサポートをするようにとお達しが出た。アルベリクも爺やの言うことに口を出すつもりもないらしく、レクトは屋敷に残ることになったのだ。

 その時、セシルが口にした言葉が問題だった。

「レクトがいないと無理だよ」

 アルベリクはそれを聞くとさっさと馬車に乗り。
 レクトは「アル様は朝だけ起こしてあげれば、後は一人で何でも出来るから大丈夫」だとか言い。

 メアリは「ごめんね」と謝りながら、アルベリクはちょっと拗ねただけだ気にしないで、と言いセシルの背中を押した。それからメアリは、今晩泊まる予定の町には、レープクーヘンというクッキーのようなケーキがあるという情報をくれた。

 どうせ付いていくことしかセシルに選択肢はない。
 ならば、楽しむしかないではないか。
 レープクーヘンのために頑張ろう。

 と思って意気揚々と乗り込んだのだが、気まずい空気にセシルは早くも挫けそうだった。レクトがいればつまらない話題でも笑えただろうに……。

 草原を過ぎ森に差しかかったところで、アルベリクは外の様子を窺いながら口を開いた。

「レクトがいたら良かったのにな」
「へっ?」

 セシルは心の声が聞こえてしまっていたのではないかと勘繰るが、アルベリクは嫌味ではなく至って真面目な顔でそう述べていた。そして小窓のカーテンを下ろすとセシルに視線を向けた。

「セシル。簡潔に話すからよく聞け。シュナイト公爵領はファビウス領の約五倍の土地を有している。しかし町と町の間も広く、その途中──特に人目につかない森の中は治安が悪い。だが、御者は口が達者なだけでなく腕も立つ奴だから安心しろ。分かったな」
「わ、分かったとは、何がですか!?」
「そろそろだとは思うのだが――」

 するとアルベリクのすぐ後ろ――御者の方からドンドンと馬車の壁を叩く音が響いた。

「来たか」
「な、何がですか!?」
「この辺りは野盗がでるんだ。セシル、絶対に馬車から出るなよ」

 言ってアルベリクは剣を持ち扉へ手を添えた。
 その時、馬のいななきと共に、馬車が急停車した。

「きゃぁっ」
「大丈夫か!?」
「は、はい~」

 セシルは反動てぶっ飛びアルベリクに飛びかかってしまった。大丈夫かと聞かれてはいと答えたものの、鼻をぶつけたのでけっこう痛い。

「ここで座って待っていろ」
「ええっ。アルベリク様が行くのですか!?」
「ふっ。当たり前だろ。ちょっとした肩慣らしにしかならんがな……」

『坊ちゃま!? 早く、早く~』

 御者の声が外から聞こえると、アルベリクは不敵な笑みを溢したまま馬車から飛び出して行った。

「え~。本当に行っちゃったよ……」

 アルベリクはたしか、王国の剣術大会で優勝していたことがある。セシルが聖女の時だから、まだ今は大会前の時期だろうけれど、剣の腕には自信があるのだろう。

 外からは御者の楽しそうな声が微かに聞こえ、セシルは気になって外の音に耳を傾けた。

『あ、あいつ。追いはぎ貴族だ!』
『な、何であいつが馬車に乗ってんだよ!?』

 追いはぎ貴族? 聞き間違いだろうか。
 多分、野盗の人達が騒いでいる。

『やっちまえ~。坊っちゃん~。ヒュ~ヒュ~』

 何だか御者が盛り上がっている。
 こっそり小窓のカーテンを開けてみようとしたら、もうアルベリクが戻ってきていた。 

 手に、ジャリジャリとお金が擦れる音がする布袋を持って。
 アルベリク越しに外の様子を眺めると、街道の端に四人の野盗が縄で縛られ転がっていた。

「だ、大丈夫でしたか……?」 
「問題ない」

 ドサッと足元に置かれた布袋にセシルの目は釘付けである。

「あの……これって?」
「ああ。あいつらがここを通る商人たちから奪った金品だな。今回の旅費だ」
「ええっ!?」
「嘘に決まっているだろ?」
「……ぅぅ」

 セシルはまたアルベリクにからかわれたようだ。
 何だか悔しい。

「セシル。お前は簡単に人を信じすぎだ。いつかその優しさで己の身を滅ぼすぞ?」

 ごもっともな意見である。
 セシルは何度も失敗しているので、返す言葉もなかった。

「……アルベリク様だから信じたのに」

 ため息混じりに本音を漏らしてしまった。
 正確には、アルベリクならやりそうだから。
 だけれど、そんな事は言えなかったのだが……。

 アルベリクは目を丸くして驚いて、プイッと窓の方へそっぽを向いてしまった。また耳が赤い。

 これは拗ねた、じゃなくて照れているだな。
 セシルはアルベリクの表情を観察し、気持ちを分析して見た。

 しかし、そんな顔をされたらこっちまで赤くなってしまうではないか。しかも、窓のカーテンは閉まったままなのに、アルベリクはどこを見ているのだろう。

 何だか気まずくてセシルが下を向くと、また御者の方から馬車を叩く音がした。

『坊ちゃま~。本日、二組目っすよ~』
「チッ……」


 
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