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静岡編

本当の暗闇

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 夜が開け カナと山田さんが目を覚ました、体調のすぐれない山
田さんは、僕達の問いに笑って頷くだけであった。

 もう会話する力もないのだろう……しかし持っているペンで生き
ているかもわからない娘さんや奥さんに手紙を書いていた、手紙……
正式には言い方が違うのだろうが僕は敢えて手紙と言った、山田さ
んの様な大人になりたかったと僕は思う。

 もう既になりたかったと言う表現をする自体諦めていたのかも知
れない、いやきっとそうだろう……


 もう既にスーパーから1日、パンを半分食べただけの2日目の朝、
僕はドア付近に昨日の鍋の位置を確認した、鍋はドアからは死角と
なり見えない。

 しかし手を伸ばせば届きそうな場所に牛乳パックが見えた、中身
は溢れているが中にはまだ少し残っているかも知れない、そう思っ
た僕は手を伸ばし牛乳パックを拾った。

太一「やった少し残っているぞ」
 その辺に転がっているペットボトルに牛乳を入れ替えた、ほんの
一口という量だった。

 ペットボトルのキャップに牛乳を入れ、カナそして僕、そして食
べ物は取れないと思われたが水分ならという事で山田さんの口にも
牛乳を差し入れた。

ニコリと笑う山田さんに僕は少しホッとした。

 何をする訳でも無く、ゾンビの呻き声が流れる本屋にて時間が過
ぎて行く……

そして2日目の朝が来た。
僕は立ち上がり意を決して、再び食料を探す事にした……

ーーしかしーー

 時は待ってはくれなかった……僕の足はもう動かす程の体力は残っ
ていなかった、立ち上がろうとすると、膝に力が入らないガクンと
膝を落とし、転げ、また起き上がろうとするも自分の体とは思えな
い位自由が効かない。

隣に居るカナを見た、良く見るとカナも元気な面影は無く既にミイ
ラと言っていい顔つきになっていた事を僕は気が付いた、見えいた
筈のカナの変化に僕自身も気付かないでいたのだった。

状況を確認しようと脳を落ち着かせ山田さんの方を見る、

 山田さんの顔もすでにゾンビと変わらない程の衰弱状態だった、
僕はカナのカバンから鏡を取り出し、自分の顔を見た。

愕然だったーー

 僕も2人と同じく生きているかさえわからない様な自分の顔にた
だ、そう、ただ困惑し現実を受け入れる事が出来ない。

しかしもう彼等には時は残されてはいなかった……

 理不尽、そんな言葉を思いっきり叫びたかった、しかしもう叫ぶ
力も太一自身にも無かった。

彼は最後の決意をする。

もう生きる希望は無くした、最後の欲求、それはカナへの愛情。

 本屋の隣は貴金属店、食べ物とは無縁で何も考えて居なかったが
彼は最後に指輪と言う愛情を彼女ね捧げる事を生きる目標にした、
生きる目標タイムリミットまで5時間ーー

 彼は這いつくばる、そしてドアを開け、もう殺されようが、喰わ
れようが、構わないどの道、行くしか時間は残されては居ない、決
意を胸に無様に芋虫の様に時には体をクネらせ、隣の貴金属店へと
入った。

 彼の最後の希望の愛に応えるかの様に、その瞬間までゾンビは奇
跡の様に彼等の周りから消えていた……

 しかし皮肉にも思考能力が低下した彼の目には、這いつくばり移
動する際に視界に入っていた食料、そうあの鍋も目の前に落ちてい
たにも関わらず彼の目には既に映らなかった……

 指輪を取り、本屋へと帰る太一はカナの横へ自分の体を座る状態
にするのも一苦労だった

そしてカナにキスをする……

カナに意識があったかは、もう僕には解らなかった……

 そしてこの行為にカナが喜んでくれるかも解らない、ただの自己
満足なのかも知れなかった、そっと指に指輪をはめる、痩せた指に
小さいサイズを選んだ指輪もガバガバだった。

 太一は気付かなかった、そのガバガバな指輪が外れてしまわない
様に、しっかりとカナの手は握り締められていた事をーー

自分の指にもお揃いの指輪をはめる太一。
「カナ……愛してる昨日怒鳴ってごめん……」
カナ「……」

山田さんが彼等に聞こえない程の囁く声で呟いた。
「雪菜……娘よ……汝、病める時も健やかなる時も彼を愛し共に……
ち……誓いますか」

山田の目に映るカナは山田からは、娘に見えていた……

聞こえない筈の山田の囁きに呼応しカナと太一が囁く。
太一「……誓います」
カナ「……誓います」

そして2人は寄り添う様に静かに眠りについた……

山田も静かに目を閉じ、本屋は静寂に包まれた。

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