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私の魔女1(セブ視点回想)

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 自身が公爵家の人間であることに、何の不満もない。人の上に立つことには当然苦労もあるものだが、だからといって我々に仕える人間や、市井の平民たちにもそれぞれの苦労があることも重々承知していて、特段自分の身の上が辛いなど考えてはいなかった。
 だから努力は貴族として恥じぬ程度にはしてきたつもりだ。爵位を継ぐ兄と違い、求められる資質が明示されているわけではなかった。だが、だからこそ兄とは違った分野で評価を得ようと思ったのが、王立騎士団を志した切っ掛けだった。

 王立騎士団の団員は、私のように長子でない貴族子息が非常に多かった。しかし、私が入団後最初に配された王立騎士団近衛部には、身一つで武功を立てようなどと考える者は殆どおらず、私は大いに戸惑った。近衛部は王城と王都警備が主であり、式典警備なども担うことから花形部署だ。猛々しさより華々しさを求められる職務だった。
 決して、近衛部の職務自体を軽んじたりはしていない。ただ、自身の武芸に対する努力を買われて入団出来たのだと、その武を奮えるものと猛っていた私の鼻っ柱は折られる形になった。日々褒めそやされ嫉まれるのは、私が努力した結果ではなく、生まれ持っている容姿だけだった。それが当時子供だった私にとっては酷く面白くなかった。

 遠征部への異動願いは、近衛部長からは強く止められたが、それ以外はすんなり通った。それが18の時だ。近衛部長は私を丁重に扱うべき公爵家からの預りものだとでも思っていたのだろう。やたらと私に怯え、腫れ物のように接するきらいがあり滑稽だった。私は自身に何があろうと実家の権力に縋る気はさらさらないし、いっそ騎士団に骨を埋める気でいるというのに。

 遠征部の任務は、初年から苛烈だった。地方での魔獣駆除の依頼が多い年で、国の端から端まで悪路の中を行かされた。ついでのように国境を接した隣国への貸出戦力扱いを受けて、当初聞かされていた任務量の倍を割り当てられた。過酷だったが、飾りもののような扱いを受けるよりずっとマシだった。
 この時、私の記憶にはあまり残っていないが、同じ中隊にスペンサーも所属していたらしい。伯爵位の嫡男が長く遠征部にいることは、私のような存在より更に稀で、そこから十年近く同僚として過ごすことになるのだから腐れ縁としか表現のしようがない。
 スペンサーとはその一年後に同じ小隊所属になったことで関わりを持つことが増えた。

 スペンサーは、当人が26になった年に許婚と結婚した。それ自体には何の関心も湧かなかったが、他人と家族になりそばに置き続けなければいけないなど、全く持って面倒な慣習だと思った。家督を継ぐ人間は婚姻も必然だ。私にその鉢が回ってくることのないよう、兄には末永く頑健でいてもらわねばならない。

 近衛部内には女も少なくないが、遠征部は典型的な男所帯だ。若輩者は付き合いと称して、遊技場や娼館に頻繁に連れ出される。これもまた私にとっては苦痛だった。酒を飲めるだけの場ならば良かったのだが、どこに行っても何の利にもならないくだらない媚を受ける。女と目が合えば、言葉を交わせば、それだけでまるで情婦のように振る舞われる。私の意思など関係なく、様々な女と恋仲の噂が流れては消えた。それは、騎士団内に留まらず、市井にまで広く流れているというのだから心底理解出来ない。肯定することなど以ての外だが、例え否定したとしても噂をする者たちを喜ばせ、火に油を注ぐことになると知って尚一層呆れた。
 そういった噂話を聞く度、私が人をそういった意味で愛することなどないだろうし、その必要もないと思った。



 武芸を磨き、場数を熟し、効率を上げていけば等しく評価を得られる。その遠征部の構造の解り易さは、私にとっては非常に心地良かった。より上に行くには知略と人脈も必要にはなるが、それらを欠いているつもりもない。
 嫌厭される長い遠征任務を進んで引き受け、非番や公休には修練に明け暮れた。そうすれば遊技場などへの不要な誘いも減り、都合も良かった。寝て起きて飯を食い任務か修練を熟すばかりの日々。娯楽など時折一人で嗜む酒くらいで十分だった。
 そんな暮らしをしていても、市井では私の艶聞が飛び交っていたらしい。騎士団内でも笑い草だ。私の家柄と容姿に勤勉さが相まって大衆受けするのだとか、もはやセバスチャン・バルダッローダ自体が大衆娯楽なのだとか、同僚たちからもくだらない揶揄を受ける。そんな下世話な扱いを受ける為に私は生きているわけではない。本当に嫌になる。



 遠征部での勤務十年目に、今まで積み重ねた実績と勤務態度を認められ、先の大規模な魔獣狩りで空きの出た大隊長の席への推薦を得た。戦時下でもない我が国で、上位の役職が空くことは滅多にあることではなく、それが千載一遇であることは明白だった。

 そんな折に、私が居合わせた商業都市からの取引品の奉上の場にて、奉じられた呪具が一つ誤作動を起こした。私は当然の職務として、その場に臨する最も地位の高い第一王女を庇い立てだのだが、その判断がその後の私の人生を大きく変えた。
 誤作動したのは、地方宗教でよく見られる、祝いと呪いを共に固く閉じ込めた縁起物の特殊な呪具だったが、取り扱いが不安定だったのだろう。祝いと相殺されることなく、呪いだけが溢れたらしい。
 私が受けたものは一見にして、その場にいる者全てに知れた。私の左手は、一瞬にして石と化し、粗い刃で刻まれるような痛みを伴って指先から崩れ落ちたのだ。この時落ちたのは小指全てと薬指の先だった。
 さざ波のように広がるどよめきと、壊れたように泣き叫ぶ第一王女の声が酷く不快だ。これ以上騒がれても面倒だと、石の手と、痛みにより滲む油汗を隠して私はその場を離れた。

 この後に、利き手の負傷を理由に大隊長への推薦が取り下げられた。一部では、大隊長の座を狙った中隊長の誰かの企てだったのではと勘繰る者もいたが、そんなものを今更探ってどうするというのだ。ただ、私の詰めが甘かった。それだけは揺るぎない事実だった。

 痛みは石化が進む度に定期的にやってくる。王宮抱えの医師、薬師、魔法治療士、祈祷師、呪術師、全てが入れ代わり立ち代わり私の治療と解呪を試みたが、何一つ成果はなかった。近衛でもない私があの場に呼び付けられたのは、第一王女の希望があってのことだったらしく、国王は多少なりとも責任を感じ、王族の息のかかった者たちを次々に送って来たが、正直いい迷惑としか言えない。そんな一通りの治療法はとっくに私自身の伝手で試している。第一、王族に借りを作りたくはなかった。国王が「鋼鉄の騎士の前途を閉ざしてしまった償いに、第一王女を嫁がせようか」と愚にもつかない話をしていたからだ。何故、利き手を失った上に、王家の悍馬を貰い受けなければいけないのだ。駄馬の厄介払い先はもう決まっているだろうに。



 地獄のような国王の提案をこれ以上聞きたくない一心で、団から暇を貰い私は地方に逃げた。同僚たちに「呪いは魔女の得意分野だ」「国の北東の果てに聡明な魔女がいるらしい」と囃し立てられ、それに乗っかった形だ。
 そして、訪れた果ての森で、私は愛おしくてたまらない私の運命と出会った。
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