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鋼鉄様の食客3
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きょろきょろと見回して声の主を探す。裏門の鉄柵の外に、淡い桃色の日傘を差した、女性らしき人影が見えた。いつからいたんだろう。さっきオリヴィアさんと楽団のことを話していた時にはいなかったはずだ。
そんなことを考えていたら、人影がこちらに手を振った。やはり声の主はあの人のようだ。
「何かご用ですか?」
門扉に近づきながら声を掛けると、女性ははっきりと頷いた。近くで見れば、一段と華奢な人だった。雰囲気から年頃は俺と同じくらいかと思うが、女性の年齢は俺にはいまいちよくわからない。
「貴方がセバス様の腕を治した治療士かしら?」
意思の強そうなハキハキした声だ。セブさんを愛称で呼んでいるし、腕の治療のことも知ってるってことは、たぶん親しい間柄の人なんだろう。
女性が日傘を傾けて、こちらをじっと見つめている気配がする。居心地が悪くて俺は俯きながら、自分の前髪を引っ張った。
「そうですね。こちらのお屋敷にではなく、わたしにご用ですか?」
「そうね。ここだとなんだし、落ち着ける場所でお話しましょう。こちらへ出て来てくださる?」
「あの、わたしここから動かないように言われているので、外には出られません。ごめんなさい」
日傘の女性は、艶々とした靴の片方の踵をカツン、と石畳に打ち付けた。その高い音に、俺の肩はびくりと跳ねた。
「誰にそんなこと言われたの?使用人?セバス様の治療士に口出しするなんて躾がなってないわ」
「そんな…」
そんなことない。女中さんたちもオリヴィアさんも、セブさんに熱心に仕えてるし、こんな俺にもよくしてくれる。
口を開こうと息を吸い込んだところで、「ああ、そうだわ」と日傘の女性が急に機嫌の良さそうな声を上げた。
「セバス様に会いに行きましょう」
「え。会いに行っていいんですか?」
セブさんの名を出されて、嬉しくてつい勢いよく顔を上げてしまう。顔を上げた先には、美しい赤毛の女性が勝ち気そうに微笑んでいた。俺の髪のような毒々しい赤じゃない。丁寧に焼かれた赤煉瓦のような、温かな赤みを帯びた茶色の長い髪が、艷やかに波打って肩先に掛かっている。吸い込まれそうな程大きなまんまるの目が印象的だ。
「あの方、ここ数日ずっと城で働き通しで私と会おうともしてくださらないの。でも命の恩人の貴方が一言言えば、もしかしたら出て来てくださるかもしれないわ」
薄氷のような淡い水色の瞳が強く俺を睨んで、「他の女に頼るのは癪だけれど」ととても低く呟いた。この人は、少し怖い人のような気がする。でも、セブさんと親しい人だからきっと悪い人じゃないだろう。
「セブさんのところに行きたいです。でもその前に、屋敷の人たちに出掛けると声を掛けて来ますね。少し待っていてください」
「いらないわ!」
俺が踵を返そうとすると、日傘の女性は怒気すら含んだような鋭い声でそれを引き止めた。臆病な俺はまた情けなく体を跳ねさせて彼女を振り返った。
「主人であるセバス様に会いに行くのだから、使用人には後からでもどうとでもなるわ。私急いでるの。早くしてくださらない?」
大きな声の早口でせっつかれて慌ててしまい、頭の中がきゅっと縮こまる感じがする。どこに行くかだけは伝えておかないと。
「あ、えと、書き置きだけさせてください」
震える声でそう告げる俺に、日傘の女性は不満げに「貴方書き置きなんて面倒なもの…」と言いかけたが、俺が簡易魔法で空中に魔力で自動筆記をすると黙ってしまった。必ず目に付くように少し光を強めて、温室の前に固定した。
「どちらへ向かえばいいですか?」
裏門の閂をズラして外に出てから、魔力操作でもう一度それを掛け直す。女性はその様子をじっと見ていたが、俺が声を掛けるとすぐさま「こっちよ」と不機嫌をにじませて歩き出した。
「ベル様。広場手前に馬車を着けてございます」
歩き出すとすぐ、木陰から鉄の胸当てを着け帯剣した護衛らしい細身の男が現れ、日傘の女性をベルと呼んで先導した。身分の高そうな女性なので、護衛がついていて当たり前なのだろうが、小心者の俺は例によって護衛が現れた瞬間「うっ」と間抜けな声を出して驚いてしまった。
裏門から大通りがあると思われる方向に歩くと、当然だが先程までかすかにしか聴こえていなかった、楽団の奏でる音楽が近付いてくる。すごい。初めて聴く音楽だけど、明るく勇ましくてとても聴き応えがある。
楽団は、大通りと小道が交わるところにある広場にいるようだった。ベルさんの馬車はその手前に駐められていて、初老の御者が一人と、小柄な護衛が更に一人待機していた。白と空色の複雑なデザインの馬車は、とても豪奢で上等なものに見える。もしかして、ベルさんは俺が思っている以上に尊い人なのかもしれない。
「ごうがぁぁい!号外だよ!」
ベルさんが細身の護衛の男に手を引かれ馬車に乗りこんだところで、広場から物売りらしき活気あふれた声が響いた。俺が足を止めてそれをまじまじと見ていると、御者の男が「読売はうるさいですよね」とにこやかに話しかけてくれた。
「あれ、読売って言うんですか?」
以前イヴァさんが言ってたことを思い出した。鋼鉄の英雄とセブさんを称したのは、読売などの王都での刊行物なのだと。
読売は王都だと当たり前のものなのだろう。俺の質問に、御者は意外そうに眼鏡の奥の小さな目を少しだけ大きくした。
「ああ、王都の人間でないと見慣れんものでしょう。どれ。一部もらってきてあげましょう」
「あ!でもわたし今お金持って無くて」
「お代はいいですよ。子供の菓子代程度のもんです」
物腰柔らかで親切な御者は、俺の返答を待たずに読売を買いに行ってしまった。
「勝手にこちらの使用人を使う真似はお止めください。読売など、後からでも手に入るでしょう」
ベルさんを馬車に乗せた護衛が、俺を咎めながらこちらに向かって来る。その手がすい、と持ち上げられたので反射的に身を固くしたが、その手が俺を打つことはなかった。
「御手をどうぞ。御者はすぐ戻るでしょう。馬車にお乗りになって、ベル様と御一緒にお待ちください」
手を、と言われた意味をすぐに理解できず、差し出された革手袋をはめた手を見つめる。
「…私のエスコートでは不満でしょうか」
先程ベルさんにしていたように、手を取って先導してくれようとしているのだとそこでやっと理解した。でも俺は首を横に振った。
「ごめんなさい。貴方が嫌だなんでことないですが、わたしにはエスコート?は不要です」
「…かしこまりました。足元にお気をつけくださいませ」
俺が「ありがとうございます」と簡潔にお礼をいうと、軽い会釈をしてから護衛の人は半歩下がった。真っすぐ伸びたその背筋が、セブさんを思い起こさせる。身につけているものもそれらしいので、もしかしたらこの人たちも騎士と呼ばれるものなのかもしれない。
そんなことを考えていたら、人影がこちらに手を振った。やはり声の主はあの人のようだ。
「何かご用ですか?」
門扉に近づきながら声を掛けると、女性ははっきりと頷いた。近くで見れば、一段と華奢な人だった。雰囲気から年頃は俺と同じくらいかと思うが、女性の年齢は俺にはいまいちよくわからない。
「貴方がセバス様の腕を治した治療士かしら?」
意思の強そうなハキハキした声だ。セブさんを愛称で呼んでいるし、腕の治療のことも知ってるってことは、たぶん親しい間柄の人なんだろう。
女性が日傘を傾けて、こちらをじっと見つめている気配がする。居心地が悪くて俺は俯きながら、自分の前髪を引っ張った。
「そうですね。こちらのお屋敷にではなく、わたしにご用ですか?」
「そうね。ここだとなんだし、落ち着ける場所でお話しましょう。こちらへ出て来てくださる?」
「あの、わたしここから動かないように言われているので、外には出られません。ごめんなさい」
日傘の女性は、艶々とした靴の片方の踵をカツン、と石畳に打ち付けた。その高い音に、俺の肩はびくりと跳ねた。
「誰にそんなこと言われたの?使用人?セバス様の治療士に口出しするなんて躾がなってないわ」
「そんな…」
そんなことない。女中さんたちもオリヴィアさんも、セブさんに熱心に仕えてるし、こんな俺にもよくしてくれる。
口を開こうと息を吸い込んだところで、「ああ、そうだわ」と日傘の女性が急に機嫌の良さそうな声を上げた。
「セバス様に会いに行きましょう」
「え。会いに行っていいんですか?」
セブさんの名を出されて、嬉しくてつい勢いよく顔を上げてしまう。顔を上げた先には、美しい赤毛の女性が勝ち気そうに微笑んでいた。俺の髪のような毒々しい赤じゃない。丁寧に焼かれた赤煉瓦のような、温かな赤みを帯びた茶色の長い髪が、艷やかに波打って肩先に掛かっている。吸い込まれそうな程大きなまんまるの目が印象的だ。
「あの方、ここ数日ずっと城で働き通しで私と会おうともしてくださらないの。でも命の恩人の貴方が一言言えば、もしかしたら出て来てくださるかもしれないわ」
薄氷のような淡い水色の瞳が強く俺を睨んで、「他の女に頼るのは癪だけれど」ととても低く呟いた。この人は、少し怖い人のような気がする。でも、セブさんと親しい人だからきっと悪い人じゃないだろう。
「セブさんのところに行きたいです。でもその前に、屋敷の人たちに出掛けると声を掛けて来ますね。少し待っていてください」
「いらないわ!」
俺が踵を返そうとすると、日傘の女性は怒気すら含んだような鋭い声でそれを引き止めた。臆病な俺はまた情けなく体を跳ねさせて彼女を振り返った。
「主人であるセバス様に会いに行くのだから、使用人には後からでもどうとでもなるわ。私急いでるの。早くしてくださらない?」
大きな声の早口でせっつかれて慌ててしまい、頭の中がきゅっと縮こまる感じがする。どこに行くかだけは伝えておかないと。
「あ、えと、書き置きだけさせてください」
震える声でそう告げる俺に、日傘の女性は不満げに「貴方書き置きなんて面倒なもの…」と言いかけたが、俺が簡易魔法で空中に魔力で自動筆記をすると黙ってしまった。必ず目に付くように少し光を強めて、温室の前に固定した。
「どちらへ向かえばいいですか?」
裏門の閂をズラして外に出てから、魔力操作でもう一度それを掛け直す。女性はその様子をじっと見ていたが、俺が声を掛けるとすぐさま「こっちよ」と不機嫌をにじませて歩き出した。
「ベル様。広場手前に馬車を着けてございます」
歩き出すとすぐ、木陰から鉄の胸当てを着け帯剣した護衛らしい細身の男が現れ、日傘の女性をベルと呼んで先導した。身分の高そうな女性なので、護衛がついていて当たり前なのだろうが、小心者の俺は例によって護衛が現れた瞬間「うっ」と間抜けな声を出して驚いてしまった。
裏門から大通りがあると思われる方向に歩くと、当然だが先程までかすかにしか聴こえていなかった、楽団の奏でる音楽が近付いてくる。すごい。初めて聴く音楽だけど、明るく勇ましくてとても聴き応えがある。
楽団は、大通りと小道が交わるところにある広場にいるようだった。ベルさんの馬車はその手前に駐められていて、初老の御者が一人と、小柄な護衛が更に一人待機していた。白と空色の複雑なデザインの馬車は、とても豪奢で上等なものに見える。もしかして、ベルさんは俺が思っている以上に尊い人なのかもしれない。
「ごうがぁぁい!号外だよ!」
ベルさんが細身の護衛の男に手を引かれ馬車に乗りこんだところで、広場から物売りらしき活気あふれた声が響いた。俺が足を止めてそれをまじまじと見ていると、御者の男が「読売はうるさいですよね」とにこやかに話しかけてくれた。
「あれ、読売って言うんですか?」
以前イヴァさんが言ってたことを思い出した。鋼鉄の英雄とセブさんを称したのは、読売などの王都での刊行物なのだと。
読売は王都だと当たり前のものなのだろう。俺の質問に、御者は意外そうに眼鏡の奥の小さな目を少しだけ大きくした。
「ああ、王都の人間でないと見慣れんものでしょう。どれ。一部もらってきてあげましょう」
「あ!でもわたし今お金持って無くて」
「お代はいいですよ。子供の菓子代程度のもんです」
物腰柔らかで親切な御者は、俺の返答を待たずに読売を買いに行ってしまった。
「勝手にこちらの使用人を使う真似はお止めください。読売など、後からでも手に入るでしょう」
ベルさんを馬車に乗せた護衛が、俺を咎めながらこちらに向かって来る。その手がすい、と持ち上げられたので反射的に身を固くしたが、その手が俺を打つことはなかった。
「御手をどうぞ。御者はすぐ戻るでしょう。馬車にお乗りになって、ベル様と御一緒にお待ちください」
手を、と言われた意味をすぐに理解できず、差し出された革手袋をはめた手を見つめる。
「…私のエスコートでは不満でしょうか」
先程ベルさんにしていたように、手を取って先導してくれようとしているのだとそこでやっと理解した。でも俺は首を横に振った。
「ごめんなさい。貴方が嫌だなんでことないですが、わたしにはエスコート?は不要です」
「…かしこまりました。足元にお気をつけくださいませ」
俺が「ありがとうございます」と簡潔にお礼をいうと、軽い会釈をしてから護衛の人は半歩下がった。真っすぐ伸びたその背筋が、セブさんを思い起こさせる。身につけているものもそれらしいので、もしかしたらこの人たちも騎士と呼ばれるものなのかもしれない。
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