「拝啓、遠くへ行った君へ」

2007

文字の大きさ
上 下
1 / 3

花冷えの心

しおりを挟む
 うららかな晴れの日である。まさしく「天晴」と拍手したくなるような。澄んだ青空にこれでもかというほど枝を伸ばし、堂々と咲き誇っている桜がある。その幻想的な風景に多くの人が魅了され、取り込まれている。馬鹿らしいと私は思う。どうしても桜というものが気に食わない。その姿はあまりに大衆的過ぎてつまらなく、その佇まいは自分の存在を誇示しているようで反吐が出る。私は目立たないものが描きたい。隣にあるあの煩わしい大木を無視し、空を虚しく眺めるひしゃげた空き缶に自分のことを重ね、その姿を凛々しく、大胆に摸しこんでいた。潰れた空き缶は大勢に踏まれ黒ずみ、まるで私の目のように光を反射しない。

 夢も希望も無くなった。美術大学を志望していた私は自分の才能のなさに絶望した。絵が好きでよく描いていた。別に絵画教室に通ったり、芸術一家の生まれだったりという訳ではない。ただ絵がうまい凡人だった。高校も二年になった頃、なんとなくで決めた進路は美大だった。親にはデザイナーなどの方面に進みたいと伝えたが、本当は美術を学びたかった。しかし、同じ美大を志望する何人かと話していくうちに、夢は覚めていった。他の人は持っているものが違いするのだ。ただ絵がうまい凡才は、どこまでいってもただの凡才に変わりはなかった。

 結局自分の夢など諦めて県内の国公立大学の経営学部に進学した。地元の中だったらトップの大学だ。親は泣いて喜んだが自分の中では仕方がなく選んだ進路なためどこか煮えきらない。しかしあのまま夢だけを追い続けていたら人生だめになっていただろうなとも思う。自分の非才さに嫌気も差してきた。だから後悔はしていない。でも夢から逃げたことには変わりはない。一生負い目を感じ続けるのだろうなと思い、ため息を吐いた。

 入学式に散る桜がやはり気に食わない。自分が持っていないものを持っている者が気に食わない。周りの人達はきらきらしているように見える。きっと夢や希望を叶えた人達なのだろう。はぁ、入学式ってつまんないな。頭を留守にしているとやっと終わって、とりあえず色んな人とのインスタの交換だけを済ませる。帰る頃にはもう意気阻喪で、家のベッドに今すぐ飛び込んでそのまま今日を終わらせたかった。この先が思いやられる。初めての環境に身を置き、初めての人と話すというのは、いつまで経ってもとてつもなく苦手で体力を消耗する。電車の窓から代わり代わり田んぼや畑や木々などが走り去っていくのをぼんやりと眺める。望んでもない私になっていく気がした。

 よく遊んだ友達はみんな地元を離れてしまった。時々来るラインはもう都会に染まり、インスタではおしゃれで楽しそうなストーリーがあがる。それらを見るたびにため息をつき気分が落ち込む。私なんか商店街のくたびれた精肉店でバイトして、遊ぶ場所もなければ遊ぶ人もいない。私ももっとちゃんとした夢を持って都会に出ればよかった。高校の友達のアカウントから私と撮ったプリクラがハイライトから消え、知らない人との投稿が増えていくのを見るのが本当に辛い。私にはもう青春は訪れないような気分になる。

 ひとり、私だけが街に残っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...