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後日談
【後日談3】彼のいない日1
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レースや刺繍などの衣料品資材を卸すため、二週間に一度中央地区の仕立て屋に行くのだが、その時には公爵家の騎士たちが数名付き添ってくれる。俺の存在は異例とはいえ、名目上は英雄で公爵家子息で伯爵のセブさんの伴侶なんだし、護衛がつくのは仕方ないことだと思う。
俺が家から出ない時も我が家の門扉前には常に一、二名公爵家の騎士が立ってるんだけど、それがセブさんが出張で不在のここ数日は増員されていたらしい。先日は知らぬ間に裏口にひっそり一人追加されていて、朝寝ぼけながら庭に水やりに出て悲鳴をあげてしまった。セブさんに文句の一つでも言いたいくらいだけど、言ったところで護衛の騎士を減らすなんてことは絶対しないだろうと思う。それくらいセブさんは俺の身の安全については用心深くて頑固だ。
「最近オリヴィアさんを見かけないんですけど、何かあったんでしょうか?」
仕立て屋で資材を卸した帰りの馬車の中、俺はふと思い出して向かいに座るセドリックさんに話しかけた。今の仕事はセドリックさんの紹介で始めたこともあって、仕立て屋に行く際はセドリックさんが同行してくれることが多い。
セドリックさんは誠実そうに短く切り揃えられた黒髪をガシガシと粗野に掻いた。
「あー。ハバト様の騎士めちゃくそ数増えたんで、士長が立哨に出るまでもねえってのはありますねえ。知ってます?公爵家の中堅騎士ほっとんどセバスチャン様が王都に呼び寄せちゃったんすよ」
セブさんは伯爵位についたわけだし、いくらか自身の所有騎士を持っていてもおかしくない。でも多忙な彼が一から騎士の雇用をするのは難しいから、まだしばらくは公爵家から人手を借り受けるのも仕方ないと思う。
「そうなんですか。じゃあ、オリヴィアさんも大変ですね。公爵家に常駐してる騎士も、うちが借りてる騎士たちも、両方オリヴィアさんが取りまとめてるんですよね?」
一時的なものではなく、これからも継続的に公爵家から騎士を借り受けるということは、オリヴィアさんの士長の仕事を増やしてしまってるんじゃないかな。仕方がないこととはいえ、お世話になっている人が無理をしている状況は心苦しいものがある。
自分に原因の一端があることに顔を顰めていると、セドリックさんが「あー、愛しの奥方に何も伝えてないってあの主は何考えてんすかねえ」と鼻で笑った。
「今回のハバト様の護衛騎士増員を機に、士長も俺等も全員完全に雇用先が公爵家からセバスチャン様に変わってんすよ。高い給金と好条件チラつかされて、公爵家の中堅達こぞって正式にセバスチャン様の飼い犬に転向したんすわ」
どうやら応急処置的な話ではなかったらしい。オリヴィアさんたちがずっといてくれる。それがとても嬉しくて、ほわっと胸があったかく浮き立った。
「じゃあオリヴィアさんもセドリックさんもノエルさんも、公爵家に帰らないで王都にいてくれるんですか?俺の護衛もずっと変わらずしてくれるってことですか?」
「そゆことっす。つうかねえ、俺等は端からハバト様の護衛しか仰せつかってねえんだよなあ。セバスチャン様が公爵家の騎士達を正式雇用したのも、何もかもハバト様の為っすよ。士長も俺もノエやんもハバト様から気に入られてるってセバスチャン様が判断したから、くっそえげつねえ好条件で引き抜かれたんでしょうね」
セドリックさんは丁寧に説明し終えると、その親切さとは裏腹に「ほんっとありがてえ話だ」と胸を反らしてヘラヘラと薄情そうに笑った。
馬車の外を小窓からちらりと見ると、高台にある公爵家所有の例のお屋敷が見えた。正確には“元”公爵家所有のお屋敷だ。結局あのお屋敷は何かと勝手が良いからと、セブさんが公爵家から買い上げたと聞いている。
「セドリックさんたちは今あのお屋敷に住んでるんですよね?」
俺の視線の先がどこに向いているのかを的確に読み取ったらしく、セドリックさんは間髪入れずに「そっすね」と答えた。
「正式な宿舎の確保が出来るまではあの屋敷で俺等雑魚寝っすよ。ハバト様のこと以外はホントどうでもいいって扱いしてきますからねえ、セバスチャン様は」
「んふふ。あの広いお屋敷でも狭いですか?」
「狭えっていうよりベッドがねえから基本俺等寝袋で寝てんすよ。冬でもねえし、野営よりかは俄然マシすけど、こんな都心に来てこの扱いは斬新っすねえ」
ひょうきんなセドリックさんが「ねーわ」と舌を出して嫌そうにおどけて見せるのでつい笑ってしまう。寝袋生活が毎日だとさぞつらいだろうけど、立派なお屋敷の中で立派な体躯の騎士たちが床に転がる様子は想像するとなんだか可笑しい。
「今度遊びに行ってもいいですか?オリヴィアさんにも会いたいですし」
「いいんじゃないすか?それはハバト様の禁止事項の通達に含まれてねえもんなあ。どうせなら今から行きますか?ちょうど士長がいるはずです」
俺の禁止事項とやらが少しだけ気になったが、それよりオリヴィアさんに会えることが嬉しくて一も二もなく頷いた。セドリックさんは唇の端を持ち上げるとすぐさま御者台に繋がる小窓を開けて手短に指示を出した。
俺が家から出ない時も我が家の門扉前には常に一、二名公爵家の騎士が立ってるんだけど、それがセブさんが出張で不在のここ数日は増員されていたらしい。先日は知らぬ間に裏口にひっそり一人追加されていて、朝寝ぼけながら庭に水やりに出て悲鳴をあげてしまった。セブさんに文句の一つでも言いたいくらいだけど、言ったところで護衛の騎士を減らすなんてことは絶対しないだろうと思う。それくらいセブさんは俺の身の安全については用心深くて頑固だ。
「最近オリヴィアさんを見かけないんですけど、何かあったんでしょうか?」
仕立て屋で資材を卸した帰りの馬車の中、俺はふと思い出して向かいに座るセドリックさんに話しかけた。今の仕事はセドリックさんの紹介で始めたこともあって、仕立て屋に行く際はセドリックさんが同行してくれることが多い。
セドリックさんは誠実そうに短く切り揃えられた黒髪をガシガシと粗野に掻いた。
「あー。ハバト様の騎士めちゃくそ数増えたんで、士長が立哨に出るまでもねえってのはありますねえ。知ってます?公爵家の中堅騎士ほっとんどセバスチャン様が王都に呼び寄せちゃったんすよ」
セブさんは伯爵位についたわけだし、いくらか自身の所有騎士を持っていてもおかしくない。でも多忙な彼が一から騎士の雇用をするのは難しいから、まだしばらくは公爵家から人手を借り受けるのも仕方ないと思う。
「そうなんですか。じゃあ、オリヴィアさんも大変ですね。公爵家に常駐してる騎士も、うちが借りてる騎士たちも、両方オリヴィアさんが取りまとめてるんですよね?」
一時的なものではなく、これからも継続的に公爵家から騎士を借り受けるということは、オリヴィアさんの士長の仕事を増やしてしまってるんじゃないかな。仕方がないこととはいえ、お世話になっている人が無理をしている状況は心苦しいものがある。
自分に原因の一端があることに顔を顰めていると、セドリックさんが「あー、愛しの奥方に何も伝えてないってあの主は何考えてんすかねえ」と鼻で笑った。
「今回のハバト様の護衛騎士増員を機に、士長も俺等も全員完全に雇用先が公爵家からセバスチャン様に変わってんすよ。高い給金と好条件チラつかされて、公爵家の中堅達こぞって正式にセバスチャン様の飼い犬に転向したんすわ」
どうやら応急処置的な話ではなかったらしい。オリヴィアさんたちがずっといてくれる。それがとても嬉しくて、ほわっと胸があったかく浮き立った。
「じゃあオリヴィアさんもセドリックさんもノエルさんも、公爵家に帰らないで王都にいてくれるんですか?俺の護衛もずっと変わらずしてくれるってことですか?」
「そゆことっす。つうかねえ、俺等は端からハバト様の護衛しか仰せつかってねえんだよなあ。セバスチャン様が公爵家の騎士達を正式雇用したのも、何もかもハバト様の為っすよ。士長も俺もノエやんもハバト様から気に入られてるってセバスチャン様が判断したから、くっそえげつねえ好条件で引き抜かれたんでしょうね」
セドリックさんは丁寧に説明し終えると、その親切さとは裏腹に「ほんっとありがてえ話だ」と胸を反らしてヘラヘラと薄情そうに笑った。
馬車の外を小窓からちらりと見ると、高台にある公爵家所有の例のお屋敷が見えた。正確には“元”公爵家所有のお屋敷だ。結局あのお屋敷は何かと勝手が良いからと、セブさんが公爵家から買い上げたと聞いている。
「セドリックさんたちは今あのお屋敷に住んでるんですよね?」
俺の視線の先がどこに向いているのかを的確に読み取ったらしく、セドリックさんは間髪入れずに「そっすね」と答えた。
「正式な宿舎の確保が出来るまではあの屋敷で俺等雑魚寝っすよ。ハバト様のこと以外はホントどうでもいいって扱いしてきますからねえ、セバスチャン様は」
「んふふ。あの広いお屋敷でも狭いですか?」
「狭えっていうよりベッドがねえから基本俺等寝袋で寝てんすよ。冬でもねえし、野営よりかは俄然マシすけど、こんな都心に来てこの扱いは斬新っすねえ」
ひょうきんなセドリックさんが「ねーわ」と舌を出して嫌そうにおどけて見せるのでつい笑ってしまう。寝袋生活が毎日だとさぞつらいだろうけど、立派なお屋敷の中で立派な体躯の騎士たちが床に転がる様子は想像するとなんだか可笑しい。
「今度遊びに行ってもいいですか?オリヴィアさんにも会いたいですし」
「いいんじゃないすか?それはハバト様の禁止事項の通達に含まれてねえもんなあ。どうせなら今から行きますか?ちょうど士長がいるはずです」
俺の禁止事項とやらが少しだけ気になったが、それよりオリヴィアさんに会えることが嬉しくて一も二もなく頷いた。セドリックさんは唇の端を持ち上げるとすぐさま御者台に繋がる小窓を開けて手短に指示を出した。
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