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後日談
【後日談7】友人の来訪2
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「…甲斐性無しって噂が広まったらいいよ。いっそセブさんがすんごい弱くてかっこ悪くて何にも出来ない人だったらよかった」
「そしたら、騎士様を独占出来るのにってか?」
笑い混じりの声に図星を指されて弾かれたように顔を上げた。相変わらずのニヤニヤ顔と目が合って、じわじわと頬が火照る。
「すんげえ惚気けるじゃん。それってさ、騎士様がくっそ仕事出来なくて不細工で貧乏でもお前は愛せるって自信があるってことだろ?」
そういうことだ。イアンは何も間違ってない。自分で言っておいてなんだが、あまりに酷い惚気で目眩がするくらい恥ずかしい。火を噴きそうな両頬を、グラスを握り締めて冷えた手のひらで捏ねる。
「うう、やめろお」
「知らねえよ。お前が自分で言ったんだろうが」
シャクシャクと半冷凍の果物をかじる音を聞きながら、俺は顔を両手で覆ったままテーブルに突っ伏してしばらく羞恥心と戦った。
俺は存分にうううー、と低く唸ってからゆっくり顔を上げる。まだ頬は熱いけど、顔を上げた先で目があった友人は俺と正反対の涼し気な様子で「これもうめえな」と、ダイダイの果肉を口に入り込む。ひとりで悶えてる俺がバカみたいじゃん。
「………前にさ、セブさんは貴族だし、子供を産める女の人と結婚するべきだってベルさんに言われてさ。その時は子供をセブさんと結婚するためのだしに使うの、何か嫌だなって思ったんだよ」
「ふーん。それくらいしかお前に勝てることねえって踏んだわけだ。騎士様の偏愛っぷりバレてんじゃん」
ベルさんの話には特段の興味はないらしく、小気味よい咀嚼音がすぐ再開される。
「でもさあ、そう思う人たちからもセブさんを独占するには、俺がセブさんとの子供を産んだらいいのかなって、ちょっと思っちゃったんだ。それこそ子供を利用してるしダメな大人だよな」
自己嫌悪ではあ、と溜め息が出た。そんな俺を、ちらりとイアンは視界に入れたが、口にダイダイを詰める手を止める気はないらしく、無言で謎の頷きを返された。
シャクシャク、シャクシャク。
「…独り語りみたいで恥ずかしいからなんか言ってくれ」
シャクシャク、シャクシャク。
視線は合ってるから無視されてるのとは違うが、イアンは特に急ぐでもなく、ダイダイの最後の一つをよく噛み飲み込んで、ゆっくり豆茶を飲んでからやっと「あー、くっそどうでもいい」と口を開いた。酷い。
「お前は考え過ぎなんだよ。皆好き勝手な理由で子供産むんだよ。お前と同じようなこと考えて親になるヤツなんてごまんといるだろうな」
「そうなの…?」
そんなに子供って気安いものなのか?
「それでも人間捨てたもんでもねえからな。たいていの人間はまともに親すんだよ。お前が心配する必要なんて微塵もねえの」
イアンがさも当たり前みたいに言うから、俺の中のしゃちほこばった罪悪感がバカみたいに思える。そっか。こんな自分勝手な理由で子供を欲しがってもいいのか。イアンのあけすけな口ぶりで言われると、なんでだがすんなり腹落ちした。グラスにまた目を落として、凪いだ琥珀色をぼんやり見つめる。
「…俺の母さんは、どんな思いで俺を産んだんだろ」
特に深い考えもなく、そんな言葉が口からこぼれた。俺自身も驚いたが、なぜかイアンも驚いたように目を瞬かせた。
「お前が親の話するの初めて聞いたな」
「うん。親のこと、覚えてないからね」
暗い話をするつもりはないから、「俺を産んで死んじゃった」となるたけ軽く笑った。そんな俺の気持ちを的確に汲んでくれて、イアンも「そんなこともあるわな」となんてことない話みたいに頬杖をついた。
「まあ、お前の親だしたぶん善人なんだろうな」
眩しいものを見るように目を細めたイアンの声に、からかいの気配はなかった。たぶん、心底そう思ってくれてるんだろう。
開け放したままの窓からさわさわと風が入り込んで、夏用の薄いカーテンを舞い上げた。
「じゃあ、イアンの親御さんもいい人だ」
イアンはすごくいいヤツだから。そう単純に思っただけだけど、イアンは少しだけ気まずそうに苦笑いした。
「あー。残念ながら、俺の親はまともな親になれなかった一握りのクズだ。酒と博打しか興味のねえゴミだよ。親ではあるけど親らしいことしてもらった記憶はねえな」
そう言って笑ったイアンは陰りこそなかったけど、その声に元気もない。親御さんの話はあまりしたくなかったんだろう。
イアンを真似て俺も頬杖をついて、珍しくしょげている友人の顔をまじまじと覗き込む。
「ならイアンがいいヤツなのはイアンが頑張ったからか」
テーブルの反対側まで手を伸ばして、イアンのつやつやした黒髪を撫でる。「偉いねえー」と俺がおどけると、イアンが「うるせえな」と悔しそうに、でも嬉しそうに破顔して俺の手をはたき落とした。
「お前は良い親になるよ。何でもかんでも必死だもんなあ」
「なんだそれ。必死っていいこと?」
いつでも余裕がないって言われてるみたいな気がするんだけど。頬杖を崩してずるりとテーブルに横倒しに片頬をくっつける。
「お前はそれでいいんだよ。つべこべ言うな」
「すんごい横暴」
「うるせえな。腹減ったわ。奢ってやるから飯屋行こうぜ。この辺だとどこだよ」
「あ!俺行きたいとこある!」
勢いよく立ち上がってイアンの半袖の袖口を引っ張ると、優しい友人はからからと笑ってすんなりついて来てくれた。
「そしたら、騎士様を独占出来るのにってか?」
笑い混じりの声に図星を指されて弾かれたように顔を上げた。相変わらずのニヤニヤ顔と目が合って、じわじわと頬が火照る。
「すんげえ惚気けるじゃん。それってさ、騎士様がくっそ仕事出来なくて不細工で貧乏でもお前は愛せるって自信があるってことだろ?」
そういうことだ。イアンは何も間違ってない。自分で言っておいてなんだが、あまりに酷い惚気で目眩がするくらい恥ずかしい。火を噴きそうな両頬を、グラスを握り締めて冷えた手のひらで捏ねる。
「うう、やめろお」
「知らねえよ。お前が自分で言ったんだろうが」
シャクシャクと半冷凍の果物をかじる音を聞きながら、俺は顔を両手で覆ったままテーブルに突っ伏してしばらく羞恥心と戦った。
俺は存分にうううー、と低く唸ってからゆっくり顔を上げる。まだ頬は熱いけど、顔を上げた先で目があった友人は俺と正反対の涼し気な様子で「これもうめえな」と、ダイダイの果肉を口に入り込む。ひとりで悶えてる俺がバカみたいじゃん。
「………前にさ、セブさんは貴族だし、子供を産める女の人と結婚するべきだってベルさんに言われてさ。その時は子供をセブさんと結婚するためのだしに使うの、何か嫌だなって思ったんだよ」
「ふーん。それくらいしかお前に勝てることねえって踏んだわけだ。騎士様の偏愛っぷりバレてんじゃん」
ベルさんの話には特段の興味はないらしく、小気味よい咀嚼音がすぐ再開される。
「でもさあ、そう思う人たちからもセブさんを独占するには、俺がセブさんとの子供を産んだらいいのかなって、ちょっと思っちゃったんだ。それこそ子供を利用してるしダメな大人だよな」
自己嫌悪ではあ、と溜め息が出た。そんな俺を、ちらりとイアンは視界に入れたが、口にダイダイを詰める手を止める気はないらしく、無言で謎の頷きを返された。
シャクシャク、シャクシャク。
「…独り語りみたいで恥ずかしいからなんか言ってくれ」
シャクシャク、シャクシャク。
視線は合ってるから無視されてるのとは違うが、イアンは特に急ぐでもなく、ダイダイの最後の一つをよく噛み飲み込んで、ゆっくり豆茶を飲んでからやっと「あー、くっそどうでもいい」と口を開いた。酷い。
「お前は考え過ぎなんだよ。皆好き勝手な理由で子供産むんだよ。お前と同じようなこと考えて親になるヤツなんてごまんといるだろうな」
「そうなの…?」
そんなに子供って気安いものなのか?
「それでも人間捨てたもんでもねえからな。たいていの人間はまともに親すんだよ。お前が心配する必要なんて微塵もねえの」
イアンがさも当たり前みたいに言うから、俺の中のしゃちほこばった罪悪感がバカみたいに思える。そっか。こんな自分勝手な理由で子供を欲しがってもいいのか。イアンのあけすけな口ぶりで言われると、なんでだがすんなり腹落ちした。グラスにまた目を落として、凪いだ琥珀色をぼんやり見つめる。
「…俺の母さんは、どんな思いで俺を産んだんだろ」
特に深い考えもなく、そんな言葉が口からこぼれた。俺自身も驚いたが、なぜかイアンも驚いたように目を瞬かせた。
「お前が親の話するの初めて聞いたな」
「うん。親のこと、覚えてないからね」
暗い話をするつもりはないから、「俺を産んで死んじゃった」となるたけ軽く笑った。そんな俺の気持ちを的確に汲んでくれて、イアンも「そんなこともあるわな」となんてことない話みたいに頬杖をついた。
「まあ、お前の親だしたぶん善人なんだろうな」
眩しいものを見るように目を細めたイアンの声に、からかいの気配はなかった。たぶん、心底そう思ってくれてるんだろう。
開け放したままの窓からさわさわと風が入り込んで、夏用の薄いカーテンを舞い上げた。
「じゃあ、イアンの親御さんもいい人だ」
イアンはすごくいいヤツだから。そう単純に思っただけだけど、イアンは少しだけ気まずそうに苦笑いした。
「あー。残念ながら、俺の親はまともな親になれなかった一握りのクズだ。酒と博打しか興味のねえゴミだよ。親ではあるけど親らしいことしてもらった記憶はねえな」
そう言って笑ったイアンは陰りこそなかったけど、その声に元気もない。親御さんの話はあまりしたくなかったんだろう。
イアンを真似て俺も頬杖をついて、珍しくしょげている友人の顔をまじまじと覗き込む。
「ならイアンがいいヤツなのはイアンが頑張ったからか」
テーブルの反対側まで手を伸ばして、イアンのつやつやした黒髪を撫でる。「偉いねえー」と俺がおどけると、イアンが「うるせえな」と悔しそうに、でも嬉しそうに破顔して俺の手をはたき落とした。
「お前は良い親になるよ。何でもかんでも必死だもんなあ」
「なんだそれ。必死っていいこと?」
いつでも余裕がないって言われてるみたいな気がするんだけど。頬杖を崩してずるりとテーブルに横倒しに片頬をくっつける。
「お前はそれでいいんだよ。つべこべ言うな」
「すんごい横暴」
「うるせえな。腹減ったわ。奢ってやるから飯屋行こうぜ。この辺だとどこだよ」
「あ!俺行きたいとこある!」
勢いよく立ち上がってイアンの半袖の袖口を引っ張ると、優しい友人はからからと笑ってすんなりついて来てくれた。
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