姉の私が身代わりで醜い伯爵のご子息に嫁ぐことになりましたが、その方は私の好きな人で妹の初恋の方でした

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010 サリュウス伯爵

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 見覚えのあるその馬車に、私は思い出そうとしても決して思い出せなかった、十五年前の記憶が微かに過ぎりました。

「あの馬車。もしかして、サリュウス伯爵の……」
「そうだ。知っていたのか?」
「今まで忘れていたけれど、見た事があると思って」
「黒い馬車とは珍しいだろ。サリュウス伯爵は黒を好む。如何なる精霊と契りを交わそうとも、何色にも染まらないと言う意味を込めて、常に黒を纏うんだ」
「契り……」
「シェーラ。あまり直視しない方がいい」

 ルシアンは、いつの間にか震えていた私の手を握り、自身の背に隠すように後ろへと引きました。
 それと同時に馬車の扉が開き、漆黒のローブを着た背の高い人が馬車から降り立ちました。
 あれが、サリュウス伯爵でしょうか。伯爵が一歩前へ進む度に、靴音ではなく何かを地面に引き摺るような砂利の音が響きました。

 私は、恐る恐るルシアン越しに伯爵をじっと注視しました。ローブの隙間から除く顔は、木の幹のように硬く干乾び、薄っすらと光を宿す穴が二つ、瞳のようにポッカリと空いています。

 人とは思えぬその容姿に驚きを隠せずにいると、伯爵と目が合いました。その瞳とも分からぬぼんやりとした白い光に吸い込まれそうになった時、母が事故にあった日の出来事が、全て蘇ってきました。

「あっ、あの時は、ありがとうございました」

 礼を述べると、伯爵はその場に立ち止まり無言のまま私を見据え、ルシアンは振り返ると目を丸くして私を見下ろしていました。

「お前は――」

 伯爵は低いしゃがれた声で呟くと、それ以上は何も言わず、私から目を逸らし怯えきった案内役の執事へと足を進めました。

「さ、さささサリュウス伯爵でございますね。こちらになりますっ」

 執事があまりにきごちないので、私も付いていこうとすると、ルシアンに止められました。

「シェーラ。驚いた」
「え? そうね。見た目の迫力がすごい方ね」
「いや。そっちじゃなくて、シェーラに驚かされた」
「私?」
「あの顔面に、お礼を言う人間を初めて見た」

 ルシアンは顔を引きつらせながら、微かに笑っています。

「ルシアン。それは失礼だわ。あの方は、私の母と妹の命を助けれくれた恩人なのよ。ずっと記憶が曖昧だったけれど、全て思い出したの」
「それは……どんな記憶だ?」

 ルシアンは興味深そうに私の瞳を覗き込みました。
 新しい実験対象を見つけた時のような探究心に満ちた瞳です。

「でも、今は伯爵をご案内する事の方が……」
「歩くのが遅いから大丈夫だ。それに、茶ぐらいいただいていくだろう。今、聞かせてくれないか?」
「ええ。分かったわ」

 私は、ルシアンに当時の記憶を話しました。

 ◇◇

 あの日は、街で収穫祭が開かれていました。領主として祭を取り仕切る父の手伝いで、母と幼い私も街へ出ていたのですが、妹の出産を間近に控えていた母は目眩を訴え、私と二人で先に屋敷に戻ることになったのです。

 そして馬車に乗り屋敷へ出発した時、一台の馬車とすれ違いました。それは漆黒の馬車でした。
 私達の馬車の馬は、それとすれ違った途端に恐れ驚き暴れ出し、御者を振り落として暴走してしまったのです。

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