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籠城 前編
幼き栗栖③
しおりを挟む目は開かず意識もボンヤリとして来た。
「……眠たい」
だが眠れば終わりが来る、それは理解していた。
最後に想う光景……
母と過ごした何気ない日常、まだ人生始まった
ばかりだったが楽しい思い出が脳裏に浮かぶ……
裏切られた過去、そう言う奴らでさえも
こんな時は何故か楽しく過ごした日々だけが
思い出されていった。
「母さん……ごめんなさい、今日のご飯持って
帰れなかった……」
そう呟く……
だが同時に、彼の心に種の様な小さな違う感情も
生まれた。
「……」
友に見放され、食う物にも困る貧困、強き者は
弱き物を虐げる喜びを味わい、代わりに弱き者は
苦痛をたらふく食わせられる、
消化出来ない怒りや何に向けての憎しみかは
解らないが、その感情は行き場のない体を巡り脳を
掻き乱していく
このまま目を閉じ睡眠の怠惰を貪れば
この苦痛な生活から解放される甘い誘惑。
「……」
「……母さん」
行き着く最後の思い出は母だった。
「……」
「……いいのか」
「僕は……」
(このままでいいのか?俺は母を残して逝って
いいのか?)
「……」
「……」
「!」
「ダメだ!」
突然湧き上がる感情、それが何かは解らなかった
ただ俺が逝った後の母の顔が思い浮かんだ。
それだけだった。
「僕は……いや俺は……今逝く訳にはいかない!」
そう言うと飛び起き自分の体に積もった雪を
ガムシャラに振り払った。
一人空を見上げる景色は雪で視界が見づらい
黒い空に白い雪だけが見えた。
アカギレの手で拳を握り締め、呆然と空を見る
白と黒の世界
目が痛くなる程に瞬きもせず睨む様に空を凝視
したその先に星がある事に気付くクリス
「……黒と白だけじゃないんだ」
一層強く握る拳に彼の目は輝き
と同時に暗闇をも持ち合わせた目をしていた。
「誰も頼っちゃいけないんだ……」
「自分でするしか無いんだ……」
呟く瞬間地面へと四つん這いになり懸命に
積もる雪を手で固めていった。
手に寒さという激痛が走る。
だが今の彼は激痛よりも苦痛な顔の母の表情の方が
遥かに痛かった。
『手より心が痛かった』
時間は掛かった、懸命に全身の力を使い雪を
押し固める、身体が動く事により温められ
生を繋ぐ……止まれば終わり
『進むしか無い……』
無我夢中で雪を固める、彼が後内戦でのスナイパー
の腕を買われたのはこの時の精神力と集中力、
何より生きる強さに冷静さを買われたのだろう。
「止まれば待つのは……」
「考えるな!」
「身体を動かし体温を上げるんだ!
そして……その時間を、体力を生きる為に使え!」
「懸命に固め雪を押し固め坂を作る、足場を所々に
作り、階段の様に!」
固められた足場に今度は四角くブロック状に雪を
固め摩る様に表面を磨く、更に作ったブロックに
磨いたブロックをくっつけ土台を高くする
ブロック状のモノを重ねて物を作る建設ゲームで
よく有る手法を使った。
押し固められた雪は硬く足場になる。
降り注ぐ雪は材料となり高さを増して行く
材料が足りなくなれば足で穴が崩落する恐怖にも
駆られながらも足で蹴り、穴付近の雪を落とす。
子供の体力とは思えない過酷な状況に生への渇望と
母への想いに止まれない崖っ淵の状況
「止まれば汗が急速に冷え俺は終わる……
止まる事は許されない!」
念仏を唱える様に呟きを繰り返し、踠きあがらう
恐怖、体力、希望、冷えに痛み、手の感覚が消え
痛みに鈍感になった指はいつしか何本か折れていた
時は経ち朝が来た……ロシアの朝は日がまだ出ない
暗闇に発見される僅かな希望も捨てた。
『自分の力』それだけが唯一生きる希望
迷いの無い思いに行動は止まらない。
そして時間は経った……
朝日がようやく顔を出し始めた頃、穴付近にも
日差しが差し込む。
「……」
穴の縁は何事も無かったかの様に静かに、
存在していた、人が此処に居ようが居まいが自然は
常に一定だ、自然は人間の為に存在している訳では
無いのだから……
自然に合わせ人がいる。
当たり前の環境は人の命など干渉はしない。
残酷、そして慈悲な存在……
穴の縁にやがて血だらけの手が出る
渾身の力で片腕を縁に置き彼は這い出た。
地獄から、絶望から、虚無から
大地を背に空を見た。
「……へっ生きてるじゃねーか俺」
まだ仕送りがあった時に買ってもらったゲームを
思い出す。
苦しい修行で得た力で敵を倒す。
その過程はほんの数行で表現される。
「……そうか、大変だったんだあの勇者」
そんな事を考えていたクリス10歳の頃である。
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