聖女は死に戻り、約束の彼に愛される

春乃紅葉@コミカライズ2作品配信中

文字の大きさ
上 下
25 / 102
第三章 甘い香りとティータイム

009 褒美

しおりを挟む
 メアリは楽しそうに遊ぶ双子とセシルの様子を庭の隅で見守っていた。
 双子が木に登り始めた時は少々心配したが、どうやらセシルは二人の悪戯を乗り越えたようで、ホッと一安心していた。

「いやぁ~。見込みのある若くて可愛いメイドちゃんが入ったんだね~」

 そう声をあげたのは、赤みがかった茶色い髪の中年執事である。メアリのクッキーを幸せそうに口に運び、遠目で双子の様子を見守っている。

「クロード。セシルはアルベリク様のメイドですからね?」
「はいはい。分かってますよ、母さん」

 ヘラヘラと返事をしたクロードは双子の執事で、メアリの息子だ。
 クロードが産まれた家系は、代々ファビウス家に仕えるローエン家。クロードの父は現当主エドワールの執事をしているし、娘はファビウス家の長女のメイドをしている。そして息子レクトはアルベリクの執事だ。
 クロードはもう一度メアリのクッキーを頬張った。

「母さん。明日もクッキー焼いてね?」
「勿論よ。でも、セシルに任せっきりじゃなくて、貴方も執事としてちゃんとお二人のお世話をするんですよ?」
「ははは。分かってるよ」

 クロードは遠くで遊ぶ双子とセシルへ目を向け小さく呟いた。

「セシルちゃんか……。いいねぇ……」

◇◇

 セシルと双子は小さな温室へ足を踏み入れた。
 枯れ草と雑草だらけの温室に、クロエは入ってすぐに不満を口にする。

「なんか……汚いわ」
「ご、ごめんなさい。まだ片付けが終わっていなくて……でも、ここなら芋虫さんの成長を見られると思って」
「いいな。それ。逃げないように温室の奥に放そうよ!」

 乗り気なレオンにクロエは頬を膨らませつつ、雑草をかき分け温室の奥へと足を進めた。

 温室の奥へいくと、小さな白い鉢が置かれていた。枯れた草が生えただけの物寂しい鉢を見て、クロエは瞳を曇らせた。

「クロエ様。どうかしましたか?」
「……この温室でね。お母様が薔薇を栽培していたんですって。いつか青い薔薇を咲かせたいって……」
「青い薔薇……?」

 セシルは青い薔薇を知っていた。

 一度目の記憶の時、セシルは庭作りに精を出していた。教会の裏庭で小さな畑や花壇を作り、少しでも生活の足しに出来たらと思っていたのだ。その時の記憶と経験から、聖女として教会で過ごしていた時も、庭作りに勤しんでいた。
 その頃である。青い薔薇の種をアルベリクから貰ったのは……。

 クロエは母を思い出したのか、そっと鉢植えの枯れ草に触れる。

「でも、青い薔薇は完成しなかったんだって……」
「えっ?」

 セシルはクロエの言葉と自分の記憶が合わないことに疑問を抱いた。
 聖女の時、セシルはアルベリクの指示で癒しの力を使って青い薔薇をたくさん咲かせていた。
 アルベリクは、ファビウス領を青い薔薇の名所にして人々を誘致しようとしていたから。要するに金儲けのために。

 しかしあの時、種は存在したのだから、もしかしたら青い薔薇は完成していて、今もアルベリクが持っているかもしれない。
 セシルがボーっと考え事をしていると、スカートをギュッとレオンが引っ張ってきた。

「ねぇ。早く芋虫を温室に放してやろうよ」
「そ、そうね。少し邪魔な草を抜いて、それからにしましょうか」
「うん。僕もやる。クロエは芋虫、持っててよ」
「うん。いいよ。レオンが言うなら……」

 クロエはレオンから芋虫を受け取ると、両手で大事そうに包み込んだ。やはり、クロエも芋虫は大丈夫なようだ。

「よぉし。セシル、早く早く!」
「はい。レオン様」

 クロエが見守る中、セシルはレオンと一緒に温室の片付けを始めようとした時、入り口から男性の声が響いた。

「おいおい。うちのレオン様に、なぁ~にやらせようとしているのかな?」
「えっ? レクト!? ……あれ。何か老けた?」

 セシルが執事の登場に驚くと、隣でレオンが大笑いした。

「あはは。クロードは僕の執事だよ。いつも庭の隅っこにいたんだよ?」
「いましたっけ?」
「ずっといましたよ。クッキー食べたかったんで、気配消してましたけど。因みに俺は、レクトのお父さんね」
「なんだ。似てると思ったらお父さんなのね……えっ。お父さん!?」

 再び驚きの声をあげたセシルに、レオンはまたキャッキャと笑い、クロードも調子に乗り胸を張って言い返す。

「そう。俺はレクトのお父さんだ! ついでに言っちゃうと~、メアリは俺の母さんだ!」
「ええっ!!?」

 そう言えば、レクトはメアリの事を婆様と読んでいたが、本当に血縁関係があるとは驚いた。隣にいたレオンは、笑いのツボにハマったらしく、お腹を抱えて笑い転げていた。

 ◇◇

 クロードが温室の片付けを手伝ってくれたことにより、想定以上に片付けは速く済んだ。第一印象はふざけた感じの人だと思ったが、その仕事ぶりは紳士的でスピーディーだった。

 一ヶ所だけ残しておいた雑草の近くに芋虫を乗せ、今日の作業は終了である。満足気なレオンとは裏腹に、クロエは顔には出さないようにしているが不満の色が伺えた。

 セシルはそんなクロエにこっそりと耳打ちする。

「クロエ様。温室も綺麗になりましたし、一緒に薔薇を育てませんか? 私、アルベリク様からお庭を任されているんですよ」
「えっ。そうなの……?」

 クロエはうつむき少し考えた後、唇を尖らせてもう一度口を開く。

「薔薇、育てたい。明日も……来てもいい?」
「はい。お待ちおります」

 セシルがにっこり笑顔を返すと、クロエは微かに口角を上げ前を歩くレオンの元へと走っていった。

 このまま双子と仲良くなって、クロードと立場を入れ変えて双子の専属メイドになったり……なんてことは出来ないのだろうか。
 愛らしい双子を前に、セシルはそんな事を妄想していた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

結界魔法しか使えない役立たずの聖女と言うなら国を見捨てることにします

黒木 楓
恋愛
 伯爵令嬢の私ミーシアは、妹のミリザに従う日々を送っていた。  家族はミリザを溺愛しているから、私を助ける人はいない。  それでも16歳になって聖女と判明したことで、私はラザン王子と婚約が決まり家族から離れることができた。  婚約してから2年が経ち、ミリザが16歳となって聖女と判明する。  結界魔法しか使えなかった私と違い、ミリザは様々な魔法が使えた。 「結界魔法しか使えない聖女は役立たずだ。俺はミリザを王妃にする」  婚約者を変えたいラザン王子の宣言と人々の賛同する声を聞き、全てが嫌になった私は国を見捨てることを決意する。  今まで国が繁栄していたのは私の結界があったからなのに、国の人達はミリザの力と思い込んでいた。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

処理中です...