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無敵の伴侶1
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リャクマから戻ってから、俺はハービルには戻らずにそのまま王都に住み始めた。今はひとまず、以前お世話になった、セブさんのご実家所有のお屋敷に住まわせてもらっている。セブさんのご両親はこのお屋敷をセブさんに下げ渡しても構わないと言ってくださってるらしいし、セブさんもそれでいいと思っていたようなのだが、俺がうっかり「もっとセブさんとずっとくっついていられるような小さい家がいいな」とこぼしてしまった為、俄然その気になってしまったセブさんが忙しい合間をぬって新居探しをしてくれているところだ。暇な俺が探した方が絶対いいと思うんだけど、セブさんに「ハバトは危険意識が低いから駄目だ」とばっさり切り捨てられた。何度聞いても、答えは同じで絶対に駄目らしい。俺が信用ならないならオリヴィアさんたちと一緒に探すと言ったら、「私とハバトの家を他の人間に選ばせてたまるか」ととんでもなく怖い顔をされたのでもう諦めた。その後しばらく不機嫌そうにしてたのけど、散々くっついて謝ったら許してもらえた。
王都はハービル村と比べるのもおこがましいほど大きくて、たくさんの人であふれている。最近はオリヴィアさんたちと一緒なら街中に出ることも許可されるようになってきた。セブさんは俺をいつまで子供扱いする気なんだろう。
人が集まるところに住んでいると、当たり前だけどひとりひとり立場も考え方も暮らしぶりも違うと実感する。でも、王都くらい人がいっぱいいると、そんなバラバラなはずの立場や考え方もざっと大きく括られて区分分けされる。その上、大きな声でいろんなことが主張される中にいると、元々は同じ考え方同士の人たちも急に反発し合ってしまうこともあったり、その逆もあるらしく、人の考えとか感情の流れは本当に難しいなと思う。片田舎の森の中でずっと暮らしていた俺は、あまりの人に関わることなく生きてきたし、そういう民意とか世論とか呼ばれる難しいものをどうこうしようとか、出来るだなんて考えたことすらない。
でも、俺は今朝オリヴィアさんに買ってきてもらった王都周辺で発行されている大手一般紙や読売を読み比べながら、“これ”は俺の旦那様の仕業なんだろうか、と首をひねる。
「ハバト様、何か気になる記事でもありましたか?」
今日の俺の護衛はおっとりした雰囲気の女性騎士のノエルさんと、その相棒の真面目そうで真面目じゃない男性騎士のセドリックさんだ。あまり護衛らしくかしこまっていられると俺も居心地が悪いので、この二人くらい緩く接してくれると助かる。
今も、ノエルさんは俺と同じソファーに腰掛けこそしないものの、窓の近くに立って俺と同じ紅茶を飲みながら話しかけてくれた。
「どの刊行物にもセブさんと俺の結婚のことが大きく載ってるんですけど、どれも俺のことやたらと褒めちぎってて怖いんですよね。俺、男だし平民だし田舎者だし、英雄様と結婚なんて絶対歓迎されないと思うんですけど」
記事の書き口の穏やかな一般紙はまだしも、なかなか辛辣なことも書いてある読売の類までも、俺の存在を歓迎口調で書いてあるのがとても違和感だ。絶対悪口のひとつやふたつやみっつ書かれると思ったのに。
「ハハハ。ハバト様への非難なんて、セバスチャン様が書かせるわけないじゃないですか」
ノエルさんは、たおやかな見た目に反して大口を開けて笑った。
「それはやっぱり、発行元に何か圧力とかかけたりしてるんでしょうか。あんまりそういうことすると、セブさんが嫌われそうで心配です」
セブさんは元々が高位貴族の出身だし、今回稀代の英雄として伯爵位も得たわけだし、きっとそういう権力や影響力みたいなものもすごいのだろう。俺には縁遠いこと過ぎて、権力とやらの使い方も想像がつかないけど。
手にしていた紙束を揃えて、目の前のテーブルの端に置く。座っていた立派なソファーから背を離して姿勢を正し、緩く湯気を立てる紅茶の入ったティーカップを口に運んだ。花の蜜が垂らしてあるらしく、甘くてとてもいい香りがする。今日の紅茶はセドリックさんが淹れてくれた。彼は意外とマメな性格で、もう俺はお客さんじゃないし、女中さんをつけなくていいとセブさんに言ったら、代わりにセドリックさんが動いてくれるようになってしまった。これじゃ意味がないけど、セドリックさんの女中さんぶりは完璧で文句の付け所がない。
「あーまあ、ハバト様の゙為ならそういうこともやりかねねえやなあ。でも今回はそんな小手先のことじゃなく、もっと手間をかけてるみたいっすよ。気持ち悪いくらい愛想振りまいてましたもん」
セドリックさんが茶菓子を俺に差し出しながら意味深なことを言い出した。俺の好きな堅めに焼かれたクッキーだ。ありがたく受け取って噛じる。甘さは控えめだけど、小麦とバターがとてもよく香って美味しい。
ノエルさんもセドリックさんの話を受けて「それそれ。本当に気味悪い」とケラケラ笑った。
「愛想?」
「結婚の件に関してだけは、あの他人嫌いのセバスチャン様が自ら話してるんすよ。取材だろうが、個人だろうが関係なくあの冷徹な鋼鉄様が愛想よくっすよ。そりゃあ気持ち悪いでしょうよ」
たまに冷徹とか冷淡とかセブさんは言われるが、俺はセブさんにそんな冷たい印象がないからピンとこない。セブさんはいつでも優しい。えっちの時だけはすごく意地悪だけど、それ以外はいつでも優しくて誠実だ。
「セブさんが愛想よく話したから、俺のことも悪く言えないってことですか?それだけで皆俺を許してくれるんですか?」
「そっすよ。誰にも笑わない鋼鉄様が、ハバト様がどれだけ献身的に自分を支えてくれて、自分がどれだけハバト様を愛してるか、ハバト様がどれだけ唯一無二かなんてゲロ甘な惚気を笑顔で話したら、こりゃハバト様のことぞんざいに扱ったらやべえやって皆気付くでしょ」
俺は触れたらやばいやつってこと?なんだか尻の座りの悪い扱いだ。クッキーをもう一枚口に放り込む。
「それに、セバスチャン様は騎士生命を危ぶまれた自身の呪いを、ハバト様が完全治癒されたことも明言しています。貴方の秘術のことは隠すより、先に広く知らしめて民衆意識を味方につけようとしているのでしょう。ハバト様がいなければ今のセバスチャン様もおらず、この国もエイレジンに攻め込まれていたかもしれないんですから」
「魔女の秘術は、俺じゃなくても使えるものですけど…」
おずおずと申し出ると、ノエルさんは苦笑いをして、セドリックさんがどでかい溜め息を吐いた。
「他の魔女が引き受けてくれるとは限らねえっすよ。引き受けてくれてもバッカみたいな報酬を要求されるかもしれない。悪辣な魔女なら呪い解いてやるから両目をよこせとか言い出したっておかしくねえんすよ」
「そうなんですか…?」
「そうっすよ。ハバト様程の秘術が使えるかわかんねえ魔女にそんな無茶言われてゴネられたら、その間に心臓まで石になって死んじまいますよ」
他の魔女のことはよく知らない。でも魔女の仕事をする時のばあばは怖かったから、そういう魔女もいるのかもしれない。
両目を無くしたセブさんを想像したらとんでもなく肝が冷えた。あの綺麗な宝石が失われたり、ましてや命を落とすことがなくて本当に良かった。
王都はハービル村と比べるのもおこがましいほど大きくて、たくさんの人であふれている。最近はオリヴィアさんたちと一緒なら街中に出ることも許可されるようになってきた。セブさんは俺をいつまで子供扱いする気なんだろう。
人が集まるところに住んでいると、当たり前だけどひとりひとり立場も考え方も暮らしぶりも違うと実感する。でも、王都くらい人がいっぱいいると、そんなバラバラなはずの立場や考え方もざっと大きく括られて区分分けされる。その上、大きな声でいろんなことが主張される中にいると、元々は同じ考え方同士の人たちも急に反発し合ってしまうこともあったり、その逆もあるらしく、人の考えとか感情の流れは本当に難しいなと思う。片田舎の森の中でずっと暮らしていた俺は、あまりの人に関わることなく生きてきたし、そういう民意とか世論とか呼ばれる難しいものをどうこうしようとか、出来るだなんて考えたことすらない。
でも、俺は今朝オリヴィアさんに買ってきてもらった王都周辺で発行されている大手一般紙や読売を読み比べながら、“これ”は俺の旦那様の仕業なんだろうか、と首をひねる。
「ハバト様、何か気になる記事でもありましたか?」
今日の俺の護衛はおっとりした雰囲気の女性騎士のノエルさんと、その相棒の真面目そうで真面目じゃない男性騎士のセドリックさんだ。あまり護衛らしくかしこまっていられると俺も居心地が悪いので、この二人くらい緩く接してくれると助かる。
今も、ノエルさんは俺と同じソファーに腰掛けこそしないものの、窓の近くに立って俺と同じ紅茶を飲みながら話しかけてくれた。
「どの刊行物にもセブさんと俺の結婚のことが大きく載ってるんですけど、どれも俺のことやたらと褒めちぎってて怖いんですよね。俺、男だし平民だし田舎者だし、英雄様と結婚なんて絶対歓迎されないと思うんですけど」
記事の書き口の穏やかな一般紙はまだしも、なかなか辛辣なことも書いてある読売の類までも、俺の存在を歓迎口調で書いてあるのがとても違和感だ。絶対悪口のひとつやふたつやみっつ書かれると思ったのに。
「ハハハ。ハバト様への非難なんて、セバスチャン様が書かせるわけないじゃないですか」
ノエルさんは、たおやかな見た目に反して大口を開けて笑った。
「それはやっぱり、発行元に何か圧力とかかけたりしてるんでしょうか。あんまりそういうことすると、セブさんが嫌われそうで心配です」
セブさんは元々が高位貴族の出身だし、今回稀代の英雄として伯爵位も得たわけだし、きっとそういう権力や影響力みたいなものもすごいのだろう。俺には縁遠いこと過ぎて、権力とやらの使い方も想像がつかないけど。
手にしていた紙束を揃えて、目の前のテーブルの端に置く。座っていた立派なソファーから背を離して姿勢を正し、緩く湯気を立てる紅茶の入ったティーカップを口に運んだ。花の蜜が垂らしてあるらしく、甘くてとてもいい香りがする。今日の紅茶はセドリックさんが淹れてくれた。彼は意外とマメな性格で、もう俺はお客さんじゃないし、女中さんをつけなくていいとセブさんに言ったら、代わりにセドリックさんが動いてくれるようになってしまった。これじゃ意味がないけど、セドリックさんの女中さんぶりは完璧で文句の付け所がない。
「あーまあ、ハバト様の゙為ならそういうこともやりかねねえやなあ。でも今回はそんな小手先のことじゃなく、もっと手間をかけてるみたいっすよ。気持ち悪いくらい愛想振りまいてましたもん」
セドリックさんが茶菓子を俺に差し出しながら意味深なことを言い出した。俺の好きな堅めに焼かれたクッキーだ。ありがたく受け取って噛じる。甘さは控えめだけど、小麦とバターがとてもよく香って美味しい。
ノエルさんもセドリックさんの話を受けて「それそれ。本当に気味悪い」とケラケラ笑った。
「愛想?」
「結婚の件に関してだけは、あの他人嫌いのセバスチャン様が自ら話してるんすよ。取材だろうが、個人だろうが関係なくあの冷徹な鋼鉄様が愛想よくっすよ。そりゃあ気持ち悪いでしょうよ」
たまに冷徹とか冷淡とかセブさんは言われるが、俺はセブさんにそんな冷たい印象がないからピンとこない。セブさんはいつでも優しい。えっちの時だけはすごく意地悪だけど、それ以外はいつでも優しくて誠実だ。
「セブさんが愛想よく話したから、俺のことも悪く言えないってことですか?それだけで皆俺を許してくれるんですか?」
「そっすよ。誰にも笑わない鋼鉄様が、ハバト様がどれだけ献身的に自分を支えてくれて、自分がどれだけハバト様を愛してるか、ハバト様がどれだけ唯一無二かなんてゲロ甘な惚気を笑顔で話したら、こりゃハバト様のことぞんざいに扱ったらやべえやって皆気付くでしょ」
俺は触れたらやばいやつってこと?なんだか尻の座りの悪い扱いだ。クッキーをもう一枚口に放り込む。
「それに、セバスチャン様は騎士生命を危ぶまれた自身の呪いを、ハバト様が完全治癒されたことも明言しています。貴方の秘術のことは隠すより、先に広く知らしめて民衆意識を味方につけようとしているのでしょう。ハバト様がいなければ今のセバスチャン様もおらず、この国もエイレジンに攻め込まれていたかもしれないんですから」
「魔女の秘術は、俺じゃなくても使えるものですけど…」
おずおずと申し出ると、ノエルさんは苦笑いをして、セドリックさんがどでかい溜め息を吐いた。
「他の魔女が引き受けてくれるとは限らねえっすよ。引き受けてくれてもバッカみたいな報酬を要求されるかもしれない。悪辣な魔女なら呪い解いてやるから両目をよこせとか言い出したっておかしくねえんすよ」
「そうなんですか…?」
「そうっすよ。ハバト様程の秘術が使えるかわかんねえ魔女にそんな無茶言われてゴネられたら、その間に心臓まで石になって死んじまいますよ」
他の魔女のことはよく知らない。でも魔女の仕事をする時のばあばは怖かったから、そういう魔女もいるのかもしれない。
両目を無くしたセブさんを想像したらとんでもなく肝が冷えた。あの綺麗な宝石が失われたり、ましてや命を落とすことがなくて本当に良かった。
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