聖女は死に戻り、約束の彼に愛される

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第二章 専属メイド兼、庭師!?

004 蜂蜜とパンケーキ

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 見下ろせば天国。見上げれば地獄。普通は逆のような気もするが、朝食時のセシルは正にそれである。視線を下ろせばテーブルの上にパンケーキ。しかも蜂蜜かけ放題。
 しかし、気持ちよく蜂蜜をかけていると、向かいの方から冷たい視線を感じた。

「毎日、飽きないのか?」
「……へっ!?」

 それは、一緒に食事をするようになって初めて話しかけられた一言だった。視線を上げると、相変わらず眉間にしわを寄せた不機嫌そうなアルベリクと目が合う。もしかしたら彼も蜂蜜をかけたいのかもしれない。
 セシルは作り笑顔で蜂蜜の入った小瓶を差し出した。

「あ、アルベリク様もかけますか?」
「……いらん」

 アルベリクは一瞬だけ驚いた顔をしたが、また深く眉間にしわを刻むと、短く言い捨てた。
 どうやら言葉を選び間違えたようだ。アルベリクに甘い蜂蜜は似合わない。

「で、ですよね……」

 気まずい空気のまま、セシルはパンケーキを頬張った。うん。美味しい。アルベリクのことは気にせず食事に専念しよう。
 セシルがそう心に決めた時、アルベリクはもう食事を終えて席を立ち、セシルの隣で足を止めるとボソッと呟いた。

「お前……太ったか?」
「は、はい!?」
「ここに来た時はガリガリだっただろう。ボロ雑巾から雑巾になれたな」
「ぞ、雑巾……太った……?」

 放心状態のセシルに残った言葉は、その二つだった。女の子に対して何とデリカシーのない男なのだ。酷い。酷すぎる。

「食べたらちゃんと働くんだぞ」

 アルベリクはセシルの頭をふわっと撫でると部屋を出ていった。
 セシルは震える手でフォークをテーブルに置き、アルベリクが触れた箇所を手で払った。折角、いい気分で朝食をとしていたのに、全て台無しだ。
 目の前の蜂蜜たっぷりのパンケーキ。このまま食べるか、我慢するかセシルは悩み、フォークをもう一度握りしめた。

「……勿体ないもの。食べましょう」

 甘い香りの誘惑に負け、セシルは捨てたら勿体ないと理由を付けて、美味しくいただくことにした。

 ◇◇

 昼食はレクトと一緒に厨房の隅で食べている。
 レクトは、メアリ特製のサンドイッチを見るとモップを投げ出しすぐさまかぶり付いた。

「あ~。婆様のサンドイッチは最高だよなぁ~」
「そうね」

 セシルはサンドイッチをじっと見つめて空返事をする。
 サンドイッチにはベーコンとレタス、トマトに目玉焼き、それからチーズも入っている。結構なボリュームだ。いつもはペロリと食べてしまうのだが、朝からあんなことを言われたら食べる気が起きない。

「セシル。食欲ないのか?」
「うーん。……私、太ったかしら?」
「ああ、そうだな。来た時は棒っ切れみたいだったし」
「えっ!? 本当に太った!?」
「そんなに驚くことか? セシルの部屋にも鏡があるだろ? ちゃんと見てみろよ。確実に太ったと思うぞ」
「そ、そんな……」

 セシルはここ一ヶ月の食生活を思い返した。
 毎日三食、栄養満点の食事を頂いた。孤児院の時とは大違いだ。それに、朝は蜂蜜かけ放題。午後のお茶の時間には、メアリがこっそりパンの切れ端で作ったラスクをくれるのだ。ちょっと、食べ過ぎかもしれない。
 セシルはサンドイッチをレクトに差し出した。

「食べていいよ。食欲ないから」
「お、ラッキー」

 レクトは両手にサンドイッチを持って幸せそうに頬張った。

 ◇◇

 昼食の後、セシルは空腹に耐えつつ庭仕事に精を出した。身体を動かせばその分身体も引き締まってくるはずだ。食べた分しっかりと働こう。

「よぉし。やるぞー」

 セシルは大木にはしごを立てかけ、枝の剪定を行うことにした。ハサミで余分な枝を切り落とし、木の形を整えたり成長を促進させるためである。
 高いところは得意。セシルは身長の倍くらいの高さでチョキチョキと作業を進めていた。

「セシル。気を付けろよ~」
「大丈夫だよ~。高いところは得意だから」

 心配そうなレクトを尻目に、セシルは元気よく声を返したのだが、レクトは何か言いたげな顔をしている。下で右往左往しているレクトの隣にアルベリクも現れ、セシルを見上げると呆れたように深いため息をついた。
 わざわざ来て小言でも言うつもりだろうか。全く、気が散ってしかたがない。
 セシルはそんな二人を鬱陶しく感じていると、アルベリクが声をかけてきた。

「おい。周りの迷惑も考えて作業しろ」

 やはり小言を言いに来たのだ。迷惑だと感じるならわざわざ近くに来なければいいのに。セシルは腹が立ち、つい言い返した。

「枝が当たりそうだったら、避けてください。それぐらい良いじゃないですか」
「そうではない。お前のスカートの中が丸見えで、俺の執事が見苦しすぎると仕事に支障をきたしている。下にズボンを履いているとはいえ、それは下着に分類される。弁えろ」
「ええっ!? スカートっ……きゃぁっ」

 セシルはハシゴから手を離し、両手でスカートを押さえた。
 そしてバランスを崩す。──不味い、落ちる。
 身体が宙を舞ったかと思うと、すぐに衝撃に襲われた。

「いたたたた……」

 セシルはフカフカの土の上に落下していた。
 いや。フカフカだけれど、これは土ではない?

「重い。早く降りろ……」
「きゃぁぁっ」

 アルベリクがセシルの下敷きになっていた。赤くなった額を擦り、腰に手を添えてセシルを庇うように地面に尻餅をついている。
 そしてその隣にもう一人地面に踞るレクトがいた。彼も額を擦り苦悶の表情を浮かべている。
 二人ともセシルを受け止めようとして、互いに額をぶつけてしまった様子だ。

「ご、ごめんなさいっ。じゃない。申し訳ございません」
「怪我がないならいい。レクト。大丈夫か?」
「はい。アルベリク様……申し訳ございません」

 レクトが慌てて立ち上がり謝罪すると、屋敷からメアリが走ってきて、怪我人は救護室へと連れていかれてしまった。
 無傷だったセシルは一人庭に残され、二人に迷惑をかけたことを反省していた。二人とも、おでこが赤くなっていた。魔法を使えばすぐに治せるけれど、それではいけない。
 何か他に良い方法はないか考えていると、庭に生えた草が目に止まり、あることを思いついた。

「この葉っぱ……そうだわ!」





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