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交歓会2
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肩を震わせ、今にも泣き崩れてしまいそうな儚い姫君は、真っ直ぐにセブさんを見つめている。
「セバス様。何故他所の女をそのように目に掛けるのですか! 私に仰っしゃりたいことがあるのではないのですか!」
うう、と嗚咽をこぼして両手で顔を覆ってしまった ベルさんに、背の高い侍女が駆け寄りハンカチを手渡す。その横には、前に少しだけ見かけた小柄な護衛も様子をうかがうように立っている。
周囲が静まり返り、物見高い目を向けられているのがわかる。そこにぽつりと、「治療士と偽って妾を囲う算段か」と誰かがこぼした嘲りが聞こえた。
腹の奥に嫌な感情が渦巻く。セブさんは素晴らしい人なのに。セブさんのおかげで助かった人たちはいっぱいいるのに。俺がここにいるせいで、セブさんほどの人が品のない侮蔑を受けるなんて。
セブさんを愚弄した人間へと怒りと、自分への嫌悪感で頭がくらくらする。「違う」って言わないと。俺は彼にとってただの治療士で、彼は俺への償いのつもりで特段優しいだけで。
本当にそうなのか…?あんなことの償いのためだけに、彼は俺に触れ続けるのか?愛おしいはずのベルさんを泣かせてまで?
急激に、自分勝手な馬鹿げた期待が湧き上がってきて、俺はセブさんを仰ぎ見た。俺の視線にすぐさま気付いた彼は、その視線をしっかり受け止めて幸せそうに笑った。
「殿下は何か勘違いをしているようですね」
「勘違い…?」
華奢な指の隙間から覗いた薄氷は、悲しみより怒りがこもっているように見えた。
「貴台は婚約者がいる身でしょう」
セブさんが俺の腰を抱いたまま、ベルさんを見て薄情に口の端を上げた。冷え冷えとした表情だったが、それを向けられた当人は「ああ、そういうことですの」と、何故か嬉しそうな声を出した。
両手の取り払われた彼女の顔に、泣き跡はなかった。
「セバス様は、私とジャスティン皇子の婚約を早く解消させようと、そんな女を使って当てつけていたのですね。それなら問題ありませんわ。セバス様との婚約と同時に公表するつもりでまだ公にしておりませんでしたが、つい先日ジャスティン皇子は別の人間との婚約変更が済みましたの」
ベルさんがさらりと口にした事柄に、周囲が驚きざわつく。以前彼女はサンロマリナには恩があるから婚約破棄出来ると言っていたが、賓客たちの渋い顔から、婚約者の変更はあまりあっていい話ではないんだろうと察せられた。
そんな周囲の否定的な反応を、ベルさんは気にした様子もなくセブさんだけを見つめてにっこり笑っている。とても愛らしい笑顔のはずなのに、何故か底が知れない恐ろしさを感じる。
「その婚約変更は、ここ二日程で急遽為されたものではないですか」
「………もしそうだとして、何か問題が?」
「ならばジャスティン皇子のお相手は、第二王女のブリジット殿下でしょう」
ベルさんの表情が明らかに翳った。ベルさんにとっては何か都合の悪いことなのかもしれない。
「…ジャスティン皇子の婚約相手など、今は関係がないことじゃない。大事なのは私たち二人のことでしょう?」
「関係のないことではありません。叙爵式を終えるまでが最後の契機だと、ジャスティン皇子にブリジット殿下との婚約を後押ししたのは私です」
パッと花が咲くように、ベルさんに喜色が戻る。握り締めていた、侍女から受け取ったハンカチを流れるように床に投げ捨てた。
「やはり、セバス様は私の婚約解消を急ぎたかったのですね。それならば、回りくどいことをせずに最初から私にそう仰ってくださればよかったのに」
ころころと表情を変えるベルさんと対照的に、セブさんは背筋が冷えるほど、硬質で陰りのあるエメラルドの瞳をしている。
「ジャスティン皇子は、永くブリジット殿下を想っておいでだったでしょう。貴台と婚約をする前からずっと。愛おしい人を諦めてしまって本当に良いのか、二晩前にジャスティン皇子に問いました」
こちらへ足を踏み出そうとしていたベルさんが、唐突に動きを止める。笑顔も完全に消え、小さな顔の色白さばかりが際立つ。
「…そんな訳ないわ。ブリジットは見た目も性格も地味だし、昔から身体も弱くて子供を産めるかも怪しいのに、私よりそんな子を好むなんてことあるわけないじゃない」
力なく話すベルさんはとても儚くて、こんな状況でさえなければたくさんの人が手を差し伸べただろう。そんな庇護欲をそそるベルさんに対して、セブさんは微塵も動じることなくあまつさえ突き放すようにくつくつと嗤った。
「人は美点だけを愛す訳ではありません」
そう言って、セブさんは再び俺を抱き寄せて、仰ぎ見る俺の額に口付けを落とした。「そんな」「だって」と細切れの言葉を呟くベルさんの唇は震えていて、酷く動揺しているのがわかった。
「セバス様は私を愛しているのですよね?貴方の部下たちも専ら噂していたし…」
「男所帯の異性の噂などただの言葉遊びです。殿下はそれを真に受けていたのですか?私が貴台に愛を告げたことなど一度もないのに」
「巷でも噂に…」
「それこそただの創作物でしかない」
「そんな…」
息を飲んで俯いたベルさんは、静かに両手で顔を覆うと黙り込んでしまった。
「これ以上話すことはないでしょう」
冷めた目のまま、セブさんは満足気に嗤った。見慣れぬ冷淡な彼を、俺はただぼんやりと見つめた。
その場に崩れ落ちたベルさんに、先程の侍女だけが駆け寄って手を差し伸べた。
「セバス様。何故他所の女をそのように目に掛けるのですか! 私に仰っしゃりたいことがあるのではないのですか!」
うう、と嗚咽をこぼして両手で顔を覆ってしまった ベルさんに、背の高い侍女が駆け寄りハンカチを手渡す。その横には、前に少しだけ見かけた小柄な護衛も様子をうかがうように立っている。
周囲が静まり返り、物見高い目を向けられているのがわかる。そこにぽつりと、「治療士と偽って妾を囲う算段か」と誰かがこぼした嘲りが聞こえた。
腹の奥に嫌な感情が渦巻く。セブさんは素晴らしい人なのに。セブさんのおかげで助かった人たちはいっぱいいるのに。俺がここにいるせいで、セブさんほどの人が品のない侮蔑を受けるなんて。
セブさんを愚弄した人間へと怒りと、自分への嫌悪感で頭がくらくらする。「違う」って言わないと。俺は彼にとってただの治療士で、彼は俺への償いのつもりで特段優しいだけで。
本当にそうなのか…?あんなことの償いのためだけに、彼は俺に触れ続けるのか?愛おしいはずのベルさんを泣かせてまで?
急激に、自分勝手な馬鹿げた期待が湧き上がってきて、俺はセブさんを仰ぎ見た。俺の視線にすぐさま気付いた彼は、その視線をしっかり受け止めて幸せそうに笑った。
「殿下は何か勘違いをしているようですね」
「勘違い…?」
華奢な指の隙間から覗いた薄氷は、悲しみより怒りがこもっているように見えた。
「貴台は婚約者がいる身でしょう」
セブさんが俺の腰を抱いたまま、ベルさんを見て薄情に口の端を上げた。冷え冷えとした表情だったが、それを向けられた当人は「ああ、そういうことですの」と、何故か嬉しそうな声を出した。
両手の取り払われた彼女の顔に、泣き跡はなかった。
「セバス様は、私とジャスティン皇子の婚約を早く解消させようと、そんな女を使って当てつけていたのですね。それなら問題ありませんわ。セバス様との婚約と同時に公表するつもりでまだ公にしておりませんでしたが、つい先日ジャスティン皇子は別の人間との婚約変更が済みましたの」
ベルさんがさらりと口にした事柄に、周囲が驚きざわつく。以前彼女はサンロマリナには恩があるから婚約破棄出来ると言っていたが、賓客たちの渋い顔から、婚約者の変更はあまりあっていい話ではないんだろうと察せられた。
そんな周囲の否定的な反応を、ベルさんは気にした様子もなくセブさんだけを見つめてにっこり笑っている。とても愛らしい笑顔のはずなのに、何故か底が知れない恐ろしさを感じる。
「その婚約変更は、ここ二日程で急遽為されたものではないですか」
「………もしそうだとして、何か問題が?」
「ならばジャスティン皇子のお相手は、第二王女のブリジット殿下でしょう」
ベルさんの表情が明らかに翳った。ベルさんにとっては何か都合の悪いことなのかもしれない。
「…ジャスティン皇子の婚約相手など、今は関係がないことじゃない。大事なのは私たち二人のことでしょう?」
「関係のないことではありません。叙爵式を終えるまでが最後の契機だと、ジャスティン皇子にブリジット殿下との婚約を後押ししたのは私です」
パッと花が咲くように、ベルさんに喜色が戻る。握り締めていた、侍女から受け取ったハンカチを流れるように床に投げ捨てた。
「やはり、セバス様は私の婚約解消を急ぎたかったのですね。それならば、回りくどいことをせずに最初から私にそう仰ってくださればよかったのに」
ころころと表情を変えるベルさんと対照的に、セブさんは背筋が冷えるほど、硬質で陰りのあるエメラルドの瞳をしている。
「ジャスティン皇子は、永くブリジット殿下を想っておいでだったでしょう。貴台と婚約をする前からずっと。愛おしい人を諦めてしまって本当に良いのか、二晩前にジャスティン皇子に問いました」
こちらへ足を踏み出そうとしていたベルさんが、唐突に動きを止める。笑顔も完全に消え、小さな顔の色白さばかりが際立つ。
「…そんな訳ないわ。ブリジットは見た目も性格も地味だし、昔から身体も弱くて子供を産めるかも怪しいのに、私よりそんな子を好むなんてことあるわけないじゃない」
力なく話すベルさんはとても儚くて、こんな状況でさえなければたくさんの人が手を差し伸べただろう。そんな庇護欲をそそるベルさんに対して、セブさんは微塵も動じることなくあまつさえ突き放すようにくつくつと嗤った。
「人は美点だけを愛す訳ではありません」
そう言って、セブさんは再び俺を抱き寄せて、仰ぎ見る俺の額に口付けを落とした。「そんな」「だって」と細切れの言葉を呟くベルさんの唇は震えていて、酷く動揺しているのがわかった。
「セバス様は私を愛しているのですよね?貴方の部下たちも専ら噂していたし…」
「男所帯の異性の噂などただの言葉遊びです。殿下はそれを真に受けていたのですか?私が貴台に愛を告げたことなど一度もないのに」
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「それこそただの創作物でしかない」
「そんな…」
息を飲んで俯いたベルさんは、静かに両手で顔を覆うと黙り込んでしまった。
「これ以上話すことはないでしょう」
冷めた目のまま、セブさんは満足気に嗤った。見慣れぬ冷淡な彼を、俺はただぼんやりと見つめた。
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