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【本編完結】無敵の伴侶4
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こんな人の多い街中に王女様がいて大丈夫なんだろうか。美人なベルさんは人気者だろうから、周りからちょっかいを掛けられてしまいそうだ。こころなしか、ベルさんの周囲を固める護衛騎士たちの表情に疲れが見える。
「セバス様、早速ですがお話がありますの。ここではなんですから、場所を移しましょう。私の部屋へとは言いませんわ。近くに老舗のサロンがあります。そちらはいかがでしょう」
意見を求めているようだけど、その語気はとても強く、何としてもセブさんと話をしたいのだとよくわかる。
どうするのかと横に立つセブさんを見上げると、王族に向けるものとは思えないほど、冷たい目でベルさんを見ていた。セブさんが言っていた邪魔とは、もしかしてベルさんのことだったんだろうか。
「ご存知でしょうが、これから要用があります。話であれば、ここで手短に済ませてください」
手短に、に力が入っている。周囲の目もあるし、ここは長話にはどう考えても向かないからそれには俺も賛成だ。
ベルさんがカツカツと踵を鳴らしてこちらへ歩み寄って来ると、人波が割れて、より人目が集まったようだった。
「単刀直入に申し上げますわ。婚姻のお相手、お考え直しになりません?」
姿勢よく立ち、まっすぐセブさんを見つめるベルさんはいかにも可憐で高貴な女性だけど、その言葉には泥臭い必死さが見えた。でも、セブさんはそれを微塵も意に介さず、短く溜め息をついただけだった。
「私の婚姻相手はハバト以外に有り得ません。私が貴台の父君に盟約頂いたことをお忘れですか。王女が議会に掛けられるなど、前代未聞でしょうね」
セブさんの返答は手厳しいものだったが、ベルさんの中でそれは想定内だったようで怯んだ様子はなかった。
「直接邪魔立てしようというのではなく、取り返しのつかなくなる前によくお考えになって、と申し上げているだけですわ。後悔されるセバス様を見たくないのです」
セブさんが後悔するようなことは俺も嫌だけど、今の迷いない彼を見ていると、そう大きな後悔をする姿は思い浮かばない。
案の定、彼は胡乱げに「その心配は全くの無用です」と撥ね退けた。
「でも、よくお考えになって。男との婚姻では子も成せませんわ。それは貴族にとって、とても大事なことでしょう」
問われているのはセブさんだし、俺は特に発言する必要もないと思い、ただ無言で隣に立つ彼を見上げた。セブさんと目が合うと、ふわりと柔らかく微笑まれた。俺の大好きな笑い方だ。
「ハバトさえいてくれれば、子などいりません」
「それは、まだお考えが及んでいないだけですわ。爵位を我が子に継がせたいと、子を持ちたいと思う時がいつかきっと来ます。その時、絶対に後悔しないと言い切れますの?」
「言い切れます」
「そんな一時的な感情で仰るのは、あまりに浅慮では」
セブさんの眉間に深いしわが寄る。少し迷ったが、つい「あの…」と口を挟む。
「なんだ、ハバト」
「ちょっと。今は私が話しておりますの。人の話を遮るのはあまりに失礼じゃありませんか?」
「ごめんなさい。でも、あの、産めますよ。俺」
「は?」
「俺、子供産めるんで大丈夫ですよ」
眉間のしわを消したセブさんが、そっと俺の肩を抱いて「そうなのか?」と穏やかな声で問うてくる。それに少し照れながら「そういう秘術があるので」と頷くと、セブさんは「私の伴侶は無敵だな」と楽しそうに笑った。
言葉を失ったベルさんが呆然としている。男が孕めることに、抵抗感がある人も多いだろうし仕方がない。
でも、ベルさんからの指摘がセブさんの後継問題で本当によかった。俺の性格や容姿のことで糾弾されたら、躱しようもなくてぐだぐだになるところだっただろう。
「殿下。私の伴侶への懸念事項はそれだけですか。他にあったところで、それもくだらないものばかりでしょうが」
「くだらなくなんて…」
「どう考えてもくだらないでしょう。しかも下世話だ。他人の伴侶に子を産めるか責め立てるなど、品位に欠ける」
一気に顔色を悪くしたベルさんは、しばらく「でも」と何度も繰り返していたが、最後にぽつりと「私の方が先に好きになったのに」と儚げに呟いた後、俯いて黙り込んでしまった。
「エドワーズ。貴様もこの件に加担しただろう。殿下と貴様が組むと碌なことをしない。今回だけは議会に上げずにおいてやる。代わりに責任を持って殿下を城まで送り届けろ」
威圧感のあるセブさんの言葉に、一番ガタイのいい強面の護衛が無言で険しく眦を釣り上げたけど、「仕事の邪魔立てばかりしていると本当に細君に愛想を尽かされるぞ」とセブさんが付け加えると、途端に大きな体を小さくしてしょぼりと項垂れた。俺の後ろからノエルさんが「オリヴィア士長の旦那さんです」とこっそり教えてくれた。オリヴィアさんのことが大好きなことは何となくわかったので、よく頷いておいた。きっと、好きな子に意地悪しちゃうってやつだ。
セブさんは俺の手首を掴むと、もうベルさんたちを一瞥することもなく、まだ警戒を続けているセドリックさんの横をすり抜けた。あまり人の愛情表現に何かを思うのも詮索するのも失礼だろうと、俺も余所見はせずにセブさんの姿だけを見つめて後に続いた。
礼拝堂前の階段を登ると、入口横に立った薄灰色の服を着た神官が「セバスチャン・バルダッローダ様、ハバト・バルダッローダ様ですね。お待ちしておりました」と扉を押し開けて中に招き入れてくれた。通りでの騒ぎを見ていただろうに、それには一言も触れず、顔色も変えないのは素晴らしいなと思う。
案内されるままに、礼拝堂中央の女神像前に立つ。正面扉を閉じてしまえば通りの雑踏はほぼ聞こえず、とても静かで厳かな空間だ。
礼拝堂は円柱型の建物で、中央の女神像を取り囲むように礼拝客用の長椅子が複数置かれている。大きく取られた天窓から降り注ぐ、陽の光が全て女神の降臨光のようでキラキラとキレイだ。
女神像のすぐ真下の壇上にはもう一人、白い長衣の上に濃紺の羽織りを着た女性の神官がおり、淑やかな声で神官長を名乗った。神官長はセブさんと俺に平等に視線を配り、小さく頷いた。
薄灰色の服を着た神官が、「両名、女神の御前に膝を付き給え」とゆったりとした声で促したので、無言でそれに従う。
「高き空支えし女神の名の下に、お二人の縁が定まり一つになることを慶び申し上げます」
神官長の耳当たりのいい声が張られて、礼拝堂内に美しく響く。
つい、と静かに持ち上げられた神官長の指先に虹を砕いたような七色が光ると、それがすぐ舞い上がり小さな光の粒になって、礼拝堂内にゆっくりゆっくり降り注いだ。
これはたぶん魔力の粒だ。でも、魔法じゃない。目に見えるけど、まだ何も魔法としての強制力を与えられてない純粋な魔力だ。
「命が女神の御下に還るその時まで、結ばれた縁を解かず切らず、今生の伴侶と喜びを分け合い、悲しみを守り合い、苦しみを称え合い、共に生きていくことを誓いますか」
神官長が俺を見て「誓いを立てられますか?」と言葉を促したので、俺は慌てて「はい!」と場違いに元気な返事をしてしまった。それでも優しい女神の代弁者はにこりと慈悲深く微笑んで頷いてくれた。
次に神官長はセブさんに視線をやって、「誓いを立てられますか?」と同じく尋ねた。
「誓いを立てます。命還ったとしても、永遠に」
と言って、セブさんは射抜くような目で神官長を見つめ返してから、俺の方を見てゆっくり破顔した。優しくて、愛おしくて、胸がきゅっとする。
今一度強く頷いた神官長が「強き誓いを立てられた二人の前途が豊かなものであるように、女神の祝福を」と朗じてもう一度指先を持ち上げると、舞い落ちる魔力の粒が少しだけ光を強めた。魔力の粒が、強制力のある作為ではなく、代わりに純粋な願いだけを込められてキラキラ輝く。こんなキレイな魔法の使い方があるのかと、ぼんやり見惚れてしまう。
「綺麗だ」
セブさんの言葉に同意しようと口を開きかけて、彼を見るがその目がキラキラではなく俺だけを見ていることに気付く。白金色の長い長い睫毛に縁取られた、深い深い色味のエメラルドが、光の粒を反射してこの世の何よりもキレイだ。
「セブさんが一番キレイです」
俺が笑うと、セブさんがやおら立ち上がり、俺を軽々と抱き上げたので焦った。祝福の授受は終わりでいいのかな?ちらりと神官長を見ると、厳かなお仕事は終了したらしく、にこにこと優しいお姉さん然とした笑顔で「お幸せに」と小さく拍手を送られた。
「ハバト、目移りするな」
「…しませんよ。するわけないでしょ。セブさんのこと、こんなに大好きにさせたくせに、そんなこと言わないで」
じっと瞳を覗き込むと、俺だけの宝石の人はそれはそれは幸せそうに笑った。
「永遠に愛している。決して離さないよ、私の魔女」
「俺も、ずっとずっと愛しています」
幸せな願いの込められた光の降り注ぐ中、どちらともなく俺たちは口付けた。
「セバス様、早速ですがお話がありますの。ここではなんですから、場所を移しましょう。私の部屋へとは言いませんわ。近くに老舗のサロンがあります。そちらはいかがでしょう」
意見を求めているようだけど、その語気はとても強く、何としてもセブさんと話をしたいのだとよくわかる。
どうするのかと横に立つセブさんを見上げると、王族に向けるものとは思えないほど、冷たい目でベルさんを見ていた。セブさんが言っていた邪魔とは、もしかしてベルさんのことだったんだろうか。
「ご存知でしょうが、これから要用があります。話であれば、ここで手短に済ませてください」
手短に、に力が入っている。周囲の目もあるし、ここは長話にはどう考えても向かないからそれには俺も賛成だ。
ベルさんがカツカツと踵を鳴らしてこちらへ歩み寄って来ると、人波が割れて、より人目が集まったようだった。
「単刀直入に申し上げますわ。婚姻のお相手、お考え直しになりません?」
姿勢よく立ち、まっすぐセブさんを見つめるベルさんはいかにも可憐で高貴な女性だけど、その言葉には泥臭い必死さが見えた。でも、セブさんはそれを微塵も意に介さず、短く溜め息をついただけだった。
「私の婚姻相手はハバト以外に有り得ません。私が貴台の父君に盟約頂いたことをお忘れですか。王女が議会に掛けられるなど、前代未聞でしょうね」
セブさんの返答は手厳しいものだったが、ベルさんの中でそれは想定内だったようで怯んだ様子はなかった。
「直接邪魔立てしようというのではなく、取り返しのつかなくなる前によくお考えになって、と申し上げているだけですわ。後悔されるセバス様を見たくないのです」
セブさんが後悔するようなことは俺も嫌だけど、今の迷いない彼を見ていると、そう大きな後悔をする姿は思い浮かばない。
案の定、彼は胡乱げに「その心配は全くの無用です」と撥ね退けた。
「でも、よくお考えになって。男との婚姻では子も成せませんわ。それは貴族にとって、とても大事なことでしょう」
問われているのはセブさんだし、俺は特に発言する必要もないと思い、ただ無言で隣に立つ彼を見上げた。セブさんと目が合うと、ふわりと柔らかく微笑まれた。俺の大好きな笑い方だ。
「ハバトさえいてくれれば、子などいりません」
「それは、まだお考えが及んでいないだけですわ。爵位を我が子に継がせたいと、子を持ちたいと思う時がいつかきっと来ます。その時、絶対に後悔しないと言い切れますの?」
「言い切れます」
「そんな一時的な感情で仰るのは、あまりに浅慮では」
セブさんの眉間に深いしわが寄る。少し迷ったが、つい「あの…」と口を挟む。
「なんだ、ハバト」
「ちょっと。今は私が話しておりますの。人の話を遮るのはあまりに失礼じゃありませんか?」
「ごめんなさい。でも、あの、産めますよ。俺」
「は?」
「俺、子供産めるんで大丈夫ですよ」
眉間のしわを消したセブさんが、そっと俺の肩を抱いて「そうなのか?」と穏やかな声で問うてくる。それに少し照れながら「そういう秘術があるので」と頷くと、セブさんは「私の伴侶は無敵だな」と楽しそうに笑った。
言葉を失ったベルさんが呆然としている。男が孕めることに、抵抗感がある人も多いだろうし仕方がない。
でも、ベルさんからの指摘がセブさんの後継問題で本当によかった。俺の性格や容姿のことで糾弾されたら、躱しようもなくてぐだぐだになるところだっただろう。
「殿下。私の伴侶への懸念事項はそれだけですか。他にあったところで、それもくだらないものばかりでしょうが」
「くだらなくなんて…」
「どう考えてもくだらないでしょう。しかも下世話だ。他人の伴侶に子を産めるか責め立てるなど、品位に欠ける」
一気に顔色を悪くしたベルさんは、しばらく「でも」と何度も繰り返していたが、最後にぽつりと「私の方が先に好きになったのに」と儚げに呟いた後、俯いて黙り込んでしまった。
「エドワーズ。貴様もこの件に加担しただろう。殿下と貴様が組むと碌なことをしない。今回だけは議会に上げずにおいてやる。代わりに責任を持って殿下を城まで送り届けろ」
威圧感のあるセブさんの言葉に、一番ガタイのいい強面の護衛が無言で険しく眦を釣り上げたけど、「仕事の邪魔立てばかりしていると本当に細君に愛想を尽かされるぞ」とセブさんが付け加えると、途端に大きな体を小さくしてしょぼりと項垂れた。俺の後ろからノエルさんが「オリヴィア士長の旦那さんです」とこっそり教えてくれた。オリヴィアさんのことが大好きなことは何となくわかったので、よく頷いておいた。きっと、好きな子に意地悪しちゃうってやつだ。
セブさんは俺の手首を掴むと、もうベルさんたちを一瞥することもなく、まだ警戒を続けているセドリックさんの横をすり抜けた。あまり人の愛情表現に何かを思うのも詮索するのも失礼だろうと、俺も余所見はせずにセブさんの姿だけを見つめて後に続いた。
礼拝堂前の階段を登ると、入口横に立った薄灰色の服を着た神官が「セバスチャン・バルダッローダ様、ハバト・バルダッローダ様ですね。お待ちしておりました」と扉を押し開けて中に招き入れてくれた。通りでの騒ぎを見ていただろうに、それには一言も触れず、顔色も変えないのは素晴らしいなと思う。
案内されるままに、礼拝堂中央の女神像前に立つ。正面扉を閉じてしまえば通りの雑踏はほぼ聞こえず、とても静かで厳かな空間だ。
礼拝堂は円柱型の建物で、中央の女神像を取り囲むように礼拝客用の長椅子が複数置かれている。大きく取られた天窓から降り注ぐ、陽の光が全て女神の降臨光のようでキラキラとキレイだ。
女神像のすぐ真下の壇上にはもう一人、白い長衣の上に濃紺の羽織りを着た女性の神官がおり、淑やかな声で神官長を名乗った。神官長はセブさんと俺に平等に視線を配り、小さく頷いた。
薄灰色の服を着た神官が、「両名、女神の御前に膝を付き給え」とゆったりとした声で促したので、無言でそれに従う。
「高き空支えし女神の名の下に、お二人の縁が定まり一つになることを慶び申し上げます」
神官長の耳当たりのいい声が張られて、礼拝堂内に美しく響く。
つい、と静かに持ち上げられた神官長の指先に虹を砕いたような七色が光ると、それがすぐ舞い上がり小さな光の粒になって、礼拝堂内にゆっくりゆっくり降り注いだ。
これはたぶん魔力の粒だ。でも、魔法じゃない。目に見えるけど、まだ何も魔法としての強制力を与えられてない純粋な魔力だ。
「命が女神の御下に還るその時まで、結ばれた縁を解かず切らず、今生の伴侶と喜びを分け合い、悲しみを守り合い、苦しみを称え合い、共に生きていくことを誓いますか」
神官長が俺を見て「誓いを立てられますか?」と言葉を促したので、俺は慌てて「はい!」と場違いに元気な返事をしてしまった。それでも優しい女神の代弁者はにこりと慈悲深く微笑んで頷いてくれた。
次に神官長はセブさんに視線をやって、「誓いを立てられますか?」と同じく尋ねた。
「誓いを立てます。命還ったとしても、永遠に」
と言って、セブさんは射抜くような目で神官長を見つめ返してから、俺の方を見てゆっくり破顔した。優しくて、愛おしくて、胸がきゅっとする。
今一度強く頷いた神官長が「強き誓いを立てられた二人の前途が豊かなものであるように、女神の祝福を」と朗じてもう一度指先を持ち上げると、舞い落ちる魔力の粒が少しだけ光を強めた。魔力の粒が、強制力のある作為ではなく、代わりに純粋な願いだけを込められてキラキラ輝く。こんなキレイな魔法の使い方があるのかと、ぼんやり見惚れてしまう。
「綺麗だ」
セブさんの言葉に同意しようと口を開きかけて、彼を見るがその目がキラキラではなく俺だけを見ていることに気付く。白金色の長い長い睫毛に縁取られた、深い深い色味のエメラルドが、光の粒を反射してこの世の何よりもキレイだ。
「セブさんが一番キレイです」
俺が笑うと、セブさんがやおら立ち上がり、俺を軽々と抱き上げたので焦った。祝福の授受は終わりでいいのかな?ちらりと神官長を見ると、厳かなお仕事は終了したらしく、にこにこと優しいお姉さん然とした笑顔で「お幸せに」と小さく拍手を送られた。
「ハバト、目移りするな」
「…しませんよ。するわけないでしょ。セブさんのこと、こんなに大好きにさせたくせに、そんなこと言わないで」
じっと瞳を覗き込むと、俺だけの宝石の人はそれはそれは幸せそうに笑った。
「永遠に愛している。決して離さないよ、私の魔女」
「俺も、ずっとずっと愛しています」
幸せな願いの込められた光の降り注ぐ中、どちらともなく俺たちは口付けた。
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