聖女は死に戻り、約束の彼に愛される

春乃紅葉@コミカライズ2作品配信中

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第三章 甘い香りとティータイム

010 理解力

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「それから、婆やから報告を受けたのだが……クロードと揉めたそうだな」
「へっ?」

 アルベリクは隣に座ったままセシルに目線を向けずに尋ねた。
 双子の話が終わったかと思うと、明らかにさっきまでと違う声のトーンでセシルに尋ねた。

「クロードからかくれんぼに誘い、二人で物置に隠れたそうだな」
「……はい」
「軽率だな。執事は聖人ではない。ましてやクロードには前科しかない。しかし、息子より幼い者にまで手を出すとは」
「はい?」

 額を押さえため息をついたアルベリクは、首を傾げるセシルへ目を向けた。

「何でもない。減給、免職、投獄、それか処……。こほん。お前が望む罰を与えよう」
「罰だなんて……。私はクロードさんに肘でこうやってやり返したんです。レオン様やクロエ様にはクロードさんが必要です。それに、クロードさんも良かれと思っての行動だったようですし、必要ありません」

 セシルは身振り手振りでクロードにした肘打ちをアピールする。そんなへなちょこな攻撃で逃げ出せたということは、クロードも本気ではなかったと言うことになる。それに、クロードがいなくなったら、レオンやクロエも悲しむのは目に見えていた。

「そうか。ならば減給と、こちらへの立ち入り禁止処分にする。ついでに少し、剣の相手でもしてもらうか……」
「……はい」

 不敵な笑みを溢しベッド横の剣に目を向けた後、アルベリクはセシルへと視線を戻した。

「それから……。セシル。お前に一つ、良いことを教えてやる」

 アルベリクはセシルの隣に座ると、ぐっと顔を寄せセシルの瞳を真っ直ぐに見つめてきた。

「いいか。俺が言った言葉をお前も続けて言え。ちゃんと声に出して言って、頭でも身体でも理解し守るんだぞ?」
「はい」


「男と──」
「男と……」

「密室で――」
「密室で?」

「二人きりにならない」
「二人きりにならない?」

「そうだ。続けて言ってみろ」
「お、男と密室で二人きりにならない! ですね」

 セシルは自信満々に言い切った。
 アルベリクはそれを何故かつまらなそうに見ている。

「あの……私、間違えましたか?」
「いや。ちゃんと理解したか?」
「はい!」
「本当に?」
「本当の本当にです!」

 アルベリクはその言葉を鼻で笑い飛ばした。

 いつも笑わない人だと思っていたが、今日はよく笑っている。
 いや、これは俗に言う笑う、より嗤うに近いし、笑顔とは程遠い。多分、馬鹿にされているだけだ。

「お前は理解力が足りない。今のお前は、どこに誰とどんな格好でいるのだ?」
「えっ?」

 セシルは今、アルベリクの部屋でアルベリクといて、ネグリジェを着ている。
 だから……何なのだ?

「お前は夕方から爆睡してよく分かっていない様だな。もう一度言うぞ。――密室で男と……その続きは何だ?」

 セシルはそこまで言われてようやく気付いた。
 辺りを見回し、セシルとアルベリクしか部屋にいないことを確認した。
 この状況も、密室で男と二人きりにならないに当てはまるのだ。

「し……失礼しました。自室に戻りますっ」

 セシルは慌ててベッドから飛び降りドアを目指した。
 アルベリクは鼻で嗤いセシルを見送った。

「今日はありがとうございました。お休みなさいませっ」

 セシルは深々とお辞儀すると部屋を飛び出していった。
 心臓がバクバクとうるさい。
 アルベリクの顔が忘れられなかった。
 セシルの反応をみて小馬鹿にして愉しんでいる、あの顔が。

 この胸の高鳴りも苦しさも、熱くて火が出そうなほどの顔も身体も、全部全部、あのアルベリクのせいだ。

「あんな意地の悪い人、大っ嫌い」

 セシルは顔を真っ赤にして、自室へと早足で帰って行った。

 ◇◇◇◇

 アルベリクは静かになった寝室で小さく息を吐くと、ベッドへ横になる。
 まだ温かい。さっきまでいたセシルの温もりがそこに残っていた。

「……ふっ」

 セシルが見せた百面相を思い出すと、無意識の内に笑みが溢れていた。
 
「セシル……」

 名前を呼ぶとセシルの笑顔が瞼に浮かんだ。
 そしてそれと同時に、リリアーヌと対峙した時の強ばった表情も。
 あの二人は根本的に合わないのかもしれない。
 この屋敷にセシルを招き入れたのはアルベリクだ。
 今度こそセシルを守りたい。誰にも傷つけさせたくないし、触れられるのも、奪われるのも嫌だ。

「傲慢だな……」

 ただ普通に生きて、幸せになって欲しいと思っていただけなのに、いつの間にか自分の中に別の感情が見え隠れしていた。

「あいつが、……セシルが……馬鹿すぎるんだ」

 そうだ。そのせいで放っておけない。
 留守番すらまともに出来ないのだから。

 だから、こんな気持ちになるのだ。
 

 
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