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断章 ファビウス邸の日常
03 羽化
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今日は満月の夜。
光蝶は満月に羽化をする。
そんなロマンチックなことを言い出したのはアルベリクだった。レオンとクロエは大喜びで、半信半疑だったセシルは、取り敢えずは信じたふりをしていた。
空に大きな満月が輝く中、双子とセシル、そしてアルベリクとミリアとレクトは温室に集まっていた。
温室の扉は開いたままにしている。羽化した後、好きなところへと飛んでいって欲しいというレオンの考えでだ。
今か今かと待っているレオンとクロエ。
――しかしその時はすぐにやってきた。
月明かりに照らされた瞬間、サナギがピクッと動いたのだ。
サナギの背中が裂け、中からモゾモゾと蝶の頭が見えてきた。
一同は瞬きすら我慢してその様子を見守った。
頭の次は足が出で触覚が伸びた。
触覚の先がキラキラと白く光って見える。
「キレイ……」
クロエが感嘆の声を漏らし、レオンはその横でペンを握り蝶の様子を描き始めた。
しわしわだった羽がゆっくりと伸ばされていく。
羽の縁は黒く、その表面は濃い青紫色で、内側にいくにつれて薄い色味へと変化しグラデーションになっている。所々に金色の丸い斑点が有り、全体的に金属のような光沢を放つ。
まるで夜空を切り取って背中に付けた様だ。
一度その姿を目にしたら、二度と忘れないだろう。
光蝶の名に相応しい美しさだと、セシルは思った。
蝶はゆっくりと羽を動かし始めた。
「あ。もう行っちゃうんだ……」
名残惜しそうなクロエの声がしんみりと温室に響いた。
次の瞬間──光蝶が上空へと舞い上がった。金色の鱗粉を撒き散らしながらヒラヒラと温室の中を自由に飛び回る。
レオンはそっと光蝶に手を伸ばした。
この蝶は、レオンの手を介さなくても何処へでもいける。自分はもう必要ないのだと気づき、手を引き静かに見送ることにした。
「バイバイ。芋虫……」
レオンが呟くと、光蝶はヒラヒラと手を振るかのように羽を動かし、そしてレオンの頭の上に舞い降りた。
「わぁ。セシル、クロエ、芋虫は!?」
「今、レオンの頭の上だよ──あっ」
光蝶は別れを告げるようにレオンの頭で羽を休めた。
しかし、それはほんの一瞬で、金色の鱗粉を微かに残し、光蝶は飛び立っていった。
今度はもっと高く。月の光に導かれるように。
「セシルの言った通りだったね。芋虫、僕のこと覚えていたみたい」
「ズルいなぁ。私も芋虫と一緒に散歩すれば良かったなぁ……」
満面の笑みを浮かべるレオンと、口を尖らせて空を見上げるクロエ。そんなクロエを見てアルベリクは空を見上げて言った。
「また庭に卵を産みに来る。そしたら今度は散歩でもしてやるといい」
「そうなの!? じゃあ僕、次の芋虫に芋虫二世って名前を付けるよ!」
「えー。芋虫に芋虫って名前付けるのやめようよ。可愛くないもん」
さっきまでのしんみりとした空気は何処へやら。
言い合う双子に、セシルはほっこりとした気持ちになっていた。
しかし、ふと視線を感じて振り返ると、アルベリクがセシルを無機質な瞳で見下ろしていた。
「お前も、覚えていたらいいのにな……」
「えっ?」
セシルが疑問の声を漏らすと、アルベリクは目を丸くさせ自身の口を押さえた。自分が言葉を発していたことに気づいていなかったようだ。
「あの……私、なにか忘れていますか?」
珍しく狼狽えた様子のアルベリクの反応に意味が分からず、セシルは自分が何かとんでもない事で犯してしまったのではないかと不安になった。
「お、お前は……皿の洗い方ぐらい覚えろ。それからモップの使い方も覚えてないだろっ。芋虫の方が、物覚えがいいかもな」
「ええっ!? 芋虫と比べるなんて酷いです……」
「言われたくないなら、ちゃんと出来るようにしろ」
「はい……」
折角、双子と過ごせてほっこりモードだったのに、アルベリクのせいで台無しだ。ロマンチックな所もあるのだと見直していたのに、そんなの欠片もない男だ。
すると、肩を落とすセシルにレオンが抱きついてきた。
続けてクロエも。
「ねえ。セシル。芋虫の名前は芋虫二世がいいよね!」
「嫌よ。ルミエールって名前にするの!」
「どちらも可愛いと思いますよ~」
「じゃあ。先に見つけた方の名前にしよう。クロエ」
「そうね。先に見つけた方の名前にしましょう。レオン」
「わぁ。楽しみですね~」
「「うん!!」」
喧嘩をしてても結局、息かピッタリな双子を前に、セシルは早く芋虫に会えないかと、今から待ち遠しく思うのだった。
光蝶は満月に羽化をする。
そんなロマンチックなことを言い出したのはアルベリクだった。レオンとクロエは大喜びで、半信半疑だったセシルは、取り敢えずは信じたふりをしていた。
空に大きな満月が輝く中、双子とセシル、そしてアルベリクとミリアとレクトは温室に集まっていた。
温室の扉は開いたままにしている。羽化した後、好きなところへと飛んでいって欲しいというレオンの考えでだ。
今か今かと待っているレオンとクロエ。
――しかしその時はすぐにやってきた。
月明かりに照らされた瞬間、サナギがピクッと動いたのだ。
サナギの背中が裂け、中からモゾモゾと蝶の頭が見えてきた。
一同は瞬きすら我慢してその様子を見守った。
頭の次は足が出で触覚が伸びた。
触覚の先がキラキラと白く光って見える。
「キレイ……」
クロエが感嘆の声を漏らし、レオンはその横でペンを握り蝶の様子を描き始めた。
しわしわだった羽がゆっくりと伸ばされていく。
羽の縁は黒く、その表面は濃い青紫色で、内側にいくにつれて薄い色味へと変化しグラデーションになっている。所々に金色の丸い斑点が有り、全体的に金属のような光沢を放つ。
まるで夜空を切り取って背中に付けた様だ。
一度その姿を目にしたら、二度と忘れないだろう。
光蝶の名に相応しい美しさだと、セシルは思った。
蝶はゆっくりと羽を動かし始めた。
「あ。もう行っちゃうんだ……」
名残惜しそうなクロエの声がしんみりと温室に響いた。
次の瞬間──光蝶が上空へと舞い上がった。金色の鱗粉を撒き散らしながらヒラヒラと温室の中を自由に飛び回る。
レオンはそっと光蝶に手を伸ばした。
この蝶は、レオンの手を介さなくても何処へでもいける。自分はもう必要ないのだと気づき、手を引き静かに見送ることにした。
「バイバイ。芋虫……」
レオンが呟くと、光蝶はヒラヒラと手を振るかのように羽を動かし、そしてレオンの頭の上に舞い降りた。
「わぁ。セシル、クロエ、芋虫は!?」
「今、レオンの頭の上だよ──あっ」
光蝶は別れを告げるようにレオンの頭で羽を休めた。
しかし、それはほんの一瞬で、金色の鱗粉を微かに残し、光蝶は飛び立っていった。
今度はもっと高く。月の光に導かれるように。
「セシルの言った通りだったね。芋虫、僕のこと覚えていたみたい」
「ズルいなぁ。私も芋虫と一緒に散歩すれば良かったなぁ……」
満面の笑みを浮かべるレオンと、口を尖らせて空を見上げるクロエ。そんなクロエを見てアルベリクは空を見上げて言った。
「また庭に卵を産みに来る。そしたら今度は散歩でもしてやるといい」
「そうなの!? じゃあ僕、次の芋虫に芋虫二世って名前を付けるよ!」
「えー。芋虫に芋虫って名前付けるのやめようよ。可愛くないもん」
さっきまでのしんみりとした空気は何処へやら。
言い合う双子に、セシルはほっこりとした気持ちになっていた。
しかし、ふと視線を感じて振り返ると、アルベリクがセシルを無機質な瞳で見下ろしていた。
「お前も、覚えていたらいいのにな……」
「えっ?」
セシルが疑問の声を漏らすと、アルベリクは目を丸くさせ自身の口を押さえた。自分が言葉を発していたことに気づいていなかったようだ。
「あの……私、なにか忘れていますか?」
珍しく狼狽えた様子のアルベリクの反応に意味が分からず、セシルは自分が何かとんでもない事で犯してしまったのではないかと不安になった。
「お、お前は……皿の洗い方ぐらい覚えろ。それからモップの使い方も覚えてないだろっ。芋虫の方が、物覚えがいいかもな」
「ええっ!? 芋虫と比べるなんて酷いです……」
「言われたくないなら、ちゃんと出来るようにしろ」
「はい……」
折角、双子と過ごせてほっこりモードだったのに、アルベリクのせいで台無しだ。ロマンチックな所もあるのだと見直していたのに、そんなの欠片もない男だ。
すると、肩を落とすセシルにレオンが抱きついてきた。
続けてクロエも。
「ねえ。セシル。芋虫の名前は芋虫二世がいいよね!」
「嫌よ。ルミエールって名前にするの!」
「どちらも可愛いと思いますよ~」
「じゃあ。先に見つけた方の名前にしよう。クロエ」
「そうね。先に見つけた方の名前にしましょう。レオン」
「わぁ。楽しみですね~」
「「うん!!」」
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