36 / 102
第四章 二人きりでの馬車の旅
006 追いはぎの追いはぎ
しおりを挟む
セシルは箱馬車に揺られて北のシュナイト領を目指していた。
いつもは馬で行くのだが、セシルもいるので馬車が手配されていた。今夜はシュナイト領の町で一泊し、明日の昼頃には訓練所に到着予定だ。
馬車の小窓から見えるのは、だだっ広い草原。
遠くに山羊や牛といった家畜の姿が見え、のどかな田舎の風景なのだが……。
馬車の中はセシルとアルベリクが向かい合って座り、沈黙が続いていた。
セシルの向かいに座るアルベリクが、怒っている……というより、メアリ用語でいうと、拗ねているからなのだ。
実は、昨日メアリがぎっくり腰になったと言うことで、爺様からレクトへメアリのサポートをするようにとお達しが出た。アルベリクも爺やの言うことに口を出すつもりもないらしく、レクトは屋敷に残ることになったのだ。
その時、セシルが口にした言葉が問題だった。
「レクトがいないと無理だよ」
アルベリクはそれを聞くとさっさと馬車に乗り。
レクトは「アル様は朝だけ起こしてあげれば、後は一人で何でも出来るから大丈夫」だとか言い。
メアリは「ごめんね」と謝りながら、アルベリクはちょっと拗ねただけだ気にしないで、と言いセシルの背中を押した。それからメアリは、今晩泊まる予定の町には、レープクーヘンというクッキーのようなケーキがあるという情報をくれた。
どうせ付いていくことしかセシルに選択肢はない。
ならば、楽しむしかないではないか。
レープクーヘンのために頑張ろう。
と思って意気揚々と乗り込んだのだが、気まずい空気にセシルは早くも挫けそうだった。レクトがいればつまらない話題でも笑えただろうに……。
草原を過ぎ森に差しかかったところで、アルベリクは外の様子を窺いながら口を開いた。
「レクトがいたら良かったのにな」
「へっ?」
セシルは心の声が聞こえてしまっていたのではないかと勘繰るが、アルベリクは嫌味ではなく至って真面目な顔でそう述べていた。そして小窓のカーテンを下ろすとセシルに視線を向けた。
「セシル。簡潔に話すからよく聞け。シュナイト公爵領はファビウス領の約五倍の土地を有している。しかし町と町の間も広く、その途中──特に人目につかない森の中は治安が悪い。だが、御者は口が達者なだけでなく腕も立つ奴だから安心しろ。分かったな」
「わ、分かったとは、何がですか!?」
「そろそろだとは思うのだが――」
するとアルベリクのすぐ後ろ――御者の方からドンドンと馬車の壁を叩く音が響いた。
「来たか」
「な、何がですか!?」
「この辺りは野盗がでるんだ。セシル、絶対に馬車から出るなよ」
言ってアルベリクは剣を持ち扉へ手を添えた。
その時、馬のいななきと共に、馬車が急停車した。
「きゃぁっ」
「大丈夫か!?」
「は、はい~」
セシルは反動てぶっ飛びアルベリクに飛びかかってしまった。大丈夫かと聞かれてはいと答えたものの、鼻をぶつけたのでけっこう痛い。
「ここで座って待っていろ」
「ええっ。アルベリク様が行くのですか!?」
「ふっ。当たり前だろ。ちょっとした肩慣らしにしかならんがな……」
『坊ちゃま!? 早く、早く~』
御者の声が外から聞こえると、アルベリクは不敵な笑みを溢したまま馬車から飛び出して行った。
「え~。本当に行っちゃったよ……」
アルベリクはたしか、王国の剣術大会で優勝していたことがある。セシルが聖女の時だから、まだ今は大会前の時期だろうけれど、剣の腕には自信があるのだろう。
外からは御者の楽しそうな声が微かに聞こえ、セシルは気になって外の音に耳を傾けた。
『あ、あいつ。追いはぎ貴族だ!』
『な、何であいつが馬車に乗ってんだよ!?』
追いはぎ貴族? 聞き間違いだろうか。
多分、野盗の人達が騒いでいる。
『やっちまえ~。坊っちゃん~。ヒュ~ヒュ~』
何だか御者が盛り上がっている。
こっそり小窓のカーテンを開けてみようとしたら、もうアルベリクが戻ってきていた。
手に、ジャリジャリとお金が擦れる音がする布袋を持って。
アルベリク越しに外の様子を眺めると、街道の端に四人の野盗が縄で縛られ転がっていた。
「だ、大丈夫でしたか……?」
「問題ない」
ドサッと足元に置かれた布袋にセシルの目は釘付けである。
「あの……これって?」
「ああ。あいつらがここを通る商人たちから奪った金品だな。今回の旅費だ」
「ええっ!?」
「嘘に決まっているだろ?」
「……ぅぅ」
セシルはまたアルベリクにからかわれたようだ。
何だか悔しい。
「セシル。お前は簡単に人を信じすぎだ。いつかその優しさで己の身を滅ぼすぞ?」
ごもっともな意見である。
セシルは何度も失敗しているので、返す言葉もなかった。
「……アルベリク様だから信じたのに」
ため息混じりに本音を漏らしてしまった。
正確には、アルベリクならやりそうだから。
だけれど、そんな事は言えなかったのだが……。
アルベリクは目を丸くして驚いて、プイッと窓の方へそっぽを向いてしまった。また耳が赤い。
これは拗ねた、じゃなくて照れているだな。
セシルはアルベリクの表情を観察し、気持ちを分析して見た。
しかし、そんな顔をされたらこっちまで赤くなってしまうではないか。しかも、窓のカーテンは閉まったままなのに、アルベリクはどこを見ているのだろう。
何だか気まずくてセシルが下を向くと、また御者の方から馬車を叩く音がした。
『坊ちゃま~。本日、二組目っすよ~』
「チッ……」
いつもは馬で行くのだが、セシルもいるので馬車が手配されていた。今夜はシュナイト領の町で一泊し、明日の昼頃には訓練所に到着予定だ。
馬車の小窓から見えるのは、だだっ広い草原。
遠くに山羊や牛といった家畜の姿が見え、のどかな田舎の風景なのだが……。
馬車の中はセシルとアルベリクが向かい合って座り、沈黙が続いていた。
セシルの向かいに座るアルベリクが、怒っている……というより、メアリ用語でいうと、拗ねているからなのだ。
実は、昨日メアリがぎっくり腰になったと言うことで、爺様からレクトへメアリのサポートをするようにとお達しが出た。アルベリクも爺やの言うことに口を出すつもりもないらしく、レクトは屋敷に残ることになったのだ。
その時、セシルが口にした言葉が問題だった。
「レクトがいないと無理だよ」
アルベリクはそれを聞くとさっさと馬車に乗り。
レクトは「アル様は朝だけ起こしてあげれば、後は一人で何でも出来るから大丈夫」だとか言い。
メアリは「ごめんね」と謝りながら、アルベリクはちょっと拗ねただけだ気にしないで、と言いセシルの背中を押した。それからメアリは、今晩泊まる予定の町には、レープクーヘンというクッキーのようなケーキがあるという情報をくれた。
どうせ付いていくことしかセシルに選択肢はない。
ならば、楽しむしかないではないか。
レープクーヘンのために頑張ろう。
と思って意気揚々と乗り込んだのだが、気まずい空気にセシルは早くも挫けそうだった。レクトがいればつまらない話題でも笑えただろうに……。
草原を過ぎ森に差しかかったところで、アルベリクは外の様子を窺いながら口を開いた。
「レクトがいたら良かったのにな」
「へっ?」
セシルは心の声が聞こえてしまっていたのではないかと勘繰るが、アルベリクは嫌味ではなく至って真面目な顔でそう述べていた。そして小窓のカーテンを下ろすとセシルに視線を向けた。
「セシル。簡潔に話すからよく聞け。シュナイト公爵領はファビウス領の約五倍の土地を有している。しかし町と町の間も広く、その途中──特に人目につかない森の中は治安が悪い。だが、御者は口が達者なだけでなく腕も立つ奴だから安心しろ。分かったな」
「わ、分かったとは、何がですか!?」
「そろそろだとは思うのだが――」
するとアルベリクのすぐ後ろ――御者の方からドンドンと馬車の壁を叩く音が響いた。
「来たか」
「な、何がですか!?」
「この辺りは野盗がでるんだ。セシル、絶対に馬車から出るなよ」
言ってアルベリクは剣を持ち扉へ手を添えた。
その時、馬のいななきと共に、馬車が急停車した。
「きゃぁっ」
「大丈夫か!?」
「は、はい~」
セシルは反動てぶっ飛びアルベリクに飛びかかってしまった。大丈夫かと聞かれてはいと答えたものの、鼻をぶつけたのでけっこう痛い。
「ここで座って待っていろ」
「ええっ。アルベリク様が行くのですか!?」
「ふっ。当たり前だろ。ちょっとした肩慣らしにしかならんがな……」
『坊ちゃま!? 早く、早く~』
御者の声が外から聞こえると、アルベリクは不敵な笑みを溢したまま馬車から飛び出して行った。
「え~。本当に行っちゃったよ……」
アルベリクはたしか、王国の剣術大会で優勝していたことがある。セシルが聖女の時だから、まだ今は大会前の時期だろうけれど、剣の腕には自信があるのだろう。
外からは御者の楽しそうな声が微かに聞こえ、セシルは気になって外の音に耳を傾けた。
『あ、あいつ。追いはぎ貴族だ!』
『な、何であいつが馬車に乗ってんだよ!?』
追いはぎ貴族? 聞き間違いだろうか。
多分、野盗の人達が騒いでいる。
『やっちまえ~。坊っちゃん~。ヒュ~ヒュ~』
何だか御者が盛り上がっている。
こっそり小窓のカーテンを開けてみようとしたら、もうアルベリクが戻ってきていた。
手に、ジャリジャリとお金が擦れる音がする布袋を持って。
アルベリク越しに外の様子を眺めると、街道の端に四人の野盗が縄で縛られ転がっていた。
「だ、大丈夫でしたか……?」
「問題ない」
ドサッと足元に置かれた布袋にセシルの目は釘付けである。
「あの……これって?」
「ああ。あいつらがここを通る商人たちから奪った金品だな。今回の旅費だ」
「ええっ!?」
「嘘に決まっているだろ?」
「……ぅぅ」
セシルはまたアルベリクにからかわれたようだ。
何だか悔しい。
「セシル。お前は簡単に人を信じすぎだ。いつかその優しさで己の身を滅ぼすぞ?」
ごもっともな意見である。
セシルは何度も失敗しているので、返す言葉もなかった。
「……アルベリク様だから信じたのに」
ため息混じりに本音を漏らしてしまった。
正確には、アルベリクならやりそうだから。
だけれど、そんな事は言えなかったのだが……。
アルベリクは目を丸くして驚いて、プイッと窓の方へそっぽを向いてしまった。また耳が赤い。
これは拗ねた、じゃなくて照れているだな。
セシルはアルベリクの表情を観察し、気持ちを分析して見た。
しかし、そんな顔をされたらこっちまで赤くなってしまうではないか。しかも、窓のカーテンは閉まったままなのに、アルベリクはどこを見ているのだろう。
何だか気まずくてセシルが下を向くと、また御者の方から馬車を叩く音がした。
『坊ちゃま~。本日、二組目っすよ~』
「チッ……」
0
お気に入りに追加
397
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
結界魔法しか使えない役立たずの聖女と言うなら国を見捨てることにします
黒木 楓
恋愛
伯爵令嬢の私ミーシアは、妹のミリザに従う日々を送っていた。
家族はミリザを溺愛しているから、私を助ける人はいない。
それでも16歳になって聖女と判明したことで、私はラザン王子と婚約が決まり家族から離れることができた。
婚約してから2年が経ち、ミリザが16歳となって聖女と判明する。
結界魔法しか使えなかった私と違い、ミリザは様々な魔法が使えた。
「結界魔法しか使えない聖女は役立たずだ。俺はミリザを王妃にする」
婚約者を変えたいラザン王子の宣言と人々の賛同する声を聞き、全てが嫌になった私は国を見捨てることを決意する。
今まで国が繁栄していたのは私の結界があったからなのに、国の人達はミリザの力と思い込んでいた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる