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式の主役は2

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 叙爵式は、現国王のベネディクト陛下の祝辞から始まった。どうやら陛下は気長なおっとりした人物のようで、魔法で拡声された伸びやかな声で高らかに祝いの言葉を述べられた後、そこから何故かバルダス国の歴史の話を滔々と語り出し、現代までの産業発展の話までゆっくりなぞってから、また、騎士たちの偉勲についての話に戻った。そして、その長い長い話を経てうつらうつらし始める人が増えた頃、やっと此度の主役である騎士たちが壇上に上げられた。ご多分に漏れず思いっきり船を漕いでいた俺は、騎士たちを迎える観客たちの歓声に驚き、慌てて姿勢を正した。眠気の残る目を何度も瞬かせて、セブさんの勇姿に見入る。
 壇上のセブさんは誰よりも大きな歓声を受けているにも関わらず、客席に愛想を振りまくことはなくただ真っ直ぐ前を見据えている。普段の優しげな笑みが全くないことに不安になる。

「もしかして、セブさんまだわたしのこと怒ってるんですかね」

 横に立つオリヴィアさんを仰ぎ見ると、こちらに視線をくれずに、正しい騎士らしい姿勢のまま後ろ手を組み直した。

「怒ってるというより、貴方を失うことに怯えておいでなのでしょうね。あれ程危うげな主は私も初めて見ます」

「怯えて?」

 視線をセブさんに戻す。凛々しく精悍な彼に、怯えるという表現がピンとこない。猛々しい騎士たちの中にあっても、彼は一分も見劣りしない強さを兼ね備えているように見える。

「私も出来るならハバト様の意思を尊重して差し上げたいのですが、ひとまず今後の主の話を聞いてから身の振り方を決めてくださいませ」

「…はい」

 やっぱり、どうしてもセブさんの話とやらを聞かなければいけないらしい。結婚報告をされたら、お祝いの言葉だけは笑顔で言おう。オリヴィアさんの言い回し的に、セブさんから専属治療士になるように言われる可能性も高いと思う。もしそれを言われたら身の振り方をとても迷う。

 俺がうんうんと頭を悩ませていると、壇上の騎士たちの名が、ベネディクト陛下の朗ずるような声で次々と呼ばれた。
 四名に男爵位を、一名に子爵位を叙すと陛下が声高に宣言すると、一般席を中心に歓声と拍手が湧き上がった。大勢の人々が一様に歓喜するさまは、とても平和で尊いものに見えて胸が震える。これがセブさんの為したことの一端なのだと思うと、彼の正しい強さに感嘆の溜め息がもれた。
 俺が身を乗り出す勢いで壇上を見つめていると、子爵位を授かったのはセブさんが率いた小隊の副長だと、オリヴィアさんが説明を付け足してくれた。今回彼ら五名が授かったものは、正確には名誉爵位というものらしく、領地を持たない一代限りの爵位なんだそうだ。ただ、国からの扱いは変わる。免税や、国政に参加する権利、貴族との婚姻も許可され、他にも細々とした権利を得られるという。彼らの努力と功績が国中から認められたという最大級の証明だ。

 側仕えから宝剣を受け取った陛下は、それを膝を折った五名の名誉貴族に授けていく。国王陛下が笑顔を絶やさない人当たり柔らかな方なおかげで、騎士たちにも時折自然な笑顔が見られる。一国の王様だからと、勝手にもっと怖い人を想像していた。

「国王陛下はとても優しそうな方ですね」

 思わず安直な感想が口から出た。横からテノールの高さの、噛み殺したような短い笑い声が聞こえた。

「優しさの使い所もわからずにあんなじゃじゃ馬を生んでちゃあ、愚王と揶揄されるようになるのも時間の問題でしょう」

 明るいオリヴィアさんにしては珍しく、皮肉が強く語気も荒い。国王の話は彼女にとってはあまり気分のいい話ではないようだ。

「あの、なんでセブさんだけ他の方と一緒に叙爵されないんですか?何か違うんですか?」

 話題を変えると、そこでやっとオリヴィアさんの視線が俺に向けられた。ほんの少し険が残る目付きだが、にこりと笑ってくれた。

「主が頂く爵位は、名誉爵位ではないのだと思われます」

「爵位にそんなに種類があるんですか?」

「フフ。あるにはありますが、今回主が受けるものは、領地を伴う世襲可能な爵位だろうという単純な話です。元々高位貴族の御子息であるセバスチャン様に名誉爵位を授けたところで、形ばかりの賞揚にしかならず周辺国が納得しないでしょう」

 確かにそうだと、俺はふむふむ頷いていたが、よく考えたら、それってセブさんが領主様になるってことだ。それは一大事だ。俺は勢いよく顔を上げた。

「騎士で領主だなんて、セブさん忙しくて倒れませんか?栄養薬とか差し入れたら駄目ですか?」

 慌ててオリヴィアさんに意見を求めると、顔を背けて失笑されてしまった。領民でもない田舎平民が領主様に差し入れなんて、常識がなさ過ぎただろうか。恥ずかしくて顔に熱が集まる。

「ああ、笑ってしまって申し訳ございません。主がさぞお喜びになるだろうと思ったらつい」

「そうなんですか…?」

 喜んでくれるなら何よりだけど、多忙の根本的な解決にもならないし、俺には領主としてのセブさんの力になるのは難しそうだ。

「でもそうですね。騎士職と領地経営は両立出来ないと断言していいでしょう。セバスチャン様が騎士職を退くことは考えにくいですから、領地は弟君に経営を託すのが無難なところですね」

「なるほど」

 セブさんにとっては叙爵も領地も、それ自体は望んでいるものではないだろう。彼が本当に欲しいものが別にあることを、きっと誰もが知っている。そんなどうしようもないことを思ってまたしょげているうちに、五名の騎士の叙爵の儀は滞り無く完了した。新たに生まれた名誉貴族たちは、壇上の端に戻り後手を組んで待機姿勢を取った。

 後はセブさんの叙爵の儀を残すのみだが、客席にはまだ期待感が満ちている。どうやら、セブさんを目当てにここにいる俺のような人間が、思っているよりずっと多いようだ。
 国王がセブさんの名を口にするのを今か今かと皆が待ちわびる中、陛下はそれを躱すように壇下に視線を向けて大きく頷いた。
 そして、壇下から美しい赤毛のあえかな姫君が姿を現すと、会場は大いに湧いた。
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