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022 キノコと涙
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私は今、魔法植物学の研究室で大釜を大きな木ベラでかき回しています。釜の中には、青紫色のドロドロした液体でいっぱいです。青紫色のブツブツがあるマボロシ茸というキノコを数時間煮詰めているのです。
「シェーラ。どうだ?」
ルシアンが、カゴに大量のマボロシ茸を持って研究室に戻ってきました。叔父さんの研究室からキノコを運んできてくれたのです。
「もう少し足した方がいいのかしら?」
「そろそろいいかもな。香りが蜂蜜みたいに甘くなってきたから、頃合いだな」
「フェミュー。どうかしら?」
『いい感じ~。これに、私の鈴蘭の根をポイってして』
「分かったわ」
「今度は俺が混ぜる。シェーラは休んでて」
ルシアンがフェミューの言う通りに根を入れかき混ぜると、青紫色の液体がまくっ黒に染まりました。
「うっわ。毒々しいな」
『そりゃあそうよ。だって猛毒だもん』
「は?」
『でもね。そのヘラ貸して! 私が魔力を込めてかき混ぜるとね』
フェミューが混ぜると真っ黒なドロドロから灰黒い湯気が立ち上がり、無色透明のサラサラの液体へと変わりました。
「すごい。でも、量がほんの少しになってしまったわね」
大釜に残ったのは鈴蘭の花ひとすくい程の液体だけでした。
『これじゃあ足りないから、またグツグツしましよう。ルシアン様、キノコを、もーっと持ってきて』
「分かった。だが、これで本当にどうにかなるのか?」
『勿論! この液体を飲めば、私の加護を受けた人間のように見せることが出来るわ。そう見せたい相手にも、この液体を飲ませなきゃいけないけれど、サリュウス伯爵相手なら簡単よ。足の根っこに、ちょっと溢せばいいだけなんだから』
「毒はないんだよな」
『ええ! でも、まだまだ量が足りないわ。この百倍の量は欲しいわね』
この百倍……。考えると気が遠くなりました。
「叔父さんに、もっと必要だって頼んでくる」
「私はまたキノコを煮込んでおくわね」
「ああ。よろしく」
ルシアンは早口で言うと研究室を飛び出していきました。今、ルシアンの叔父であるサース先生の部屋ではマボロシ茸の栽培をしてくれています。マボロシ茸は隣国にしかないキノコだそうですが、サース先生のキノココレクションのひとつとして研究室に存在したので助かりました。
サース先生は、手作りの特性成長剤を試すよい機会だと言ってくださり、栽培に没頭しているそうです。
一度集中すると止められない方なので、相当量の毒キノコが栽培されるだろうとルシアンは懸念していましたが、丁度良いかもしれません。
私は、先程ルシアンが持ってきてくれたキノコを大釜に入れました。煮込み始めの湯気は目に滲みるのですが、苦そうな渋いキノコの香りにはちょっとだけ慣れてきました。少しとろみが出できたところで、また研究室の扉が開きました。
「シェーラ嬢?」
「えっ?」
扉の前に立っていたのはレオナルド王子です。酷く驚いた顔をして、口元をハンカチで押さえながら、彼はゆっくりと私の方に歩いてきました。
「何を……しているんだ?」
「あ。これは植物学の授業でキノコの研究をしていて。少々危険ですので、外で――」
私が言い終わる前に、レオナルド王子は私の手から木ベラを払い除けると、私の手を引き扉へと踵を返しました。
「あ、あのっ」
そのまま研究室を出ると、王子は瞳に涙を貯めて言いました。
「シェーラ嬢。君は僕が守るっ。だからっ、……死のうなんて考えないでくれっ。君は僕の初恋の人なんだっ。絶対に……絶対に死なせたくないんだっ!」
この真剣な眼差しに、なんと言葉をかけたら良いでしょうか。勘違いだって伝えたいけれど、どうしたら王子の気持ちを傷つけずに伝えることが出来るのか、私は困りました。
「心配してくださり、ありがとうございます。あの……私は死のうとなんてしていませんよ。本当にこれは、キノコの研究の為なんです」
「あんな伯爵のところに嫁に行くのが嫌なんだろ!? 絶対に行かせない。だからっ」
「いいんです。サリュウス伯爵は、私の命の恩人なのです」
「だからといって……」
確かに、命の恩人だからといって婚約するのは納得できないかも知れません。私は自分の素直な気持ちを王子に伝えることにしました。
「それだけじゃありません。私は伯爵のご子息をお慕いしているのです。ですから、伯爵に認められる為に、キノコを煮込んでいたのです」
「そんな馬鹿な嘘……」
「嘘じゃありません。初恋などと仰っていただき光栄でした。ですが、私は他国に嫁ぎますので、レオナルド王子はどうか、私よりも相応しい方と巡り合って幸せになってください」
王子は首を横に振り、私の言葉を否定すると、廊下を走り去っていきました。
「シェーラ。どうだ?」
ルシアンが、カゴに大量のマボロシ茸を持って研究室に戻ってきました。叔父さんの研究室からキノコを運んできてくれたのです。
「もう少し足した方がいいのかしら?」
「そろそろいいかもな。香りが蜂蜜みたいに甘くなってきたから、頃合いだな」
「フェミュー。どうかしら?」
『いい感じ~。これに、私の鈴蘭の根をポイってして』
「分かったわ」
「今度は俺が混ぜる。シェーラは休んでて」
ルシアンがフェミューの言う通りに根を入れかき混ぜると、青紫色の液体がまくっ黒に染まりました。
「うっわ。毒々しいな」
『そりゃあそうよ。だって猛毒だもん』
「は?」
『でもね。そのヘラ貸して! 私が魔力を込めてかき混ぜるとね』
フェミューが混ぜると真っ黒なドロドロから灰黒い湯気が立ち上がり、無色透明のサラサラの液体へと変わりました。
「すごい。でも、量がほんの少しになってしまったわね」
大釜に残ったのは鈴蘭の花ひとすくい程の液体だけでした。
『これじゃあ足りないから、またグツグツしましよう。ルシアン様、キノコを、もーっと持ってきて』
「分かった。だが、これで本当にどうにかなるのか?」
『勿論! この液体を飲めば、私の加護を受けた人間のように見せることが出来るわ。そう見せたい相手にも、この液体を飲ませなきゃいけないけれど、サリュウス伯爵相手なら簡単よ。足の根っこに、ちょっと溢せばいいだけなんだから』
「毒はないんだよな」
『ええ! でも、まだまだ量が足りないわ。この百倍の量は欲しいわね』
この百倍……。考えると気が遠くなりました。
「叔父さんに、もっと必要だって頼んでくる」
「私はまたキノコを煮込んでおくわね」
「ああ。よろしく」
ルシアンは早口で言うと研究室を飛び出していきました。今、ルシアンの叔父であるサース先生の部屋ではマボロシ茸の栽培をしてくれています。マボロシ茸は隣国にしかないキノコだそうですが、サース先生のキノココレクションのひとつとして研究室に存在したので助かりました。
サース先生は、手作りの特性成長剤を試すよい機会だと言ってくださり、栽培に没頭しているそうです。
一度集中すると止められない方なので、相当量の毒キノコが栽培されるだろうとルシアンは懸念していましたが、丁度良いかもしれません。
私は、先程ルシアンが持ってきてくれたキノコを大釜に入れました。煮込み始めの湯気は目に滲みるのですが、苦そうな渋いキノコの香りにはちょっとだけ慣れてきました。少しとろみが出できたところで、また研究室の扉が開きました。
「シェーラ嬢?」
「えっ?」
扉の前に立っていたのはレオナルド王子です。酷く驚いた顔をして、口元をハンカチで押さえながら、彼はゆっくりと私の方に歩いてきました。
「何を……しているんだ?」
「あ。これは植物学の授業でキノコの研究をしていて。少々危険ですので、外で――」
私が言い終わる前に、レオナルド王子は私の手から木ベラを払い除けると、私の手を引き扉へと踵を返しました。
「あ、あのっ」
そのまま研究室を出ると、王子は瞳に涙を貯めて言いました。
「シェーラ嬢。君は僕が守るっ。だからっ、……死のうなんて考えないでくれっ。君は僕の初恋の人なんだっ。絶対に……絶対に死なせたくないんだっ!」
この真剣な眼差しに、なんと言葉をかけたら良いでしょうか。勘違いだって伝えたいけれど、どうしたら王子の気持ちを傷つけずに伝えることが出来るのか、私は困りました。
「心配してくださり、ありがとうございます。あの……私は死のうとなんてしていませんよ。本当にこれは、キノコの研究の為なんです」
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「いいんです。サリュウス伯爵は、私の命の恩人なのです」
「だからといって……」
確かに、命の恩人だからといって婚約するのは納得できないかも知れません。私は自分の素直な気持ちを王子に伝えることにしました。
「それだけじゃありません。私は伯爵のご子息をお慕いしているのです。ですから、伯爵に認められる為に、キノコを煮込んでいたのです」
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