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015 身代わり
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ガブリエラが部屋を出ると、両親はホッとため息をつきました。
「お母様。私は鈴蘭に選ばれた娘ではありません。サリュウス伯爵は私では満足しないでしょう。身代わりなんて出来ません」
「伯爵は、私の娘を迎えに来ると言っただけよ。幼かった貴女は覚えていないでしょうけれど、それがガブリエラだなんて一言も言ってないわ」
「ですが――」
「これ以上、言い訳は止めなさい。折角ガブリエラがルロワ家にとって最高の良案を思いついたのに、貴女もサリュウス伯爵子息と婚約したくないから必死なのね。今までで妹のお陰で楽が出来たのだから、その恩を返そうとは思わないの?」
「そうだぞ。自分では力不足だと思うなら、少しでもガブリエラに近づけるように努力しなさい」
「お父様。伯爵を欺けば、何が起こるか分からないのですよ」
「シェーラっ。父親を脅すつもりかっ!」
「貴方っ。そんな怒鳴らないで。シェーラにだって想い人がいるから意固地になっているだけよ。恩を仇で返すようなことは――しないわよね?」
「……はい。お母様」
両親にとって一番優先されるのはガブリエラです。
そんなことは端から分かっていたのに、今の状況を思うと、足が重く前へ進むのがやっとでした。
自室で心を休めようと戻る途中、廊下を曲がろうとした時にルシアンとガブリエラの会話が耳に入りました。
ルシアンには婚約者がいる。初めて聞く言葉に私は足を止めました。
今しがた、サリュウス伯爵のご子息との婚約を押し付けられた時よりも、頭の整理が追いつきません。
婚約を申し込むなら、せめて足場を固めてから。
ルシアンが言っていたのは、親の了承が得られていない、ということではなく、もっと難解な意味合いが込められていたようです。
「シェーラ……?」
「る、ルシアン」
考え事をしていたら、いつの間にか険しい表情のルシアンが目の前に立っていました。
「今の話聞いていたんだな。……シェーラ、サリュウス伯爵子息と婚約するのだろう?」
「え? ええ。そうね……」
ルシアンは何故か期待のこもった瞳で私を見つめていました。
ガブリエラが指摘したように、ルシアンには婚約者がいるから、別の女性の方が――平凡で誰のものにもなりそうな私の方が良く見えただけだったのでしょうか。
「サリュウス伯爵は、七つの山を有する伯爵だ。それぞれ精霊の加護を宿した山々で、魔法植物について学ぶにはもってこいの場所だ」
「魔法植物?」
「ああ。鈴蘭だけじゃない。サリュウス領には精霊を宿した様々な植物があるんだ」
サリュウス領の話をするルシアンは、普段教室で見る顔と同じで、好きな物の話をする時の生き生きとした瞳をしていました。
「そう。……私には合っているわね。たくさん勉強が出来そう」
「そうなんだ。学びたいことも学べるだろうし、伯爵はあんな容姿だったけれど――シェーラ?」
訝しげにルシアンに名を呼ばれ、私は涙を流していることに気が付きました。サリュウス伯爵について話すルシアンが楽しそうで、私の婚約を喜んでいるようにしか聞こえなかったから。
「私が、……ルシアンは、私がサリュウス伯爵家に嫁げばいいって思っているの?」
「えっ……」
「ルシアンには、そう思って欲しくなかった」
自分の気持ちを口にしたら、涙がもっと溢れ、戸惑い何か言おうと口を開くルシアンに、私は頭を下げました。
「ごめんなさいっ」
「シェーラっ」
名前を呼ばれたけれど振り返ることすらせず、私は自室へと駆けて戻りました。
「お母様。私は鈴蘭に選ばれた娘ではありません。サリュウス伯爵は私では満足しないでしょう。身代わりなんて出来ません」
「伯爵は、私の娘を迎えに来ると言っただけよ。幼かった貴女は覚えていないでしょうけれど、それがガブリエラだなんて一言も言ってないわ」
「ですが――」
「これ以上、言い訳は止めなさい。折角ガブリエラがルロワ家にとって最高の良案を思いついたのに、貴女もサリュウス伯爵子息と婚約したくないから必死なのね。今までで妹のお陰で楽が出来たのだから、その恩を返そうとは思わないの?」
「そうだぞ。自分では力不足だと思うなら、少しでもガブリエラに近づけるように努力しなさい」
「お父様。伯爵を欺けば、何が起こるか分からないのですよ」
「シェーラっ。父親を脅すつもりかっ!」
「貴方っ。そんな怒鳴らないで。シェーラにだって想い人がいるから意固地になっているだけよ。恩を仇で返すようなことは――しないわよね?」
「……はい。お母様」
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そんなことは端から分かっていたのに、今の状況を思うと、足が重く前へ進むのがやっとでした。
自室で心を休めようと戻る途中、廊下を曲がろうとした時にルシアンとガブリエラの会話が耳に入りました。
ルシアンには婚約者がいる。初めて聞く言葉に私は足を止めました。
今しがた、サリュウス伯爵のご子息との婚約を押し付けられた時よりも、頭の整理が追いつきません。
婚約を申し込むなら、せめて足場を固めてから。
ルシアンが言っていたのは、親の了承が得られていない、ということではなく、もっと難解な意味合いが込められていたようです。
「シェーラ……?」
「る、ルシアン」
考え事をしていたら、いつの間にか険しい表情のルシアンが目の前に立っていました。
「今の話聞いていたんだな。……シェーラ、サリュウス伯爵子息と婚約するのだろう?」
「え? ええ。そうね……」
ルシアンは何故か期待のこもった瞳で私を見つめていました。
ガブリエラが指摘したように、ルシアンには婚約者がいるから、別の女性の方が――平凡で誰のものにもなりそうな私の方が良く見えただけだったのでしょうか。
「サリュウス伯爵は、七つの山を有する伯爵だ。それぞれ精霊の加護を宿した山々で、魔法植物について学ぶにはもってこいの場所だ」
「魔法植物?」
「ああ。鈴蘭だけじゃない。サリュウス領には精霊を宿した様々な植物があるんだ」
サリュウス領の話をするルシアンは、普段教室で見る顔と同じで、好きな物の話をする時の生き生きとした瞳をしていました。
「そう。……私には合っているわね。たくさん勉強が出来そう」
「そうなんだ。学びたいことも学べるだろうし、伯爵はあんな容姿だったけれど――シェーラ?」
訝しげにルシアンに名を呼ばれ、私は涙を流していることに気が付きました。サリュウス伯爵について話すルシアンが楽しそうで、私の婚約を喜んでいるようにしか聞こえなかったから。
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自分の気持ちを口にしたら、涙がもっと溢れ、戸惑い何か言おうと口を開くルシアンに、私は頭を下げました。
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