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後日談

【後日談2】新婚生活2

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 力尽きてベッドで横になりうとうとしているうちに、セブさんが丁寧に俺の体を清めて、清潔な毛布をかけてくれる。とても手厚い。行為後も変わらずセブさんは優しい。
 ズボンだけ身につけたセブさんが、ベッドの縁に腰を下ろして、「寒くないか?」と気遣わし気に尋ねてくれる。あとひと月ほどで夏の盛りだけど、朝晩は肌寒い。

「セブさん、ぎゅってしてください」

 寒くないけど、寂しい。
 そんな俺の気持ちなんて全部わかってるみたいに、セブさんは薄く笑って俺の隣に横になった。俺の首の下に腕を差し入れ、俺の要望通りに抱き締めてくれる。

「明日からしばらく君に触れられないとなると酷くつらいものだな。君をどこまでも連れて行けたらいいんだがな」

 セブさんの声色はいつも通り真摯だけど、それが彼にとっての冗談交じりの言葉なのだと俺は知っている。

「俺がついて歩いたらセブさんが思ってるよりずっと邪魔ですよ」

 幼い子供ならまだしも、何の役にも立たない挙動不審な男が、英雄様の後ろに常について歩くさまは相当に滑稽だろう。想像して、小さく笑いの息が漏れてしまう。

「大いに役立つだろう。ハバトがそばにいてくれるなら私のやる気が全く違う。君の前では格好をつけたいからな」

「セブさんがかっこよくない時なんてないじゃないですか」

「そう思われているなら尚更だ。君に幻滅されないような仕事をしなければな」

 彼の唇がふふ、と笑いながら戯れに俺の額をついばむように触れる。それが嬉しくてくすぐったい。俺の口からも同じようにふふふ、と笑いが漏れた。

「明日からの出張先はサンロマリナの首都ですよね?」

「そうだな。首都はこの王都から然程遠くない。私が随行するまでもなく安全な行程だ」

 今回、当バルデス王国のブリジット第二王女が、その隣国のサンロマリナ皇国のジャスティン第一皇子と婚約することとなり、そのための国民への正式な公表の場が設けられるそうだ。この婚約には前提として、第一王女であるベルさんとジャスティン皇子の婚約破棄があるので、国民感情を慮ってブリジット王女本人がサンロマリナに赴くことになったらしい。その護衛には近衛部と遠征部の混合部隊が組まれ、セブさんはその指揮管理を任されたんだとか。とてもかっこいい。
 でも、そのせいで最近のセブさんは一段と多忙で、駐屯施設や王城に泊まり込む日も多くて心配だし、寂しい。やっぱりもっとセブさんの職場近くに家を借りるべきなんじゃないかと思うけど、それをセブさんに言うと目に見えて怖い顔をするのでもう言わないことにした。

「ブリジット殿下はあまり体が強くないってベルさんも言ってましたね。安全な旅程でも、長距離移動は大変でしょう。滋養の薬でも作りましょうか?」

 体調を崩しては、本人も同行者もつらいだろう。俺に出来ることなら力になりたい。そう思って提案したのだが、セブさんは少しだけ考える素振りを見せたけどすぐにはっきりと首を横に振った。

「いや。君の薬は有用過ぎる。そう容易く使わせない方がいいだろう。王族相手なら尚更だ」

「そう、ですか。力になれなくて残念です」

 しょぼくれた俺の頭をセブさんの温かい手が撫でる。

「君には私のことだけを考えていて欲しい。君は私の伴侶なのだから、他へ関心を持つ必要はない」

 そう言って彼は徐ろに口付けで俺の口を塞いだ。そんなことしなくても、俺はあなたのことしか考えてないのに。
 口付けの合間に「早く帰ってきて」と俺がわがままを呟くと、彼は男らしく喉奥で笑って更にキスは深くした。



 セブさんと結婚してから、俺の暮らしは一変した。濃石の森で他人に怯えてひとりで暮らしていたことが嘘みたいに、今は家の外に一歩出れば誰かと他愛ない言葉を交わすことが日常で、俺自身もとても驚いてる。
 そして何より、彼が俺を愛してくれる。それがどんなことより幸せで、何ものにも代えがたい。彼と出会っていなければ、俺は世の中にこんな幸せがあることも知らずにひっそりひとりで死んでいったんだろう。でも、セブさんはとても優しくて素敵な人だから、きっと俺と出会わなくても、今みたいに誰かと結婚して幸せに暮らしたんだろうなと思う。
 セブさんは、俺じゃなくてもよかったはずなんだ。それは、今俺を愛してくれているセブさんには絶対に言えないけど。それでも、いつでも心の片隅にある。



 翌朝、仕事に行くセブさんに合わせて俺も早くに目を覚ました。日の長い季節だけどまだ外は薄暗い。そんな時間だ。俺を起こさないようにこっそりベッドから降りようとしたセブさんの優しさが嬉しいけど寂しくて、急いで飛び起きてその背中にしがみついた。

「ハバト、君はまだ寝ていていいよ」

「嫌です。ちゃんと見送りしたいです」

 彼の肩口に必死に額を擦り付けると、やっと俺の旦那様は「では、よく笑って送り出してくれ」と、俺の体にたっぷり毛布を巻き付けて、俺が一緒にベッドを降りることを許してくれた。

 騎士団駐屯施設までの通勤には、馬車が必須なのだが、その馬車を日の昇らないこんな早朝でも王立騎士団側が用意してくれる。それくらいして当然なくらい、セブさんは騎士団にとって必要不可欠な人だ。
 それほどに周囲から求められる鋼鉄の英雄様なのに、セブさんには気負ったところがなくて、俺の用意した治療薬と、昼食用の芥子菜と照焼き鶏肉のサンドパンをそれはそれは嬉しそうに受け取ってくれた。治療薬はあくまで俺が安心したくて遠征の度に持たせているだけで、今まで使われたことは一度もない。彼にとっては昼飯のパンの方が意味のあるものかもしれない。
 セブさんにとっては自分自身のことより俺のことが心配でならないらしく、彼にはしきりにひとりで出歩かないように、ひとりでなくても西地区から出ないように、何か困ることがあれば公爵家や騎士たちを頼るようにと言い含められた。どこまでも頼りないと思われているらしい。

「セブさん、無事に帰ってきてくださいね。俺毎日待ってますから」

 今回の出張予定は二十日間弱だ。滅多なことでもなければ帰還日が早まることはないだろうけど、そんな野暮なことは口にせずに彼は優しく笑った。

「私も毎日君を想っている」

 彼から長い抱擁とキスをもらった後、彼の乗り込んだ王立騎士団の黒い馬車が見えなくなるまで見送った。
 空が太陽の先触れで白み始める中、俺の気持ちは仄暗いままだった。
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