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018 ひと芝居
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部屋に訪ねてきてくれたヨハンは、先程よりもご機嫌な様子でした。
卒業の時のダンスパーティーを思い出します。
ヨハンは、あの日私の手を握ってくれた時と同じ顔をしています。ちょっと強がっていて緊張して、でも嬉しそうな、そんな顔がとても懐かしいです。
「ベルティーナ。シエラが迷惑をかけたな」
「いいえ。あの……ヨハン。アルドの無理なお願いを聞いてくださり、そして、アーノルト辺境伯様にもお力添えいただき、感謝申し上げます。私はヨハンに酷いことをしてしまったのに……」
「ベルティーナ。その事は――後で話そう。それから、話し方……普通でいいから。敷地内を案内するよ。ついて来てくれ」
ヨハンは私達をじーっと見つめるマールをチラッと見やると、言葉を濁し私の手を引きました。
そして部屋を出る際、急に立ち止まり振り返って一言発しました。
「マールは、ついて来なくていいからな」
「えー。あ、はい。畏まりました!」
一瞬嫌そうな顔をしたマールですが、すぐに笑顔を作り私達を送り出してくれました。廊下へ出るとヨハンはマールがついてきていないことを確認し、歩きながら小声で言いました。
「ワンピース、似合っている」
「えっ。あ、ありがとう。お洋服もお部屋も用意してくれて。それから――」
「あ、隣が俺の部屋だから。何か困ったらすぐに来てくれ」
「え、ええ。分かったわ」
私の部屋の左側の部屋がヨハンの部屋のようです。
マルセル様の自室かと思っていたので、少しだけ驚きました。
◇◇
私達がいたお屋敷は本館で、執務室や応接室、それから大広間などを巡り、今は外へ出て敷地内を案内してもらっています。
シエラのお部屋は東側の別館で、以前はフィエラ様も一緒に住んでいたそうです。
西側には使用人の住まいと、塀の向こうは私兵達の宿舎と訓練施設があるそうです。
あの塀の向こうで、アルドは訓練に明け暮れていたのでしょう。
ヨハンと一緒にいると、まるで学生の頃に戻ったようで気持ちがとても軽くなりました。
「アルドも明日から訓練に復帰する。いつでも会えるぞ。急に住まいを移って苦労するかもしれないが、アーノルト家の者に言い辛ければ、アルドに言ってもらっても構わない」
「はい。ご配慮いただきありがとうございます」
「だから、そんな言い方しなくていいから」
ヨハンが少し呆れたような笑顔を私へ向けます。
困らせるつもりは無いのですが、どうしても言葉を交わそうとすると敬語になってしまいます。
「ですが、ヨハンは昔よりも成長していて、もう立派な伯爵様のように見えるのです」
「まだ爵位も継いでいない。俺は父上の足元にも及ばないよ」
「そんな事――。私、ヨハンのお父様に精一杯尽くします。このご恩を返すためにも、貴方のためにも。ねぇ。お父様はどんなご病気なのかしら。出来れば教えて欲しいわ」
「……うん。あっちで話そうか」
ヨハンは本館と別館を繋ぐ中庭を指差しました。
赤や白、それからピンクの薔薇が咲き誇る素敵な庭園です。その中央に佇むガゼボでお話しすることになりました。
ヨハンは何から話そうか思案しているのか、少し悩んでから口を開きました。
「父は……腰を痛めているだけなんだ。部下の手前、重病人ぶっているだけなんだ。まぁ、腰を動かしちゃいけない時期もあるから、安静にしなきゃいけないのは本当なんだけど」
「まぁ。本当に?」
「ああ。だから、命に関わるものではないし。たぶんまたまだ長生きするな。余生が少ないみたいに言っていたのは、ベルティーナを嫁にもらう為に、ひと芝居してくれていただけなんだ」
なんとお優しい人達なのでしょう。
困ったように笑顔を見せるヨハンを前に、私は涙を溢れさせてしまいました。
卒業の時のダンスパーティーを思い出します。
ヨハンは、あの日私の手を握ってくれた時と同じ顔をしています。ちょっと強がっていて緊張して、でも嬉しそうな、そんな顔がとても懐かしいです。
「ベルティーナ。シエラが迷惑をかけたな」
「いいえ。あの……ヨハン。アルドの無理なお願いを聞いてくださり、そして、アーノルト辺境伯様にもお力添えいただき、感謝申し上げます。私はヨハンに酷いことをしてしまったのに……」
「ベルティーナ。その事は――後で話そう。それから、話し方……普通でいいから。敷地内を案内するよ。ついて来てくれ」
ヨハンは私達をじーっと見つめるマールをチラッと見やると、言葉を濁し私の手を引きました。
そして部屋を出る際、急に立ち止まり振り返って一言発しました。
「マールは、ついて来なくていいからな」
「えー。あ、はい。畏まりました!」
一瞬嫌そうな顔をしたマールですが、すぐに笑顔を作り私達を送り出してくれました。廊下へ出るとヨハンはマールがついてきていないことを確認し、歩きながら小声で言いました。
「ワンピース、似合っている」
「えっ。あ、ありがとう。お洋服もお部屋も用意してくれて。それから――」
「あ、隣が俺の部屋だから。何か困ったらすぐに来てくれ」
「え、ええ。分かったわ」
私の部屋の左側の部屋がヨハンの部屋のようです。
マルセル様の自室かと思っていたので、少しだけ驚きました。
◇◇
私達がいたお屋敷は本館で、執務室や応接室、それから大広間などを巡り、今は外へ出て敷地内を案内してもらっています。
シエラのお部屋は東側の別館で、以前はフィエラ様も一緒に住んでいたそうです。
西側には使用人の住まいと、塀の向こうは私兵達の宿舎と訓練施設があるそうです。
あの塀の向こうで、アルドは訓練に明け暮れていたのでしょう。
ヨハンと一緒にいると、まるで学生の頃に戻ったようで気持ちがとても軽くなりました。
「アルドも明日から訓練に復帰する。いつでも会えるぞ。急に住まいを移って苦労するかもしれないが、アーノルト家の者に言い辛ければ、アルドに言ってもらっても構わない」
「はい。ご配慮いただきありがとうございます」
「だから、そんな言い方しなくていいから」
ヨハンが少し呆れたような笑顔を私へ向けます。
困らせるつもりは無いのですが、どうしても言葉を交わそうとすると敬語になってしまいます。
「ですが、ヨハンは昔よりも成長していて、もう立派な伯爵様のように見えるのです」
「まだ爵位も継いでいない。俺は父上の足元にも及ばないよ」
「そんな事――。私、ヨハンのお父様に精一杯尽くします。このご恩を返すためにも、貴方のためにも。ねぇ。お父様はどんなご病気なのかしら。出来れば教えて欲しいわ」
「……うん。あっちで話そうか」
ヨハンは本館と別館を繋ぐ中庭を指差しました。
赤や白、それからピンクの薔薇が咲き誇る素敵な庭園です。その中央に佇むガゼボでお話しすることになりました。
ヨハンは何から話そうか思案しているのか、少し悩んでから口を開きました。
「父は……腰を痛めているだけなんだ。部下の手前、重病人ぶっているだけなんだ。まぁ、腰を動かしちゃいけない時期もあるから、安静にしなきゃいけないのは本当なんだけど」
「まぁ。本当に?」
「ああ。だから、命に関わるものではないし。たぶんまたまだ長生きするな。余生が少ないみたいに言っていたのは、ベルティーナを嫁にもらう為に、ひと芝居してくれていただけなんだ」
なんとお優しい人達なのでしょう。
困ったように笑顔を見せるヨハンを前に、私は涙を溢れさせてしまいました。
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