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019 鈴蘭が選ぶ婚約者(ルシアン視点)
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小さい頃から、婚約者がいることを知っていた。
父と母は初めて対面した時、互いに自然と惹き合い結婚したらしい。鈴蘭が結ぶ愛は真実の愛だなどど、何度聞かされたことだろう。
でも俺も、婚約者はきっと母の様に美しく慎ましやかで、精霊と心通わすことができる女性なのだと、何の疑念を持つこともなく成長していった。
しかし、父が数々の精霊と契りを結び勢力を増した事で、俺に婚約者がいるのに言い寄ってくる輩が多くなった。
山に視察に行っても無能な令嬢がついてきたり、魔法植物学の権威である叔父の講義を聞きに行っても知らない令嬢に囲まれたり。
俺ではなく、俺を通して父の威光ばかりを見据える輩共のせいで、自由に勉学に励むことも困難な状況に陥り、俺は人間不信になった。
そこで父に相談したら、婚約者がいる隣国に留学することを薦められた。叔父を講師として一緒に連れて行くことを条件として。やはり跡継ぎの教育はしっかりとしておきたかったらしい。
俺にとっては朗報だ。尊敬する叔父の講義を好きなだけ受けられ、婚約者とも会えるのだから。
ただ、隣国ではついてきてしまう輩がいるかもしれないので、名前を変えて留学する許可を国王から得た。
しかし、隣国は精霊に関して興味がある者が少なく、同じ学科を選んだのは同い年の令嬢ひとりだけだった。
それも、婚約者であるルロワ家のご令嬢。
俺は驚いた。父と母の様に、本当に自然に引き合うものなのだと胸が熱くなった。
そしてシェーラ=ルロワは、俺が思い描いていた通りの婚約者だった。微かに鈴蘭の精霊の気を纏う彼女は、俺が読む本に興味を持ち、木々の精霊と会話することで周りから気持ち悪がられても、決して気にすることなく親しみを持って接してくれた。彼女からは何の下心もなく、ただ同じ物に惹かれる学友としてだけれど、互いの距離はどんどん縮まっていった。
姓を明かすことは出来ないので、卒業した後、すべてを話して告白しようと決めていた。婚約者との約束の日が、卒業のすぐ後だと聞いていたから。
でも、鈴蘭の精霊とは一度も出会うことがなく、不思議に思っていた。
その疑問が解けたのは、出会ってから二年後、彼女の妹が入学した時だった。
シェーラが入学したての妹の為に学園を案内していた時、ガブリエラと初めて対面した。
「ガブリエラ。こちらルシアン=サース。私の一番の学友よ」
「よろしく」
挨拶をしてみたものの、ガブリエラはニコりともせずに口を開いた。
「へぇー。極厚眼鏡の変態留学生って噂は本当ね。一応言っておくけど、私のこと好きにならないでね」
第一印象は最悪だった。
そして驚くべきことに、ガブリエラの横に鈴蘭の精霊を見つけた。
俺は咄嗟に眼鏡を外して、ガブリエラの後ろに隠れた精霊を凝視して――。
「な、何よっ。そ、そそそそそんなに見つめないでくださる!?」
ガブリエラは真っ赤な顔で精霊と共に立ち去り、それから直ぐ、ルロワ家に下宿することが決まった。
そして暫くしてから、重大な間違いに気付いた。鈴蘭の加護を受けた俺の婚約者は、シェーラじゃなくてガブリエラだったのだ。
俺は嫌だった。あんな我儘女が婚約者だということが。
だから、何故鈴蘭がガブリエラを選んだのか知りたかった。
しかし、わざわざルロワ家に下宿したというのに、鈴蘭の精霊には、ずっと逃げられっぱなしで話が聞けず仕舞いだった。
叔父に鈴蘭が婚約者を間違えることがあるかと相談したら、笑って否定された。でも、叔父は納得がいかない俺のために、父が婚約者と顔を合わせる機会を設けてくれた。そして、それがやっと叶ったのは今日だった。
俺は、鈴蘭の間違いを父が指摘してくれるのではないかと期待していた。
たが父が婚約者だと認識したのは、結局ガブリエラだった。
話をしている間、シェーラはケーキを一口食べて、そのままフォークをくわえたままじっと微動だにせず聞いていた。
耳が真っ赤で、それを見たら俺まで恥ずかしくなってきた。
「シェーラ? フォーク、ずっとそのままだけど」
「へっ? あ、えっと……」
「俺は、ずっと前からシェーラことが、その……」
顔を上げたシェーラと目が合ったら、緊張して言葉が飛んでしまった。何を言いたいかはバレバレなのに、その先を言えない自分が情けない。
「ルシアンっ。す、鈴蘭の精霊は、どうしてルシアンのことが苦手なのかしら?」
シェーラは真っ赤な顔でフォークを口から外して俺にたどたどしく尋ねた。
「さぁ? ……嫌われた覚えはないんだけどな」
「そう。じゃあ、聞いてみようかな」
「ん?」
「あっ……。鈴蘭の鉢植えは、私が世話をしているの。家族の誰も見にも来ないけれど」
「そうか。それなら、鉢植えを借りてもいいか? 精霊も夜なら戻るだろうから」
「……それなら今から私の部屋に来てもらえるかしら?」
「部屋?」
「鈴蘭の鉢植えは、私の部屋にあるの」
俺は話の流れで、シェーラの部屋へと行くことになった。
父と母は初めて対面した時、互いに自然と惹き合い結婚したらしい。鈴蘭が結ぶ愛は真実の愛だなどど、何度聞かされたことだろう。
でも俺も、婚約者はきっと母の様に美しく慎ましやかで、精霊と心通わすことができる女性なのだと、何の疑念を持つこともなく成長していった。
しかし、父が数々の精霊と契りを結び勢力を増した事で、俺に婚約者がいるのに言い寄ってくる輩が多くなった。
山に視察に行っても無能な令嬢がついてきたり、魔法植物学の権威である叔父の講義を聞きに行っても知らない令嬢に囲まれたり。
俺ではなく、俺を通して父の威光ばかりを見据える輩共のせいで、自由に勉学に励むことも困難な状況に陥り、俺は人間不信になった。
そこで父に相談したら、婚約者がいる隣国に留学することを薦められた。叔父を講師として一緒に連れて行くことを条件として。やはり跡継ぎの教育はしっかりとしておきたかったらしい。
俺にとっては朗報だ。尊敬する叔父の講義を好きなだけ受けられ、婚約者とも会えるのだから。
ただ、隣国ではついてきてしまう輩がいるかもしれないので、名前を変えて留学する許可を国王から得た。
しかし、隣国は精霊に関して興味がある者が少なく、同じ学科を選んだのは同い年の令嬢ひとりだけだった。
それも、婚約者であるルロワ家のご令嬢。
俺は驚いた。父と母の様に、本当に自然に引き合うものなのだと胸が熱くなった。
そしてシェーラ=ルロワは、俺が思い描いていた通りの婚約者だった。微かに鈴蘭の精霊の気を纏う彼女は、俺が読む本に興味を持ち、木々の精霊と会話することで周りから気持ち悪がられても、決して気にすることなく親しみを持って接してくれた。彼女からは何の下心もなく、ただ同じ物に惹かれる学友としてだけれど、互いの距離はどんどん縮まっていった。
姓を明かすことは出来ないので、卒業した後、すべてを話して告白しようと決めていた。婚約者との約束の日が、卒業のすぐ後だと聞いていたから。
でも、鈴蘭の精霊とは一度も出会うことがなく、不思議に思っていた。
その疑問が解けたのは、出会ってから二年後、彼女の妹が入学した時だった。
シェーラが入学したての妹の為に学園を案内していた時、ガブリエラと初めて対面した。
「ガブリエラ。こちらルシアン=サース。私の一番の学友よ」
「よろしく」
挨拶をしてみたものの、ガブリエラはニコりともせずに口を開いた。
「へぇー。極厚眼鏡の変態留学生って噂は本当ね。一応言っておくけど、私のこと好きにならないでね」
第一印象は最悪だった。
そして驚くべきことに、ガブリエラの横に鈴蘭の精霊を見つけた。
俺は咄嗟に眼鏡を外して、ガブリエラの後ろに隠れた精霊を凝視して――。
「な、何よっ。そ、そそそそそんなに見つめないでくださる!?」
ガブリエラは真っ赤な顔で精霊と共に立ち去り、それから直ぐ、ルロワ家に下宿することが決まった。
そして暫くしてから、重大な間違いに気付いた。鈴蘭の加護を受けた俺の婚約者は、シェーラじゃなくてガブリエラだったのだ。
俺は嫌だった。あんな我儘女が婚約者だということが。
だから、何故鈴蘭がガブリエラを選んだのか知りたかった。
しかし、わざわざルロワ家に下宿したというのに、鈴蘭の精霊には、ずっと逃げられっぱなしで話が聞けず仕舞いだった。
叔父に鈴蘭が婚約者を間違えることがあるかと相談したら、笑って否定された。でも、叔父は納得がいかない俺のために、父が婚約者と顔を合わせる機会を設けてくれた。そして、それがやっと叶ったのは今日だった。
俺は、鈴蘭の間違いを父が指摘してくれるのではないかと期待していた。
たが父が婚約者だと認識したのは、結局ガブリエラだった。
話をしている間、シェーラはケーキを一口食べて、そのままフォークをくわえたままじっと微動だにせず聞いていた。
耳が真っ赤で、それを見たら俺まで恥ずかしくなってきた。
「シェーラ? フォーク、ずっとそのままだけど」
「へっ? あ、えっと……」
「俺は、ずっと前からシェーラことが、その……」
顔を上げたシェーラと目が合ったら、緊張して言葉が飛んでしまった。何を言いたいかはバレバレなのに、その先を言えない自分が情けない。
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「そう。じゃあ、聞いてみようかな」
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