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無敵の伴侶2

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「ハバト様の素顔が可愛らしいのも、許されてる一因ではあるんじゃないですか?」

「え!それだけはないと思います」

 あまりに予想外なノエルさんの推測に、驚いて手に持っていたティーカップをソーサーにぶつけてしまった。
 俺を可愛いなんて言ってくれるのはセブさんだけだ。リャクマでもずっと素顔で過ごしていたけど、誰にもそんなこと言われたことがない。
 でも何故か、セドリックさんまでノエルさんの話に「あるある」と頷いている。本当にこの二人は仲良いな。

「セバスチャン様から伺いましたけど、ハバト様の髪色と顔立ちは、南の雪原大陸の出身の方の特徴だとか。異国情緒があって、私は可愛らしいと思いますよ」

「目がでかくて鼻が小せえから小動物みがある」

「あ、えっと、ありがとうございます…」

 セドリックさんのは褒めてるのかよくわからなかったが、いちおうお礼を伝えておく。リスになったことがある身としては複雑だ。とりあえずあの時が俺の人生の中での可愛さのピークだったことだけは確かだ。

「自信持ってくださいな。セバスチャン様の努力の甲斐もあって、市井でのハバト様の人気はなかなか高いんですよ。セバスチャン様とハバト様を題材にした恋愛歌劇が作られるかもしれないなんて話も小耳に挟みましたよ」

 おっとりと微笑んだノエルさんが、とんでもないことを告げた。俺はその衝撃にどっと冷や汗をかく。

「それは絶対ダメなやつです!そんなもの作られたら俺ここで生きていけないです!ハービルに帰って…いや、もう国を出るしかないかも……」

 俺たちの話をよりによって歌劇になんてどうやったら出来るんだ。ただ治療しただけなのに、それを歌や芝居にされるなんて恥ずかしさの拷問だ。それに、元々人並み外れてキレイなセブさんならいいけど、並以下の俺が美化されてキレイな舞台俳優が演じるなんて思ったら、想像するだけでぞわぞわする。

「あー、マジやめてくださいよ。冗談でもハバト様が国を出るなんて言ったら、ガチで国ごと滅ぼす勢いで怒り狂う人がいるんすからねえ」

「何故私のハバトが国を出るのだ?」

「「あ、やば」」

 ノエルさんとセドリックさんの声が、狙ったみたいに完全に重なった。この二人はどこまで気が合うんだ。
 俺たちがいる居間の扉の方を振り向くと、そこには煌めく白金色の長い髪と濃緑色の瞳を持つ、長身の美丈夫が腕を組んで立っていた。彼ならこのままで十分舞台にだって出られるだろう。

「セブさん、おかえりなさい」

 幾分眦を釣り上げていたセブさんだったが、俺がソファーから立ち上がってそばに駆け寄ると、直ぐ様破顔して抱き締めてくれた。

「ただいま、ハバト。何の話をしていたんだ?話の如何によっては仕置きが必要だな」

 不穏なことを言いながらも、俺がぎゅっと抱きつくと俺のふわふわと跳ねる赤毛に優しく何度も口付ける。嬉しくて俺はセブさんの厚い胸板に頬を擦り付けながらくふくふと笑う。幸せで胸がいっぱいで、頬がぽかぽかする。

「セブさんと俺のことが歌劇の演目になるんじゃないかって話をしてて、そんなもの作られたら絶対嫌だって話をしてたんです。それだけです」

 俺がセブさんを見上げて笑うと、セブさんの左手が俺の頬に添えられてするすると撫でた。彼の薬指に嵌められた白金が優しく頬を掠める。

「そんなもの、私が許可しなければ歌劇になどなり得ない。安心していい。第一、私の唯一無二のハバトを他人が演じるなど許しようもない」

 美しく精悍な顔がゆっくり近付いてきて、唇と唇が触れる。

「……他の人がいるところでは恥ずかしいです」

 そう言いつつも避けなかったのは、彼からのキスが嬉しくて仕方がないからだ。止めなかったのだから俺も同罪だろう。
 ちらりと横目でノエルさんとセドリックさんを見れば、何にも見てませんと言わんばかりに二人して背を向けていた。気を使わせてすみません。

「君が国を出る理由など、私が全て排除する。私を置いていくな、ハバト」

 切なげな声が囁いて、俺の首筋にも口付ける。くすぐったくも気持ちがよくて、小さく吐息が漏れてしまう。

「万が一俺が国を出なきゃいけなくなっても、セブさんは一緒に来てくれるんでしょ?」

「ああ、もちろんだ。君が望むならどこまででも行こう」

 嬉しそうに何度も口付けを繰り返すセブさんがなんだが可愛くて、腕を伸ばしてそのキレイな癖のない髪を梳くように撫でる。さらさらつやつやで触り心地がとてもいい。
 いつの間にかこちらに向き直ったノエルさんたちが、「見事に手のひらで転がされてる」「鋼鉄様ころころだな」と野次っていた。セブさんはこういうことは言われてもあんまり気にしないんだよな。不思議。

「いつか、王都の大仕掛けを使った舞台劇も観てみたいと言っていただろう。ハバトさえ良ければ私の次の休みに共に行かないか?」

「わ!行きたいです。楽しみですねえ」

 出会ったばかりの頃の、だいぶ前のことなのに、王都の劇場に行ってみたいって俺が言ったことを覚えててくれて嬉しい。

「ハバトが観劇を喜んでくれることは嬉しいが、次のことより今日の予定の方が大事だろう。君の準備が出来次第向かおうか」

「はい!少しだけ待っててくださいね。髪を括ってきます」

 俺がセブさんから体を離してポケットからお気に入りの髪結い紐を取り出すと、それを流れるような所作でセブさんの手が攫っていった。

「私がやろう。いつも通りにすればいいか?」

「んふふ。お願いします」

 腰に手を添えられて、ソファーに座るように促された。
 髪結い紐がよく見慣れたものだと気付いたらしく、俺の髪に手櫛を入れながら、「君はいつもこればかり身に着けているな」と笑った。彼から初めてもらったものだから一番思い出があってつい選んでしまうのだ。俺が「だって、嬉しかったから」とぼそりとこぼすと、全てを察している彼は優しい声で「そうか」とだけ応えた。

 柔らかくてすぐ逃げてしまう俺の赤毛を、セブさんの手が器用に集めて梳いてくれるのが心地良い。硬くて大きくて優しい、俺の大好きな手だ。

「…リャクマで見掛けた恋愛劇の演目なのだが、雪原大陸の生まれの男が、旅の途中で北の果ての魔女と恋に落ちる悲恋劇があるそうだ」

 雪原大陸の生まれなら、きっと俺のような鮮血色の赤毛だろう。そして、雪原大陸から見れば、きっと濃石の森は北の果てだと思う。
 ただの偶然だと言ってしまうのは簡単なのだけど、セブさんはそう思わなかったから、この話を俺にしてくれているのだろう。

「父も母を愛していたらいいなって、思ったことは何度もあります」

 そんなこと、確かめようもないから口にしたことはなかったけれど。

「愛があるからこそ離れることもあるのだろう。私には出来ないことだがな」

 髪を括り終えた優しい手が、俺の頭を撫でて、頬を撫でて、顎まで滑ると振り向くように引き寄せられてキスをした。

「俺は離れない愛を選ぶ貴方がいいです」

「私の魔女がそう思ってくれて何よりだ」

 彼は俺の前に回ると、とても嬉しそうに微笑んで恭しく手を差し出した。

「さあ、行こうか。私の伴侶」

「はい。俺の旦那様」

 セブさんを真似て返事をしたら、「罪深い愛らしさだ」と、俺が彼の手を取るより速く抱きすくめられてしまった。
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