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後日談
【後日談6】友人の来訪1
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「なるほどなあ。つまり俺は旦那不在の最悪な時にお前に会いに来ちゃったのか」
俺は自宅の玄関で「別に全然最悪じゃないよ」と答えながら、庭いじり用の長靴から普段使いの鞣革の平靴に履き替えてから自宅の居間に入った。俺の後に続いた“客”は、特に勧めなくてもぶつくさ言いながらも勝手に黒檀の木椅子に腰掛けた。
俺は洗面所で土のついた手をよく洗って、すぐに居間に戻った。食料保存庫から出した冷えた豆茶を二つグラスに注いで、テーブルを挟んだ向かいの席に腰掛けた。グラスの一つを無造作に押しやって“客”に渡すと、礼の言葉の代わりに黒い前髪の合間から覗く、切れ長の紫の目が細まる。
「ひとりで暇してた俺としては、イアンが遊びに来てくれてすごくありがたいよ。でもどうせなら、こっちに来ること事前に教えてくれたらちゃんと歓迎の準備したのにな」
イアンとは今も不定期で手紙のやり取りをしている。ここひと月ほど便りがないなとは思っていたが、まさか本人が直接訪ねてきてくれるとは思いもしてなくて、つい先程花壇の土替え中に急に現れたイアンにとんでもなく驚いた。俺が寂しさのあまり自分勝手な幻でも見てるんじゃないかと思ったくらいだ。
「まとまった休みが取れたから勢いでこっち来ちまった。お前の結婚祝いもしてなかったし、リャクマは暑くて仕方ねえし、こっち来るのにちょうどよかったんだよ」
足元に放っていた背嚢からイアンは「うちの店で一番いい酒」と言って酒瓶を取り出して寄越した。くれるらしい。これまた度数の高そうなやつで、俺が飲むことは想定してなさそうだ。礼を言って両手で受け取ると、「お前は飲むなよ」と案の定理不尽なことを言われた。
「しばらく王都にいられるの?」
「何日かはいるつもりだけど騎士様が帰ってくる前には帰るぞ。鉢合わせたら面倒くせえし」
「えー。もっといてよ。俺と遊ぼう」
「やだよ。たっぷり遊んでほしけりゃ次はお前がリャクマまで俺に会いに来いよ」
「ん。そっか。そうする」
豆茶を一口飲む。昨夜気まぐれに作り置いたものだったが、クセがなく香ばしくてとても美味しい。イアンも気に入ったらしく「うめえな、これ」と唸った。
「てめえが不在の間に俺がこの家に来たって知ったら、あの嫉妬深い騎士様は相当機嫌悪くするだろうな。まあ俺の知ったこっちゃねえし、うまいこと機嫌取れよ」
俺がセブさんの機嫌取りするのが当然みたいに言われて酷く面白くない気分になる。つい無意識に下唇が出てしまう。
「セブさんの機嫌なんか知らない。ここは俺の家でもあるんだから、俺が俺の友達とお茶して何が悪いんだよ」
明らかに拗ねてる俺が物珍しいらしく、イアンは一瞬ぽかんとした顔をした後ぶはっと吹き出した。
「なんだよ。喧嘩してんのかよ。じゃあ機嫌取るのは騎士様の方だな。何揉めたんだよ」
頬杖をついて俺の唯一の友人がニヤニヤ笑う。面白がってるのがまるわかりだけど、「酷いのはセブさんだ」と愚痴が口をついて出た。
「ねえ、イアン。前に俺さ、“男が女に服を贈るのは意味がある”って言われたんだけど、その反対で女の人が男に贈るのにも意味があったりする?」
「あ?なんだよ急に。騎士様に服を贈る猛者な女がいるのか?」
さすが察しがいい。俺が口を拗ねさせたまま「いっぱいいる」とぼやくと、ダハハと大笑いされた。
「まあ、一般的には男が贈れば下心で、女が贈れば独占欲なんて言うわな。でも、あの嫁狂いの騎士様を他所の女が独占なんて出来るわけねえわ。騎士様がお前しか見えてねえの、お前だってわかってんだろ?」
俺が頑ななことを気にかけてか、イアンの言葉は宥めるように優しかった。
「……でも、セブさん、俺には誕生日教えてくれなかった」
「は?誕生日?」
「…なんか、すごく嫌だった」
俺が切実に吐露したのに、イアンから返ってきたのは居間中に響くバカ笑いだった。
「くっそ面倒くせえ夫婦だなあ。言わねえのも面倒くせえけど、言われなかったくらいで拗ねてるのはもっと面倒くせえよお前。もう喧嘩でも何でも好きにしろよ」
ゲラゲラと一通り不躾に笑ったイアンは、グラスの中身を一気に煽って空にした。
自分から聞かなかったくせにそんなことで拗ねるのは筋違いだし不毛だって、俺自身がよくよくわかってる。むすくれながらも、反論せずに空になったグラスを持って席を立つ。台所で豆茶のおかわりを注いでから、冷凍保存庫でよく冷やして半冷凍にした柑橘の果肉をざらざらと皿に雑に盛って、それも一緒に持っていく。
居間に戻ると、イアンは部屋角に置いた俺の仕事の縫材が入った小道具箱を覗き込んでいた。
「そういや今は裁縫仕事してんだっけか。こっちは物価も高いから給料も高いだろ」
「まあね。でも穀物の値段は田舎とそこまで変わらないよ。節約したら俺の給料でも貯金出来るんだ」
豆茶の入ったグラスと果物の乗った皿をテーブルに乗せると、イアンはすんなり木椅子に戻って腰を下ろし果物をつまんだ。
「国際的な英雄の嫁が節約とか意味わかんねえな。そんなん外に漏れたら騎士様の甲斐性を疑われるぞ。前回の件で損得のなかったリャクマでも、お前の旦那は地味に人気あるんだぜ」
人気なんてなくていい。俺は別にセブさんが英雄だから好きなんじゃないし。拗ねた気持ちがまた膨らんで自分の手の中のグラスをじっと見る。琥珀色の液体がゆらゆら揺れる。
俺は自宅の玄関で「別に全然最悪じゃないよ」と答えながら、庭いじり用の長靴から普段使いの鞣革の平靴に履き替えてから自宅の居間に入った。俺の後に続いた“客”は、特に勧めなくてもぶつくさ言いながらも勝手に黒檀の木椅子に腰掛けた。
俺は洗面所で土のついた手をよく洗って、すぐに居間に戻った。食料保存庫から出した冷えた豆茶を二つグラスに注いで、テーブルを挟んだ向かいの席に腰掛けた。グラスの一つを無造作に押しやって“客”に渡すと、礼の言葉の代わりに黒い前髪の合間から覗く、切れ長の紫の目が細まる。
「ひとりで暇してた俺としては、イアンが遊びに来てくれてすごくありがたいよ。でもどうせなら、こっちに来ること事前に教えてくれたらちゃんと歓迎の準備したのにな」
イアンとは今も不定期で手紙のやり取りをしている。ここひと月ほど便りがないなとは思っていたが、まさか本人が直接訪ねてきてくれるとは思いもしてなくて、つい先程花壇の土替え中に急に現れたイアンにとんでもなく驚いた。俺が寂しさのあまり自分勝手な幻でも見てるんじゃないかと思ったくらいだ。
「まとまった休みが取れたから勢いでこっち来ちまった。お前の結婚祝いもしてなかったし、リャクマは暑くて仕方ねえし、こっち来るのにちょうどよかったんだよ」
足元に放っていた背嚢からイアンは「うちの店で一番いい酒」と言って酒瓶を取り出して寄越した。くれるらしい。これまた度数の高そうなやつで、俺が飲むことは想定してなさそうだ。礼を言って両手で受け取ると、「お前は飲むなよ」と案の定理不尽なことを言われた。
「しばらく王都にいられるの?」
「何日かはいるつもりだけど騎士様が帰ってくる前には帰るぞ。鉢合わせたら面倒くせえし」
「えー。もっといてよ。俺と遊ぼう」
「やだよ。たっぷり遊んでほしけりゃ次はお前がリャクマまで俺に会いに来いよ」
「ん。そっか。そうする」
豆茶を一口飲む。昨夜気まぐれに作り置いたものだったが、クセがなく香ばしくてとても美味しい。イアンも気に入ったらしく「うめえな、これ」と唸った。
「てめえが不在の間に俺がこの家に来たって知ったら、あの嫉妬深い騎士様は相当機嫌悪くするだろうな。まあ俺の知ったこっちゃねえし、うまいこと機嫌取れよ」
俺がセブさんの機嫌取りするのが当然みたいに言われて酷く面白くない気分になる。つい無意識に下唇が出てしまう。
「セブさんの機嫌なんか知らない。ここは俺の家でもあるんだから、俺が俺の友達とお茶して何が悪いんだよ」
明らかに拗ねてる俺が物珍しいらしく、イアンは一瞬ぽかんとした顔をした後ぶはっと吹き出した。
「なんだよ。喧嘩してんのかよ。じゃあ機嫌取るのは騎士様の方だな。何揉めたんだよ」
頬杖をついて俺の唯一の友人がニヤニヤ笑う。面白がってるのがまるわかりだけど、「酷いのはセブさんだ」と愚痴が口をついて出た。
「ねえ、イアン。前に俺さ、“男が女に服を贈るのは意味がある”って言われたんだけど、その反対で女の人が男に贈るのにも意味があったりする?」
「あ?なんだよ急に。騎士様に服を贈る猛者な女がいるのか?」
さすが察しがいい。俺が口を拗ねさせたまま「いっぱいいる」とぼやくと、ダハハと大笑いされた。
「まあ、一般的には男が贈れば下心で、女が贈れば独占欲なんて言うわな。でも、あの嫁狂いの騎士様を他所の女が独占なんて出来るわけねえわ。騎士様がお前しか見えてねえの、お前だってわかってんだろ?」
俺が頑ななことを気にかけてか、イアンの言葉は宥めるように優しかった。
「……でも、セブさん、俺には誕生日教えてくれなかった」
「は?誕生日?」
「…なんか、すごく嫌だった」
俺が切実に吐露したのに、イアンから返ってきたのは居間中に響くバカ笑いだった。
「くっそ面倒くせえ夫婦だなあ。言わねえのも面倒くせえけど、言われなかったくらいで拗ねてるのはもっと面倒くせえよお前。もう喧嘩でも何でも好きにしろよ」
ゲラゲラと一通り不躾に笑ったイアンは、グラスの中身を一気に煽って空にした。
自分から聞かなかったくせにそんなことで拗ねるのは筋違いだし不毛だって、俺自身がよくよくわかってる。むすくれながらも、反論せずに空になったグラスを持って席を立つ。台所で豆茶のおかわりを注いでから、冷凍保存庫でよく冷やして半冷凍にした柑橘の果肉をざらざらと皿に雑に盛って、それも一緒に持っていく。
居間に戻ると、イアンは部屋角に置いた俺の仕事の縫材が入った小道具箱を覗き込んでいた。
「そういや今は裁縫仕事してんだっけか。こっちは物価も高いから給料も高いだろ」
「まあね。でも穀物の値段は田舎とそこまで変わらないよ。節約したら俺の給料でも貯金出来るんだ」
豆茶の入ったグラスと果物の乗った皿をテーブルに乗せると、イアンはすんなり木椅子に戻って腰を下ろし果物をつまんだ。
「国際的な英雄の嫁が節約とか意味わかんねえな。そんなん外に漏れたら騎士様の甲斐性を疑われるぞ。前回の件で損得のなかったリャクマでも、お前の旦那は地味に人気あるんだぜ」
人気なんてなくていい。俺は別にセブさんが英雄だから好きなんじゃないし。拗ねた気持ちがまた膨らんで自分の手の中のグラスをじっと見る。琥珀色の液体がゆらゆら揺れる。
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